人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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Just a HERO

 

 

「嫌な予感がしてね……校長のお話を振り切りやって来たよ。来る途中で飯田少年とすれ違って……何が起きているかあらまし聞いた」

 

 深く、地の底から響くような唸り声。

 

「(まったく己に腹が立つ……!子どもらがどれだけ怖かったか……後輩らが、彼女が、どれだけ頑張ったか……!)」

 

 安心して泣き崩れる子どもたち、重傷を負って地面に倒れ伏す後輩たち。

 そして、主犯らしき敵の凶手から、自らも深手を負いながらも愛弟子を守ってみせた、数奇な運命に翻弄される少女(じょせい)

 

「(しかし……!だからこそ胸を張って言わねばならんのだ!)」

 

 どれだけ、この行動が後の自分の首を絞めることになったとしても。

 生徒のため、後輩のため。守るべき対象の為に。

 平和の象徴は、奮然と悪と戦わねばならない。

 

「もう大丈夫、私が来た!!」

「待ったよヒーロー、社会のごみめ」

 

 

 

 

 

 

「(オールマイト……!笑ってない……!)」

 

 階段の上に現れた恩師を見つめ、緑谷出久()はまず、安堵よりも何よりも先に、そのことを考えた。

 ヒーローの重圧や内に沸く恐怖から自分を欺くために常に笑顔を浮かべている、とオールマイトと出会った時に言われた言葉を思い出していると、掠れた声がすぐ近くから聞こえた。

 

「オール、マイト……」

 

 ごぽり、と水音が近くで聞こえて慌てて目を向けると、僕を守ってくれた星合(ほしあい)さんの口から、また新しい赤い血がたらりと流れて顎を伝うのが見えた。途端に戻ってきた嗅覚を突くように、錆びたような鉄の臭気が噎せ返るように香る。

 少しの安堵と、隠し切れない心配の色が滲んだ蘇芳の瞳。人種的な違いから僕らの肌よりもっと透き通るような色味の白磁の肌が、今は少しずつ青白く変わってきていた。

 

「星合さ……っ!?」

 

 大丈夫かと声を掛けようとしたその時、疾風が吹いて身体が勢いよく引っ張られる。

 瞬きにも満たない一瞬のうちに見える景色は様変わりしていて、オールマイトに抱えられ、僕ら4人は死柄木や脳無から遠く離れた、地面に倒れ伏している相澤先生の元に移動させられていた。

 

「え!?え!?あれ!?速ェ……!」

 

 あわあわ、と事態を把握できなかった峰田くんが周囲を見渡しながら上ずった声を上げる。

 さっき僕を守るために脳無と僕の間に飛び込んだ星合さんは、どうしても抱えたままだとスピードを殺してしまう相澤先生を地面に横たえていたらしい。まだ動ける敵が近づかないように、氷のドームで先生を厳重に覆って。 

 そのドームは、星合さんが手の甲でこつんと叩いたとたん、みるみるうちに融けて水になって消えた。

 

「相澤くん、星合くん。すまない」

「はは……No problem. このくらいの怪我、平気です。私より相澤先生の方が心配」

「そうだな……皆入口へ。相澤くんを頼んだ、意識が無い、早く!」

 

 

「あああ……だめだ……ごめんなさい……!お父さん……!」

 

 そんなやりとりの間に、死柄木はオールマイトに吹っ飛ばされた顔を覆う手を拾い上げていた。さっきとは全く違う様相に身の毛がよだつが、再び顔に取り付けると落ち着いたのか、またあのぼそぼそ喋りに戻った。

 

「救けるついでに殴られた……ははは国家公認の暴力だ。流石に速いや、目で追えない、でも思ったほどじゃない……やはり本当だったのかな……?

