人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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malice①

「グラントリノ!? それに相澤先生と……星合さんも!?」

 

 グラントリノと一緒に会場に戻って相澤先生に合流する。姿を見せた私に少しざわついた会議室の空気を無視しながら、駆け寄ってきたナイトアイのサイドキック……バブルガールと挨拶を交わしていると、聞きなじみのある声が後ろから飛んできた。

 振り返れば、イズクにお茶子、梅雨ちゃんに切島くん、そしてミリオ先輩たちビッグ3の三人が扉から入ってくるところだった。ねじれ先輩は早速インターン先の女性ヒーロー、リューキュウに駆け寄るといつもの質問攻めをしていたが、クラスメイト4人はわーっ!とこちらに駆け寄ってきた。

 

「千晶ちゃんも会議に呼ばれてたのね。寮のダイニングに居なかったから、今日はお休みなのかと思っていたわ」

「慣れない土地に行くから、早め早めに行動してたんだ」

「星合、早起きだしな~。つか、なにげに常闇以外のインターン組揃ったな」

「確かに……!」

 

 さりげなく本心ではないが嘘でもない理由で梅雨ちゃんに弁解し、日頃の生活習慣のおかげで怪しまれることもなくさらっと受け入れられたところで、ナイトアイが声を上げた。

 

「あなた方に提供していただいた情報のおかげで、調査が大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか。知りえた情報の共有と共に、協議を行わせて頂きます」

 

 順を追って話します、というナイトアイの言葉を皮切りに、雑談に興じていたヒーローたちが順に席に案内される。その合間に、お茶子と梅雨ちゃんが相澤先生に駆け寄っていった。

 

「先生!」

「先生が何故ここに?」

「急に声をかけられてな。協力を頼まれたから来たんだ。ザックリとだが事情も聞いてる……言わなきゃならんこともあるしな」

 

「俺、置いてけぼりなんスけど……ハッサイ? 何スか?」

「悪いこと考えとるかもしれんから皆で煮詰めましょのお時間や。お前らも十分関係してくるで」

 

「ネレイド」

 

 各ヒーローの元にインターン生が散る中、私に声を掛けてきてくれたのはワックスだった。

 

「おはようございます、ワックス。怪我の方は大丈夫ですか?」

「うん、やっぱあんな弾頭だったから怪我も大したことないよ。既に前線復帰してるぐらい。個性も無事戻ってほっとしたよ」

「良かった……」

 

 そんな会話をしているうちにエンデヴァー事務所の名前が呼ばれ、ワックスと一緒に席に着く。大きく四角を描くように並べられた机の角の席、ちょうど主催のナイトアイがほぼ正面に来る位置の席だった。近くには相澤先生とグラントリノ、対角にイズクとミリオ先輩が座っている。

 

「えー、それでは始めて参ります。我々ナイトアイ事務所は約2週間ほど前から、死穢八斎會という指定(ヴィラン)団体について……独自調査を進めて……います!」

 

 司会は初めてなのか、ナイトアイの斜め後ろに立ったバブルガールが、青い肌を緊張で少し赤くしながら、ところどころつっかえつつも話題を切り出す。

 

「キッカケは?」

「レザボアドックスと名乗る強盗団の事故からです。警察は事故として片づけてしまいましたが、腑に落ちない点が多く、追跡を始めました」

 

 黒頭巾をかぶったヒーローからの質問にすらすらと答えたのは、バブルガールの隣に立っていた男性ヒーローだ。いわゆる異形頭というのか、頭部がムカデになっていて、マフラーのようにムカデの体部分が首元に巻き付いている。……首に巻いている部分は体の一部なのか、コスチュームの一環なのか遠目では微妙に判別し辛い。どうなってるんだろう、あれ。

 

「私、サイドキックのセンチピーダーがナイトアイの指示の下、追跡調査を進めておりました。調べたところ、ここ一年以内の間に全国の組外の人間や、同じく裏稼業団体との接触が急増しており、組織の拡大・金集めを目的に動いているものと見ています。そして調査開始からすぐに……ヴィラン連合の一人、分倍河原(ぶばいがわら) 仁……ヴィラン名トゥワイスとの接触。尾行を警戒され、追跡は叶いませんでしたが、警察に調査を協力していただき、組織間で何らかの争いがあったことを確認しました」

