人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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Rapsodia~Cの長い一日~①

「雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!

 どうせてめーらアレだろこいつらだろ!!?

 (ヴィラン)の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!

 ヒーロー科!!1年!!A組だろぉぉ!!?」

 

 薄暗い通路からスタジアムに出ると、わあっ、と360度全方位から空気が揺れるような大歓声に包まれた。巨大なスタジアムの観客席は満席で、どれほどこの体育祭が注目を浴びているのか、改めて意識する。

 

「わあああ……人がすんごい……」

「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか……!これもまたヒーローとしての素養を身に付ける一環なんだな」

「めっちゃ持ち上げられてんな……なんか緊張すんな……!なァ爆豪」

「しねえよ、ただただアガるわ」

「爆豪、凶悪面になってる」

「あぁ!?」

 

 隣を歩いていた爆豪が、子どもに顔を見られたら間違いなく泣かれるであろう顔になっていることを静かに指摘すれば、苛立った声を上げられた。

 とはいえ、USJの一件後、私が無茶をして助けたのが気にかかっていたらしく、どことなく当たりが弱い。うだうだされてもこちらは全く気にしていないので、一応私としては爆豪に昼食を一回奢ってもらったことでチャラにしたつもりなのだが、プライドの高い爆豪はそれでは気が済まなかったらしい。いっそ直接ドンパチでもすれば気が晴れてくれるだろうか。

 

「おお……星合も落ち着いてんな」

「まあ、自分のベストを尽くすだけだし」

 

 若干テンションが上がっているのか、そわそわとしている切島くんに感心したように言われ、私は首の後ろに手をやりながら答える。すると彼はおおー……!と目をキラキラさせて拳を握った。

 

「やっぱ星合カッケーな、男らしいっていうか……こう、常に落ち着いててクールだよな。俺もすぐアツくなりがちだからそういうとこ見習わねえと……」

「そ?切島くんもやる時はやるじゃん、普段はムードメーカーだし、私はそういうの出来ないから、そういう事出来る人はカッコいいと思うよ」

 

 拳を握ったり開いたりしながら呟いた切島くんの言葉に、私は首を傾げる。

 私は私、切島くんは切島くんの良さがあるのだから、さほど気にすることでもないと思うのだが。……まあUSJ事件で爆豪と一緒に突っ走ったのは、良くないけど。

 それに落ち着いているのは私が単純に中身が年増だからです……。若い子の中に一人精神年齢プラス10が混ざっているのだ、自分もまだ若いと思ってたけど、15歳のエネルギッシュな若さには負ける。

 

 そういう意味で純粋に人間性について打算のない称賛を向けたのだが、予想に反して切島くんは少し顔を赤く染めたかと思うと、上ずった声を上げた。

 

「お、おう!?ありがとな!?」

「(タラシだ……)」

「(天然ジゴロだ……)」

「(オチたな、切島……)」

 

 その時クラスの心の声がほぼ一つになったのだが、私が知るはずもなく、私は私で何でそんな反応が返ってきたのか数秒考えてから、一つの答えに行き当って声を上げた。

 

「……あ、ごめん。頭の中で英語で考えたことを日本語に直して喋ってるから、ちょっと直球すぎた?英語ってオブラートがほぼないから、褒めすぎに注意しろってさんざん中学で言われたの忘れてた」

「いや、大丈夫……(ってことはあれ全部本心か、天然怖ぇえ~……)」

 

 そう?本当に?と聞こうとしたその時、ボンッ、と隣から僅かな爆風と煙が上がり、私の結い上げた髪を揺らした。何事かと隣を見れば、先程の凶悪顔より更に数段レベルアップした爆豪がいた。

 

「……テメーら、さっきからイチャこいてんじゃねえよ!!ブッ殺すぞ!!」

「え、どこが?」

「……ッ!!?……!!……!」

「(星合って芦戸と同じくらい爆豪に対してしれっと普通の態度で接してるもんな……星合は爆豪にとっちゃ恩人だし、本気で意味分かってないっぽいから下手に強気に出れなくて手が不完全燃焼起こしてら……)」

