人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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10/12 血法と輸血に関する捏造設定を修正加筆


Act02:体育祭編
こたえは砂時計のなか


 襲撃から三日が経った今日、無事退院許可の下りた私は二日ぶりに雄英高校の門前に立っていた。

 

「塚内さん、送って頂いてありがとうございます」

「気にしないで。退院したての所を事情聴取で時間を取らせてしまったんだし、何より病み上がりなんだから」

 

 覆面パトカーで学校まで送ってくれた塚内さんに丁寧に頭を下げると、ニッコリと破顔された。

 朝一で退院した後、唯一襲撃に関して事情聴取を受けていなかった私は、迎えに来てくれた三茶さんと共に署に向かい、そこで簡単な事情聴取を受けていた。

 とはいえほとんどの生徒……特にオールマイトの本気を見た4人と、ほぼ広場での主犯の言動の一部始終を見ていたイズクによってほとんど情報は集まっていたようなもので、私が気付いた敵の気になる言動……死柄木の言っていた「あいつ」のように、死柄木をそそのかした黒幕(バック)の存在をほのめかす発言や、脳無にオールマイト以外で唯一有効打を与えた私が感じた奴の弱点、あとは最後に撃ち込んだ絶対零度の小針(アグハデルセロアブソルート)から、主犯二人がどれくらい負傷したかの予想(かなり容赦なくやったのでしばらくは派手に動けないと思われる)などを話すぐらいで、長々と拘束されることはなかった。

 雄英までの送迎も、忙しい塚内さんの手を煩わせるまでもないと断ったのだが、なんだかんだと丸め込まれて結局送ってもらってしまった。やっぱり口の回りようが義兄並みだ、口で勝てる気がしない。

 

 車が角に消えるまで見送った私は、意を決して校舎に向かって歩みを進めた。

 

 

 

 

「うぅ……だるい」

 

 リカバリーガールの所に顔を出し、折れた肋骨を活性してもらい、若干副作用の疲労でげっそりしつつも、足だけは真っ直ぐに教室へ向かう。活性の所為で余計に造血機能が活発化したような気がするが、その分破れた肺やら傷ついた内臓の修復が促進されると思えば、多少のしんどさも仕方ないことかと割り切れる。

 昼休みということもあって人通りのある廊下を通り、ドアの前に立つと、いつもの賑やかさが聞こえてくる。皆元気そうだ、とほっとしながら私はドアを引いた。

 

「おはよ……う?」

 

 が、足を踏み入れた途端、それまで賑やかだった教室内が、水を打ったように静かになった。そこかしこから凝視され、思わずその眼力の強さに一歩後ずさったその時、後ろからどすっ、と誰かに勢いよく抱き付かれた。一瞬衝撃に息が詰まり、傷口が癒合しきっていない内臓のあたりが痛んでウッ、と小さく呻き声を洩らしたものの、誰に抱き付かれているのか分からない私はそろりと背後を伺った。

 

千晶(ちあき)ちゃん、」

 

 背後から聞こえたのは、涙声。

 

「……お茶子?」

「良かった、ほんまに、千晶ちゃんが死なんで、目ぇ覚めてよかった……!!」

 

 少し下から聞こえたその声で今抱き付いているのがお茶子と判断した私は、腰に回った腕が少し緩んだのを見て、拘束されたまま身体を反転させてお茶子に向き直った。が、そのとたんにぎゅう、とすがりつくように回された腕の力が強まって(といっても女子の力なので、傷に触るほどじゃないが)、お茶子は私の胸のあたりに顔を埋めて、泣いていた。まあるい目から、ぽろぽろと涙が零れているのを見て、す、と軽く息を呑む。頭を撫でようと伸ばした手が止まり、手が宙で行き場を失った。

 

「ぼろぼろで、怪我した千晶ちゃん見て、刑事さんから容態聞いて……もしかしたら助からんかもしれんって聞いたら、もう喋ったり、ご飯一緒に食べたりできんかもって思ったら、一気に怖なった……!」

 

 ふと視線を感じて顔を上げれば、いつの間にかイズクと飯田くんが立っていた。困ったように微笑みながらも、その目に、表情に隠し切れない安堵の色を見て、私は視線を彷徨わせ、顔に手を当て天を仰いだ。

