人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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malice②

 会議後、各ヒーローに個別に詳細資料と説明がなされるということで、先に退出を促された私たち生徒組は、一階のロビーにあるテーブルで、イズクとミリオ先輩がエリちゃんと接触した時の顛末を……具体的には、一度イズクに救けを求めたエリちゃんを、殺気を放ってイズクとミリオ先輩を殺すそぶりを匂わせたことで、エリちゃん自ら戻るように釣り寄せた時のことを聞いていた。

 

「そうか、そんなことが……」

「悔しいな……」

「デクくん……」

 

 啖呵は切ったものの、後悔と落胆はずっと渦巻いているのだろう。ぎゅっと唇を引き結んで俯く二人には、普段の明るさはみじんもない。朗らかなミリオ先輩が沈黙を貫いていることで、幼馴染のタマキ先輩も声を掛けられずにいる。

 そんな中、チーン、とエレベーターが到着するベルが鳴った。

 

「……通夜でもしてんのか」

「先生!」

「あ、学外ではイレイザーヘッドで通せ」

 

 エレベーターから降りてきたのは相澤先生で、二人が沈痛な面持ちで俯いたままなのを見ながら、一度考え事をするように視線を上に彷徨わせた。

 

「いやァしかし……今日は君たちのインターン中止を提言する予定だったんだがなァ……」

『!!』

「えェ!? 今更なんで!!!」

「連合が関わってくる可能性があると聞かされたろ。話は変わってくる。ただなァ……緑谷。おまえはまだ俺の信頼を取り戻せていないんだよ。ケンカしたしな」

 

 相澤先生の中止、の一言に他の四人が固まる中、私は一人首を傾げた。……予定「だった」?

 中止の話を聞いて、「そんな」「嫌だ」「どうすれば」とでも言いたげな感情がぐちゃぐちゃに絡まった顔で固まったイズクに、相澤先生は困り顔で首を掻いた。

 ――信頼。神野事件の際、私と爆豪を救出するために生徒だけで勝手に行動したことに対し、相澤先生は私と爆豪、ヴィランの襲撃で昏睡状態だったキョウカとトオル以外のA組全員に、相澤先生は言った。

 現場に行った五人だけでなく、事情を知りながらも止められなかった十二人も、先生方の信頼を裏切ったことには変わりない。だからこそ、正規の活躍をして信頼を取り戻せ――と。

 

「残念なことに、ここで止めたらおまえはまた飛び出してしまうと……俺は確信してしまった」

 

 よいしょ、とイズクの前にしゃがみこんだ相澤先生は、しっかりと彼と視線を合わせた。

 

「俺が見ておく。するなら正規の活躍をしよう、緑谷」

 

 わかったか、問題児と言いつつも握りこぶしをイズクのうまく結べていないネクタイの上にとんと置いた相澤先生に、イズクの顔が泣きだしそうに歪んだ。

 

「……ミリオ。顔を上げてくれ」

「ねえ、私知ってるの。ねえ通形。後悔して落ち込んでてもね、仕方ないんだよ! 知ってた!?」

「……ああ!」

 

 穏やかで柔らかなタマキ先輩の言葉と、普段の無邪気さは鳴りを潜めつつも、力強いねじれ先輩の激励。近しい二人の言葉に、ミリオ先輩も鼻頭を指でこすりながら、こくりと頷いて顔を上げてくれた。

 

「気休めを言う。掴み損ねたその手は、エリちゃんにとって、必ずしも絶望だったとは限らない。前向いていこう」

「はい!!」

「……イズク、ミリオ先輩」

 

 相澤先生の言葉に触発されて、私もすっと立ち上がる。私が声を上げたのが意外だったのか、全員の顔がこちらに向いたのに薄く微笑んで、私はそっと自分の胸元に両手を重ねた。

 

「……閉じ込められて、訳も分からずに身体を傷つけられて。救けを求めても誰も自分を救けてくれない……そういう環境が続くと、いつの間にか逃げる気力も無くして、自我みたいなものが消えて、がらんどうの人形になっていくんだ」

 

 実験施設での記憶は曖昧だ。記憶の底の底まで沈めてしまった反動で、思い出そうとしても霧の向こうのことのように靄がかっている。鮮明に覚えすぎていることで、心を守るために脳が勝手に曖昧にしか覚えていないように処理しているみたいだが、AFOが私に個性を掛けることで記憶を引きずり出したように、きっちり記憶自体は残っている。

 よく覚えているのは真っ赤に焼けた鉄と白い実験室、拘束帯、かび臭く薄暗い地下牢の鉄格子と、食事を拒否しすぎて痩せぎすになった自分の手だ。

 死にたくても死ぬことを許されず、さりとて生きることに痛みを感じすぎて、後半の方は完全に感情が麻痺して、五感の一部も鈍くなっていたらしいというのは、完全に全快して前線復帰して数年、久々に会ったクラウスから聞いた話だ。

 

「千晶ちゃん……」

「エリちゃんが自力で一度でも逃げようとしたことは、物凄く勇気と気力の要ることだ。見つかって連れ戻されたら……そんな想像だけでも、逃げる気力を塞がれるから。手袋を脱ぐ動作でエリちゃんが助かることを諦めたのなら、多分治崎がエリちゃんの目の前で個性を使って人を殺す場面も多くあったはず……それでも、ヒーロー(デク)に『いかないで』と言えたこと。見ず知らずの誰かが、最後まで救けようと行動してくれたこと……それはきっと、今までのエリちゃんの『小さな世界』には無かった光だ」

 

