人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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インターン編なのに実際に行くまでにめちゃめちゃ間話がある今章


インターン編|蛟竜雲雨
失敗は成功のもと(ただし爆発物注意)


「おっ、来たね」

 

 9月も半ばの土曜日。

 インターン先が決まった数人のクラスメイトたちが、時折インターンのために公欠する日が増えていたこの頃。およそ3週間遅れて、インターンに行けない原因が概ね解決した私は、ついにインターン初日を迎えていた。

 

 この三週間の間、切断された左足は牙狩り特有の超人的な回復力でほぼ完治している。デザインを一新してもらったニューコスチュームも、手元に届くのに一週間もかからなかった。一番時間が掛かったのは輸血パックのストック問題で……もちろん、三週間で採った血液の量などたかが知れているが、あまり大量に抜いても消費期限が存在するので意味が無い。今後は毎週ではなく、徐々にインターバルを空けて、ストックを少しずつ増やしつつ交換していく予定だ。

 

 そして周囲から一番懸念されていた、民衆から向けられる感情の変化については――しばらくは素顔で往来をほっつき歩く事のないように、とのお達しが出た。

 コスチュームに新しく取り入れた目元を大きく覆うゴーグルは、赤塗りの縁に黒い不透明なレンズが使われていて、人が最も注目する目元部分を見透せない作りになっている。ヒーローが顔を隠すのは、プライバシー保護の観点からも一般的に行われていることなので、目元が隠されたヒーローがいても怪しまれたりはしない。そのため、インターンの活動中に身バレする可能性は低いとの判断が下った。

 ただ、神野で見せた戦闘スタイルが変わらない以上、インターンでの活躍と比例して、ヒーロー・ネレイドがあの星合千晶だと気付く人間は出てくるだろう。だが活躍すればするほど、地域の人々からの好感度も上がっていく。地に堕ちた名誉の挽回のためには、必要な変装だった。

 

 

「バーニン……! 貴方が出迎えて下さるなんて。お忙しいのにありがとうございます」

 

 神野の記憶も新しい今、一人で公共交通機関を使ってエンデヴァー事務所に行くにはリスクが高すぎる。そのため、特例で雄英前にエンデヴァー事務所から来る迎えの車に乗って事務所まで移動する手筈なのだが……向かった正門前に横付けされた黒い高級車、その横で仁王立ちしていた見覚えのあるヒーロー……エンデヴァーのサイドキックとして有名な一人、バーニンの姿を見て、私は驚きの声を上げた。

 一日百件の依頼を回すことも多いエンデヴァー事務所のサイドキックの中でも、中核を担うヒーローがまさか護衛に来てくれるとは思いもしなかったからだ。

 

「あ~カタイカタイ。知らん仲じゃなし、気楽にしてよ。これからは同じ事務所のサイドキックでしょ?」

 

 パタパタと火の粉を払うように手を振った後、悪戯っぽく黒いフェイスマスクの向こう側で、黄土色の瞳が細められる。ライムグリーンの炎で出来たバーニンの髪から、ちりちりと火花が星のように散っていく。神野事件前と何も変わらない彼女の態度に、私は少しホッとしながら笑顔を返した。

 エンデヴァーが専属で契約しているハイヤーの運転手、車田さんと手短に挨拶を交わして、ハイヤーに乗り込む。転移してからは縁が薄くなっただけで、乗る機会自体は多かった高級車に今更浮かれることもなく、車田さんの前で話しても大丈夫な当たり障りのない内容を選びつつ、バーニンとの会話で到着するまでの小一時間を潰した。

 

 

 

「ようこそ、エンデヴァー事務所へ」

 

 「E」の横棒の先端に炎がついているロゴマークを掲げた、およそ30階はゆうにある高層ビル――エンデヴァー事務所。事務所の規模からして超一流であることを示す規模のビルの中の一室――このビルの主が使う、広い執務室にバーニンの案内で通された私は、足を踏み入れるなり、コスチュームに身を包んだ巨漢が仁王立ちしているのを見た。轟々と燃え盛る炎の奥、灰色を帯びた碧色の瞳がこちらを悠然と見据えてくる。

 

「お久しぶりです、エンデヴァー。神野での助太刀と、インターンの受け入れのために色々とご配慮頂き、ありがとうございました」

「構わん。できれば焦凍も一緒に鍛えたかったが、仮免に落ちた以上仕方あるまい」

 

 シンリンカムイやギャングオルカ同様、一人戦うオールマイトのために神野の激戦区の真っ只中に駆けつけてくれたエンデヴァーには多大な恩がある。ただでさえ、厄ネタと化した私の事情が明るみに出てなお、私を指名してくれたことも含め、深々と頭を下げる理由には十分だった。

 不満げに一つ鼻を鳴らしたエンデヴァーの視線がふと下がり、私の左足あたりに落ちた。切断された方の脚だ――もう今は今まで通り、何事もなかったようにタイツで素肌を隠しているが。