……駄目だ、ここまで真っ直ぐ心配されたのが本当に久しぶりというか、あまり経験が無くてどうしたらいいか分からない。数秒頭を抱えていたものの、私は顔に当てていた手を離して、今度こそお茶子の頭をぽんぽん、と叩いた。もう片方の手は、背中をあやす様に叩く。

 

「……心配かけてごめん、お茶子。でもちょっと嬉しい、実は」

「……?」

「いや、怪我して本気で心配されるっていう経験があんまり無くて……」

 

 牙狩りにとって、怪我は当たり前。修行を始める前に生活していた教会ではほとんど怪我などしなかったから、シスターにも手間のかからない子ども、と思われていたような記憶がある。実験施設から救い出してくれたスティーブンやクラウスは、心配……というか、憤っていたイメージが強い。施設を破壊しつくした後に、二人と師匠、姉弟子妹弟子たちにそれこそ骨が折れそうなほど抱きしめられて、やっと帰ってこれたと人生で初めて、心の底から泣けたのだ。

 私の言葉が意外だったのだろう。お茶子が、目を丸くして顔を上げた。綺麗な、透き通るような茶色の眼。

 一緒に過ごした期間が短くとも、これでも生き馬の目を抜く場に身を置いてきたから、見ていれば相手がどんなふうに人生を送ってきたかくらい、なんとなく想像がつく。お茶子は、きちんと両親や周囲に愛されて、まっとうに育った優しい子だ。出会って間もない、こんな汚い私の為に、本気で涙を流してくれたのだから。

 

「え……だって、両親とか……」

 

 親を、無償の愛をもって接してくれる相手だと知っているから、その言葉が出るのだ。

 お茶子の一言に、私は目元を伏せたまま何も答えることなく、涙を浮かべたままのお茶子の頭を撫で、その目尻を親指で拭った。周囲で複数息を呑むのが聞こえたが、私は気にせずに言葉を続けた。

 

「……だから、私の為に泣いてくれて、心配してくれてありがとう。それが、私は何よりも嬉しい」

 

 万感の思いを伝えるには、私の日本語は拙い。本当に心が震えた時、英語を日本語に訳したような言葉になってしまう。

 

「でもね、無理したことを後悔はしてない。あの時、あの速さと強さに対応できる人間は少なかった。一瞬一瞬の間に状況が転々とする中、目の前で先生やクラスメイトが危ない目に遭っていて、自分が手を伸ばさなきゃ、今頃もっと重傷を負ったり、下手したら即死していた。それが明確に想像できたから、身体が勝手に動いてた。……まあちょっと、自分でも予想外なくらい血の消費が激しかったのは、反省点だけど。他人を助けておいて、そんな人の前で倒れて瀕死は後味悪すぎるって、分かってるだけにね」

 

 諱名を読む間、無防備になるレオナルドの盾となるのは、防御に秀でながらも遠距離攻撃も多彩な私とスティーブンだ。物理法則を凌駕する「現象」である血界の眷属(ブラッドブリード)は、存在を確たるものにする名を呼ばれることを忌避する。そして、視るだけでその諱名を看破する神々の義眼は、忌々しい存在以外の何物でもないのだ。だから、戦闘力が無く、そして戦闘の鍵となるレオは真っ先に狙われるために、私かスティーブンが護衛を務める。どちらが務めるかはその時の状況次第で、機動力的に私が前線に出ることが多いが、どうしても役職上、メンバー内で「組織として生かすべき優先順位」を考えてしまう私たち兄妹は、躊躇いもなく肉の壁になってでも守ろうとして、その度にレオやK・Kに怒られていた。

 そんな時、決まってレオは怒りながら泣いて、おまけにいつもはキレキレのツッコミを繰り出すその口で、割と心にグサグサ刺さる悪態を吐く。流石元記者志望とあって、そのボキャブラリーの豊富さは目を瞠るものがあるし、良い意味で能天気というか、見てないように見えて色々と鋭く、観察眼が良い。そのせいで図星を突かれ続け、いつものように話半分に聞き流せずに心にずっしりと来るので、あまり泣かせたくはないのだが……昔からの性分はそう変えられるものではないので、どうしようもない。実験を繰り返し受けた影響で身体だけは頑丈なせいか、身を投げだすことに恐怖感が無いのだ。それが仲間のためなら、特に。ミシェーラのためにこんな場所へ来たレオナルドと、失うものが殆どない私では、天秤にかけた時にどちらを優先すべきかなど、私の中では分かりきったことなのだから。