 

弱ってるって話……」

 

「オールマイトだめです!あの脳ミソ(ヴィラン)!ワン……っ、僕の腕が折れないくらいの力だけど、ビクともしなかった!それに、星合さんに半身を凍らされても崩れた傍から再生して……!」

「緑谷少年」

 

 端的にオールマイトにあの脳無の情報を伝えると、オールマイトはニッカリと笑って、ピースを目元に当てた。安心させるように、いつもの不敵な笑みを携えて。

 

「大丈夫!」

 

 そう言ったオールマイトは、一気に駆け出していく。その背中を見送りながら、僕は言い知れない不安に胸を騒がせていた。

 

 

 

 

 

 

 息を吸うのが辛い。

 肋骨の数本はイッてるな、と私は口端に零れた血を乱暴に拭う。相澤先生を梅雨ちゃんたちに任せたことで自由になった指を使い、“繋累(けいるい)”で腹部の傷をやや乱暴に縫い、氷を使って開かないよう固定した。一撃を見舞われた直後にすぐ血流操作で無駄に血を流さないよう操作したので、傷の酷さに比べて出血量はさしたるものではない。ただ、やはりさきほどイズクを守るために最大硬度の絶対零度の盾(エスクードデルセロアブソルート)を出した時は、血流操作にまで気が回らず、相当量を流してしまったが。

 

「けど、まだ動ける……!」

 

 もっとひどい状態で人外の化け物(ブラッドブリード)と交戦したことなんて数知れないのだから。

 牙狩りの戦闘員というのは人間の領域を超えた攻撃法を死ぬ気で身に着けた影響なのか、皆総じて頑丈だ。多少身体が折れたり抉れたり無くなっても、攻撃手段に使う部位さえ残っていれば息の根が止まるまで戦いかねないのがゴロゴロいるのである。

 しかも、生半可な怪我では意識を落とせないので(これは単に修行過程で失神すると、それぞれの流派のやり方で手酷く叩き起こされるという鬼畜なルーティンを骨身に染みこまされる。戦場で意識を失って自分の命を危険にさらしたり、仲間の足手まといになるのを防ぐためだ)、その分激痛に耐える羽目になるのだが……こう考えると大体牙狩りってドMだな、打たれ強いともいうけど。

 

 大量の血液を消費するブレングリード流に比べ、その他の流派は技の行使によって消費する血液量は微々たるもので、戦闘中に貧血を引き起こして戦線離脱、というケースが少ない。エスメラルダ式血凍道は己の血をトリガーにして敵の体内の水分や空気中の水分などを自在に凍らせる技であるし、水晶宮式血濤道は斗流の考えが混じっているため、血液のまま体内に繋がっていればそのまま戻せるし、水に変化させたとしても、そこに含まれる血液はごく微量で済んでいる。

 

 

「(オールマイトでも、あの三人が同時に来られたら対応しきれない……相澤先生が動けない今、一人でも動ける人間が居ないと、駄目だ)」

 

 クラスメイトたちは巻き込めない。奴らのスピードは群を越えている、反応できずに人質にされるのがオチだ。ならば、多少手負いでも私がオールマイトのサポートに回らなければ。

 ドカン、とバックドロップの余波が爆発のように空高く巻き起こる。その土煙が晴れるまで様子を見ていた私は、霧が晴れて見えた光景にゾッとした。

 

「~~~~~っ、そういう感じか……!!」

「っ、オールマイト……!」

 

 バックドロップで深く地面に突き刺さるはずの脳無の巨躯は黒霧のワープゲートで上半身を移動され、オールマイトの脇腹に深く爪を突き立てていた。

 

「コンクリに深く突き立てて動きを封じる気だったか?それじゃ封じれないぜ?脳無はお前並みのパワーになってるんだから

 ……いいね黒霧、期せずしてチャンス到来だ」

「君ら初犯でこれは……っ覚悟しろよ!」

 

 ずぶ、と脇腹にめり込む指。古傷のある左脇腹にも深くめり込んでいく指に、血の気が下がる。ざわざわと皮膚が張り詰めてゆく。

 

「私の中に血や臓物が溢れるので嫌なのですが……あなたほどの者ならば喜んで受け入れる。目にも止まらぬ速度のあなたを拘束するのが脳無の役目。そしてあなたの身体が半端に留まった状態でゲートを閉じ、引きちぎるのが私の役目」

 

 

 ――この瞬間、殺す、と思った。

 

 

 私が明確な殺意を以て地面を蹴り、黒霧に肉薄するのと同時に、梅雨ちゃんたちと一緒に相澤先生を運んでいたはずのイズクもまた、オールマイトの危機を見て駆け出していた。

 

「オールマイト!!!!」

「浅はか」

 