 

「……脚はもういいのか」

「はい。切断面は完全に癒合して、全力で振り抜いても問題ないです」

「……そうか」

 

 一度瞼を下ろしたエンデヴァーは、ぐわりと勢いよく目をかっぴらいた。ワイルド……というか凄みのあるエンデヴァーがそれをやると圧がすごい。私はエンデヴァーと同じような強面と体格で、胃を痛めるほど思い詰めるだけで気圧されるような闘気を放つ(クラウス)を知っているので耐性があるが、同世代の子どもが見たら萎縮しかねない形相だ。

 

「書面でも伝えたが、インターン中の出動中は俺か、サイドキック数人と常に行動してもらう。君の実力を疑うわけではないが、学生を預かる以上、安全には最大限配慮せねばならん。神野では身柄を狙われるだけで済んだが、今後ヴィラン連合が君を殺しに来ないとは言いきれんからな」

「はい」

「職場体験の時とは違い、インターンでは本格的に戦力の一人として数える。俺の指示を待つ必要は無い。むしろ俺よりも先にヴィランを退治するつもりで行動しろ。救助、避難、撃退。ヒーローの基本三項全てを常に並列思考でこなすことがこの事務所では必要になる、心しておけ」

「承知しました」

 

 エンデヴァーの説明を黙々と受け入れる。大体ライブラでの仕事と同じだ、やることはほとんど変わらない。まぁ、ライブラの場合は事件に居合わせた人を護りつつ、撃退と救助を兼ねるという感じであって、避難誘導はほとんどやらないが。非力な一般人が逃げ遅れたなら考慮はするが、逃げずに野次馬するぐらい危機管理能力が欠如してるイカレた人間や異界民は自己責任で放置が基本だ。救いきれないから。

 

「後の細かい説明はバーニンと、待機しているサイドキックに任せるが……ネレイド、お前が克服したい課題は何かあるか?」

「課題……そうですね、まずは水や氷より血液消費量の多い風と電気の改良。次に火力増強のために、二属性以上を混ぜ合わせた複合技を実戦レベルまで使いこなせるようになること。そしてひたすら経験を積んで、既に使っている必殺技や身のこなしを洗練させていくことです」

 

 轟の父親、という印象最悪な色眼鏡を抜きにしてしまえば、エンデヴァーはヒーローとしては優れている。態度と言動こそ苛烈ではあるが、指示は的確、現場判断も迅速果断。管轄としている街での事件ならば、事件発生の兆候が起きた瞬間に異変を感じ取って急行してみせるほどだ。簡単にできることじゃない。常に街の変化をつぶさに観察して、わずかな違和感を見出せるほど街の隅々まで知り尽くしていないと出来ないことだ。

 ライブラは諜報に特化した不可視の人狼や、HL(ヘルサレムズ・ロット)の街で起こる異常を監視する何十人もの諜報員を雇うことで警戒網を構築していたが、エンデヴァーはそれを単独でこなすのだから恐れ入る。流石、事件解決数ナンバーワンは伊達ではない。

 今も、学生の自主性を重んじ、自分で課題を課すのではなく、本人が問題視している課題をまず聞く姿勢も持っている。職場体験で見る限り、部下のサイドキックたちとの関係も良好……なのに、家族の事に関してはてんで鈍感でコミュニケーションに齟齬があるのだから不思議なものだ。……俗に言う仕事人間というか、仕事だけ上手な人間というべきか。

 極めて失礼な観察結果(こと)を同時並行で考えている事などおくびにも出さず、今全力で取り組んでいる問題三つを口にすれば、眉あたりで燃えている炎がわずかに火力を増して揺らめいた。表情の変化からして眉根を上げたんだろうとは思うが。やや斜め前に立っているバーニンも「うん?」と何か言いたげにこちらを見ていた。

 

「あれほど洗練された必殺技を多数持っているのに、複合技は実戦レベルではないと?」

「説明が長くなるんで詳細は省きますが……異なる属性を個々に連続で放つんじゃなく、混ぜて一つの技にするのは、暴発の危険が高かったんです。揮発性の薬品に炎を近づけるようなもので、違う属性の血液を一緒に扱おうとすると、反発し合って爆散すると思って下さい。でも最近なんとか複合技をできそうな段階まで漕ぎ着けたので、風と電気の改良が終わり次第、発動速度を上げて実戦で使い慣れていくしかないな、と」

「操作を誤って暴発させた場合、被害はどのぐらいの範囲と威力が想定される?」

「使った血液に比例しますが……最低でも半径1mぐらいにある物をコンクリートだろうがなんだろうが粉砕するかと」

 

 なにしろ体内でやらかしたら、内側から五体が木っ端微塵に破裂するような威力なので――とは、「それ普通に爆弾じゃん……?」と呆然と呟いたバーニンの手前、流石に言えなかったが。

 

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