人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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Chapter 1:Hello,New World
Hello,NewWorld.


その日も、なんてことはない一日、のはずだった。

 

 

 突如、一夜にして紐育は人界と異界を繋ぐ特異点に変貌した。崩壊・再構築されたその街の名はヘルサレムズ・ロット。地球上でもっとも剣呑な緊張地帯であるこの霧烟る都市に蠢く裏科学・超常生体・魔道犯罪etc……一歩間違えば現世は侵食、不可逆の混沌に巻き込まれるだろう。

人では起こしえない奇跡を実現するこの場所は、今後千年の世界の覇権を握る場所ともたとえられ、様々な思惑が跳梁跋扈している。そんな世界の均衡を保つため、日夜暗躍する組織――それが「秘密結社ライブラ」。

 

 私、クリスティアナ・I・スターフェイズは、そのライブラの戦闘員であり、秘書だ。ただし、普通の秘書と違い、主に補佐をするのはリーダーではなくその副官。私の義兄であり、氷の蹴り技・エスメラルダ式血凍道の兄弟子であるスティーブン・A・スターフェイズの補佐役である。

お人好しな我らがリーダー・クラウスの代わりに、本部に集まってくるHLの情報を取りまとめて、危険度や状況に応じてHLのあちこちに散らばっている諜報員や戦闘員の配置の采配をするのがスティーブンの役目。そして私は、結社の活動を維持するための活動資金を確保するため、ありとあらゆる富豪・政財界の重鎮などといったお歴々とコネクションを作り、日々膨大な量の、提出される始末書と器物破損でHLPD(警察)から押し付けられた苦情と損害賠償の請求書やらを処理する役目を負っていた。

 プラス、必要とあらば前線にも出て身体を張って「外」に出してはいけない超常犯罪やら血界の眷属(ブラッドブリード)とドンパチするわけだから、まぁ単純な戦闘員よりよほど忙しいと思う。

 

 

 だからだろうか――あんな、無様なミスをしでかしたのは。

 簡単に言えば、とある犯罪組織が「外」に持ち出そうとしたヤクの流出経路を戦闘員総出で壊滅まで追い込んで、やれやれと事務所に戻ろうとした矢先に、突然街頭のヴィジョンというヴィジョンをジャックした堕落王のいつもの「暇つぶし」で、説明するのも面倒になるくらい厄介な彼の発明した魔導生物を倒すためHLじゅうを駆けずり回る羽目になった。なんだかんだでその魔導生物を追い詰め、仕留めようとしたその時、それの分身(これが凄まじい機動力で、戦闘員の中でも群を抜いて素早い私とザップに一掃しろとの指示が飛んでいた)の一つが突然、魔法陣を発動したのである。その範囲内には私だけが一人いる状態で、魔法陣に設定された術式が発動する前にその分身を倒そうと足を振り上げた時――不意に、ぐらりと身体が傾いだのである。

 

 あ、マズい。そう思いながらバランスを失って膝から崩れ落ちた私が膝をついたその瞬間に、無情にも魔法陣が発動し――ぐんっ、とジェットコースターの最高点から落ちるような、身体がどこかへ思い切り引っ張られる感覚と共に、突然前触れなく強制終了して、作業中のデータがぶっ飛んだとたまに徹夜明けの私やスティーブンをキレさせるパソコンのように、私の意識はブラックアウトした。

 その直前、切羽詰まったようなひどい顔で駆け寄ってくる兄や同僚たちの顔がやけに鮮明に脳裏に焼き付いていて、私はぼんやりした頭で考えるのだった。

 

 

 3徹明けの長時間戦闘はやっぱり無理があったかと、他人事のように。

 

 

 

 

 

 覚醒はゆるやかだった。身体の節々が痛んで、その痛みでじわりじわりと意識が浮かび上がっていくのを感じながら目をゆるゆると開ければ、目の前が白に染まった。光の中に突き落とされたみたいな感覚。ハッと息を呑んだ瞬間に込み上げた息苦しさに、呻き声が喉奥でうまれる。されどそれは上手く声にはならずに、かさついて貼りついたくちびるを震わせるだけに留まった。

