「あなたの“個性”、オールマイトに似てる」
夢とうつつの狭間で沈んでいた意識を引き上げたのは、抑揚が少なくて感情の読み取れない、決して大きくはない声だった。梅雨ちゃんの声だ。ぼんやりとした回らない頭で、声の主を探り当てる。
「そそそ、そうかな!?いやでも僕はそのえー」
……思わず吹き出しそうになった。イズク、嘘下手すぎる。急に図星を突かれたオールマイトとそっくりで、思わずくすりと微笑んでしまった。思い切り動揺しています、と言っているような声で反論しても、全く説得力が無い。
「待てよ梅雨ちゃん、オールマイトはケガしねえぞ。似て非なるアレだぜ」
だが、しどろもどろになったイズクの様子を気にすることもなく口を挟んできた切島くんの声で、会話の流れが変わる。私が口を挟むよりずっと自然なフォローに、私は黙ったまま会話に耳を傾けた。
「しかし増強型のシンプルな“個性”はいいな!派手で出来ることが多い!俺の“硬化”は対人じゃ強えけどいかんせん地味なんだよなー」
「僕は凄くかっこいいと思うよ、プロにも十分通用する“個性”だよ」
「プロなー!しかしやっぱヒーローも人気商売みてえなとこあるぜ!?」
「僕のネビルレーザーは派手さも強さもプロ並み」
「でもお腹壊しちゃうのはヨクナイね!」
ワイワイと盛り上がる前列座席は賑やかで、高校生らしい無邪気な会話に目を細めていると、急にこちらに話題が飛び火した。バチ、と顔を上げた瞬間に切島くんと視線が合う。
「派手で強えっつったら、やっぱ轟と星合と爆豪だな」
「ケッ」
なんでその二人と並列、と気まずい気持ちに陥る。爆豪には以前から何故か張り合われているし、轟と今しがた微妙な雰囲気になった矢先にコレである。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!!」
「ホラ」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!!!」
梅雨ちゃんと上鳴くんに思いきりイジられている爆豪の叫び声を聞きながら、私は轟の身体越しに窓の外を見た。だんだんとドーム状の建物が近づいてくる。あそこが、今日の授業場所だろう。
――人生って本当に何でもありで、ままならないものだ、と私は溜息をついた。
「すっげー!USJかよ!?」
ドーム状の建物内に到着するなり、誰かが叫んだ言葉の意味こそ私は分からなかったものの、階段上から一望できる全体の様子に、見事だと感嘆の溜息をついた。
「水難事故、土砂災害、火事……etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……
『(USJだった!!)』
先に待っていた宇宙服姿の人物……13号の説明に、やたらユーモラスなネーミングだなとあっけにとられていると、一緒に居たイズクとお茶子が興奮した声を上げた。
「スペースヒーロー『13号』だ!災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わーーー!私好きなの13号!」
「へぇ」
13号にも勉強などでお世話になったのだが、彼がどんな分野でヒーローとして活躍しているかは知らなかった私は、イズクの分かりやすい説明に耳を傾けながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねるお茶子を微笑ましく見守っていた。しかし、ふと視界の隅に13号に相澤先生が近づいていくのを見て、何気なくそちらに視線を向けた。
「13号、オールマイトは?ここで待ち合わせるはずだが」
「先輩それが……通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったみたいで。仮眠室で休んでいます」
「不合理の極みだなオイ」
「(あぁ……また通勤途中に出くわした事件を解決しに行ったんだな……相変わらず……)」
ひっそりと聞き耳を立てていた私は、遠い目をした。
たぶん、13号の三つ立てた指からして、今の活動限界の3時間をほぼ使い切ってしまったのだろう。教職をほっぽり出してでも目の前の人を救おうとする自己犠牲は、呆れはするものの、私には眩しく映る。相変わらず、根っからのヒーロー根性である。
「仕方ない、始めるか」
「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」
『(増える……)』
「皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”はブラックホール。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
イズクの言葉にお茶子が残像が見えるくらい激しく頷いているが、13号は浮かない顔……ではなく声で頷いた。宇宙服のようなコスチュームの13号はヘルメットを着けているため、その表情が全く分からないからだ。