 イズクの傍らに立って、先ほどの相澤先生の言葉で決壊寸前までくしゃくしゃになった顔で、こちらを見上げてくる彼の肩を柔らかく叩いた。まあるい緑の瞳にうっすらと水の膜が張っていて、その真ん中で、少し眉を下げて笑う自分の顔が小さく映っている。

 

「相澤先生の言う通り。掴み損ねた手が必ずしも絶望だとは限らないんだよ。何気ない誰かの一言が、差し伸べた手が、誰かの一生ものの宝物になることだってある」

 

 ――己の不幸を呪う暇があるのならば、顔も名前も見知らぬ、世界の何処に居るともしれない御両親にその名が届くまで、研鑽を積み名を馳せ、君の美しい魂がこの世に生まれ落ちたことに、何一つ間違いなど無いのだと証明するのだ。他でもない、己が手で。

 ――良かった、ほんまに、千晶ちゃんが死なんで、目ぇ覚めてよかった……!!

 ――お前に怒られてもいいから、お前が生きてて、無事なら、なんでもよかった。お前が俺を救けてくれたみたいに、今度は俺が、お前を救けたかった。……お前が生きてるって、確かめたかった。

 

 あの時はあんなにも生きることに絶望したのに、生き続けるほどに、大事な言葉たちが増えていく。……きっと、これからももっと増えていく。

 ふと、お茶子にもらった言葉を思い出して彼女を見ると、ちょっとだけ心配そうな顔をしてこちらを見ていたのが、不思議そうにぱちぱちと瞬きを繰り返していた。それに、微笑みを返して視線をずらす。

 

「確実性を高めた分だけ、作戦の成功率は上がる。次は必ずエリちゃんを救ける――その気概があれば、相手には必ず伝わりますよ」

 

 そう言いながらミリオ先輩に視線を移せば、こくりと頷きが返ってきた。

 

「……前を向いて行こう……とは言ってもだ」

 

 わしり、と頭上から掌が降ってきて、雑に頭を一撫でして離れていく。虚を突かれて傍らに居た相澤先生を見上げるも、話を続けるようでこちらをちらりとも見なかった。……実体験を引き合いに出さないと薄っぺらな話になるからとはいえ、湿っぽい薄暗い話をした空気を、そのまま話題転換でさらってくれるのはありがたい。

 

「プロと同等か、それ以上の実力を持つビッグ3はともかく、お前たちの役割は薄いと思う。

 蛙吹、麗日、切島。お前たちは自分の意思でここにいるわけでもない。どうしたい」

「先……っ、イレイザーヘッド! あんな話聞かされてもう、やめときましょとはいきません……!」

先生(イレイザー)がダメと言わないのなら……お力添えさせてほしいわ。小さな女の子を傷つけるなんて許せないもの」

「会議に参加させている以上、ヒーローたちは一年生の実力を認めていると……思う。現に俺なんかよりも、一年の方がよっぽど輝かしい」

「天喰くん、隙あらばだねえ」

「俺らの力が少しでもその子の為ンなるなら、やるぜイレイザーヘッド!」

 

 梅雨ちゃん達も参加を希望する中、ゆるりと相澤先生の首がこちらを向いた。

 

「……星合。お前も自覚があるようだが、この件はお前の誘拐監禁事件と事例がよく似ている。トラウマを抉るような場面に出くわす可能性が高い。記憶が刺激されて、フラッシュバックを起こす危険性もある。……それでも、この案件に関わりたいか?」

 

 ひたり、と静かにこちらを見やる先生の表情に、不意にすとん、と腑に落ちた。

 この会議への協力要請の時も、相澤先生の言葉選びはあまり私に勧めたくなさそうなものだった。おそらく相澤先生にはあの時点で、私に話してくれた銃弾の件以外にも、もっと詳細な話が回ってきていたのだ――そう、銃弾の素材の提供元が、まだ小さな女の子の可能性が高い、とか。

 私の精神的な影響を慮りながらも、イズクの様子から全員の中止は無理だと判断して、それでも逃げ道を用意したうえで私たちの意思を尊重してくれるのだから……本当に、私はいい先生を担任に持ったものだ。

 

「……イレイザーヘッド。私がなんでヒーローになりたいか聞かれた時のこと、覚えてます? ……私みたいに辛い思いをする人が一人でも減ってほしい……その気持ちは、今も変わりません。ヒーロー科を受験した時点で、似たような事件に関わる覚悟はとうに出来ています。とはいえ、危なっかしいとは思うので、私も先生に見といてもらえると安心です」

 

 HLでの経験でも、もっとひどい案件に関わってきたのだ。フラッシュバックを起こすような醜態はそうそう見せないとは思うが、素直にそう言っても強がりや慢心みたいになってしまう。それなら素直に頼らせてもらう方が、先生も安心だろう。……万が一暴走した場合、私は先生の抹消が効かない点において、社会的に死ぬ可能性があるのが恐ろしいが……自我を手放さなければ大丈夫なはずだ。

 へらりと笑った私を数秒無言で見つめていた相澤先生は、溜め息と共に目を一度閉じた。

 

「……意思確認をしたかった。分かってるならいい。今回はあくまでエリちゃんという子の保護が目的。それ以上は踏み込まない。

 一番の懸念であるヴィラン連合の影。警察やナイトアイの見解では良好的な協力関係にはないとして……今回のガサ入れで奴らも同じ場に居る可能性は低いと見ている。だが、万が一見当違いで……連合まで目的が及ぶ場合はそこまでだ」

『了解です!』

 

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