 そのまま白にぼけた視界は次第に明瞭な像を結んでいき、改めて視界に映し出されるそれをみて、私ははて、と思った。見知らぬ天井とベッドの間に、私は横たわっていた。次に感じたのは異臭で、薬品臭いそれに、病院が想起されて私はわずかに顔を歪めた。

 

 ここは、どこ……?堕落王の魔導生物(ペット)は、あれからどうなったんだろうか。

 

「目が覚めたかい?」

「……え?」

 

 寝起き特有のまとまらない思考ながら、なんとか現状を把握しようとしていた私は、横から不意に掛けられた男の人の声に、固まったように動きの悪い首を巡らせた。クラウスのように、ごついけれど粗野ではなく、労わりの滲む深みのある声だ。

 なんとか首を動かして横を見れば、……何故か、アメコミのスーパーマンを彷彿とさせるような、やたら存在の濃い、ムキムキの筋肉がまぶしい巨漢が鎮座していた。目には影が差しているが、笑っている顔は不思議と恐怖を抱かせない。むしろそれは見る人を安心させるようなもので、クラウスのそれとは真逆だ。あの人は繊細で心優しい、無類の紳士なのに顔で損している――それはともかく、私は直感でこの人は悪い人じゃない、と長年腹芸で多くの狸との腹の探り合いをしていて培われた観察眼を含め、冷静に分析した。

 

「どうやら、まだ状況が分かっていないようだ。君、自分の名前は分か――」

「……だれ、ですか……?」

 

 やや食い気味に質問を投げかければ、目の前の彼はぴたりと口を閉ざして、少し困ったような顔をした。ぽりぽり、と頭を掻く動作は大柄なその図体に反して小動物的で、少しだけ可愛らしい。

 

「私の名前はオールマイトという。君は?」

「私は……クリスティアナ。クリスティアナ・I・スターフェイズ……」

「クリスティアナ、か……外見からしてまさかとは思っていたが、やはり日本人ではないのか……」

 

 それにしては物凄く日本語が流暢だが……と顎に手を当てる「オールマイト」の発言に、今度はこちらが首を傾げる番だった。

 

 日本人では、ない?

 

 その言葉を聞いて、初めて私は“無意識に”普段使っている英語ではなく、幾つか使える多言語の一つである日本語で意思疎通を図っていたことに気付く。

 職務柄、様々な国籍の人間と交流を持つことが多く、必要に駆られてもともとの母国語のスペイン語に加えて、G7加盟国の言語は習得している。アジアとアラブ、南米はスティーブンやクラウスの方に任せている。私たち三人合わせれば、13か国語くらいは話せるだろう。……しかし、無意識って怖い。大方、日本語になったのはこの人の発言につられたんだろう。

 段々意識が覚醒してくると同時に、冴えていく頭は警鐘を鳴らし始める。嫌な予感がする。

 

「……ここ、何処、ですか?ブラッドベリ総合病院……?」

「いや、ここは日本にある病院だ。君は覚えていないかもしれないが、薄暗い路地裏でボロボロの血だらけになって倒れていたのを私が偶然見つけて、此処に運んできたのだ」

 

 恐る恐る、HLいちの名医が居るお得意の病院の名前(今の名前である幻界病棟ライゼズではなく紐育崩落前の名前が出てきたあたりに私の心境を察してほしい)を引き合いに出して所在を尋ねれば、返ってきたのは絶望的な回答(げんじつ)だった。

 どうしてそうなった、と頭を抱える。

 堕落王のペットの魔術に巻き込まれて、目が覚めたら大陸どころか太平洋を越えていただなんて、そんな規模の大きいドッキリがあっていいのだろうか。というかそもそも、堕落王の力はあの霧の結界すら突き破るのか。それはそれで、均衡を守る側としては厄介極まりない。その気になれば混沌をあの霧の外、外界へ出すことが出来るという事なのだから。

 ボロボロの血だらけになっていたのは、まぁ分からなくもない。機動力のある敵を数時間にわたって相手取っていたのだ、深手こそないだろうが、それなりに切り傷やら擦過傷をこさえていたような記憶はある。HLに居れば日常茶飯事の、気にするほどでもない怪我だったからあまり気に留めてはいなかった。というか、戦闘中はどうしてもアドレナリンのせいで痛覚が麻痺するのだ。これは多分牙狩り全員、特に近接~中距離攻撃型に共通することだろうけど。

 

