エリちゃんの居場所が特定できるまでの間、状況的に当然の事だが、私たち生徒組は待機になった。
「インターン組、動きがキレてる」
「外で何か掴みやがったんだ……! コラ、オイ何を掴んだ言え!!」
「わりー言えねー!!」
今日のヒーロー基礎学は高所や切り立った崖など、車やヘリなどの移動手段が使えない場所の救助を想定して、雄英敷地内に作られた人口の岩壁を相手に、腰に命綱を着けての登攀訓練だ。
一組4人ずつ岩壁を登っていく中、エリちゃん救出に意気込むインターン組は意気込み十分とばかりにぐいぐいと高度を上げていく。一組目だったお茶子やイズクも、いつにも増して動きにキレがあったから、皆も敏感に私たちに何かあったんだと察知しているようだった。インターンの内容には、厳しく口外禁止を言い渡されたので、聞かれても何も言えないのだが。
今は切島くん、上鳴くん、梅雨ちゃん、モモが崖登りに挑戦中だが、梅雨ちゃんは壁にくっつく手の吸盤能力を生かして、切島くんは手足を硬化させて、崖に指先をめり込ませて登っていく。
次は自分の番だが、体育祭の時のように崖上に血液で作った鎖鎌を投げて一瞬で、というのは訓練の趣旨を丸無視しているので却下。クラウス式に複数の十字架の杭を崖に打ち付けつつ登攀……は、エリちゃんの救出作戦を控えた今、あまり余計な血液消費をしたくないのでこれも適切じゃない。
となると、
血法を使っての壁登りは……じっさまの訓練で谷底に突き落とされた後、崖上に戻ってこいというものがあったので、嫌な慣れではあるが、実際にやったことがあるので問題ない。別の寒気はするが。
……それはともかく。切島くんやお茶子、梅雨ちゃんたちは余計な気負いなどはなさそうだが、やっぱりイズクの様子が気にかかる。今度は集中しきれていない、というわけではなさそうだが……どこか心在らずに見える。……気になると言えば、ナイトアイやグラントリノもだが……。
両手を握っては開いてを繰り返しつつ、思考をあっちこっちに飛ばしていると、隣に立ったキョウカが首を傾げた。その視線は、両手首に巻いた黒一色のリストバンドに向いている。
「あれ、千晶そんなリストバンド着けてたっけ」
「最近着けだしたんだよ」
「へ~、あ、ウチらの番だ」
崖上から投げ落とされた縄の先に付いているフックを腰ベルトに装着し、同じ組の尾白くんや障子くんとともに合図を待つ。
崖上にいるセメントスが合図の旗を掲げた瞬間、握りこんだ指の間から漏れ広がる血液を鋭い爪状に形成した。
**
「はー、疲れたねえ」
「お茶子、吐き気は大丈夫?」
「合宿の特訓とインターンのおかげで、あんくらいの高さなら全然大丈夫!」
「さすがにお腹減ったわ、今日の日替わりランチなんだろ」
午前の授業も終わり、わいわいとA組女子で連れだって食堂に向かう。ヒーロー基礎学後で少し遅めに校舎に戻ってきたから、学食は徐々に込み始めていた。寮生活になった影響で、学食の利用率もぐっと上がったため、間が悪いとバラバラに座る羽目になる。なんとか全員座れる席を確保したところで、近くの席に座っていた男子組……イズクと轟、飯田くんの会話がちらりと耳に入った。
「緑谷、食わねえのか?」
「食うよ! 食う、クー!」
「……大丈夫か」
「インターン入ってから、浮かねえ顔が続いている」
「そ……うかな!?」
盗み聞きするのは良くないと思いつつも、耳を澄ませてしまう。日替わり定食の味噌汁に手をつけ、女子陣の会話に相槌を打ちながらも、感覚は片耳に寄せた。
相変わらず誤魔化し方が下手なイズクの相槌に、一瞬沈黙が下りた後、飯田くんがびしりとまっすぐに伸ばした手の指先をイズクに向けるのが見えた。
「『本当にどうしようもなくなったら言ってくれ、友達だろ』」
デジャヴュを感じる飯田くんの一言で、回転の速い脳がビビッと記憶を掘り起こす。職業体験に出発する寸前……駅の改札前で、イズクが彼に掛けた言葉だ。
飯田くんのお兄さん、インゲニウムがヒーロー殺しの襲撃に遭い、下半身不随になってヒーロー生命を絶たれたあの事件直後、昏い復讐心を瞳の奥にちらつかせていた飯田くんに掛けられた言葉が、今度は反対にイズクに向けられたのだ。
「いつかの愚かな俺に、君が掛けてくれた言葉さ! ……職場体験前の……」
「うっ……うう……」
「え!? オイ!?」
まさかの啜り泣きが聞こえてきて、思わず勢いよくイズクの方を振り返ってしまう。俯いた顔は腕で覆われていて、こちらから表情は窺えなかったものの、ぐいと目元を擦って顔を上げたイズクの目は、水気を含んでうるんでいた。
「ごめん……大丈夫、なんでもない……! ヒーローは、泣かない……!」
その顔が、溢れた感情をこらえながらも、悲壮なものではなく決意の籠っている表情だったから。私はほっとした。反射的に詰めていたらしい息をゆるゆると吐いて、かつ丼を勢いよく掻き込んでいるイズクから、自分のお盆へと視線を戻して向き直る。その合間、真向かいに居たお茶子も私に釣られてかイズクを見ていたらしく、ふと目が合って、私たちは肩をすくめて笑いあった。
その後、漏れ聞こえる会話で、飯田くんと轟がイズクを励ますため、明らかにかつ丼に合わなさそうな自分のメニューを分けようとしているのに、断らないイズクのかみ合わない会話には、思わず味噌汁を噴き出さないようにこらえる忍耐を試されたが。