 

 ぱっとスクリーンに映し出された画像には、トゥワイスらしき人物の顔には一応ぼかしが入っていたものの、道端で黒塗りの車に向かおうとする成人男性二人が明らかに隠し撮りらしいアングルで映っていた。

 

「連合が関わる話なら……ということで俺や塚内にも声がかかったんだ」

「その塚内さんは?」

「他で目撃情報が入ってな、そっちへ行ってる。小僧……まさかこうなるとは思わなんだ……面倒なことに引き入れちまったな……」

「面倒なんて思ってないです!」

 

 塚内さんにも声が掛かっていたのか……対策委員会所属なのだから声が掛かって当然とはいえ、他に入った目撃情報というのが気になる。後でフギンとムニン(情報収集AI)を走らせようと頭の隅にメモをしつつ、一旦脇に逸れた会議がナイトアイの「続けて」の一言で軌道修正に入る。

 

「えー、このような過程があり! HNで皆さんに協力を求めたわけで」

「そこ飛ばしていいよ」

「うん!」

「HN?」

「ヒーローネットワークだよ。プロ免許を持った人だけが使えるネットサービス。全国のヒーローの活動報告が見れたり、便利な個性のヒーローに協力を申請したりできるんだって」

 

 ……軌道修正しても、中々本題に入れないな……。前置きから進まない会議に、内心苦笑いをしつつも、隣のワックスが「事務所で見たことあるだろうからネレイドは知ってるよね?」と小声で確認してくれるのに頷く。

 

「雄英生とはいえ、ガキがこの場に居るのはどうなんだ? 話が進まねえや。本題の企みに辿り着く頃にゃ日が暮れてるぜ」

 

 イズクの隣に座る色黒にパーマヘアの男性ヒーローが、あきれた様子でげんなりとつぶやくのも無理はない。ライブラの作戦会議もよく脇に話が逸れるが、ここまで本題に入るまで時間がかかることは少ない。進行役を務めるのが指示出しに慣れているスティーブンということもあるし、メンバーも打ち合わせに慣れているから比べようがないのだが。

 が、その指摘に勢いよく否を叩きつけるヒーローが居た。

 

「ぬかせ、この二人はスーパー重要参考人やぞ!」

「俺……たち?」

「ノリがキツイ……」

 

 椅子を蹴飛ばす勢いどころか、その巨体からは想像できないぐらい俊敏にファットガムが立ち上がった勢いで豪快に椅子が吹っ飛ぶ。あまりの勢いに隣に座っていた切島くんとタマキ先輩がびくっとしつつ困惑を見せる中、当の本人は二人の様子は気にせず、陽気に自己紹介していた。

 

「八斎會は以前、認可されていない薬物の捌きをシノギの一つにしていた疑いがあります。そこで、その道に詳しいヒーローに協力を要請しました」

「昔はゴリゴリにそういうんブッ潰しとりました! そんで、先日の烈怒頼雄斗(レッドライオット)デビュー戦! 今までに見たことない種類のモンが環に撃ち込まれた! ……個性を壊すクスリや」

「個性を壊す……!?」

 

 ファットガムは手のひらに出していた飴をぐっと握りしめたかと思うと、ばらり、と掌を広げた。粉々になった飴のかけらと、中身を失った包装紙が机の上へと広がり落ちる。

 個性を壊す、という不穏な響きに、ざわりとどよめきが広がる室内。この件は知らなかったのか、心配そうに今度はミリオ先輩が立ち上がった。

 

「え……!? 環、大丈夫なんだろ!?」

「ああ……寝たら回復していたよ。見てくれ、この立派な牛の蹄」

「朝食は牛丼かな!?」

「同じく、ファットガム事務所の一日前に、エンデヴァー事務所も同じ効果のある銃撃を受けました。私も銃弾を受けましたが、丸一日経過して個性が戻っています」

「なんだ、回復すんなら安心だな。致命傷にはならねえ」

 

 ワックスがさらにもう一例を付け加えたことで、緊迫した会議の空気が緩む。が、ナイトアイは弛緩しかけた空気を引き戻すように、淡々と相澤先生に目配せをした。

 

