人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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miscalculate②

 その後の授業でも、イズクの集中力低下は酷いものだった。セメントス先生の国語で当てられていても反応が無く、実技も身が入っておらず、水難の救助想定での訓練で溺れかけるという有様だった。これは流石の相澤先生も気になったのか、捕縛布で釣り上げて「両立できないならやめさすぞ」と釘を刺していた。

 あの真面目なイズクが心ここにあらずになるなんてよっぽどだ。放課後、話を聞こうと思ったものの、なにやら肩を怒らせて、呼び止める間もなく競歩のような速さで教室を出ていってしまった。

 ……あの怒りようからして、オールマイト関連だろうか? 温厚なあの子をあれほど思い詰めさせるものとなると、そのぐらいしか思い当たらない。金曜の夕方の足技の指導の時はいつも通りだったし、土日は私と同じようにインターンに出ていたので、イズクのインターン先……オールマイトの元サイドキック、ナイトアイの事務所で何か言われたか。

 それが一番ありえそうだな、と一人頷いて、寮に帰ってきたら話を聞こうと算段を付けていた矢先、ポケットに入れていたスマホが振動した。エンデヴァーからの連絡だろうかと覗き込んだ画面に映った「塚内」の名前に、一瞬動きが止まった。

 そこからの私の行動は早かった。机に置いていた学生鞄をひっつかみ、先ほどのイズクもかくやの早足で教室を後にする。ヒーロー科は他の科より一限分授業が長いこともあって、いつも生徒で賑やかな廊下も人通りは少なく、玄関とは逆方向に向かう私と数人すれ違う程度だ。

 教室がある棟を抜けたところで、周囲に人の気配がないのを確認してから私は通話ボタンを押した。

 

「大変お待たせしました、星合です」

『もしもし、塚内だ。平日のこの時間に連絡してすまない。少し時間をもらっても?』

「ええ、大丈夫です」

『藤見弁護士から、君の内情を大々的に報道したマスコミから、和解を呑むと返答があった件については伝わっていると思うが……』

「ええ、先日藤見さんから直接連絡を頂きました」

 

 藤見さん……彼は、私の建前を全国放送してくれたマスコミと出版社を名誉毀損で訴えるべく、オールマイトの伝手を使って依頼させてもらった弁護士の方だ。実を言うと、オールマイトと塚内さんの次に、こちらでの付き合いは長い。オールマイトに保護された後、私の日本国籍取得申請などの法的手続きでお世話になっているのだ。

 別の世界から来たせいで、出生地のはずのスペイン国籍がないのをごまかすため、「架空のヴィランによって長い間、無国籍で違法入国せざるを得なかった子ども」という設定をでっち上げたことで、そもそも外国人が日本国籍を取得するための帰化申請の要件を全く満たしていなかったのだ。とはいえ法治国家である以上、無国籍者の放置は由々しき事態として、こちらの世界でも国籍発行の前例はある。

 本来の事情こそ話せないものの、建前も中々にセンセーショナルな内容である以上、各種申請は口が固くて信頼できる法律のプロに任せるべきだ、ということでお世話になったこともあり、今回の案件も彼を頼らせてもらった。

 元ナンバーワンのヒーローの顧問弁護士をしていたとあって、物腰は柔らかながら、必要に応じて舌鋒の鋭い、辣腕な方だと窺える……どこかギルベルトさんを思わせる風格を備えた、初老手前ぐらいの御仁だ。肉体的に高校生である私相手にも、単なる敬語ではなく誠意ある態度込みで丁寧に接してくれるあたり、とても好感が持てる方だった。

 打ち合わせでもこちらの主張や最終的な落とし所……賠償請求が目的ではなく、彼らに情報を漏らしたネズミについての情報を開示してもらうことを条件に盛り込んだ和解を望んでいることを、私が十語るまでもなく私の意を汲んで、諸々の準備をしてくれた。

 

 拉致事件から半日も経たないうちに掲載された記事の内容と、警察に提出した文書が完全一致している時点で、事件の証拠が警察から流出しているのは、証拠を揃えてしまえば誰の目にも明らかだ。ネズミを介して私の情報を買ったライターが、そんな厄ネタだと知ってか知らずかはこの際どうでもいい。

 今回は「記者」を「名誉毀損」で訴えている。実際には内通者でもなんでもない未成年を、確証もなく全国の人間に対して大々的にヴィランだの内通者だのと攻撃したのだ。

 神野事件後も国民の多くが私を敵と捉えたままだったなら、圧力で握りつぶすことも出来ただろう。だが、オールマイトの「次は君だ」発言と、私がAFOに向かって断固誘いを拒否した一部始終のやりとりがメディアの電波に乗り、曲解と憶測を生んだ結果、次世代の平和の象徴として注目を浴びつつある以上、向こうに勝ち目は全くない。