「それは……ご迷惑をおかけしました」

「いや、構わないよ。人命救助はヒーローの務めさ」

「ヒーロー……?」

 

 まるで自分がそうすることが当然だとでも言うように、きっぱりと告げて白い歯を見せてサムズアップする彼に、私は胡乱げに呟いた。確かにこの人はアニメやコミックで言う「ヒーロー」っぽい。オールマイトという名前と外見だけ知っている今も、正直彼が日本人とは信じがたい。流暢な日本語より英語が似合いそうな風体だ。

 だが、ヒーローはやはり空想上のものだという意識が強い。私たちライブラですら、秘密裏に世界を守る仕事をしているが、秘密結社という性質上世間一般に賞賛されることなど皆無だし、人間と異形の欲望渦巻くあの魔都で、私たちライブラを良く思うようなタイプはそもそもHLに来ない。むしろ厄介な邪魔者(目の上のタンコブ)扱いがいいところだろう。

 それに、同じ治安維持組織でもHL警察と仲が良いとはお世辞にも言えない。災厄を未然に防ぐためとはいえ、街や建物を壊したり、暴力を以て制圧したり、果てには潜り込んできた鼠を言葉にするのも憚られるような拷問に掛けていたりするのだから。最後の一つの実態は私設部隊を動かしているスティーブンと、職務上関わらざるを得ない私くらいしか知らない(とはいえ私ですらスティーブンは拷問現場を見せたがらない。私設部隊の人たちとは知り合い程度の仲だ)。勘のいいK・Kやザップは薄々察しているかもしれないが。

 普通にやっていることを考えれば犯罪者になってもおかしくないのだ。警察の手に負えない案件を処理している点でお目こぼししてもらっているにすぎない。某長い前髪の警部補はこっそり見逃す代わりに事件解決の協力要請をしてくる抜け目のない人だけど。

 そんな私たちでさえ、ある種のダークヒーローなのだから。

 現実に善行と正義を貫く「ヒーロー」の成立っていうのは、ひどく難しいと思う。

 

 だからこそ、堂々とヒーローを恥ずかしげもなく語る彼が、とても不思議に見えたのだ。

 

「そう、私が日本の平和の象徴、No.1ヒーローだ!」

「……え?」

「え?」

 

 日本の平和の象徴?ナンバーワンヒーロー?

 

「日本って、世界でも屈指の治安の良い国じゃ……しかも、ナンバーワンって、まるで、他にもヒーローが居るみたいな……」

 

 唖然と呟く私に、今度はオールマイトがキョトンとする側だった。

 

「……えっ、ちょっと待って?君ヒーロー知らないの?」

「え、だって、ヒーローなんてお伽噺の産物でしょう?」

 

 多分、この時の私は本気で何言ってるんだこの人、という顔をしていたことだろう。

 瞬間、顎が外れそうなほど口をあんぐり開けた彼の身体から勢いよく蒸気が噴き出した。咄嗟に腕で顔を庇いながら、その奥で何事かと目を凝らす私の前で、立ち込める蒸気から再び顔を出した彼は――

 

「これは……困ったな、あまりに驚きすぎてついうっかりトゥルーフォームに戻ってしまった……」

 

 別人のようにガリッガリに痩せこけた、目つきの悪い金髪の男性になっていた。あまりの変化に、正直声が一緒でなければ同一人物だとは俄かに信じがたいほどの落差である。

 

「……同一人物?」

「いや、すまない。あまりの衝撃で気を抜いてしまった」

「いや、それはいいんですけど……」

 

 どう気を抜いたらあのマッチョがガリガリに変貌するのだろうか。

 私が心の中でツッコミを入れているとは知らないオールマイトは、神妙な顔で顎を擦った。

 

「……ヒーローを知らないということは、君にも相応の事情があるのだろう……このご時世でヒーローを知らないというのは、相当の箱入りでも難しい……それほど、ヒーローの存在は世界に浸透している」

 

 ――オールマイトの説明いわく。

 中国軽慶市で“光る赤子”が生まれたのを皮切りに、全世界各地で「超常」を宿す人間が生まれるようになった。超常を持つ人間は次第に増え、今や、世界総人口の約八割が何らかの“特異体質”を持った超人社会となっているのだという。それに伴い、爆発的に増加した犯罪件数は世間を混乱に陥れた。武器を持たずして、他者を害することのできる世界になったからだ。そんな中、国の対応がもたつく中立ち上がった勇気ある人のヒーロー的活動が、今や市民権を得て公的職務に定められ、活躍に応じて国から収入を、人々から名声を得られるようになった……というのが、今この世界での「当たり前」らしい。