「いえ……その辺りはイレイザーヘッドから」

「俺の『抹消』とはちょっと違うみたいですね。俺は個性を攻撃しているわけじゃないので……。基本となる人体に特別な仕組みが+αされたものが『個性』。その+αがひとくくりに『個性因子』と呼ばれています。俺はあくまでその個性因子を一時停止させるだけで、個性因子そのものにダメージを与えることはできない」

「環が撃たれた直後、病院で診てもらったんやが、その個性因子が傷ついとったんや。幸い、今は自然治癒で元通りやけど」

 

 個性の仕組みは未だに研究が続けられている未解明部分の多い医療研究分野だ。個人の個性因子を定義する遺伝子の詳細や、それを記述している遺伝子の配置部分は一定ではなく、個性の多様性と同じくらい千差万別らしい。明らかに見た目からして違う異形型でもない限りは、個性が発現しておらず、身体もまだ未発達な幼少期の子どもに個性があるかどうかを、足の小指の骨の数でしか判定できないほどには。

 ……だからこそ、複数個性を与えられている脳無がどれほど気味の悪い存在かが分かるだろう。しかも、オンリーワンではなく量産が可能というところも。AFOの配下の医者には間違いなく、個性に詳しい輩がいるという証拠でもある。

 

「撃ち込まれたモノの解析は?」

「それが、環の体は他に異常なし! ただただ個性だけが攻撃された! 撃った連中もだんまり! 銃はバラバラ、弾は撃ったキリしか所持していなかった。ただ……」

 

 一瞬、ファットガムの視線が切島くん……そして私に一瞬投げかけられた。

 

「切島くんは身を挺して、そんでそこの星合ちゃんがスーパー技術で銃弾を弾いたおかげで、中身の入った二発が手に入ったっちゅーわけや!」

「俺っスか! びっくりした、急に来た!」

「切島くんと千晶ちゃん、お手柄や……」

「……そしてその中身を調べた結果、ムッチャ気色悪いモンが出てきた……。人の血ィや細胞が入っとった」

 

 今度は、さっきとは違う意味で室内が凍り付いた。私は事前に知らされていたとはいえ、他の子たちにしてみれば気分のいい話ではないだろう。案の定、お茶子や梅雨ちゃんは顔を青ざめさせていたが、……イズクやミリオ先輩の様子が妙におかしい。何か気づいてはいけないことに気づいてしまったような……尋常じゃない冷や汗をかき始めている。

 

「つまり……その効果は人由来……個性ってこと? 個性による個性破壊……」

「うーん……さっきから話が見えてこないんだが、それがどうやって八斎會に繋がる」

 

 ヒーローたちはこういう話にも免疫があるのだろう。冷静さを失わずに議論は進んでいく。

 ファットガムからは切島くんが捕らえた男が使用した違法薬物の流通経路を探ったところ、八斎會が関与しているという証拠こそなかったものの、中間売買組織のひとつと八斎會に交流があることが分かったらしい。

 それだけ!? と驚きの声が上がるのも無理はない。取引の証拠がない以上、現時点では違法薬物や例の銃弾の卸元が八斎會の可能性が「あるかもしれない」という憶測でしかない。

 リューキュウたちが対峙したヴィラングループ同士の抗争も、その片方の元締めが八斎會と交流のあった中間売買組織だったというが、それでも捜査の決定打には弱すぎる。流石にヒーローも、捜査令状も無く他人の私有地に踏み込んで捜査はできない。

 

「最近多発している組織的犯行の多くが……八斎會に繋げようと思えば繋がるのか」

「ちょっとまだ分からんな……どうも、八斎會をクロにしたくてこじつけてるような。もっとこうバシっと繋がらんかね」

 

 ヒーローたちの間でも困惑が広がる中、スライドが切り替わる。さっきの写真にも写っていた……短髪の黒髪に、口元だけを覆う鳥の嘴のようなペストマスクを着けた若い男が大きく映し出された。

 

「八斎會若頭、治崎の個性は『オーバーホール』。対象の分解・修復が可能という力です。分解……一度『壊し』『治す』個性。そして個性を『破壊』する弾……」

 