 大声というものは、えてして注意を惹きつけるものだ。

 そしてこの時、イズクに視線が集中し、黒霧の意識もまたイズクに引っ張られたその瞬間に、全ての指から血を放出する。目に見えないほど極細の、戦闘訓練で障子くんや轟にも“刺された”とすら感じさせないままに捕らえた、あの糸を。

 

「血法・天網恢恢(てんもうかいかい)

 

 叫びに紛れるような、小さな囁きと共に。

 放った血の針は、人知れず黒霧と死柄木の身体を貫いた。

 

「どっ……け邪魔だ!!デク!!」

 

 そして、イズクに躍りかかろうとした黒霧を、横から飛び出してきた爆豪が「首元」らしいその部分を掴み、思い切り爆破し、その実体を捉えて地面に叩き伏せた。

 

「!!?」

 

 同時に、オールマイトを捕らえていた脳無の身体が、半分だけ凍りつく。……ってオイなんで半分だけなの。

 若干落胆でズッコケた……傍目には失血でふらついたようにもみえただろうリアクションを取ったら、とっ、と腕が回されて抱き留められた。……あ、いや倒れそうになったわけじゃないのよ。

 誰に向けているかわからない弁解を心の中で呟きながら、肩越しに振り返れば、悲痛と怒気に揺らめく黒曜とエメラルドの双眸と視線がかち合った。

 

「轟……」

「てめェらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた」

 

 そして、駆けつけてきたのはもう一人。

 

「!」

「だぁー!」

 

 硬化した腕で不意を突いて腕を振りかぶった切島くんだが、直前で死柄木にひょいとかわされてしまう。

 

「くっそ!!いいとこねー!!」

「スカしてんじゃねえぞモヤモブが!!」

「平和の象徴はてめェら如きに殺れねぇよ」

「かっちゃん……!皆……!!」

 

 これで3対6、事態は再び優劣が置き換わる。

 

 

 

「くっ!」

 

 轟が脳無を凍らせたことで、拘束が緩んだところを逃さずオールマイトが脱出する。脇腹を押さえる彼を慮りながらも、私はいつでも死柄木と黒霧に刺した血で二人の動きを止められるよう神経を鋭く尖らせる。

 が、いまいち集中できないのはすぐ傍に他人の体温があって落ち着かないせいだろうか。

 がっちりと腰に回った鍛えられた腕を見、そのまま肩越しに振り返る。視線に気付いた轟が片眉を挙げるが、そんなしぐさの一つも美しいと思ってしまうのだから美形は得だ。均整の取れた面差しはどこか気遣うようにかすかに歪んでいる。

 周囲は美形揃いだったためにそれなりに目は肥えているつもりだったが、そのどれともタイプの違う美しさが轟にはある。こういうときでもなければじっくりと鑑賞したいところだが、そうもいかない。

 

「轟、支えなくても立てる」

「フラフラじゃねえか」

「大丈夫だから、お願い」

「……」

 

 抱えられたままでは、咄嗟のときに私も轟も動けない。彼の配慮も心配も理解できないわけじゃない。立場が逆なら似たようなことをしただろう。

 ただそれよりも、この場で重要なのはこの状況を生きて凌ぎ、教師の増援を待つこと。飯田くんの足なら、10分もしないうちに救援が駆けつけるだろう。それまで生きて耐え凌ぐには、多少の無理無茶も必要だと思うのだ。血は確かに減っているが、眩暈がするほどでもない。まだ許容範囲内だ。

 

 しっかりと目を見て、もう一度はっきりとした口調で懇願すると、轟は仕方ないと言いたげにため息をつきながらも、私の腰に回した腕を解いた。無理するなよ、と幾分か低い声でしっかり釘を刺してくるのも忘れないあたり、不承不承なのがよく分かる。それでも放置はせず、倒れても咄嗟に支えられるようにと、身体を離してもすぐ斜め後ろに立ったままの友人の気遣いに深々と息を吸い込んだ。

 身体中に酸素を巡らせ、血の巡りと敵の動きに集中を高める。すっ、と緩んだ意識を引き締め、冷徹な戦士(牙狩り)の顔に切り替える。誰かが密やかに息を詰めるような気配がした。

 

 