 

 ブスブスブス、と黒い煙を上げている爆豪の両手を眺めながら、切島くんがそんなことを思っているとは知らず、私はといえばぞろぞろと入場してきた普通科クラスの中にシンを見つけて小さく手を振っていた。再びクラスの心の中の声が、爆豪ドンマイ、で一致したのは余談である。

 

 

 

 

「選手宣誓!!」

 

 全クラスが揃ったところで、前に立って鞭を鋭く振るったのは18禁ヒーロー・ミッドナイト。個性故にかなり刺激的なコスチュームに身を包んだ彼女だが、面倒見のいい人で入学前にお世話になった一人でもある。

 

「主審はミッドナイトか」

「18禁なのに高校にいてもいいものか」

「いい」

「静かにしなさい!!選手代表!1-A、爆豪勝己!!」

 

 ざわつく生徒を、鞭を一閃する音で鎮めた彼女が呼んだ名前に、私はぎょっとした。一番選手代表に似合わないタイプが呼ばれたんですが。いいのか雄英、品格とか体面とかそういうアレコレのほうは。

 

「え~~~~かっちゃんなの!?」

「あいつ一応入試一位通過だったからな」

「ヒーロー科の入試な」

 

 爆豪を良く知るイズクも意外に思ったのだろう。ハラハラとした表情で前に出ていった爆豪を見送ったイズクに対して解説してくれた瀬呂くんに感謝である。そうか、爆豪は一般入試の一位だったのか。私はスカウト枠で受かっているので、一般試験の成績については知らなかったのだ。

 

「せんせー、」

 

 両手をポケットに突っ込んだままというガラの悪そうな体勢の爆豪は、堂々と言い放った。

 

「俺が一位になる」

「絶対やると思った!!!」

 

 切島くん、ナイスツッコミ。爆豪の性格からして殊勝な事は言わないと思ったが、予想通りの大胆不敵な発言に、BOOOO、と盛大なブーイングが自クラス、他クラス関係なく上がる。

 

「調子のんなよA組オラァ!!」

「何故品位を貶めるようなことをするんだ!!」

「このヘドロヤロー!!」

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

 くい、と首を親指で掻き切るようなハンドサインをした爆豪は、眉を寄せてはいるものの静かに研ぎ澄まされた顔で壇上から降りて列に戻ってきた。それは、おそらく自信過剰から来るものではない。どちらかというと、高い目標を宣言することであえて退路を塞いで自分を追い込む、ビッグマウスのアスリートのような。

 ……爆豪もまた、静かにUSJ襲撃の一件を糧に学んでいるのだ。

 

 

「さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう!!」

「雄英ってなんでも早速だね」

「いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!さて運命の第一種目!!今年は……」

 

 お茶子のツッコミを無視したミッドナイトの背後に映し出されたスクリーンと共に、ドラムロールが生徒と観客を煽る。

 

「コレ!障害物競争よ!!」

 

 バンッ、とドラムロールが終わると同時にスクリーンに提示されたそれを見て、こういったイベント事初参戦の私も、なんとなく字面からその内容を読み取った。日本語って漢字を見ればなんとなく意味が分かるから良いよね。

 

「計11クラスでの総当たりレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4km!我が校は自由さが売り文句!ウフフ……コースさえ守れば何をしたって(・・・・・・・・・)構わないわ!」

「何をしたって……ねぇ」

「さあさあ位置につきまくりなさい……」

 

 意味深なミッドナイトの言葉を反芻しながら、私はコキ、と指輪を装備した指を鳴らした。

 

 

 

 