 淡々としたナイトアイの説明が続く中、イズクとミリオ先輩が大きく息を呑んだのに気付いて、思わずナイトアイから視線を外して彼らを見た。

 ……動揺、という表現が生易しいぐらい、なんなら愕然とした顔で滝のような汗を流し、ずるずると俯く二人。

 

「治崎には娘がいる……出生届もなく、詳細は不明ですが、この二人が遭遇した時には手足におびただしく包帯が巻かれていた」

「!」

「まさか……そんなおぞましいこと……」

「超人社会だ。やろうと思えば、だれもがなんだって出来ちまう」

「何? 何の話ッスか……!?」

「……」

「やっぱガキはいらねーんじゃねーの? わかれよな……」

 

 ナイトアイの説明で事情が読めたのは、プロヒーローを除けば私と、先輩方ぐらいだろう。いまいちピンと来ていない切島くんの言葉に、眉根を寄せていた色黒のプロヒーローがぼそりとつぶやいた。

 

「つまり……娘の身体を銃弾にして、捌いてんじゃね? ってことだ」

 

 直接的で、これ以上なくわかりやすい説明だ。今度こそ、はっきりと三人の顔が嫌悪で歪んだ。

 ……この人、突き放すような言葉選びのわりにちゃんと説明してくれるし、胸糞悪い話の時には私たち生徒に目を配ってくれているので、口の悪さで損しているタイプの良い人では。

 そんな風にあちこちに視線を動かしている私に、ついにナイトアイからパスが来た。

 

「そこで……血液を扱うヒーローとして……ネレイド、意見をお願いできるだろうか」

「はい。……今ナイトアイ事務所やファットガム事務所が突き止めた情報を統合した上で、正直に言うと、八斎會は『わざわざ面倒な手間を掛けている』という印象です」

「手間?」

 

 神野の件があるとはいえ、いち学生が会議で出す意見にしては、切り口が突飛すぎて不信を抱かれるのは仕方ない。でも本当に、何度考え直してもこの感想しか出てこないのだ。

 

「まず大前提として、『血液を対象とした個性持ちでも、血液そのものに攻撃的な性質が宿る可能性は低い』というのを頭に置いておいてください」

「ふむ」

 

 ヒトの複雑な生理機能は脳と内臓が制御していて、血管と血液はそれらを繋ぐ重要な回路だ。血液そのものが攻撃性を獲得した場合、長生きは難しい。普通に血流が体内を巡るだけでも、鍛えることのできない体内を内側から蝕まれて、宿主が耐えられないからだ。

 ……まあ、斗流のじっさまのように、揮発性と引火性という、操作をミスしたらドカン!では済まない規模の爆発を起こす人間爆弾になりかねない性質の二属性分の血液を、体内で混ぜないように循環させるなんて離れ業をやってのける人もいるが、あれは本当に頭がおかしいことを平然とやっている例だ。引き合いに出してはいけない。

 私も体外に取り出した血液を二属性以上、同時に発現させようとすると暴発の恐れはあるが、じっさまとは違い、血液そのものは無属性のみで、体外での変換の時しか爆発の危険はない。

 

「私やブラドキングのように、血液を用いる個性の人間は『血液を操る』能力を攻撃に転用できるように使い方を工夫しているだけで、血液中に普通の人とは違う成分があるとか、成分構成が違うなんてことはないんです」

 

 私の血法は個性とは異なるため、正直なところあまり参考にはならないが……。ブラドキングの『血操』は血液の形状操作と、凝固と流動を本人の意思で制御できる個性だ。

 ブラドキングのような血液操作系個性は、血液を固めて武器にする、あるいは身体に纏わせることで筋力の補助を行うなど、戦闘に使えるようにしているにすぎない。

 

「だから、血液をただ撃ち込むだけで、相手の個性因子だけを傷つけるなんて結果は得られないんです。どんな個性の持ち主であれ、精製と加工をしない限りは血液はただの血液でしかない。血液型不適合による凝集反応や溶血反応による不利益の方が効果として大きいでしょうし、ただ殺したいだけなら、普通の弾丸を使った方が安上がりで手っ取り早い。ですが、あの弾丸は『個性破壊のみ』に重きを置いている。