 

 

「大丈夫。同じ過ちは繰り返さない……私は、死ねない」

 

 背中をあやす様に叩いていた手のひらを持ち上げる。左の中指に嵌めた、義兄とクラウスから贈られた、牙狩りである私を美しく武装するための、銀と宝石の組み合わせが美しい幅広の指輪がそこにあった。

 死ねない、という聞きようによってはかなり重く捉えられる言葉を使ったものの、それを発した声は、確固とした響きを持ちながらも、どこか軽やかで、それでいて地に足の着いた声だった。悲壮感は、ない。

 

 蛍光灯の白っぽい光を透かしてきらめきを生むさまを眺め、そうっと手のひらを握りしめる。針が刺さらないように、そっと。

 

 

 誓いを立てよう。

 再びあの、魔封街結社(ライブラ)の戸を開き、そこに集まる仲間たちに、笑顔でおはようと言えるその日まで。あの霧の街に、還るまで。

 

「絶対に」

 

 精一杯、現在(いま)を生きてやる。

 

 

 

 涙に濡れた瞳で見上げてくる腕の中の友人の不思議そうな表情に、私はやわく目を細める。誰も知らなくていい、今の一言が私の決意の言葉であることを。それが、どう言う意味を持つのかを。私がこの瞬間に、自分の行く末を定め、言葉に出して宣言したかった、ただそれだけのことだ。

 

 ただ今は、感謝しよう。

 落ちた異世界の先で、これほどにも優しく、愛おしい友人たちが傍にいてくれることを。

 本気で私の身を案じ、手を伸ばし、涙を流してくれるひとがいる、奇妙な運命の果ての、奇跡を。

 

 いつか訪れるであろう離別がどんなに辛くなったとしても、それを理由に周囲の人間を遠ざけることはできなかった。しようとも思えなかった。それをするにも、私は陽だまりに触れ過ぎた。オールマイトの、塚内さんの、雄英の先生方の、轟の、イズクの、シンの、お茶子たちクラスメイトの、てらいもなく伸ばされ、日なたへと連れ出す手を拒むことは、出来なかった。25年の人生で他人からの悪意に浸され続け、普通の生活も幸せな子ども時代も知らず、それを眩しく思いながらも、ただ疲れ切っていた私には。心の底で何よりも渇望していたものを非情になってまで払いのけられるほど、私は強く在れなかったのだ。

 ここがHLのような欲望渦巻く魔窟でなかったことも、大いに私の精神に影響を与えている。向けられる感情を疑うことなくそのまま受け止められるというのは、思いのほか息をするのを楽にする。嘘も作った仮面も、以前のようには上手くできなくなったのは喜ぶべきか悲しむべきか。そういった変化を嫌だと思わない自分がいるのだから、不思議だ。

 この世界に別れを告げるその時が来たとして、私がどんな行動をとるかは、最早私にも予測不可能だ。その時の状況や、私の考えによって心に思うことも違うだろう。どんな行動を取りたいと思うかも、今の私が推し量ることなどできない。考えたって何が正解なのか、そもそも答えは出るのかすら曖昧で頼りない。

 

 ならば、精一杯この日常を愛するだけだ。いつか、笑ってライブラの面々に、良い思い出だったと語れるように。

 

 

「千晶ちゃん」

 

 横から声が掛かり、何事かとそちらを見下ろせば、梅雨ちゃんがこてりと首を傾げていた。黒々と光る大きな目がこちらを見つめていて、つられてなんとなく私も首を傾げてみる。私の意識が完全に戻ってきたことを確認した彼女は、やわらかなカーブを描く口を開く。

 

「もう怪我は大丈夫なのかしら?」

 

 梅雨ちゃんの質問は、心配する響きも勿論あったが、事実の確認のようにも聞こえた。どこまで回復したのか。それをきちんと確かめないと安心できないような、そわそわとした落ち着かない心地。梅雨ちゃんの様子は一見普段通りに見えるが、口元に翳された人差し指が顎や頬に当てられては離れてと彷徨っているあたり、相当に気を揉ませたのだと改めて感じた。