「出入り口を押さえられた……こりゃあ……ピンチだなぁ……」

「このウッカリヤローめ!やっぱ思った通りだ!モヤ状のワープゲートになる箇所は()()()()()!そのモヤゲートで実体部分を覆ってたんだろ!?そうだろ!?全身モヤの物理無効人生なら『危ない』っつー発想は出ねぇもんなぁ!!」

「ぬぅっ……」

「っと動くな!!『怪しい動きをした』と俺が判断したらすぐ爆破する!!」

「ヒーローらしかぬ言動……」

 

 黒霧を捕らえられたのが嬉しいのか、若干ハイテンションな爆豪に対する切島くんのツッコミに、私は血の糸を密かに敵二人の身体の内部に寄生させるように張り巡らせながら同意した。さっき黒霧に明確な殺意を向けていた私が言えた話ではないが、ヒーローというよりヴィランの発言だ。

 

「攻略された上に全員ほぼ無傷……すごいなあ最近の子どもは……恥ずかしくなってくるぜ(ヴィラン)連合……。

 脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入り口の奪還だ」

 

 死柄木がまたもや現実をゲームのような単語で評するのを聞いていた私は、最後の言葉に慌てて脳無に視線を戻した。視線の先には、轟に凍らされた半身を超スピードで再生させる脳無の姿。初めて目の当たりにする面々が息を呑んでいる間に、私は冷静に地面を踏みしめ、手で新たな糸を編んだ。

 

「ショック吸収以外に超再生の個性か……!!」

「脳無はおまえの100%にも耐えられるよう改造した超高性能サンドバッグ人間さ」

 

 ほぼ全て再生した脳無が地面を蹴り、今の私がギリギリでしか反応できなかったあの凄まじいスピードで爆豪に迫る。

 

 

 爆豪は、反応できない。

 

 

「ふっ!!」

 

 詠唱は破棄。時間稼ぎの(エスクード)を硬度は無視で、とりあえずあの脳無のスピードを少しでも削るべく8枚一気にぶち上げる。弾頭の如く頭から突っ込んできた脳無に盾を立ち上げたそばから壊されていくが、そのほんのわずかに生まれた時間で充分だった。

 念のため編み上げて待機させていた太めの網状の血糸……“籠目(かごめ)”を爆豪の身体を覆うように引っかけ、脳無の拳が爆豪の眼前に迫る前にその身体を思い切り一本釣りする。

 

「くッ……!!」

 

 以前のマスコミ騒動の際に、お茶子の個性で重さを軽減された飯田くんを持ち上げるのとは訳が違う。頑丈に鍛えた高校生の体重は、傷ついた身体で引き寄せるには負荷が大きかった。ビキっ、と氷で固定した傷が激しく痛むが、それに構ってはいられない。

 表情を盛大に顰めながらも、気を抜いたら吹き飛ばされそうなほど凄まじい拳圧の延長線上からなんとか爆豪を離脱させることに成功する。コンマ一秒以下の僅かな間を置いて、凄まじい暴風が吹き荒れ、咄嗟に顔を庇う。一瞬、私と同じく爆豪を庇うために飛び出したオールマイトが心配、だが。

 がく、と体重を支えきれずに膝が砕け、私はその場にうずくまった。

 

「かっちゃん!!!んっ!?かっちゃん!?」

「(何も……見えなかった……!)」

「よっ、避けたの!?すごい……!」

「違えよ、黙れカス」

 

 拳に巻き込まれたと思った幼馴染がいつの間にか隣まで来ていたことにイズクが驚きの声を上げるが、爆豪は表情を引き攣らせ、尻餅をついたままイズクに悪態を吐く。

 私はそのすぐ後ろで、また喉元までせり上がってきた血の塊を、堪らず地面に吐き出した。びちゃびちゃ、と不快な水音と共に、抑えた手の間から血が滴り、白いスラックスや地面が赤に染まる。

 

「ぐ、ゴホッ、げぇ」

「おいっ、星合!?大丈夫か!?」

「!!星合さん!?」

 

 そろそろ出血量にアドレナリン量が見合わなくなってきたのか、今まで脳が無視していた痛覚信号を自覚して、やられた腹がずぐずぐと痛みを訴える。血を吐いて不快な鉄の味しかしないねばついた口の中が、全身から噴き出す冷や汗がスーツの中で蒸れて気持ち悪い。目の前がちかちかし始めてくる。