「ええ……しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう」
その一言が放たれたとたん、場の空気が止まったように感じた。演習や設備に若干浮かれていたところを、引き締められたかのような。
何人かは思い当たる節があるのか苦い顔をしているが、私は特に表情を変えることなく聞いていた。
そもそも、エスメラルダ式血凍道は
血凍道も血濤道も、本気を出せば、人間ならすれ違いざまに一瞬で血をまき散らすことなく殺すことだって可能なほどの威力を秘めている。まして、水晶宮式血濤道は「斬る」ならウォーターカッター並みの切れ味を出すことだって可能だ。斗流のじっさまの教えを汲んでいるので、攻撃の汎用性は斗流にも劣らない。捕縛も攻撃も出来るように、そう作ったのだから。
だから、人に向ける危険性を十分理解した上で――私は足を、血を振るっている。
「超人社会は“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる“行き過ぎた個性”を個々が持っていることを忘れないで下さい。
相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います」
オールマイトのくだりで一瞬轟と目があったが、すぐに向こうから逸らされた。地味に心にダメージを負ったが、仕方ないことだとこっそり溜息を吐く。
「この授業では心機一転!人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷付けるためにあるのではない、救けるためにあるのだと心得て帰って下さいな。
以上!ご清聴ありがとうございました!」
「素敵!」
「ブラボー!!ブラーボ―!」
ヒーローの先生として、大事なことを伝えた13号にわっ、と生徒から歓声が上がる。私も笑みを浮かべて拍手を贈っていたその時、ゾッと背筋が震えるような何かを感じ――私は背後の、丁度中央の広場に当たる所を振り返った。
奇しくもそれは、戦場で感じる――虫の知らせ。
「……?」
和やかな授業風景。そのはずだったというのに、広場に空いた奇妙な穴を見た瞬間、私の中で警鐘がけたたましく鳴った。空気に僅かに混じった殺気が、チリチリと肌を撫でていって全身の毛を逆立たさせる。
ぬるり、と穴をこじ開けるようにして顔を出した、ゾンビのようにひどく顔色の悪い、一目で
「一かたまりになって動くな!!」
「え?」
「13号!生徒を守れ!」
「相澤先生、奴らは……!!」
迅速に判断を下す相澤先生の隣に立てば、彼はそうだ、と低い声で唸る。ゴーグルを下げ、彼の弱点を隠すそれを見て、自分の考えが間違っていないことを確認する。
「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
「違う!退がって、あれは
まだ実感できていないのだろう、能天気な……いや、イマイチ状況の分かっていない声を上げる切島くんに、私はクラスメイトを庇うように前に出ながら、大きめに足を開き、腰を落として強く足を踏みしめる。
眼下では底の見えない闇が広がり、地獄の釜の蓋が開くかのように、次々と敵の軍勢が這い出して来る。オールマイトが居ないこんな時に限って、……いや、もしかしたら、奴らの目的は。
「13号にイレイザーヘッドですか……先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここに居るはずなのですが……」
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか……星合、お前も退がれ。こないだ俺が言ったことを忘れたわけじゃないだろう」
「嫌です」
「オイ……」
「先生も、私の戦闘能力はご存知でしょう?こういった時、私の能力は役に立つ」
「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……オールマイト……平和の象徴……居ないなんて……子どもを殺せば来るのかな?」
平和な日本に姿を現した“悪意”に、私は目を細めながら、油断なく敵の分布と力関係を見定めていく。感情が冷えきり、冴え冴えと研ぎ澄まされていく頭で最短効率をはじき出し、クラスメイトが最も安全に脱出できる方法を何パターンかシミュレーションしている間に、背後でようやく襲撃を認識し始めたクラスメイトが戸惑い、ざわめき始める。
「
「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが……!」
「現れたのはここだけか、学校全体か……。何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういう事出来る“
……そう、轟の言う通り。そんな周到な奇襲だからこそ、余計にタチが悪い。