 

 その話を聞いた私が撃沈しないでいられるだろうか、いやしないではいられない。

 

「……う、そ、でしょう……」

 

 それは、いっそ冗談だと笑い飛ばして馬鹿にしてくれた方が気楽なほどの、「差」。

 「外」とも「中」とも、重鎮や富豪たちと渡り合ってきた私は、決して箱入りなどではない。一般人よりよほど世界情勢に詳しい自負がある。そもそも私は孤児であり、牙狩りの傘下にある教会で裕福ではない幼少期を過ごしてきた。エスメラルダ式血凍道の才能を見い出されてからは、成長期の身体に鞭打って、血反吐を吐き、足先を凍傷で失うリスクと常に綱渡りをしながらその技術を修めた。途中で「血液を氷属性に変えて瞬時に氷を生み出す」のではなく、「血液を一度無属性の水に変え、そこから氷属性に変換させている」、極めて稀な……いや、エスメラルダ式血凍道、牙狩り至上初の『二段階属性変換』の才能を持つ子どもだと分かってからは、無属性の水から他の属性へ変換できないか、二段階属性変換のカラクリはどうなっているのか、継承法は一子相伝か、それとも、何らかの医療行為で後天的に授与できるのか……そういったアレコレを研究・証明するために、牙狩りの研究機関で非道ギリギリの実験で身も心もボロボロになるまで痛めつけられた。

 

 

 いっそ殺してくれと何度も乞い、

 顔も声も名も知らない親を恨み、

 生まれついた悪魔のような血を疎み、

 人生に絶望するほどの、地獄だった。

 

 

 そんな地獄の中から救い出してくれたのは、兄弟子のスティーブンと、既に当時スティーブンとツーマンセルを組むことの多かった、牙狩りデビュー直後まもないクラウスだった。師匠の所から無理やり連れ出された後上層部に居場所を隠蔽されてから、スティーブンと姉弟子、妹弟子たちは必死に私の事を探してくれていたらしい。

 エスメラルダ式血凍道はブレングリード血闘術のように一子相伝ではなく、才能さえあれば伝授できる。その性質から私のような孤児や身寄りのない子どもが多く、師匠は親、弟子仲間は皆きょうだいと、血よりも濃い絆があった。

 

 研究施設は重要書類のみ残して跡形もなく破壊され、私を甚振り、私に関する報告書を偽っていた研究者や上層部は軒並みエスメラルダ式血凍道とブレングリード血闘術の一派によって地獄を見た。

 身体は血凍道のお陰で癒えるのが早くても、荒んだ心を癒すのには相応の時間が掛かった。エスメラルダの家で修行中の妹弟子たちの身の回りの世話をしながら療養しつつ、少しずつ戦場に出て戦闘の勘を取り戻して。エスメラルダ式血凍道の分派として、私は水を使った技を”水晶宮式血濤道(すいしょうぐうしきけっとうどう)”として確立させた。斗流のじっさまには大変お世話になりました。

 

 そうして……ようやく前線復帰した矢先に、あの紐育大崩落が起きた。

 それからは、牙狩りの支部をHLに建てるというスティーブンとクラウスの助けになるため、後を追うようにHLに飛び、少しずつ必要な精鋭を集めていく日々を――昏倒する前まで享受し過ごした「当たり前」を送っていた。

 

 

 だからこそ、HLのありとあらゆる危険な”超常“をHLから出さないよう、組織の一員として尽力していた私だからこそ――悟ってしまった。

 

 

 この世界は、きっと私の知る場所に似て、間違いなく非なる場所であることを。

 本当に、世界は何でも起こるものだな、と私は自嘲めいた笑みをうっすらと浮かべた。

 

 

 無意識に強く握りしめすぎて真っ白になっていた手を、不意に温かい手が覆った。

 ハッと顔を上げると、オールマイトが痩せこけて落ちくぼんだ眼窩の奥から、なお輝きを失わないその瞳で、私をじっと見つめていた。

 