 堪らず身体を丸めるようにして血を吐く私に、いち早く気付いた切島くんが私の傍らにしゃがみこんで、背中をさすってくれる。

 

「ごめ、ぅぐ、きり、しまく……」

「いいって、無理して喋んな!!」

 

 さっき爆豪を引き寄せた時に踏ん張ったせいで折れた骨が更に深々と臓器に刺さったのか、身体の中で灼熱が暴れまわっている。脳味噌が熱を持って、視界がスパークを上げながらグラグラと揺れる。賢明に血を操作して腹腔内への出血を止め、他の血管に戻すよう全霊を注ぐが、如何せん全身を回る総血液量が足りない。どんどん指先の感覚がなくなっていく。

 舌打ちしたい気分に駆られながら、冷たくなってきた指先を懸命に動かし、死柄木と黒霧の体内に張り巡らせていた血(天網恢恢)を、端っこだけ体内に残して全て引き抜き、爆豪を引っ張るために使用した血液も全て体内に戻す。それでもやはり、不可視に近いほどの細い血糸と、血の網では外に流れて戻せない分には到底足りない。

 縒り合された血液がずるん、と自分の身体から剥がれて私の中に戻っていくのを見て、放心していた爆豪がぽつりとつぶやいた。

 

「おま、まさか……」

 

 その声があまりにも弱々しくて、私は灼熱を身の内に抱えながらも顔を上げた。見上げた爆豪は戦闘訓練でイズクに負けた後の、打ちひしがれた子どものような表情をしていて、つい痛みを忘れて笑みが零れた。……まあすぐ痛みは戻ってきて俯かざるを得なかったのだが。

 

 

 

「……加減を知らんのか……」

「(子どもを庇ったか……)仲間を救けるためさ、しかたないだろ?さっきだってホラそこの……あー……地味なやつ。あいつが俺に思いっきり殴りかかろうとしたぜ?他が為に振るう暴力は美談になるんだ、そうだろ?ヒーロー?」

 

 そんな私が無様な(てい)を晒している間、脳無に吹っ飛ばされながらもこらえたオールマイトは死柄木と喋っていた。

 

「俺はなオールマイト!怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローと(ヴィラン)でカテゴライズされ、善し悪しが決まるこの世の中に!!何が平和の象徴!!所詮、抑圧の為の暴力装置だおまえは!暴力は暴力しか生まないのだと、おまえを殺すことで世に知らしめるのさ!」

 

 死柄木が比較的まともに喋りはじめたかと思えば、その内容はぐちゃぐちゃだった。さもそれっぽく喋っているが、論理的に崩壊している。殺すことで知らしめるものなど、どれだけそれらしい理由を取り繕ったって、ろくでもないことに変わりないのだから。

 

 脳裏のうちに、頭だか首だかを害されて、弾けたざくろのように赤い(たまに種族によっては緑だったり青だったりするが)血しぶきやら漿液やらをそこらじゅうにぶちまけて、人権を蹂躙され無機質な椅子に縛り付けられたまま物言わぬ骸になった、ひとだったんだか異界の住人だったんだかよくわからないものの成れの果てが一瞬蘇って、小さく頭を振った。

 情報を搾り取って口封じを終えた後とはいえ、間諜(スパイ)拷問(おしおき)直後の風景なんぞ思い出しても、精神を苛めるだけでなんの利益も無い。今は特に。

 今思えば、スティーブンが私設部隊と共にああいったことをしている最中に私が立ち入ってしまったのは、後にも先にもあれだけだった。あれ以降、義兄の過保護に拍車が掛かったような気がする。

 

「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの。自分が楽しみたいだけだろ嘘吐きめ」

「バレるの、早……」

 

 オールマイトにも即座に指摘され、にたり、と死柄木は不気味に笑った。

 

「3対ろ……いや、5だ」

「モヤの弱点はかっちゃんが暴いた……!」

「とんでもねえ奴らだが俺らでオールマイトのサポートすりゃ……撃退できる!」

「ダメだ!!!!逃げなさい」

 

 またもや一触即発、という雰囲気になり、私を庇うように前に立った4人が口々に喋るが、オールマイトに制止された。当たり前だ。私だって、オールマイトの立場ならそうする。