「13号、避難開始!学校に
「っス!」
「先生は!?一人で戦うんですか!?あの数じゃ、いくら“個性”を消すっていっても!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
ヒーロー研究が趣味のイズクがイレイザーヘッドの戦闘スタイルの欠点を指摘するが、相澤先生はイズクの言葉に被せるようにきっぱりと言い放った。当たり前だ、教師の彼が
「13号!任せたぞ!」
そう言って相澤先生は一気に大階段を飛び降りる――寸前の一瞬に釘を刺すようにゴーグルの奥から睨まれたが、関係ない。
何度も入学前に手合わせをした、だから彼の強さを知っていると同時に、その欠点も知っている。イレイザーヘッドは、長期戦向けの“個性”をしていない。奇襲からの短期決戦をお家芸とするヒーローだ。
射撃隊を名乗った
「相澤先生、援護します――水晶宮式血濤道、丁の舞」
ピン、と空気を爪弾く。
指輪に内蔵された針が皮膚を食い破り、指の間から滴り落ちた僅かな血を瞬く間に引き延ばして、身長並みの大きさもある弓へと変形させる。左手でもう一度空気をはじけば、虚空が軋り、弓の中央に勢いよく渦を巻く水流が発生した。
周囲で息を呑む音が複数聞こえる中、私は神経を集中させ、極限まで細く、鋭く圧縮した波濤を矢に番え、弦を引き絞った。
かっぴらいた蘇芳の目が、顔が認識できないほど離れた敵の、その配置が俯瞰できる位置までズームされる。感覚は、『神々の義眼』を持つレオに、視界共有してもらってズームしてもらっている状態に近い。
「
技名の詠唱と共に、ブーストの掛かった水の矢が一瞬にして放たれる。空気が打ち震えるほどの衝撃をもたらす矢はその名前をあらわすように、空中で数十数百の矢に分裂すると、凶器の雨となって相澤先生から離れた位置に居る
「――
バキ、という音と共に、視界の下に青い氷原がうまれる。
矢に当たっていない周囲の敵すら飲み込んで、いくつものいびつな氷像を作った私に、ヒィ、と怯んだ敵から、今度は化け物を見るような視線が向けられる。それに、私はつめたい視線を返してから、視線を打ち切るように踵を返した。
「す、すごい……あんなに離れてるのに、全弾命中……!!」
「ハイハイ、分析してないで今は避難」
全員が門に向かっている中、一人立ち止まって呑気に分析しているイズクの肩に手を当て、門へと誘う。
「させませんよ」
その瞬間、視界の隅に黒い靄を見咎めて、ハッと顔を上げたその先――生徒を先導していた13号の目の前に、あの無明の穴を開けた
「
「初めまして、我々は
「!!」
「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ……ですが、何か変更あったのでしょうか?まぁ……それとは関係なく……」
途方もない宣言に生徒が息を呑む中、つらつらと慇懃無礼な口調で自己主張を述べている霧の
一瞬眼で捉えたその残像が誰だか察した私は、ざっと血の気が下がる音を聞いた。
「私の役目はこれ」
「バ……ッカ!!」
BOOOM!!
「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」
「13号の間合いに勝手に入るな、二人とも!!邪魔になる!」
「へっ」
たった一瞬で間合いを詰めたのは、左足を硬化させた切島くんと、籠手を嵌めた右手で爆破を使った爆豪。よく言えば勇猛だが、この時ばかりはただの無謀でしかなかった。
先走った二人が勝手に敵と13号の間に乱入したせいで、吸い込むあらゆるものをチリにできてしまう13号は“個性”を使えず動けない。
それはつまり、――全員を危険にさらす悪手に他ならない。
「危ない危ない……そう……生徒といえど優秀な金の卵」
ゆらり、と不穏に揺らめく無明の闇。それに、言い知れない不安を掻き立てられる。
「駄目だ、どきなさい二人とも!」
「チッ!!」
13号の声に二人は13号を振り返るが、無防備になったその背後に闇が迫る。
慌てて交差させた両手を払うような動作で、瞬時に編み上げた血糸を二人に伸ばすが、それよりも早く、大きく伸びた黒い靄が二人を呑み込んだ。
「散らして」
クラスメイトを覆いつくすように広がる黒い霧。
やはりそれに捕まると面倒そうな予感しかせず、バックステップで回避すると、同じく後ろに飛んで回避した轟に腕を掴まれた。
「
はっと目を見開く私を庇うように肩を抱き込まれ、ぐっと身体の距離が縮まる。轟の腕の中に収まる形となった私は、分断されていくクラスメイトに背筋が凍るのを感じた。
「殺す」
「皆!」
闇に包まれた瞬間、イズクの悲鳴のような大声を聞いた。
ぐんっと臍が引っ張られるような奇妙な感覚は、この世界に落とされた時の感覚によく似ていて、思わず身構える。身を固くしたのが分かったのか、肩を抱く力が、一瞬だけ強まった。
上も下も右左も分からない闇の中で、肩に回された轟の体温だけが、ただ一つ確かだった。