人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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原石を研ぐ

 

 ヒーロー飽和時代。ヒーローのテレビ出演やCM出演、企業とのコラボといった副業も許されている今日、ヒーローの有名度とはすなわち、「市民を護り、ニュースで取り上げられ、実力でビルボードチャートの上位となる」か、「副業の露出を多くこなし、親しみやすさや容貌の良さで親しまれる」かのどちらかに大別される。ヒーローによって活動方針はそれぞれのため、厳密には両方有名なヒーローもいれば、どちらでもないヒーローもいるが、「人気」ではなく「人々に認知されている」という意味では大体この二パターンだ。

 主にヒーローという仕事の性質上、前者の方が割合が多い――後者は芸能人などの本職との競合になる上、救助救難の仕事も同時並行で行える要領のいいヒーローが少ないからだ――とはいえ、人々が注目するのは華々しく活躍するヒーローの姿。

 ニュースでは、ヒーローの派手でメディア映えする大立ち回りや、華やかな容姿、見栄えのいい技ばかりが取り沙汰されるが、そんなものはヒーローの一側面でしかない。探偵のような地道な情報収集や捜査、裏取り、警察の連携などのこまごまとした仕事がヒーロー稼業の大半を占める。

 

 だが、彼女はむしろ、世間に広まってしまった己の派手な一面を逆手に取って、存分に利用するぐらいにはしたたかなのではないかと、エンデヴァーはインターン初日に感じ取っていた。

 

「た、たすけ……」

「動いたらこの女を殺すぞ!」

「動く必要はないよ。もう終わったからね」

 

 丸太のように太い腕に締め上げられた、人質の女性。ヴィランの男の腕から沿うように生えた銃口がぐりぐりと女性の米神に食い込む前に、路地裏でのヴィランと警察の緊迫した睨み合いは、遠巻きに群れを成す野次馬の中から飛んできた、涼やかな声によって突然終止符を打たれることになった。

 男が妙な闖入者の声にはぁ? と疑問の声を上げようとするが、その喉から声が出ることはなかった。いやそれどころか、舌すら動かない。

 突然の異様な状況に晒されてヴィランの男はぎょっとするも、見開かれるはずの瞼は意思に反してぴくりとも動いていない。男が慌てて個性の銃を威嚇発砲しようとしても、個性を使うときに生じる、体内の鉄分を使って弾を装填するときに感じる僅かな振動も、感覚もなにもないことに気づき、顔色を蒼白に染めた。

 

「その物騒な銃は没収だ」

 

 怖いもの見たさの野次馬根性と、二次被害を被らないかという恐怖でできた遠巻きな人の壁が、自然と二手に分かれる。まるで貴人に道を譲るようなその光景の中、堂々と歩を進めてくる赤いゴーグルを着けた細身のヒーローらしき人物に、その場にいる全員の視線が向いた。

 黒に赤いラインが入ったショートジャケットにハイネックのインナー。身長の高さからか、脚の細長さこそ際立つものの、決して細いだけではない、しっかりと筋肉のついた脚を覆うぴったりとした白のスキニーズボン。黒革のようなぬめり感のある光沢を帯びた膝上丈のハイヒールブーツ。黒い癖毛をポニーテールに纏め、ゴーグル越しでは容貌を見通せない赤いゴーグルを付けている姿は、他のヒーローのような派手派手しい色彩やデザインを排しているコスチュームのせいか、どこか近未来的な無機質さが漂っている。

 

 好奇心、疑問、恐怖、呆然……様々な色の籠もった無数の視線をそよ風のようにいなし、黒塗りのヒールが現場へと一歩近づく。カツンと尾を引くように響いた硬質な音と同時に、路地裏の空気がギシリと音をたてて軋んだ。すると、男の身体を蜘蛛糸に架かった哀れな獲物のように縫い止める赤い糸と、銃口から肩までを飲み込むように瞬時に生えた氷が姿を現した。