 どんなに自分が不利な状況で、サポートに入ると言った子どもが群を抜いて優秀であっても。

 殺すことに容赦のない敵に、教師として生徒を向かわせるわけにはいかないはずだ。

 

「……さっきのは俺がサポート入らなけりゃやばかったでしょう」

「オールマイト、血が……それに、時間だってないはずじゃ」

 

 撥ね退けられたのが不服だったのか、不満げな声を出す轟と、オールマイトを案じるイズク。うっかり敵に聞かれたらまずいことをぽろりと零してから「あ……」と自分でも不用意だったことに気づいていたが、それほど大きくない声だったのが幸いか。敵に聴かれた様子はなかった。

 

「それはそれだ轟少年!ありがとな!!しかし大丈夫!!プロの本気を見ていなさい!!」

「脳無、黒霧、やれ。俺は子どもをあしらう……クリアして帰ろう!!」

「(確かに時間はもう一分とない……!力の衰えは思ったより早い!しかしやらねばなるまい!!)」

「おい来てる、やるっきゃねぇ!!」

 

 一気に距離を詰めてくる死柄木に、前の4人が迎え撃たんと戦闘態勢に移る中、なんとか簡易止血は終わったものの後ろでうずくまったままの私は、いざとなれば何時でも死柄木を体内に打ち込んだ血液を媒介に、その身体を凍らせられるよう身構える。

 

「(何故なら私は――平和の象徴だからだ!!!)」

 

 が、次の瞬間に放たれた、魂の根底からゆるがしてくるような圧倒的気迫に、その場の全員が呑み込まれ、気勢を削がれた。そして、一撃一撃が衝撃波のような音を立て、脳無とオールマイトがガチンコの拳の殴り合いが始まった。

 死柄木はオールマイトの気迫に本能的に危険を察知してか、距離を詰めるのをやめて後ろに飛び退る。

 

「“ショック吸収”……ってさっき自分で言ってたじゃんか」

「そうだな!」

 

 しかしオールマイトは、呆れたような死柄木の声を軽やかに笑い飛ばす。

 その光景に似たものを、私は見たことがあった。

 霧が立ち込めるHLの地下。男と男の拳がぶつかり合う、血沸き肉躍る戦いが繰り広げられる場所。超常兵器がゴロゴロしているHLにおいて、武器無しのタイマンによる拳闘オンリーの地下闘技場「e-den(エデン)」に、ザップが三文芝居でクラウスをおびき出し、ザップの借金返済のためになし崩しに戦う羽目になったクラウスが段々ノッてきて、意気揚々と戦うあの光景とよく似ていた。

 

「真正面から殴り合い!?」

「ッ、近付けん!!」

 

 別次元の殴り合いに、吹き飛ばされそうなほどの暴風が荒れ狂う。流石の黒霧も、今のあの二人の間合いに飛び込んでゲートで身体を真っ二つ、という策を実行するのがどれだけ愚かかわかっているからか、悔しげな声を上げて見守っていた。

 

「“無効”ではなく“吸収”ならば!!限度があるんじゃないか!?

私対策!?私の100%を耐えるなら!!さらに上からねじ伏せよう!!」

「(血を吐きながら……!全力で、ただめったやたらに撃ち込んでるんじゃない!

一発一発が全部!100%以上の……!!)」

 

 どんなに頑丈なサンドバッグも、使いすぎれば壊れる。

 そして何かを参考に、模して造られたものの多くは、オリジナルを超えられないというのが相場(セオリー)である。

 そしてそれは、コピーの存在に対抗すべく進化するオリジナルを凌駕するモノを、コピーを生むような存在は生み出せないからに他ならない。

 

 脳無に自立した「意志」があれば、怒り、屈辱といった激情で、気勢を強めたかもしれない。

 しかし、“改人”である脳無は、ただ死柄木の命令に忠実な肉の人形に過ぎない。恐れも無い代わりに、怒りに狂い、目を曇らせることも無い。

 

 

 そして。

 

 

「超再生……なら、これはどう?」

「!?」

 

 静かな声が紡がれた途端、脳無の動きが目に見えて悪くなる。

 ピキピキピキ、と取り出したばかりの氷にぬるい液体を注いだ時のような、何かに罅が入るような硬い音が辺りに響き渡る。オールマイトと撃ち合う脳無のその巨体から、しゅうしゅうと音を立てて蒸気が舞い上がる。