 梅雨ちゃんは「思ったことを何でも言っちゃうの」とは言うけれど、考えなしに思ったことを口にするようなタイプではない。きちんと考えてから、それが相手にとって耳に痛い忠言だろうと、事実をきちんと言葉にして伝えられる。相手に嫌われる可能性も踏まえた上での言葉なのだ。そんな梅雨ちゃんのやさしい、真っ直ぐなあり方は好ましいと思う。

 そんな梅雨ちゃんの言葉を聞いて、イズクが小さく息を呑んで、そのままゆるゆると萎れるように項垂れるのを視界の端に捉えた。しゅんと俯いてしまったイズクにおや、と思って視線を投じたその時、俯きがちだった顔が決心したように上げられた。

 

「ごめん、星合さん。……最後、あの時僕が考えなしに突っ込んだせいで、星合さんの傷、悪化させちゃったんだよね?本当に、ごめん!!」

 

 がばりと勢いよく頭を下げたイズクに、私は面食らってぱちぱちと瞬きをした後、ふうっと息をついて笑った。最後、というのはオールマイトを助けるために飛び込み、あやうく死柄木の手に捕まりそうになった一件のことを言っているのだろう。

 

「言ったでしょ、イズク。無理したことを後悔はしてない、って。あの後自分がどうなるかなんて考えずに動いて、自分の身体の頑丈さに頼りすぎた私の自業自得。君の行動は責められるものじゃないし、気に病む必要はないよ。

 ……ま、どうせ聞くなら、Sorry(ごめんなさい)よりも、別の言葉がいいかな」

「……?……あっ!」

 

 一瞬イズクは不思議そうな顔をして首を傾げたけれど、数秒置いて私の意図を読み取れたのだろう。そのエヴァーグリーンの瞳をまあるくして、へにゃりと気の抜けたような、気恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、星合さん」

 

 その顔の可愛さたるや。

 思わず私と、私に未だに抱き付いたまま、イズクとのやりとりを見ていたお茶子が同時に顔を手で覆って顔を背けるレベルである。これがジャパニーズモエなのか、そうか。

 レオナルドの笑顔もそういえばこんな感じにふにゃっとした癒しの笑顔だったな、と手から顔を上げながら思い出した私は、不思議そうな顔をしたイズクに指先を上に向けてちょいちょいと手招きをした。欧米の手招きは日本と逆なので、こっちに来てからしばらくは指先が下での手招きをされる度に、追い払われてるのかと勘違いしたエピソードがあるが、今はすこぶるどうでもいいので割愛する。

 そのまま近寄ってきたイズクの頭を、レオにもそうしていたように片手でわしゃわしゃと撫でる。あ、癖っ毛のふわふわ具合がちょっと似てる。なんとなくイズクの方が髪質固めな気がしないでもないが、それでも非常に撫で心地の良い頭である。

 

「あっ?えっ?星合さん?」

「あー思った通りの撫で心地だ、ほんと似てる」

「誰に!?というかなんで僕の頭撫でてるの星合さん!!??」

「癒されてるのと、あとよく頑張りましたって感じ」

 

 多分、イズクが居なかったら、彼があの時動いていなかったら。オールマイトは死んでいたかもしれないのだ。今思うと、ゾッとして仕方ない。彼は謝ったけれど、本当に彼が謝る必要など何処にもないのだ。むしろ、気を抜いていて彼の危機を寸前まで察知できなかった私の方が謝りたい気分なくらいなのに。それをここで言う事は出来なかったから、ぼかしてしか伝えられないが。

 ゆったりと目を細めて笑ったら、至近距離から覗き込んでいたイズクの顔が真っ赤になる。初心だなぁ、と思いながら、流石にこれ以上はイズクが茹りそうなので、頭を掻きまわしていた手を止め、少し乱れた頭髪を直してやりながら、梅雨ちゃんに視線を戻し、ズレた話を本筋に戻す。

 

「怪我の事だけど。内臓と肋骨は血糸で縫合してさっきリカバリーガールに治癒してもらったし、脇腹も癒合が良ければ今週末に病院で抜糸して、もう一度治癒掛けてもらう予定。多分傷跡も残らないだろうって。輸血と自前の造血機能でほぼ血の量も通常に戻ってるかな。しばらくは一応安静ってことで、演習は見学だけど」

