「そうでしたか…………なるほど。緑谷を差し向けたのは……私とオールマイトの仲を取り持つため……」
会議後、会議前に千晶を含めて密談をしていた最上階で、再びナイトアイとグラントリノは二人だけで話を続けていた。
「いやァ、キッカケの一つにでもなるんじゃねェかと思ったんだがな……! 歳食うといらねえ事ばかりしちまうな……。で、どうだ?」
「よく似ているように思います……。私が理解できなかった……オールマイトの底に宿った狂気に……よく似ている」
「……嬢ちゃん、『星合千晶』のことは? お前さんはどう思った」
「噂以上に頭の切れる女性だと……些細な情報から人間の想い、思想、計画を炙り出してしまう慧眼は、確かに素晴らしい。だが同時に……危うくも感じます」
眼鏡の奥で、ナイトアイは黄色の瞳をそっと伏せた。グラントリノからは光の加減で眼鏡が反射して、その目元の動きこそ見えなかったものの、一瞬強く引き結ばれた唇と深まった眉間の皴から、ナイトアイの苦悩は垣間見えた。
「初対面の相手だろうと、情報があれば手の内を見透かすほどに敏くありながら、彼女はあまりにも自分を軽視している。他人の評価をどうでも良いと本当の意味で切り捨てられるのは、はなから他人に期待していないとも取れる。オールマイトの『次は君だ』発言の影響もありますが……彼女を称賛する声も多くあるのに、彼女にとっては称賛も罵倒も
それに……そうしたい、ではなくそうするべき、と自分の感情よりも全体の利益を重視する方針は合理的かもしれないが、あれは……オールマイトや緑谷のような自分を顧みない自己犠牲の救済衝動というよりは、まるで……自分の感情が一番どうでもいいと後回しにして、最初から考慮の内に入れていないように見える……」
「そりゃァ……昔嬢ちゃんが受けたっつー人体実験の影響かもしれねえな。今回の案件のエリちゃんもそうだが、誰も救けが来ない状況で一方的に痛めつけられるってのは、人格が歪むほどキツイ事だ。なんにも悪くねえのに、自分が悪いからこんな仕打ちを受ける、って自罰的な思考に誘導されちまう」
ふるふると首を力なく振った後、グラントリノは窓の外を眺めながらぼやいた。
「AFOの置き土産のせいで、お嬢ちゃんの立場は悪くなる一方だ。俊典とAFOの面会は収穫もあったが……まんまとしてやられた。奴は力を失った俊典や、まだ未熟な緑谷よりも、自分を出し抜いて復活した嬢ちゃんを何よりも警戒しとる」
――ところで、オールマイト。君はゴミ山から素晴らしい掘り出し物を得たみたいだが……僕からすれば、何故あんな少女を今も変わらず傍らに置いておけるのか、理解に苦しむよ
――六年前の君との戦闘で、僕は盲目となった。僕は今、無数の感覚補助系個性を組み合わせることで自分の周囲を把握している。衣擦れの音や空気のわずかな振動、「音・振動」で動作を……「赤外線」と「感知」で感情の動きや空間把握を補助して、何とか周囲を感知しているんだ。
――神野で彼女を完全に操り人形にするために、僕は幻覚作用のある薬物を投与した後、トラウマを刺激しようと頭の中を覗いた……そこにあったのは、永遠に繰り返される無数の数字の羅列だよ。意識がある時はずっとその状態だったんだぜ? どんな刺激を与えても「感知」で察知した感情の波が完全にフラットだったら、誰だって狂ったと思うだろう。
おまけに、僕の個性では意識は完全に落ちているという結果しか返ってこないのに、身体を調べようと近づくと、ほぼ反射に近いスピードで攻撃が来るんだ。実験のために檻の中に放った生贄を、凍死や致命傷ギリギリにしたぐらいの攻撃がね。僕はね、本気で彼女が壊れて、自我を殺して心を閉ざしたものだと思ったんだよ……それが、どうだ?