 裁判が始まってしまえば、被告である出版社ライターと記者会見で話を取り上げたインタビュアー、並びにその周囲の関係者が、他のメディアに嗅ぎ回られ、憶測が飛び交って会社ごととんでもない不利益を被ることになる。精神的ダメージも相応だろう。自分たちがしてきたことを同業者からされる身になる上、会社もトカゲのしっぽ切りをすれば、それこそ社会的な信用を失うのだから。

 実際、訴状が提出される前に、私の記事を載せた出版社に対して、私をオールマイトの後継者として見ている熱狂的なオールマイト信者、あるいは他のメディアから、プライバシーの侵害や未成年者に対する名誉毀損ではないかと抗議が殺到していたらしい。特田さんがいくつか出入りしている報道機関も裁判のことを嗅ぎつけているらしく、抗議の話も彼から教えてもらった情報だ。

 有耶無耶にすることも、後にも引けない彼らに出来るのは、被害を最小限にすること。すなわち、裁判が本格的に開始される前に、原告である私が訴えを取り下げるか、訴状提出と同時に送った和解条件を呑むかの二択だ。私が前者を選ぶ気がさらさらないので、和解条件を呑む以外の道はない。

 向こうが他人の不幸話をろくに聞き込みや精査すらせず、安易に飯の種として飛びついたのが運の尽きなのだ。やり口が汚いと言われようとも、未成年が後ろ盾を最大限利用して何が悪い。

 

 裁判の議題を「個人情報の流出」ではなく「名誉毀損」にすることで、こちらが警察側に内通者が居ると気付いていることを隠し、裁判をわざわざ起こした真意を隠しつつ、情報を流した警察の内通者、及び協力者を炙り出す準備は、入院中から粛々と塚内さんの協力も得て進めていた。

 覆面パトカーとはいえ、雄英に何度も同じ顔の外部の人間が出入りしていれば……その中にヴィラン連合対策本部所属の塚内さんが居れば、警察は雄英に内通者が居ると思って捜査しているように思わせられる。実際は公安の協力者になった私への情報提供のために来てもらっているので、周囲に塚内さんの出入りを怪しまれない点でも都合がよかった。塚内さんの顔と身分を知っている近しい立場の人間が内通者だったとしても、私が協力者になったことは公安委員長と副委員長、塚内さんと、他に公安委員会の限られた数人しか警察側で知りえない情報にしてもらっているので抜かりない。

 どこで敵が観察しているかわからない状況だ。念には念を入れて、思いつく限りあらゆるブラフを撒いて攪乱はしてきた。

 

 先日、インターンの説明会があった日の夕方に藤見さんから電話が掛かってきた時には、和解の手続きは順調に進んでいると聞いていた。警察に入り込んだネズミが万が一、記者を襲って証拠隠滅に走らないよう、公安警察の護衛と監視の元、記者から和解条件である情報提供元に関する情報の受け取り待ちだったはずだが……。

 塚内さんの言い淀むような口調に、何かあったのかと胸に不安がよぎり、自然と眉根が寄った。

 

『君の予想通り、君の内情を漏らしたのは警察の人間だった。記者に渡っていた情報の内容が、君を最初に発見した時の調書と一致した。メールを介した匿名のタレコミだったようだが、送信元の逆探知の結果、静岡で君の取り調べに関わった警察官が一人浮上。急遽、捕縛のためにグラントリノたちと向かったんだが……すまない、一歩遅かった。当の警察官は今日になって急に無断欠勤、住んでいる住居や周辺地域も当たったが見つからなくてね……まんまと逃げられてしまった』

 

 ため息交じりに、心底済まなさそうに報告してくれる塚内さん。口ぶりからうっすら察したとはいえ、敵の手がかりに逃げられた落胆は大きい。行き場のない頭を掻きむしりたくなるような衝動を、握り拳を作ることで抑えながら、落胆が向こうに悟られないよう、ゆっくりと言葉を練った。

 同時に、足を前へと踏みだし、一番近い空き教室へと場所を変える。話題が話題だ、うっかり誰かに立ち聞きされるのもまずい。教室を念のため内側から施錠し、人が近づいてきたときに分かるよう、外の廊下一帯に薄く水の網目を広げた。

 

