土曜日。朝早くから相澤先生の同伴で雄英を出発した私は、一棟のビルを見上げていた。
「着いたぞ、ここだ」
「ここがサー・ナイトアイの事務所ですか」
街並みに溶け込むシンプルなビルだが、建物まるごとが事務所になっているのはエンデヴァー事務所と同じだ。あっちは高層ビルだが、そもそもサイドキックを抱えている数が違うので単純に比較はできない。けれど、テナントを間借りして事務所を運営するヒーローも多い中、建物ひとつを所有できるぐらいの実力があると暗に示してもいる。流石はオールマイトにとって唯一の元サイドキックというところか。AFOとの因縁がある以上、巻き込まれたり利用されたりする可能性は高い。優しくて正義感の強い……自分でなんでも出来てしまったオールマイトのことだ。生半可な実力の人間をそばに置いたりはしなかっただろうから。
ナイトアイが募った協力先のプロヒーロー達。その事務所にインターン生として所属しているイズク、お茶子、梅雨ちゃん、ビッグ3の先輩方も今日の会議には同席するらしい(会議の詳細が出た時、リューキュウ事務所の名前を見つけて、世間は狭いとファットガム事務所の時と同様に遠い目をしたのは言うまでもない)。なので彼らと一緒に来ても良かったのだろうが……先方から少し話をしたいとのことで、私だけ会議開始より20分ほど早く呼ばれたのだ。私の護衛のため、わざわざ早い時間に付き添ってくれた相澤先生には頭が上がらない。
先生の後を追ってビルに足を踏み入れると、入り口から入って数歩の距離から見えるソファースペースに座っている人物と目が合った。
「お、嬢ちゃん。待っとったぞ」
「グラントリノ。おはようございます、ご無沙汰しております」
「おはようございます」
「イレイザーは嬢ちゃんの護衛か。おはようさん」
ソファーから降りたグラントリノは、背後の受付を肩越しに親指で指し示した。受付カウンターには事務方らしいスタッフの女性が座っていて、私たちが目を向けると同時に会釈をしてくれた。
「受付が済んだら、ちいと嬢ちゃんは借りるぞ」
「ええ」
言葉少なに受付を済ませた相澤先生に続き、仮免を見せて手続きをしてもらう。会場は2階の大会議室らしいので、三人でエレベーターに乗り込む。
既に何人かのヒーローは到着しているらしい。グラントリノ曰く、エンデヴァー事務所からはワックスが代理出席で来ているのだという。
エンデヴァー本人ではないのは、相手の極道がかなり慎重派の性格らしく、急にトップヒーローがこの地域に現れようものなら、こちらの捜査を警戒して行方をくらます可能性があるため、顔の割れにくいサイドキックの出席をナイトアイが希望したかららしい。渋々許可したんだろうな……としかめっ面をするエンデヴァーの顔を思い描いて乾いた笑いを張り付けた私の前で、ぽーんと到着を知らせるチャイムが鳴った。
「では先生、また後ほど」
「ん」
もうひとつ上の階に上がる私たちを残してエレベーターを降りた先生に声をかけると、ひらひらと手のひらを下に向けて振る、日本でいう「早く行け」のジェスチャーをされた。静かに閉まるドアの狭間に消えていくその姿に、私からすると「こっちこい」にも捉えられるジェスチャーなのに、日本でメジャーな方の意味に思考が先に来たことに気づいて、ゆるやかに一瞬だけ目を伏せる。
「悪ィな、いろいろ建前使ってでも強引に呼び出してよ」
「いえ……少しでも連合の情報を得られるように取り計らって下さったんですよね? ありがとうございます」
二人きりになったとたん、ぽりぽりとこめかみを掻いて、先ほどよりも砕けた声色になったグラントリノに首を振った。
おそらく、ナイトアイが目星をつけていた極道が連合と接触した時点で、本来なら私はこの会議には参加させてもらえなかったはずだ。相澤先生がこの会議に出席しているのもイレイザーヘッドとして声が掛かったからであり、そうでなければナイトアイから学校に情報が入った時点で、会議の事は知らされずに、一年生のインターン中止を学校で言い渡されていただろう。