 

「……良ければ、君のことを教えてくれないか。そしてその上で、私は君を助けたい」

「な…………なんで、わざわざ、私みたいなのを……」

「……それは、――私がヒーローであるからだ」

 

 力強い響きに――この時、私はクラウスの言葉を不思議と思い出していた。

 

『光に向かって一歩でも進もうとしている限り 人間の魂が真に敗北する事など断じて無い!』

 

 地獄から救い出された後、PTSDとストレスで軽く心を病んで鬱屈とした日々を送っていた私を、力強く掬い上げてくれた言葉。妹の視力と引き換えに神々の義眼を手に入れ、その後悔と懺悔に押しつぶされそうだったレオナルドをも救ったその金言は、今でも私のお守りだ。

 ぐっと、掛け布団の上に置いていた拳を再び握りしめた。

 立ち止まってもいい、けれど、折れて不貞腐れて後ろを向くのは駄目だ。その瞬間、私は私に負ける。

 

 

 だから。

 

 

 

「……聞いてほしい、オールマイト。私と、私の世界のことを」

 

 

 

 

 

 

「フーム……」

「……」

 

 今話せる全てを、話した。HLのこと、血界の眷属のこと、牙狩りとライブラという組織のこと、私自身の事――私が孤児であり、戦闘能力を身に付ける過程で、拷問まがいの実験を受けていたことを、包み隠さず。

 ほぼ全てのことを話し終えた後、オールマイトはひどく難しい顔で考え込むように唸った。突拍子もない話だ、当然の反応だろう。私は『世界は何でも起こる』ことを知っている。次の瞬間に隣で喋っていた人物の首が飛んでいてもなんら不思議ではない超常都市で何年も最前線を張っていれば、大体のことに関しては「まぁそんなこともあるか」と、腑に落ちないながらも、理解は出来るのだ。ありえないことなど無いと、知っているから。

 静まり返る病室の中、居心地の悪さにぎこちなくしか動かない指先に視線を落として縮こまっていると、もぞ、とオールマイトが動く気配があった。

 

 

「……だ、そうだ。塚内君。私は彼女が嘘をついているようには全く見えない……勿論、気が狂っているようにも見えない」

「へ」

 

 私から見えにくい側の耳に手を当て、突然独り言めいた言葉を発したオールマイトに呆気に取られていると、彼はひどく申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「……すまない。最初から、別室で私の知り合いの警察の刑事にも話を聞いてもらっていたんだ。事件だった場合、私だけでは手に負えないこともある。だが、君の身元が不明である以上、それなりに対策を取らざるを得なかったのだ……もしかしたら君は(ヴィラン)で仲間割れで怪我をしていただけかもしれない。目が覚めた瞬間に襲い掛かってくるとも知れなかった……全て杞憂だった上に、君の置かれた現状は我々の想定以上に苛酷だったわけだが」

 

 本当にすまない、とがばりと頭を下げるオールマイトに、私は眉を下げた。あまりに申し訳なさそうな顔をするので、私はただただ毒気を抜かれ、怒る気にもなれなかった。

 

「……別にいいですよ、盗聴くらい。まともな理由があるなら、平気です」

「いや、やはり良くなかった」

 

 へにゃ、と力なく笑った私の言葉を否定したのは、ドアを開けて入ってきた背の高い男性だった。塚内君、と言っているあたり、彼が別室で盗聴した内容を聞いていた刑事さんだろう。ダニエル・ロウ警部補を彷彿とさせるベージュのトレンチコートを見て、相変わらず警察に縁のある人生だなぁとぼんやり思った。

 

「君みたいな子供に対して断りもなく盗聴して、挙句に言葉にするのも勇気が要るような話を盗み聞きしたようなものだ。……本当にすまない」

「いえ……というか、子ども?」

「うん?だって見た感じ、まだ未成年だろう?外国人の子は顔立ちが大人っぽいから判別しにくいが……ん?大丈夫かい、顔が真っ青だが……気分でも悪いなら主治医の先生を……」

 

 

 数秒後、オールマイトから病室に備え付けの手鏡を手渡され、その中に映る姿が「ちょうど施設から救い出された頃の」昔の姿の自分を見た私は病院であることも忘れ、本日一番の大絶叫を上げることになる。

 

 

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