人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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体育祭編|開幕 障害物競争
Der anfang


 そして――あっという間に二週間が過ぎ、体育祭当日。

 USJ襲撃で負った傷も癒え、全快した私は、1-A 控室でいつも使用している編み上げブーツの紐を締め直していた。襲撃でかなり激しく動いたので、少しばかり紐が緩んでいたのだ。

 

「ねえ千晶ちゃん、前から気になっていたのだけど」

「うん?」

 

 紐まで特別製の頑丈なそれを履き直し、立ち上がって屈伸やY字バランス……本来の血凍道の動きに近い動きをしても支障が無いか確かめていた私は、少し猫背気味に近づいてきた梅雨ちゃんに、私は片足を完全に真上に上げる高度な動きをしたまま(相変わらず身体が軟らかいわね、とのコメントを頂きつつ)、何事かと首を傾げた。

 

「千晶ちゃんの履いているその靴、とても綺麗ね。黒革と底の紅と、銀色の十字架のコントラストが素敵だと前から思っていたの」

「ふふ、ありがとう。私も一番気に入ってる靴だよ」

「あ、それウチも気になってた。超パンクでカッコイイなって。見るからに高そうだけど」

「確かに……お高そうな気がいたしますが、そのようなデザインのブランドは私もあまり存じ上げないので、よろしければ教えて頂きたいですわ」

 

 雄英が誇る優秀なヒーローの卵といえど、女の子が数人寄ればファッションやスイーツの話題で花が咲くのは世界間共通らしい。あっという間に私の周りに女子陣が集合し、単純にこちらの話題に興味があるのか、それとももっと俗物的な興味からなのかこちらを見てくる峰田や上鳴くんからの視線や、その他男子からも注目を浴びながら、私はそっとブーツの踵を掴んで持ち上げていた手を離し、ゆっくりと上げていた足を降ろした。逆の足も同じように上げながら、うーん、と少し返答に躊躇した。

 

「この“個性”の為に、スペインに居る時に作ってもらった一点ものだからなぁ……ブランドではないよ、残念ながら」

「えっ、そうなの!?」

「一点もの……ってことはつまりオーダーメイド!?」

 

 驚いた声を上げるトオルにうんと頷きながら、片方ずつ靴底が見えるよう足を折り曲げる。左右で十字架の意匠が違うところもまた、職人のこだわりが見えて好きなところだ。左に大きなロザリオが一つ、右に小さなロザリオが3つ。牙狩りの紋章と“Esmeralda”の文字が彫りこまれた靴底は、仇敵である高貴なる不死者の羽根の色と酷似している。

 エスメラルダ式血凍道のための純正品(装備)だ、普通のハイヒールブーツに見えて、実は材質から何からこだわり、エスメラルダ式血凍道の発動を補助するための呪術的な仕掛けが多く施されている。身体に刻まれた、首と心臓と爪先を繋ぐ赤い刺青だって、血凍道を補助するひとつの術式だ。

 

「だって、中に針の入ってる靴なんて危なくて、ブランドとして成立しないでしょう?」

「エッ、それ針入ってんの!?」

「ええええ、それでどうやって歩いたり走ったりしてるん……!?」

 

 痛そう、と顔を顰めたり青くなったりとそれぞれの反応を示した彼女たちに、からからと笑いながら両足を地に着けた。まあ、普通に歩いているように見えるように訓練しているのだから、分からなくて当然。むしろ悟られていた方が恐ろしい。

 

「うっかり針を踏んだりしないように特殊な歩き方の訓練を受けてるんだよ、だから“個性”を使う時以外は踏んだりしないから大丈夫。それに、慣れ過ぎてあんまり痛みも感じないし」

 

 そんな私の言葉に、キョウカが顔を顰めた。

 

「だから千晶、アンタはちょっと自分の身体のことも大事にしなって。あんま周りがとやかくいう事でもないだろうからアレだけど」

 

 照れ隠しのクセなのか、耳のイヤホンジャックを弄りながら、少しためらいがちに忠告してくるキョウカに、善処はするよと微笑んだ。自分の事のように痛がって、心配してくれる人がいるというのはいつまでも慣れなくて、むず痒い。男子もいるからと、あえて身体の傷の事や刺青の事は伏せてくれたその気遣いが、彼女の不器用な優しさを感じられて面映ゆい。

 

「ほら、彼氏もいることだし」

「そのネタ、いつまで引っ張るの……誤解だって、シンはただの友達」

 

 と、ほっこりした矢先にひらめいた、という顔をして人差し指を立てないでほしい。感動が薄れる。

 シンの宣戦布告の一件以降、ずーっとからかわれ続けているネタを引き合いに出され、私はげっそりとした表情を浮かべた。次の日に登校するなり恋バナ好きな思春期女子たちに囲まれ、彼氏なのか、出会いや告白時はどんなだったのかと問い詰められ、目を白黒させながらも誤解だと必死に説明したのが今は懐かしい。……嘘ついてないのに照れて誤魔化してると思われて本当にややこしかった……。そもそも出会って半月で付き合うわけないでしょうが!?猜疑心の強いおばさんにゃ若者と同じペースは無理です。

 