「……そうでしたか。お疲れ様でした……ちなみに、その警察官の住んでいた家はさっぱり引き払ってました?」

『いや。冷蔵庫や部屋の様子からして、この数日で住人だけが逃げた、という様子だったよ。鍵は閉めないまま、家財はほぼすべてそろっていて、誰かが慌てて逃げようとして物が散乱した様子もなかった』

「電子機器はありました?」

『逃走の際に一緒に持ち去ったようだ。部屋にコピー機やネット配線はあるのに、パソコンやハードディスクといった記録媒体の類いは一切無かった』

「…………」

 

 壁に背中を預け、虚空に視線を投げたまま、つらつらと質問を連ねる。

 返ってくる言葉を噛み砕き、瞼を伏せて思考を巡らせた。

 

『……何か、気になることでも?』

「相手の警察官が逃げたタイミングが妙だな、と」

『……すまない、どういうことか聞いても?』

 

 急に押し黙ったことで、必要なピースは揃ったと判断したのだろう。唐突な私の質問に答えてくれるだけでなく、詳しい情報まで教えてくれる彼には頭が上がらない。伺うように問いかけてくる塚内さんに、思考を巡らせたまま、分割した思考で返事をする。が、あまりにも端的すぎたようで、逆に困惑させてしまった。

 

「AFOの手下と仮定して追い詰めにかかってましたが、奴の指示に従って逃げたにしては、微妙に詰めが甘いんですよ。用意周到、あらゆるパターンを想定して準備をするのがAFO(オール・フォー・ワン)という男なのは、塚内さん達が一番ご存じのはず。

 合宿襲撃、神野の戦いでオールマイトに負けるパターンまで織り込み済み、その結果起きている現在のヴィラン活発化の流れまで読んでいた……ついでに、貴重な面会時間を使ってまで、殺し損ねた私に間接的に牽制を入れるような細かい男が、『自分が捕まった場合、自分の思惑の手掛かりになる駒の処理』を考えないはずがない。

 ……その前提で考えると、おかしいとは思いませんか?」

『……なるほど、逃げるまでの期間の空き方か』

「ええ。AFOが捕まることも想定していたのなら、スパイにも当然、行方をくらませろと指示を出していたはず。慎重すぎる男が、逃げる指示のタイミングを意味もなく先延ばしにして、手駒が捕まるリスクを冒すとは思えないんですよ。

 今日は月曜日、今日になって急に無断欠勤ってことは、少なくとも金曜日までは普通にスパイは署に顔を出していた。部屋に住人が慌てていた形跡がなく、生活感そのままに家財をほっぽり出して、冷静に重要な電子機器だけ持って逃走? 中途半端に悠長な癖に、逃げ方が綺麗すぎる。もしこちらの思惑が事前に知られていたなら、記者を訴えた時点で逃げるでしょう。何らかの理由で直前に気づいたなら、人間の心理的にもう少し部屋が荒れているはず……。

 神野の戦いから今日で約一か月。AFOらしくない曖昧な逃亡タイミングは、外を見聞きできない人間の仕業(AFOの指示)ではない証拠です」

『……。記者と警察官どちらもがグルのスパイ、ということか』

 

 塚内さんのため息は深い。当然だ、ただ記者としての好奇心や社会的顕示欲を利用された被害者かと思いきや、捜査の進捗をターゲットに流すスパイが間近に居たからこそ取り逃がしたようなものだ。しかも、この電話が無ければ、記者すらも野放しになっていた可能性が高い。

 

「ええ、恐らくそうかと。情報の受け渡しを匿名メールで、しかも互いの居住地も遠く離れた場所に設定して、あたかも面識が無いように装っていますが、逃げたタイミングからして、記者から警察官にタレコミがあったと考えるのが自然です」

 

 公安側にスパイが居て、そこから情報が漏れた可能性もあるけれど……AFOの性格を考えると、同じ案件に警察に潜り込ませたスパイを複数動員するよりは、警戒対象を分散させて、まだ残っているスパイへの監視の目を緩めてきそうなところだ。全く違う分野のスパイを二人動かして『種まき』をしてくるあたり、よっぽどこちらと『もう一か所』を動かしたいのだろうが。

 

『だが……もしそうなら尚更、腑に落ちない点も出てくるぞ? AFOはどうしてそんな回りくどい真似をしたんだ……? 君を確実に手に入れるために、社会的信用を失わせて帰る場所をなくそうとしたにしても……話題が欲しい野心家のライターや、情報拡散力の高い無関係の第三者に流す方がリスクが低そうだが』

「ええ、塚内さんの仰る通りです。私が洗脳されて死柄木の配下になったなら、あの記事は私の退路を塞ぐだけの効果で終わる。……けれど、失敗した時の次善の策を考えるのもまたAFOの特徴というのなら、捕まった場合のAFOが求めた結果が鍵になる」

