人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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ruleless

 ギュル、と音がして目を開けば、身体を包んでいた闇は一瞬にしてほどけて、眼下に映ったのは土砂流で折れた木やセメントが転がる、土砂ゾーンのほぼ中腹だった。

 

 一瞬の浮遊感。すぐに引力によって落下する身体に、反射的に着地の為に身構える。既に、轟の手は肩から離れ、手を伸ばせば触れられる距離まで離れていた。

 お互い目配せをし合い、待ち構えている多数の敵を睨みつける。意思疎通はそれだけで十分。

 

 

 既に、お互いの頭から、数分前まで気まずい雰囲気だったことなど吹き飛んでいた。

 

 

「エスメラルダ式血凍道――」

 

 ガタガタの地面だが、高いヒールでも着地には問題ない。着地の瞬間に出血針を踏み、大きく氷を延ばす。

 

絶対零度の地平(アヴィオンデルセロアブソルート)

 

 私たち二人が着地した瞬間、土砂流は一瞬にして青と白の氷原に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 パキパキパキ、と急な温度変化に空気が悲鳴を上げる。

 

「……子ども二人になさけねぇな。しっかりしろよ、大人だろ?」

 

 眼下に見下ろす限り、数十メートル以上先まで土砂エリアは()()の氷によって凍原と化していた。

 若干相棒が良い子に見せてはいけない系の悪い顔をしているが、とりあえず先手必勝でこの場全ての敵を悪趣味な氷像(行動不能)に出来たので良しとする。

 

「散らして殺す……か。言っちゃ悪いが、あんたらどう見ても『個性を持て余した輩』以上には見受けられねぇよ」

「っていうかただのチンピラの寄せ集めだね」

「こいつら……!移動してきた途端に……本当にガキかよ、いっててて……」

 

 痛みを訴える敵は一歩も動けないのか、何人かが恨み言を言うだけだ。私が担当したエリアの(ヴィラン)は力自慢が混じっていると面倒だと思い、念のためぶ厚めに凍らせたので、口も利けないはずだ。

 轟があえて顔だけ薄めに氷で覆ったのは、尋問でもするつもりなのか。……多分こんな下っ端に聞いても分からないと思うけどなあ。経験談的に、こういうのは都合の良い思想を聞かされて良いように動かされて、邪魔になったら真っ先に切り捨てられる末端も末端なタイプだ。使い勝手のいい捨て駒。

 

「なぁ、このままじゃアンタら、じわじわと身体が壊死していくわけなんだが。俺もヒーロー志望、そんな酷え事は()()()()避けたい。

……あのオールマイトを殺れるっつう根拠……策ってなんだ?」

 

 あ、ホントに尋問始めた。あえて聞くのは、方法論は違えどオールマイトを超えるという目標を持っているからなのか、単純にこの状況を把握するために聞きたいだけなのか。

 けれど、私はそれに付き合う気はさらさらなかった。リーダー格が残っている中央広場で一人戦っている相澤先生が心配だったし、何人かは門の前に取り残されたのを見ている。尋問なんて悠長にしている暇はない。

 

「轟、悪いけど先に行ってる」

 

 返事を聞いていたら止められそうな気がしたので、この場は任せた、という思いを込めて轟の肩を叩いた私は、返事は聞かずに久しぶりに全力を出して氷原を駆け降りる。1秒で50mを駆けた時のような、あの速さよりももっと速く、と念じながら。

 土砂流を氷で固めたので、ガタガタしているのと滑りやすいので常人なら転倒を恐れて少しずつしか進めないだろうが、エスメラルダでバランス感覚を極めた私にとってはさしたる障害ではない。ツルツルの滑り台を逆走するよりずっと優しい足場だ。

 

 ようやく土砂エリアの終わりが見え、広場の様子が僅かにうかがえるようになった頃――目に飛び込んできたのは、身の毛もよだつようなおぞましい光景。

 

「相、澤先生……!」

 

 黒い皮膚、露出した脳味噌、血走った眼。むき出しの牙。遠目にも凄まじい膂力を持っていそうな、黒色の(ヴィラン)に、腕をへし折り潰されようとしている、血まみれの顔をした恩師の姿だった。

 

「~~~~ッ!」

「“個性”を消せる。素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前ではつまり、ただの“無個性”だもの」

 

