放課後、7限の授業を終えて帰り支度をしていると、ざわざわと教室の外が騒がしいことに気付いた。
「何ごとだぁ!?」
教室手前のドアの前にいるお茶子の声にはたと顔を上げると、ドアの外、廊下にひしめく生徒の群れ。普段はお茶子たちと帰っているのだが、今日は先約がいたので断ったのだ。メールで端的に迎えに行く、とだけ書かれたソレと、出入り口付近の人の群れを見て大丈夫かなと少し心配になった。
「出れねーじゃん!何しに来たんだよ」
「敵情視察だろザコ」
一刀両断。本日も爆豪は歪みない。
プリントを回されるとき、普段は後ろも振り返らずに雑に回してくるというのに、今日は何度か微妙な顔で振り返りながら回されたので、ちょっと気になったのだが……ああいういつも通りの言動を見ると何だか安心する。
「
意味ねェからどけモブ共」
「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」
イズク、ごもっとも。
爆豪は頭良いのに、若干視野狭窄的というか、ライバル視する人間のようなごく一部の人間しか目に入っていない感じの言動がよくある。イズクを筆頭に、トップを狙う野心家の彼の障害となりうる轟と私は間違いなくライバル視されているし、反対に爆豪のあの性格でもたじろがない切島くんや上鳴くん、瀬呂くんはうっとおしがりながらも、なんだかんだで一緒に居るのを良く見かける。
相変わらず口が悪いと呆れていたその時、見慣れた紫の髪が人混みの波を掻き分けてこちらに近づいてくるのが見えた。
「迎えに行くついでにどんなもんかと見に来たが……ずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」
「ああ!?」
「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」
ずい、と不遜なことを言いながらも人の垣根を掻き分けて前に出てきたのは、帰る約束をしていたシン……心操人使だった。いつになく煽るような物言いに、私は何事だと駆け寄ることも忘れて自分の席に着いたまま、ぽかんと成り行きを見守る。
「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴けっこういるんだ、知ってた?」
「?」
「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ……」
体育祭、という言葉に、手にしていた鞄の紐を握る力が強まる。
メディアが強引にセキュリティを突破したことによる警報の誤報があった日に、彼が教えてくれた行事であり、彼が4月の半ばから虎視眈々と狙ってきたチャンスだ。その熱の入りようが、ここまでシンを大胆にさせているのだろう。とはいえ、そうそう他人に手当たり次第に喧嘩を吹っ掛けるタイプではないので、余計に違和感がつのる。
「敵情視察?少なくとも
その声と雰囲気に呑まれ、その場の空気が固まる。
が、その硬直は長くは続かなかった。爆豪とA組の全体を見回していたシンが、私に目を留めたからだ。目があった瞬間に少しだけ、三白眼の鋭さが緩む。
「星合、帰るぞ」
「え、ああ、うん」
えっ、この空気を作り出しておいて放置なのか。
虚を突かれながらも、ポケットに手を突っ込んだまま佇んでいるシンを待たせるわけにもいかず、慌てて立ち上がる。クラスメイトから「えっちょっと待って知り合いなの?」という視線が複数飛んでくるが、それらに曖昧な笑みをもって返した。
「お茶子、イズク、飯田くん、お疲れさま。また明日」
「えっ、あ、うん!また明日!」
すれ違いざま振り返って、固まったままの三人に手を振ると、真っ先に我に返ったお茶子が手を振り返してくれた。再び視線を戻せば、シンは既に踵を返している。
「ホラ、早く行くぞ」
「ちょ、シン。私一応病み上がりだからね?」
「知ってる」
ずんずんずん、と先に歩いて行ってしまうシンの後を、私は小走りで追う。背後で、隣のB組のモンだが、と名乗る別の声が聞こえた。
出会った時のことを思い出すようなやり取りをしていた私は、気付かなかった。
宣戦布告をしながらも私を迎えに来たシンと、その相手を“シン”とやや親しげにも聞こえる呼び名で呼ぶ私の姿に、急速にA組で勘違いが広がりつつあったことを。
そして、爆豪と轟が、それぞれ何ともいえない複雑そうな顔で、教室を立ち去る私の後ろ姿をしばらく見つめていたことも。
いつもより早足で進むシンの背中を見ながら、小走りでその後を追う。ずっとこれを続けるのかと思ったものの、靴を履き替えてからは普段の歩幅に戻った。一体何だっていうんだ。
気まずくはないものの、どちらも話し出すことなく、しばらく黙って二人並んで歩いていた私たちだが、駅までの道のりを半分消化したところでようやくシンが口を開いた。
「襲撃受けた日、担任からA組が
ぽつり、と静かな声で紡がれたその言葉に、私はそろりとシンの表情を窺った。
「
「うん」
「でも、一番重傷だったその二人の内の一人が、おまえで、目を覚ますか分からない……って聞いた時。ああ、なんで俺、ここにいるんだろう、って思った」
ゆるりと、シンは片手を上げて自分の手のひらを見つめたかと思うと、その手のひらでやわらかに、自分の喉を押さえた。親指の腹でごろりと喉仏を動かす様が、印象強く目に焼き付いていく。
「俺がヒーロー科で、A組にいたら。お前の傍にいたなら。お前に怪我を負わせる前に全部、敵を戦闘不能にしてやれたのに、って」
お前が羨ましいと、味方に居てくれたなら頼もしいと、正しいことのために使える素晴らしい力だと迷いなく言ってくれたこの“個性”で。俺の“個性”を、ヒーローに向いてないと後ろ指差されたって諦めなかった、この在り方をてらいもなく認めてくれたお前を、きっと守れたはずなのに。
スタートさえ、遅れなければ。
苦しげに眉を寄せ、目元を歪めて途切れ途切れにそう言ったシンの言葉が、臓腑に深く沁み渡る。
ああ、あんなに大胆不敵な言葉を言わせてしまったのは私の所為でもあるのかと、シンの言葉を聞いてようやく理解した。私の何気ない一言を、その時は照れ隠しからか変わったヤツと言いながらも、彼は大事なモノとして、風化していく日常の一ページではなく、確固とした記憶として覚えていてくれたのだ。こんな所にも、私がこの世界で息をして、誰かに少なからぬ影響を与えている証があったのだと、強く感じる。
「目が覚めて、生きててくれて、よかった……!」
喉を押さえていた手のひらが伸ばされて、くしゃりと黒髪を掻きまわすように頭を撫ぜられる。強制的に下を向かされながら、その手を払いのけることも出来ない私は、少しの沈黙の後、ぽつりと言った。
「心配かけてごめん」
「馬鹿野郎」
「それと、ありがとう。心配してくれて」
「当たり前だ」
強く言い切りながらも、シンは友達だろ、と声は出さずにくちびるの動きだけで囁く。口調はきつくても、心根のまっすぐな優しい少年なのだ、彼は。
「体育祭、頑張ろう。そんで、一緒に凄いヒーローになろう」
「あぁ。絶対にいい成績を残して、
「うん」
覚悟に満ちた宣言に、私たちは笑顔で拳をぶつけ合った。