 体外に取り出された血液は凝固しやすく、血液製剤にしたところで長期間の保存はできない。使用される場所が遠く離れれば、個性による操作の対象外になります。当然、個性効果を保つほど原型を留めながら、不適合反応を引き出さずに相手の個性だけを奪うクスリなんて、どれほど設備投資と製造にコストがかかることか。そんな扱いにくい素材をわざわざ精製して、弾詰まりしやすそうな上に明らかに特注品の注射器型の弾丸なんて形にして、個性因子しか破壊しないというのは……面倒なぐらい手間暇ををかけている、と表現するしかないというか」

 

 さすがにこれを言葉にするのは憚られて、一応飲み込んだが……素材が年端もいかない少女というのなら尚更……弾丸として作ることのできる数には限りがある。そんな貴重品を無差別にバラまいた事を考えれば、連中の目的はうっすらと察することができる。

 私が最初に述べた『手間』の話に、最初は懐疑的な目をしていたヒーローたちは、話を経るごとに真剣な目つきに変わっていった。……ちょっと相澤先生がいるあたりからの視線が痛い。切島くんの「星合、スゲー」だの、ちょっと引いたような気配のタマキ先輩の視線も、チクチク刺さるが、表面上は素知らぬふりを決め込む。

 

「ははァ、なるほどな? 1日程度で時間切れになるしょっぱい効果に対して、確かにコストが釣り合っとらんな」

「加えて、血液が生命維持に必須な点も考慮すべきでしょうね。……血液の精製が必要なら、原料に必要な血液量は相当なもののはず。量産できる数には必ず限りがあるのなら、適当にバラまくより、切り札として秘匿するほうが自然だわ」

「ええ。まるで他の組織に効果があることを実証させるような使い方なんですよ。完成品を作る途中経過で出来た、半端な未完成品をサンプルにしているような動きに見えます。探られるリスクを承知で集めたいのが資金か、設備か、それとも戦力か……意図は不明ですが、もし治崎という男が弾丸の製造者なら、あの弾丸から彼の狙いはある程度絞れるかと」

「!!」

「ネレイド、それは……?」

 

 一瞬戸惑いを瞳に乗せたものの、私の言葉を制止せずに続きを促したナイトアイに、小さく頷く。

 正直、ここまで口を出すのは学生の身分を逸脱しているような気もするけれど、少女の救出に自分が関われない以上、自分の保身のために情報を出し惜しみするのは悪手としか言いようがない。今も、顔には全く出していないものの……治崎という男に、ぐらぐらと腹の底が煮立つような怒りを感じているのだから。

 

「銃弾が『個性因子だけ』を傷つけて、撃った相手を殺さない所がポイントかと。完成品が個性を完全に破壊する代物だった場合、銃弾はヴィラン側にばらまかれ、ヒーローに撃ち込まれる。個性を失ったヒーローは死に物狂いで個性を取り戻せないかと行動するでしょう。人によっては廃業に追い込まれるでしょうから、どんな対価を払ってでも治したいと思う人間も出てくる」

 

 ヒーローが公に認められた職業であることがここで響いてくる。

 戦闘一本のヒーローならほぼ致命傷、副業で生計を立てられるようなヒーローであっても、己のイメージに直結する個性を失えば、広告塔としての魅力は半減、徐々に苦境に立たされるのが目に見えている。

 自己顕示欲や承認欲求が旺盛で、人々からの人気や応援を心の軸にしているような人間には、殺されるよりも辛い劇薬になる。オールマイトのように、純粋に人々を助けることを命題にしているヒーローであっても……生きがいと将来の展望を急に奪われてしまっては、抜け殻になってもおかしくはない。本来なら、手を出さないようなウマい話に手を出してしまうぐらいには、追い詰められる人間が必ず出る。

 

「治崎の個性はオーバーホール。レザボアドッグスの強盗事件で、強盗団の交通事故での怪我どころか、持病を綺麗さっぱり治すほどの修復系個性……それを、治崎の娘という少女がそのまま受け継いでいると仮定して。

 その血液や体細胞から『破壊』の弾丸が生まれたのなら……個性を取り戻せる『修復』の治療薬の製造に成功していてもおかしくはないと思いませんか」

 

 一段と声を低くした私の話に、ファットガムが勢い良く立ち上がった。

 