 子どものように無邪気な声で、無邪気ゆえの残酷な言葉が放たれる。

 それと同時に、屈強な敵の手が、苦悶の声を上げる先生の未だ無事な左腕に伸ばされる。

 一瞬で右腕と同じ末路を辿ることが容易に想像できた私は、タイミングなど考えず、一気に彼我の距離を詰め、化け物の頭上に迫った。振り上げた右足を、弓のようにしならせる。

 

「――エスメラルダ式血凍道」

 

 三度、私は化け物の脳髄に十字架を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対零度の剣(エスパーダデルセロアブソルート)

 

 

 いとも簡単に腕をへし折られていく先生の様子を、僕はただ、震えながら、冷や汗を流しながら見ていることしか出来なかった。

 絶望と自分の無力さに震えていた僕らの眼に、突如現れた彼女の姿は鮮烈に焼き付いた。

 

 

 トン、とむき出しの脳味噌に黒いヒールが叩きつけられる。

 目にも留まらない速さで駆けつけた彼女の姿が敵の頭上に現れるのを、ブーツの踵が3度叩き込まれた後に、ようやく僕の目は捉えた。足裏が叩きつけられた瞬間、青い氷の結晶で出来た十字架が(エフェクト)のように現れては消えるのが、非現実的な光景だった。

 

 音もなく、重力を無視したかのように軽やかに。その僅かな足場に降り立った星合さんのくちびるから紡がれるのは、死刑宣告のように冷たい異国の響きだ。

 降り立っていたのは僅か一瞬。まばたきの合間に、彼女を掴もうと振りかぶられた剛腕をあざ笑うかのように軽やかに細身の肢体が後方へ宙返りと共に回避する。星合さんが地面に降り立ったその瞬間、「脳無」と呼ばれていた(ヴィラン)の身体を、青く透明な氷が内部から突き破るかのように現れた。まるで、氷の剣が縦に身体を断ち割るような光景。

 バキバキバキ、とすさまじい音と共に、苦悶の断末魔があの嘘みたいに頑丈な化け物から零れ落ちる。

 (ヴィラン)の手の力が緩んだ一瞬を突いて、赤い太い縄が星合さんから伸び、瞬きの間に相澤先生は敵の足元から星合さんの傍らに、胴体を縄に巻かれて浮いていた。

 

「星合さん……!」

「すげぇ……!星合、あの化け物を圧倒してる……!」

「千晶ちゃん、この前の戦闘訓練でも思ったけれど、状況判断が的確。まるで戦闘に慣れてるみたいだわ」

「……戦闘に……」

 

 とある事情でオールマイトに未成年後見人になってもらっていると教えてくれた、星合さん。オールマイトや僕の関係、そして「ワン・フォー・オール」の秘密を知る、少ない理解者だ。

 確かに蛙吹さんの言う通りで、さっき生徒をバラバラにされる直前も、彼女だけがかっちゃんと切島くんの悪手にいち早く気づいて、的確に先生のサポートに回っていた。

 そして今、相澤先生すら圧倒するほどのパワーを持つ(ヴィラン)を縦に引き裂くほどの攻撃力を示してみせた。

 

 その姿は、一騎当千の猛者。彼女の服装も相まって、まるで騎士のように見えた。

 

 

「子ども……しかも、脳無の身体を切り裂くほどの“個性”持ちがいるなんて聞いてないぞ……」

「……」

「星合……逃げろ、死ぬぞ……!!」

「恩師置いて逃げられませんよ。それに、こいつらを誰かが足止めしないと、他の子たちに危害が及ぶ」

 

 バキッ、とひときわ大きな音を立てて出来上がったのは、青い氷像。

 それを見て神経質そうにぼりぼりと首筋を引っ掻き回しはじめる敵に対し、相澤先生を助け出した星合さんは油断なくその姿を睨みつけていた。

 

 不意に首を引っかいていた敵の手が止まる。顔を覆う手のひらの下、唯一露出している唇がめくれあがって、にったりと不気味な笑みを(ヴィラン)は浮かべた。

 

「だが、脳無は無敵だ」

「……!」

 

 バキン、と青い氷が右半身だけ砕かれる。無理やり凍った身体を動かすことで左半身を失いながらも、その断面からボコボコと逆再生を見ているかのようなスピードで戻っていく左腕に絶句する僕らの前で、瞬間、脳無の姿がブレて、その速さに身が追いつかずに一瞬見失った。