 

 

 怪我はそんな感じで大したこともなかったのだが、半年でコツコツ貯めてた血液のストックが、今回の一件で半分以上パァになった事だけが痛い……無理無茶駄目、絶対。しばらくはレバーとほうれん草を貪る生活になりそうだ。いつ何時また敵連合が襲ってくるかもわからないのに、輸血パックのストックが無くなったら致命傷だ。

 

 一応無属性の私の血はヒトのカテゴリー的にはAB型なので、AB型の血なら他人の血でも輸血できないことはない。ただ、血法は属性ありきの技術だ。血液がDNAを持って生まれたものである以上、設計図(DNA)の全く違う、属性のない他人の血が大量に入っている状態では血法を使うこともままならなくなってしまうのだ。イメージとしては、水や牛乳などの水分を混ぜすぎた卵や小麦粉がうまく固まらずにドロッドロになるのを思い浮かべて欲しい。

 

 輸血された他人の血が1割2割程度ならまだマシだ、有事の際には、出血する指や足の血管に、血液操作で属性のある血液を回せば良い。操作能力がザップや私並みとはいかずとも、牙狩りなら大体そのぐらいは可能だ。

 だが、他人の血液が半分以上を占めれば、ただでさえ強さの次元が数段上の血界の眷属とやり合うなど出来やしない。前線に立てる時間が単純計算で半分になるなど、ただのお荷物だ。

 そしてなにより、異界技術の流入で医学が発展しているHLならともかく、HLの外の世界では、半分以上を失血するような負傷なら、肉体の方も即時復帰して戦える状態ではない。

 ゆえに、貴重な人的資源を失わないよう、他人の血液だろうが輸血されるが……その場合、輸血された他人の血液が寿命を迎えて、完全に自分の属性の血液に置き換わるまでの、だいたい4~6か月の間はずっと、血法が使えなくなってしまう。というか、前線に立てるようなレベルの血法が使えなくなる。本当に生命を繋ぐだけの、その場しのぎの策にしかならない。

 

 なので、これをやらかすと牙狩りの規則で前線から引き離されて、本部や支部でのデスクワークに回される。普段は最低限顔を合わせるだけでいいお偉いの面々とニアミスする可能性が高かったので、HLに飛ぶ前は絶対に血を切らすほどの瀕死にはなるまいと必死になったものだ。

 そもそも半年近く前線から遠のくと、感覚を取り戻すリハビリに倍ぐらいの時間が掛かる。他人の血液を輸血する行為は牙狩りにとって百害あって一利なしなのだ。だからこそ、常日頃から自分の血液の輸血ストックを作るのが常識になっている。それが今回のやらかしでパァだ。正直泣きたい。

 ちなみにこの場合の『無属性』というのは「属性がない」という意味では無くて、「どんな属性にも変換できる可能性を秘めた起始的な属性」という意味であるのであしからず。

 

 

「そう……千晶ちゃんに大事がなくて良かったわ」

「うん。皆も特に大怪我なく無事で良かったよ、ホント」

 

 と、心穏やかに語っていたその時、更に後ろから幾つか衝撃が身体を襲う。ぐふ、と色気皆無の声が漏れた。あの、若干まだ痛いからそう突撃を何回もされると地味に辛いのだが。傷が開くことは無くても、衝撃は身体に響くのだ。

 

「千晶ちゃんの馬鹿―!心配したんだからぁ!」

「でもホント、無事で良かった!刑事さんに予断を許さない、って言われたからもうハラハラしちゃったもん!」

「本当に……ご無事で何よりですわ、千晶さん」

「傷、残んないなら何よりだけど……ホントに気を付けなよ、あれ以上傷跡増えたらヤバいって」

 

 後ろを見れば、左右から抱き付いているトオルとミナ。そしてそのすぐ後ろに、モモとキョウカがいた。キョウカは一応周囲に配慮してくれたのか、小さい声での囁きだったが。

 ぎゅうぎゅうと抱きすくめてくる二人と、少し距離を置いて見守っている二人。女子陣だけでなく、クラスメイトのほぼ全員が近寄ってきてくれて、口々に労わるような声を掛けてくれて、幸せだとそっと笑った。

 

 

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