「……! そうか、個性を壊すクスリ一本じゃなしに、治療薬も製造を独占出来とったら、評判を聞きつけて人もカネも集まる……! ヴィラン側とヒーロー側、どっちにも商品を売り続ける限り、需要は永遠に途切れんちゅーことやな!?」

「仮定が多すぎて推測の域を出ませんが、可能性の一つとして頭の隅にでも留めて頂いたほうが良いかと。ヴィランが活性化しつつある今の情勢で弾丸と治療薬を独占販売すれば、マッチポンプは完成する。それぞれに欲しいものを提供し続ければ、それを弱みに八斎會そのものの勢力拡大や裏での人脈拡大が叶う。八斎會がリスクを承知の上で未完成品のサンプルをばら撒き、ヴィラン組織との接触が急増したのも、完成品を大量製造するための下準備に入ったのではないかと」

「想像しただけで腹ワタ煮えくり返る!! 今すぐガサ入れじゃ!!」

「こいつらが子どもを保護してりゃ一発解決だったんじゃねーの!?」

「全て私の責任だ。二人を責めないでいただきたい。知らなかった事とはいえ……二人とも、その()を救けようとしたのです。……今、この場で一番悔しいのは、この二人です」

 

 ナイトアイのその言葉で、二人が憔悴していた理由が腑に落ちた。……一度、その子と接触したにも関わらず、保護を諦めるような何かがあったのだろう。チャンスがあったのにその機会を逃したとあれば、悔しさはひとしおだ。

 俯き、ギリギリと奥歯を噛みしめていたイズクとミリオ先輩が、ナイトアイの言葉を皮切りに、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。

 

「今度こそ必ずエリちゃんを……!!」

「「保護する!!」」

「それが私たちの目的になります」

 

 ……物凄く気合が入っているが、私たち一年生はインターン中止、この案件の顛末には関わることができないと知っている私としては、少し複雑だ。確かな実力があるミリオ先輩はともかく、イズクは許可が下りない……のだが、イズクの性格とこの気合の入りようでは、彼が時々見せる無鉄砲と無謀にも程がある強烈な行動力が発揮されそうで心配だ。……メティスに雄英ゲートと敷地を囲う塀の監視強化でも頼んでおくべきだろうか。

 鼻息荒く息巻くイズクとミリオ先輩。そんな彼らに対して、痛烈な一言が放たれた。

 

「ケッ、ガキがイキがるのもいいけどよ。推測通りだとして、若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった核なんだろ? それが何らかのトラブルで外に出ちまってた! あまつさえガキんちょヒーローに見られちまった! 素直に本拠地に置いとくか? 俺なら置かない。

 攻め入るにしても、その子が『居ませんでした』じゃ話にならねえぞ。どこにいるのか特定できてんのか?」

「確かに。どうなの、ナイトアイ」

「問題はそこです。何をどこまで計画し、進んでいるのか不明な以上、一度で確実に叩かねば反撃のチャンスを与えかねない。そこで、八斎會と接点のある組織・グループ、及び八斎會の持つ土地! 可能な限り洗い出しリストアップしました! 

 皆さんには各自その箇所を探っていただき、拠点となり得るポイントを絞ってもらいたい!」

 

 もっともな指摘はナイトアイも想定内だったらしく、スライドに大きく日本地図が映し出される。北海道、東北、関東、中部、中国地方……地図上で赤い点が複数点滅している。

 

「なるほど、それで俺たちのようなマイナーヒーローが……」

「?」

「見ろ、ここにいるヒーローの活動地区とリストがリンクしている! 土地勘のあるヒーローが選ばれてんだ」

「オールマイトのサイドキックな割に随分と慎重やな、回りくどいわ! こうしてる間にもエリちゃんいう子、泣いとるかもしれへんのやぞ!」

 

 納得の声が上がる半面、ファットガムだけが苛立たしげに声を荒げる。巨体に見合う声量をぶつけられても、ナイトアイは冷静そのもの、柳に風といった様子だが。

 

「我々はオールマイトにはなれない! だからこそ、分析と予測を重ね、救けられる可能性を100%に近づけなければ!」

「焦っちゃあいけねえ。下手に大きく出て、捕らえ損ねた場合、火種がさらに大きくなりかねん。ステインの逮捕劇が連合のPRになっちまったようにな。むしろ一介のチンピラに個性破壊なんつー武器流したのも、そういう意図があっての事かもしれん」