 

絶対零度の小針(アグハデルセロアブソルート)

 

 さらに脳無を確実に追い込むため、私はいざという時のとっておきを発動させた。

 脳無の身体に纏わりつくように霜や氷が張り付き脆さを露呈したところを、オールマイトの拳に正確に打ち抜かれ、砕かれた傍から再生する。が、明らかに再生速度が鈍りつつあるのに早々と黒霧と死柄木は気付いた。

 

「またあの子ども……!!脳無に何をした……!!」

「その能力が超再生なら、簡単な話だ」

 

 身体の内側を凍らされているというのにほとんど呻き声を上げず、痛みを感じないかのように残っている方の拳を振るう脳無は、やはりただの肉の人形にしか見えない。見る間に手が、腕が、肩が、脇腹が。身体のそこかしこから崩れ、そのバランスを歪にしていく。

 それでもなお(たお)れないしぶとさに、おぞましい生命だと生理的な嫌悪感に目の端が引きつった。

 

「細胞が再生できないようにすればいい。血管を、筋繊維を、骨を、神経を。ありとあらゆる体細胞を停止させれば、細胞分裂は起こりえない」

 

 極寒の環境に長時間晒されれば、人体は活動を停止する。

 “改人”といえど、脳があり、そこから信号を出し、大きな欠損を超人的な自己修復能力によって補っているのだとしたならば、再生に伴う全身の分子運動を止めるまでだ。

 ”絶対零度の小針(アグハデルセロアブソルート)“は微小の血の針を敵の体内に打ち込み、全身を毒のように回ったところを、敵の体内の水分を一気に支配して凍らせる技である。密度の高い氷に全身冷凍されれば、動くことすら困難。被害を最小限に抑える拘束技の一つだが、こういった再生する相手に対しては、その厄介な力を止める副次的な効果もある。

 

 たとえ体表面の皮膚が凍りきらずとも、筋肉、血液、骨、成長と再生に必要な体組織さえ凍れば、必然と再生は機能を果たさなくなる。純度の高い氷は電気を通さない。脳からの電気信号は伝えられず、皮膚から伝えられる感覚さえ閉ざす。再生のためには傷ついた箇所の把握だって必要だろう。伝達経路も再生すべき場所も凍ってしまえば、一つの体機能である“個性”は死ぬ。残る“ショック吸収”も、意図的に脆く凍らせた表皮付近を拳で砕かれ、再生する間もなく密度の高い氷で塞がれれば、その圧倒的効果を減退することが出来る。

 “個性”のもたらす超常は時に脅威だが、それでも脳無は“改人”。どれほど改造されようと、その身体も機能も、人間の括りを凌駕出来ない。人為的なコールドスリープと、超常能力のぶつかり合い。

 

 

「……根比べだ、このファッキンデカブツ。壊れて再生した傍からその大層な筋繊維、ズタズタに切り裂いてあげよう」

 

 中指を突き立てる下品なハンドサインを向けて、私は冷や汗を滲ませながらも偽悪的に、好戦的に笑んでみせた。

 

「このガキが……!!」

 

 介入を拒むような圧倒的ステゴロに踏み込むことなく援護射撃を為した私に、苛立ちと憎しみの篭った視線が死柄木から注がれるが、鼻で笑い飛ばして早々に目を背けた。人外の化け物(ブラッドブリード)から注がれるあの気味の悪い視線に比べれば、壊しても壊しても冗談のように美しく再生するあの途方もない絶望に比べれば、その視線も、脳無の存在も、私の矜持と戦意を折る理由にはならないのだから。

 

 

 ――私を折りたいなら、吸血鬼でも連れて来い。

 

 

 

 

 そして、その瞬間は訪れるべくして訪れる。

 

 

「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!!

 ヴィランよ、こんな言葉を知ってるか!!?」

 

 オールマイトの片腕が限界まで引き絞られる。脳無は今や半身を失い、残る半身もほぼ凍り付いているため、迫る拳を避けることも出来ず、サンドバッグの如く、その拳を正面から受けた。

 

Plus Ultra(更に 向こうへ)!!!!」

 

 オールマイトのアッパーにより吹き飛ばされた脳無は、ドームのガラス天井を突き破りどこかへ飛んで行った。

 

 

 

 

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