 目を見開いた先、さっきまで星合さんと相澤先生が居た場所に、再生された腕を振り抜いた体勢の脳無と、脳無から数メートル離れた場所に脳無を冷や汗の滲んだ表情で睨みつける星合さんが立っていた。相澤先生を後ろに庇って、姿勢を低くした彼女の表情に普段の余裕はかけらもなく、ぞっとするほど冷たい光を宿した赤い目で脳無を睥睨している。

 

 は……速すぎる。今、どんな攻防があったのか、まったく目で追いきれなかった。

 

 

 反応出来た星合さんって一体、と身震いした僕は、星合さんががくり、と身体を支え切れなくなったかのように片膝を突いたのを視界の隅に捉えた。

 ハッとして彼女の身体を見れば、ぼたぼたぼたっ、と左脇腹から赤い血が数滴流れ落ちるのが見えた。それ以降は血液を操作したのか血が噴き出すことは無かったけれど、黒い手袋で押さえたその場所は、スーツが破けて赤黒い染みがじわじわと広がっていくのが手の隙間から見えてゾッとした。

 

「その図体でそのスピードは反則だろ……っは、掠っただけでこの威力……!とんだバケモノだな……!!」

 

「うぅ……あぁあ……星合、あんなバケモノのパンチ喰らってんのに、絶対痛いはずなのに、なんで笑えるんだよォ……!!」

 

 ごぽ、と水音が噎せ返るような音がして、星合さんのくちびるから血がつうっ、と滴っていく。

 峰田くんの涙交じりの悲鳴が、耳朶に突き刺さる中。酷い痛みに耐えながらも、涙ひとつ浮かべずに、むしろ僅かに笑顔を浮かべてひとつも泣き言を言わないその精神力に、一度突いた膝を叱咤して再び立ち上がり、めらめらと静かに冷たい炎が燃える瞳で敵を睨みつけ、なお戦おうとするその意思の強さに、僕は彼女にオールマイトの影を見た。

 

 

 手負いの相澤先生を庇いながら、スピードを犠牲にしてでも戦わなければならない星合さんと、ほぼノーダメージの敵。

 圧倒的不利な状況に、けれど手を出すこともままならないまま場が膠着するかと思ったその時、手を身体のあちこちに着けた敵の背後に、あの霧の(ヴィラン)が現れた。

 

 

死柄木弔(しがらきとむら)

「黒霧……13号はやったのか」

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……一名逃げられました」

「!」

「……は?」

 

 黒霧という敵の言葉に、死柄木と呼ばれた敵は何を言っているのか分からない、といった声で聞き返した後、大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ――……黒霧おまえ……おまえがワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ……」

 

 ガリガリガリ、と尖った爪の先で首の皮膚を神経質に引っかく様子は狂気じみていて、見ている人間の恐怖心を煽る。

 

「さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない……ゲームオーバーだ、あーあ……()()()ゲームオーバーだ、帰ろっか」

 

 

 

 その一言に、僕らは一瞬反応に遅れた。

 

 

 

「……?帰る……?カエルっつったのか今??」

「そう聞こえたわ」

「やっ、やったぁ助かるんだ俺たち!」

「えぇ、でも……」

 

 緊張の糸が切れたのか、わっ、と涙を流して蛙吹さんに飛びついた峰田くんだが、こんな時でもブレずにさりげなく蛙吹さんの胸を触っていて、冷静に蛙吹さんに沈められていた。

 

「気味が悪いわ、緑谷ちゃん」

「うん……これだけのことをしといて……あっさり引き下がるなんて……」

 

 相澤先生と13号を戦闘不能まで追い詰め、星合さんの脇腹を抉った敵。

 ここまで用意周到な奇襲を実行に移しておいて、オールマイトを殺す、という目的を達成することなく本当にこのまま逃亡するとは、にわかに信じ難かった。

 

「(オールマイトを殺したいんじゃないのか!?これで帰ったら雄英の危機意識が上がるだけだぞ!!ゲームオーバー?何だ……何考えてるんだ?こいつら!!)」

「……ゲームオーバーだと……?」

 

 冷や汗を滲ませながらも、星合さんも怪訝そうに片目を眇める中。

 

「けども、その前に……平和の象徴としての矜持を 少しでも」

 

 す、と数十メートル離れた場所で背を向けていたはずの敵が、こちらを指差したと思ったその時。

 

 

 

「へし折って帰ろう!!」

 

 