 野次馬の人垣を越え、銃とバリケードを構え立ち塞がる警察の包囲を、散歩するような気軽さですり抜けていったそのヒーローを、全員が呆然と見送った。時が止まったように誰もが口を半開きにして硬直する中、男の腕から人質の女性をあっさりと助け出したヒーローは、ヴィランの男に背を向け、銃を下ろさないままになっている警察に、唯一ハッキリと見える口元をにっこりと笑顔のかたちに歪めた。

 

移動式牢(メイデン)での捕縛をお願いします。もう何も出来ないようにしていますので、ご安心を」

 

 鮮やかかつ静かに、そして穏便にヴィランを取り押さえたニューフェイスのヒーロー。一拍遅れて、その功労を讃える歓声がドッ、と上がった。

 

 

 

 エンデヴァーは千晶(ネレイド)に「俺より先にヴィランを退治するつもりで行動しろ」と言ったが、それは今まで垣間見てきた能力の高さから見て、街の把握に慣れた二週間ぐらいで達成するだろうという想定のもとでの発言だった。

 が、ネレイドはその予想を軽々と超えてきた。

 バーニンとの事務所内のオリエンテーリングを終え、エンデヴァーと合流してさっそく実戦――と走り出した一回目で、千晶はエンデヴァーとほぼ同時に現場に急行、業火を放出し敵の撃退に動くエンデヴァーの考えを読んだように、サイドキックのキドウとオニマーと共にエンデヴァーのサポートに入ってみせたのだ。

 氷を先回りさせるように行き先で氷塊を出現させて横道を塞ぎ、逃走経路を絞らせて被害が最も少なくなるような場所へ誘導し確保。無力化後の迅速な捕縛。誰に言われずとも、まるで何年もそうしてきたかのように手慣れた無駄のない動きだった。

 

 そして今、二回目にしてネレイドはエンデヴァーよりも速く現場に駆けつけ、なおかつ誰も傷つけさせることなく無血勝利を果たした。繊細な対応を要求される、人質がいる閉塞した現場で。

 敵に声を掛け、その場の注目を奪う。その間に密かに捕縛技を発動させ、すみやかに人質の安全を確保。敵が動揺する間も与えず、勢い余って発砲させることもない手際だった。

 

 それを見て、今まで彼女がメディアの前で見せてきた苛烈で華麗な戦い方は、ほんの一側面にすぎないのだと、エンデヴァーは悟った。

 人の目を惹く大技は、その裏で緻密に敷かれた前準備や、奥の手を悟らせない視線誘導(ミスディレクション)の役割を担っているのではないかと思わせる。ヴィランが違和感に気付いた時には、既に策が成っている、あるいはヴィランに何もさせない状況を整えるために。一見無駄に見える無駄口も、何気ない一足投もすべて、全て計算し尽くされたものなのではと錯覚する。そんな疑念を抱かせることすら、手出しを躊躇させる牽制にして。

 

 まるで凪。体育祭や神野で見せたあの戦い方を嵐とするならば、このインターンで見せている、迅速かつ被害者も怪我人も出さない安全な立ち回りは、あまりにも静かすぎて、海上の凪を思わせるような静寂に満ちている。

 

 

 周辺視野が広い、サイドキックとの連携も悪くない、功を焦る短慮さはなく、現場で今一番自分が何をすべきかを瞬時に判断してみせる冷静さ。

 

 ――妙に実戦慣れしていると、体育祭の時点で彼女の才能を嗅ぎつけた自分の判断は間違っていなかった。

 インターンを受け入れるにあたって、最もハイリスクで、複雑な事情を抱える生徒であっても……躊躇うことなくスカウトするに値する原石だ。

 学生のうちから実戦の中でその才能を研ぎ抜けば、将来は間違いなくビルボードチャートの上位の常連になる。さらには息子とも仲が良いとなれば、エンデヴァーにとっては是が非でも欲しい人材だった。

 往々にしてヒーローは優秀な学生を早い段階から見極めてスカウトし、己の手の元で育てるものだが……息子以外の後進を育てる気がなかったのを覆してでも指名して正解だったと、警察にヴィランを引き渡し、保護した女性に寄り添い温かい声を掛けているだろうネレイドを見て、エンデヴァーは満足げに深く頷くのだった。

 

 

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