雄英の先生方からすれば、私は拉致被害者であり、連合やヴィランから狙われる立場だ。本音を言えば、連合の影がある場所からは一番遠ざけておきたい生徒だろう。
個人的にも、協力者の立場的にも情報は少しでも集めておきたい。かといって私を心配してくれている先生方に気を揉ませたくないのも確かだ。……特に相澤先生からは、神野からこっち、イズクとは別ベクトルで心労を掛けているような気がひしひしとする。インターン前の面談の事もそうだが、会議の参加への返事の際の態度からも、言葉にされなくとも相澤先生の考えは何となく見えてくる。
……だからこそ、少しでも連中の雲隠れ先を掴む切っ掛けが出てきたのなら、自分で確認しておきたい。待ちの姿勢は大事ではあるが、放置して相手の用意が整うのを見逃しておけるほど、状況は良くないのだ。ただでさえ、ヴィランの活発化によって公安本部対策委員会の捜査が難航しているのだから。
たとえ表立って作戦に参加できなくとも、自分の経験や知恵が必要だとナイトアイとグラントリノが判断したのなら、私は十全に求められた役目を果たそうと思う。
協力者の立場は極秘事項。グラントリノとは一応オールマイトの被後見人とオールマイトの師匠という立場で繋がりこそあれど、今のところ表立っての接触は保須事件ぐらいのものだ。エンデヴァー事務所が事件に関わっていたとはいえ、私を会議に参加できるように取り計らいつつ、かといって関係者に私の立場が露見しないよう、建前づくりにいろいろと立ち回って下さったのは予想に難くない。
その意味も込めて礼を述べたのだが、グラントリノの曇り顔は晴れなかった。
「いや、この会議にお前さんの知識を貸してもらいてえってのは本当だが……正直に言えば、会議すらも建前にすぎねえんだ」
「?」
「お前さん、俊典からはナイトアイの事をなんか聞いとるか?」
「……あまり詳しくは……元サイドキックで、オールマイトのブレーン。サポート役として活躍していた人だと。価値観の違いでコンビを解消した、とだけ」
相澤先生から協力の打診を受けた後、オールマイトに何気ない雑談の一つとして、ナイトアイの人となりを訊いてみたのだ。さすがに正直に会議の話をするわけにもいかず、イズクのインターン先だからと理由をつけて。
ところが、妙に間の空いた……どこか気まずそうな口調で、少しネットを調べれば出てくるような内容しか話してもらえなかったのだ。普段の彼なら、あれこれと昔話を織り交ぜてどんな人物か話をしてくれそうなのに。
あまりナイトアイの話をしたくなさそうな様子に面食らっているうちに、オールマイトが相澤先生から声を掛けられて、「ごめんね、呼ばれてるから行ってくるよ」と逃げるようにその場を離れたものだから、私もそれ以上無理に話を聞くことはしなかった。
「……そうか」
「グラントリノ、私は一体何のために呼ばれたんです?」
静かに目を伏せ、私の発言を吟味している様子のグラントリノに、思わず目を細める。
なかなか要点が見えてこない会話。回りくどい方法を取ってでも、一人だけ早い時間に呼び出された理由。オールマイトやグラントリノの態度からして、私に何か隠している。私にまつわる事だろうに、私を議論の外に置いて勝手に話が進んでいるような気がしてならない。
「ああスマン、肝心なとこを話しとらんかったな……」
頭上で、エレベーターが目的の階に着いたことを知らせるチャイムが鳴る。ゆっくりと開いた両扉の先、エレベーターからまっすぐ伸びる廊下の一角に、窓の外を眺める白いビジネススーツを纏った長躯の男性が居た。
「一度、お前さんにはナイトアイと顔を合わせておいてもらいたくてな」