「いやだって、千晶が珍しく名前呼びしてると思ったんだもん」

「普通にニックネームだよ……“心操”が言いづらくて、呼びやすいようにシンって呼ばせてもらってるだけ。日本って苗字で同級生の事呼ぶこと多いけど、外国じゃ目上の人じゃない限り、歳上でも敬称付けずにニックネームで普通に呼び合うから、ファミリーネームで呼び合う習慣がほとんどないんだよ……だからくん付けさん付けも未だに苦手。

 かといってわりと呼びやすい名前で呼ぶと、馴れ馴れしく聞こえるからやめろって中学の時のクラスメイトに注意されてからは特に男子の呼び方は神経使うようになった」

 

 あ、イズクは別。学校も違ったし、クラスメイトに注意される前から呼んでいたし。注意された後に轟同様、「緑谷」とファミリーネームに変えて呼んだら、全力で「僕何か星合さんに嫌われることした!!!????」って直前まで辛いしごきでへばって地面に這いつくばってたのが嘘みたいに詰め寄られたからね。ぶわっ、と両目から滝みたいな量の涙を流した後、すぐに自分で詰めた距離の近さに照れて真っ赤になっていたのは可愛かった。

 ずっと無個性でスクールカーストの底辺にいたイズクは友達なんて居なかったらしく、初めて出来た同年代の友達が私だ、なんて可愛いことを言ってくれた暁には名前で呼ぶしかないではないか。同時に10歳サバ読んでる年齢詐欺だとは言い辛くなった瞬間である。

 というわけで唯一イズクのみファーストネームで呼ばさせてもらっているわけだ。

 

 ……睨むな轟、そもそも私が異性をいきなりファーストネームで呼べなくなったのは、普段一人で飄々としてる君が寄ってくるファンの女の子たちを無碍に扱うせいで、本人には向けられないヘイトがこっちに集中したせいなんだぞ。雄英はさすが偏差値75のトップクラスの生徒が集まってるとあって、そんなくだらないことに時間を割こうとするような人がいないからいいものの……回り回って大体君のせいだ。かといって今から呼ぶのも無理な話で、既に私の思考回路には「ショート」が「轟」で上塗りでユーザー登録されている。だから瞳孔かっぴらいた目で瞬きすることなく視界の端から睨んでくるんじゃない。日本人形みたいで怖いわ。

 

「あ、そうなん?普通に上鳴とかくん付けで呼んでるから分かんなかったわ」

「無理やり違和感あるのを自分で自分を納得させようとしたというか……中学の時にバッサリ言われてから無断で呼び捨てにするのに抵抗があるというか……今でもたまに相澤先生の事ミスター相澤って癖で言っちゃって『何言ってんだお前』って顔される」

「何それ見たい」

 

 そんな雑談に興じていると、飯田くんがもうすぐ入場の時間だと声を上げ、準備は良いかと尋ねてくる。USJ事件以降、委員長としての立場をより一層自覚して火が付いたのか、若干天然なところも見せるものの、きびきびとクラスを引っ張って行ってくれている。彼が委員長になってよかったな、と心から思う。

 とはいえ、ほとんどの生徒がその呼び掛けに反応せずにそれぞれ喋っているのもまた、このクラスの特徴でもあったが。

 

 そんな時、静かに過ごしていたはずの轟が、緊張した表情をしているイズクの名前を呼んだ。

 

「轟くん……何?」

 

 USJ事件以降、あからさまではないものの登校時や休み時間を過ごす時間が一気に減り、なんとなく轟に避けられているらしい私は、あえて近づかず、二人のやり取りをその場で静観することにした。

 

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」

「へ!?うっ うん……」

「おまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな」

「!!」

「別にそこ詮索するつもりはねえが……お前には勝つぞ」

 

 堂々たる宣言に、それまで賑やかだった控室の雰囲気が少し収まって、何事かとちらほらと二人のやり取りを注目し始める。突然の宣戦布告に驚いたのは私だけでは無かったようで、クラスのムードメーカーである切島くんが轟に近寄った。

 

「急にケンカ腰でどうした!?直前にやめろって……」

「仲良しごっこじゃねえんだ、何だって良いだろ」

 

 轟は肩に触れた切島くんの手を、軽く肩を動かすことで振り払った。声といい雰囲気といい、何だか苛ついているような。オールマイトを引き合いに出した……ということは、おそらくスカウトの為に観に来ている父親の前で、オールマイトに似た力を持つイズクに(こおり)だけを使って勝つことで見返してやる的な考えなのだろうか。

 そんな轟の言葉に、イズクは軽く俯いて、腰のあたりで握った両手を見下ろしていた。

 

「轟くんが何を思って勝つって言ってんのか……は、わかんないけど……。そりゃ、君の方が上だよ……実力なんて大半の人に敵わないと思う……客観的に見ても……」

「緑谷もそーゆーネガティブな事言わねえ方が……」

「でも……!!」

 

 切島くんが頬を引き攣らせながらも入れたフォローを遮るように、イズクが強い語気を発した。それに、切島くんが言葉を切る。

 

「皆……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ」

 

 浮かぶのは、シンの悔しげな表情。追いついてやると宣言した、あの決意の言葉。

 

「僕だって……後れを取るわけにはいかないんだ。僕も本気で獲りに行く!!!」

 

 決然とした表情と声に、イズクの真っ直ぐな緑の瞳に、覚悟の色を見た。

 

「……おお」

 

 様々な思いが交錯する中、雄英高校体育祭が幕を上げる。

 

 

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