――たかが、15歳程度しか生きていない小娘が。君たちが長年手をこまねいていたこの僕を、完璧に騙し通したんだ。幻覚作用のあるクスリを投与したのに、「
……ところで、彼女が最初に保護された時、彼女がヴィランでないと判断した材料って何だったか覚えているかい? ……心音を聞き取れる警察官が、彼女の証言に嘘はないと認定したから、だろう?
途中、何度も口が過ぎると監視官からの制止が入った。部屋の四隅に設置された監視カメラに付属された銃口すら向いた。オールマイトも怒りで立ち上がりかけたが――歌うように紡がれたAFOの悪意は、畳みかけるようにその場に居た人間の脳裏に刷り込まれた。
――なぁ。なぜ、君たちは彼女を信じられるんだい? 相手はこの僕を騙しおおせた人間だぞ? 思考も心音も思いのままに隠蔽して、虎視眈々と裏切るチャンスを狙うような狡猾な人間じゃないと、どうやって証明できる? 15歳のかわいそうな少女だから同情しているのかい? それとも……僕が知らないだけで、彼女が君たちの敵ではないという確かな証拠でもあるのかな?
「神野後、常識的に考えて最悪のタイミングで公安が嬢ちゃんを協力者に望んだのも、嬢ちゃんの高いプロファイリング能力目当てってのもあるだろうが、本命は危険因子としての監視と行動を制限する大義名分づくりだろう。何事も無ければ、将来的には内部情報を知ってることを盾に、公安所属ヒーローとして首輪をつけて飼い慣らせるしな。頭もキレる、戦闘力も十分で戦い方も器用、メディア嫌いなのもお
が、あのAFOの発言で風向きが変わっちまった。神野でシロだと証明できたのは世間に流布されたAFOの手駒、内通者疑惑の部分だけだからな」
「……なるほど。彼女の地頭の良さと身体の制御能力、立ち回りの上手さを逆手に取って裏を仄めかせば、あの映像を見た警察関係者の思考は黒寄りのグレー評価になる。間違いなく警察上層部と、公安委員会のトップはあの映像を確認するでしょうから。何か企んでいるのでは……そんな考えを頭の隅に置かせるだけで、警察側は少なからず警戒の態度を彼女に見せて、協力関係構築の邪魔ができる」
「嬢ちゃんの本当の事情の内容が内容なせいで、嬢ちゃんは自分の潔白を自分の言動以外では証明できん。嬢ちゃんを攫ったヴィラン自体が存在しとらんからな……。最も、事情を知ってる俺たちも嬢ちゃんの人柄と今までの行動から信じてるってだけで、本当に嬢ちゃんが話している来歴が本当の事なのか確認する
「AFOが……彼女の保護にまつわる事情の裏を気にしているとなると厄介ですね」
「どうだかな。ただのお得意の揺さぶりかもしれん。警察の目を嬢ちゃんに向けさせて、嬢ちゃんと警察を互いに牽制させる目的は達成しとるしな。
全く……俊典はただ、嬢ちゃんに少しでも普通に生きる楽しみを知ってもらいたかっただけだってのにな……ままならんもんだ。お前さんが嬢ちゃんの味方になってくれるんなら、ちっとは安心だが。俺も塚内も公安に近すぎるからな……」
「……。味方になると言っておきながら、オールマイトの件は伝えきれませんでしたがね」
自嘲の色が含まれたナイトアイの呟きに、グラントリノも肩をすくめた。
「……あれは俺も想定外だった、まさか俊典が嬢ちゃんに伝えておらんかったとは……いつの話になるか詳細は分からんとはいえ、残酷な内容だからこそ伝えたくなかったのかもしれんが。ただ、今日の会議の様子で、嬢ちゃんなら勘付くかもしれん」
「……ともかく、この案件と、塚内さんが追っている件を足掛かりに、連合逮捕の糸口が掴めれば良いですが……。世のためにも、あの人と彼女の為にも」