 

 ヒントは、仮免試験の日に行われたオールマイトとAFOの面会動画だ。

 

「……タルタロスでの面会で、AFOが自ら口火を切った話題は『自分が居なくなったあとの社会』。あれはオールマイトの動揺を誘う意味もあったんでしょうけど、『自分が捕まっても、すべては自分の手のひらの上のこと』と、AFOの影響力をこちらに強くアピールするためのように見えました」

 

 今の社会は、この世界に来た当初の私が懸念した通り、唯一絶対(オールマイト)を失った反動で不安に揺れている。次のトップが苛烈なエンデヴァーであることも、それを助長している。

 反面、オールマイトの存在で今まで抑止されてきたヴィランの動きは活発化してきている。今まで社会に認められてこなかったヒーロー不支持者や日陰者が、死柄木たちのように『自分も社会を動かせるかもしれない』と、組織だって動き始める。死柄木たちは逆に潜伏、神野で負った傷もあるし、足りない戦力や失った後ろ盾をまずは補いつつ、台頭してくる勢力を見極めようとする……それが、AFOが語った『シナリオ』だ。

 

「AFOは今後台頭してくるヴィラン組織を、死柄木たちが強くなるための踏み台、あるいは足りない戦力の補充としての吸収先、そして死柄木たちが準備を整えるまでの捜査の撹乱用のデコイになるように整えた。……すべては、自分の後継者を次の裏社会の王にして、ヒーロー社会を瓦解させ、唯一障害になっている力を手に入れさせるため」

 

 あれはこちら側の拒否感や反発感ありきで、後になって自分の思惑通りにいったら「僕の言うとおりだったろう?」といけしゃあしゃあとせせら笑うタイプだ。自分の発言が信用されないという心理を利用して、後でそれを改めて突きつけることで、とっさの動揺や心理的ダメージを狙ってくる。AFOをとことん毛嫌いしているオールマイトでは、話題を動揺のダシにされたことは気づけても、たった3分の残り面会時間にあの話題が出された理由までは考えないだろう。お互いを理解しているが故の策が的確にいやらしくて、たちが悪い。

 

 さらに面倒なのが、私に思惑を読まれても問題ない前提で策が打たれていることだ。私が見抜けなくてもスパイは逃げ延びるし、思惑を見抜かれたとしても、仮免許は取ったものの所詮は一介の学生、正式なヒーローでもない未成年の身分で出来ることなどたかが知れている。AFO側には大した損害がない。

 雄英の全寮化に伴う警備の強化は、生徒の安全を守るための策だが、同時に学内にいる内通者への監視の強化、及び炙り出しの側面も持っている。拉致され、巨悪に能力を評価された上に逃げおおせた点からヴィラン達に狙われる身である私も、今や護衛なしには雄英の外は出歩けない。せいぜいできることといえば、公安の協力者として、少しでも連中の思い通りにさせないように知恵を貸す程度だ。

 

 メティスに通信傍受対策はさせているが、一応OFAはトップシークレット。塚内さんならぼかしても通じるだろうと言葉を選びながら、不意に窓の外に視線が吸い寄せられた。

 広大な敷地を有する雄英、その中でも特に持久力のトレーニングや、マラソンの授業でも利用されるジョギングコース。校舎や寮、ヒーロー科が使う各種訓練施設をぐるっと囲むように存在している森林区域への道へ、明らかにOFAを使って駆け込む小さな人影が見えた。……イズク?

 

『……星合くん?』

 

 怪訝そうな塚内さんの呼びかけに、我に返る。通話中に気を取られるなんて、とことん平和ボケしているらしい。退行する前の私なら、電話をしながら他の構成員に目を配って、デバイスで遠隔指示を出すことも日常茶飯事だったというのに。

 内心でしっかりしろと自分を叱咤しつつ、視線はランニングコースへとあっという間に消えていった人影を追いかけ、電話口の相手へと失礼を詫びた。

 

「ああ、すみません。話の途中に……。

 長々と説明してしまいましたが、結論はシンプルです。死柄木がAFOの後釜に座るために、邪魔になる私への牽制と同時に、死柄木たちのために表舞台に引っ張り出したい勢力をつつきたかったんですよ、恐らくは。わざわざ記者のスパイも使ったのは、そこが理由でしょう」

『引っ張り出したい勢力……』

「で。こちらが一方的にAFOの思惑に乗せられっぱなしなのも癪なので、一つ提案があるんですが……お聞きになります?」

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