「……考えすぎやろ! そないなことばっか言うとったら、身動き取れへんようになるで!」

 

 慎重派なのはグラントリノもらしく、苦々しい声色で援護射撃が入る。

 ……懸念はもっともだ、エリちゃんという子の保護も急ぎたいが、敵を取り逃がした場合、探り当てられないほど深く行方をくらまされて詰みになる可能性が高い。時間を掛ければ掛けるほど、弾丸の噂を聞きつけて傘下に入る組織も増え、弾丸も量産される。一度ヒーローにエリちゃんの存在が認識されてしまった以上、今まで以上の勢いで身体を切り刻まれていてもおかしくはない。

 どちらの気持ちも重々わかるが、取り逃した時のリスクが高い以上は速攻性と確実性、どちらを取るべきかは慎重にならないといけないだろう。

 だんだんとファットガムの語気がヒートアップしていく中、すっと相澤先生が挙手した。

 

 「あのー……一つ良いですか。どういう性能かは存じませんが、サー・ナイトアイ。未来を予知できるなら、俺たちの行く末を見ればいいじゃないですか。このままでは少々……合理性に欠ける」

 

 『未来予知』――ナイトアイの個性にして、成立条件は社外秘とされているそれ。確かに、相澤先生の言う通り、ナイトアイならば未来予知を使って情報収集ができそうなものだが……ナイトアイの表情がひと際強張ったのを、私の目は捉えた。

 

「それは……出来ない」

「……?」

「私の予知性能ですが、発動したら24時間のインターバルを要する。つまり一日一時間、一人しか見ることができない。そして、フラッシュバックのように一コマ一コマが脳裏に映される。発動してから一時間の間、他人の生涯を記録したフィルムを見られる……と考えていただきたい。ただしそのフィルムは全編、人物のすぐ近くからの視点。見えるのはあくまで個人の行動と僅かな周辺環境だ」

「いや、それだけでも十分すぎるほどいろいろ分かるでしょう。出来ないとはどういうことなんですか」

「例えば、その人物に近い将来、死……ただ無慈悲な死が待っていたら。どうします」

「……」

 

 ナイトアイが眼鏡を正すため、顔を大きく覆うように眼鏡のふちに手を当てたその仕草。何気ないそれが、深くなった眉間の皴と相まって、妙に意味ありげに見えた。

 そして、口も目も閉ざして黙するグラントリノの態度。何かに気づいたように、はっと目を見開いたイズクの態度。インターン開始直後、精彩を欠いていたイズクの様子、ランニングコースに駆け込んでいく後ろ姿、『無慈悲な死』『未来予知を嫌がる態度』…………。

 頭の中で、彼ら三人と出てきたワードを、パズルのように頭の中でふわふわと浮かばせて、何か閃きそうになった瞬間、ナイトアイと口の悪いヒーローの大声の言い合いが耳を劈いて、思考が中断した。

 

「この個性は行動の成功率を最大まで引き上げた後に、勝利のダメ押しとして使うものです。不確定要素の多い間は闇雲に見るべきじゃない」

「はぁ!? 死だって情報だろ、そうならねェための策を講じられるぜ!?」

「占いとは違う。回避できる確証はない」

「ナイトアイ! よくわかんねえな、良いぜ、俺を見てみろ! いくらでも回避してやるよ」

 

「ダメだ」

 

 今日が初対面の私でも、ナイトアイが冷静沈着で簡単には動じない人物なのは分かる。

 そんな人が、背中を丸めて深く俯いて絞り出すように断言する……明らかに何か重大なことがあったと伝わる様子に、会議の空気が凍る。

 誰もが困惑しつつも、それ以上追及できずに押し黙る中、沈黙を破ったのはリューキュウだった。

 

「……とりあえず、やりましょう。困っている子がいる、これが最も重要よ」

「娘の居場所の特定、保護。可能な限り確度を高め、早期解決を目指します。ご協力よろしくお願いします」

 

 勢いよく立ち上がったナイトアイのその言葉で、微妙な空気のまま、対策会議は幕を閉じた。

 

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