 次の瞬間には、僕らの目の前にその(ヴィラン)は迫ってきて、相澤先生の肘を崩したその手のひらを、蛙吹さんの顔に向かって突き出していた。

 コンマ一秒も満たないようなそのわずかな時間が、僕にはスローモーションのように見えて。

 引き延ばされたその一瞬の後、僕の予想に反し、蛙吹さんの顔に当てられたその手のひらが、蛙吹さんの顔をボロボロに崩すことは無かった。

 

「……本っ当、かっこいいぜ、イレイザーヘッド……!」

「生徒を離せ、クソ共が……!!」

 

 視線を向ければ、血の糸で運搬されたままの相澤先生が、真っ赤な目でこちらを凝視して、死柄木の“個性”を消していた。

 それを見た脳無がすかさず動いて星合さんと相澤先生に迫るのを視界の隅に捉えながら、スローモーションから我に返った僕は、背を向けていた死柄木に向かって、反射的に左の拳を引き絞っていた。

 

「(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイっ、さっきの敵たちとは明らかに違う!蛙吹さん!!救けて、逃げ……!!)手っ……放せぇ!!」

 

 迫る拳に気付いた死柄木の落ちくぼんだ瞳が、僕をぎろりと睨む。

 

「脳無」

「SMASSH!!」

 

 強化した右腕が、ズドンという衝撃を持って相手に命中した感触が腕に伝わる。それと同時に、僕はいつも力を使った時とは違う手ごたえに、思わず放った右腕の僅かに露出した前腕を見た。

 

「(――折れてない!?“力の調整”がこんな時に!出来た!?うまくスマッシュ決まった!!)」

 

 

 土壇場にもかかわらず、今の今まで出来ずにいた「ワン・フォー・オール」の調整が出来たことを、わずかでも戦闘中だということを忘れて喜んだのが、悪かった。

 やった、と歓喜と共に舞い上がった土埃が晴れたと同時に、見上げた先に居たのは「死柄木」ではなく「脳無」。

 

 

「え……」

 

 

数秒前まで星合さんに襲い掛かっていたはずのあの怪物が、平然とした顔で僕の目の前に立ちはだかっていた。

 

 

 

「(速っ……いつの間に……ていうか、効いて、ない……!?)」

 

 想像とは違う事態に混乱する頭の中で、いくつもの疑問が浮かんでは消えていく。

 茫然としたその一瞬を突いて、相澤先生の腕を簡単に折り砕いたあの恐ろしい手が、僕の手を掴んだ。

 こわい、と反射的に恐怖が襲ってきて、一瞬遅れて恐怖を理解した全身からどっと冷や汗が流れ落ちる。

 

「いい動きをするなあ……スマッシュって、オールマイトのフォロワーかい?

 まぁ、いいや君」

 

 僕へ舌を伸ばす蛙吹さんと、泣き叫びながら手のひらから遠ざかろうとする峰田くんに両手を伸ばしながら、表情を恐怖に引き攣らせる僕など意に介さない、といった能天気な死柄木の声が、この殺伐とした場にひどく、不釣合いだった。

 

 

 

 

 折られる、と目前に迫った恐怖に、瞬きも忘れてただただ悲鳴も出ない喉奥を引き攣らせる僕の目の前を、僕と脳無の間に割り込むかのように、黒く鋭い爪先が視界を掠めた。

 黒く、やわらかくうねる長い髪が目前に広がって、強大な敵を僕の視界から覆い隠す。

 

絶対零度の盾(エスクード、デルセロアブソルート)……!!」

 

 一瞬にして、僕ら二人を脳無と隔絶するように、足元から青く分厚い氷の壁が出現する。壁だと思ったそれは先端が刃にでもなっていたのか、その生える勢いでギロチンのように、僕の腕を掴んでいた脳無の前腕を勢いよくぶった切った。

 

 

 怒涛の展開についていけない僕から、ちぎれた剛腕を引き剥がしたその人は、

 

「星合さん……!!」

 

 絶対零度の闘気を纏う、カッコイイ同級生(ヒーロー)だった。

 

 

 それと同時に、入り口が轟音を立てるのがドーム全体に響き渡る。

 誰もがハッとして入り口に目を向けたその一瞬。

 

 

 

「もう大丈夫」

 

 

 

 ある者は安堵を。

 ある者は憎悪を。

 ある者は心配を。

 

 

 

「私が 来た」

 

 

 

 多くの、様々な想いの篭った視線を一身に浴び――、誰もが待ち望んでいたNo.1ヒーロー(オールマイト)が雄々しく仁王立ちして、その圧倒的存在感を示していた。

 

 

 

 

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