 ――思い出すのは、数日前。

 復学直後のとある放課後、私は相澤先生に呼び出されて職員室に来ていた。

 入学前以来にも思える久々の1対1に何事かと思っていた私に、片手にギプスを嵌めているせいで日常動作が億劫そうな相澤先生が、静かに切り出した。

 

「まぁまず……無事で何よりだ、星合。俺の忠告を聞かずに主犯に突っ込んできた時には、すわ復讐でもする気かとゾッとしたもんだが……オールマイトと教師陣の到着まで死者なしに粘れたのは、お前の功績が大きい。……悪かったな、足引っ張って」

「あ、いえ。先生もご無事でなによりです。私が怪我をしたのも、失血で重傷になったのも、自業自得なので気になさらないで下さい。

 ……少し、自分の力と身体の頑丈さを過信しすぎてました。……周りにも、たくさん迷惑と心配をかけて」

 

 怪我をして思い知ったのは、自分がもう既に、この世界で出会った人々を大切に思っていること。そして彼らからも心底心配されるほどに、自分の存在が強く焼き付いていたこと。

 いずれ離れる世界だからと、ずっと目を背けていたものを、眼前に突き付けられた気分だった。

 

 苦い表情とともに頼りなく笑った私に、相澤先生も溜息を吐いた。

 

「そうか……分かってんならそれでいい。お前は飄々としてるわりに、土壇場で責任感の強さを出してくるからな……一人で全部守らなきゃならないと変に気張る必要はない、周りを頼れ。多くの事ができるからと欲張る必要もない」

「……はい」

 

 俯いたままこくり、と頷けば、向かいからよし、という声が聞こえた。

 

「で、本題だが。お前、体育祭でどうする気だ」

「……?どうする気だ、とは」

 

 相澤先生が深刻そうな顔で尋ねてくるが、私はその意図を掴めずにきょとんとした。そんな私の反応を見た相澤先生は、深々と溜息を吐いて顔を片手で覆った。

 

「はー……まずお前、雄英の体育祭のシステム知らないだろ」

「はい」

「……ウチの体育祭はサポート科・経営科・普通科・ヒーロー科の計11クラスで、学年ごとに各種競技の予選を行う。で、勝ち抜いた生徒が本戦で戦うっていう……学年別総当たり戦だ。そんでもって、全国のヒーロー、一般人問わず注目される中で全力アピールできる機会でもある。ヒーロー科の生徒にとっちゃ、たった三回しかない自分を売り込むチャンスだ」

 

 ゆらり、と指の間から充血した三白眼がこちらを鋭く見据えてくる。

 

「だがそれは、(ヴィラン)に自分の戦闘パターンを研究される可能性も含まれてるってことでもある。体育祭はどの学年も全国中継されるし、今年はこないだの襲撃の所為で一年にも強くスポットが当たると思っていい。体育祭は3年にとっちゃ、卒業後の就職先にアピールするだけじゃなく、(ヴィラン)を倒す有望なヒーローの卵として世間に広く顔を知ってもらえるチャンスだ。雄英としても次世代のヒーローの卵の凄さを見せつけることで、“悪意”を抑制する示威的な側面があるが……USJの一件によって、おそらくお前は確実に(ヴィラン)連合に目を付けられたはずだ」

「デスヨネー」

 

 なにせ、オールマイトを殺すための切り札として連れてきた脳無を、私というイレギュラーのせいで追い詰められ、幾度となく子どもを殺そうと動いた時には邪魔に入られ、挙句最後逃げ帰った時には全身を氷の針で灼かれるような苦痛を負うなど散々な目に遭ったのだ。オールマイトを殺すことを目的とする彼らにとって、私はさぞ脅威に映ったことだろう。彼らは、私がいつ攻撃手段を仕込んだかを知らないまま、一番油断した瞬間に全身を冷凍された。私と相対すれば「距離に関係なく」いつでもノーモーションで攻撃される危険性がある、という印象を強めただろうから。

 

「今後連中がまた仕掛けてくるとも分からねえ以上……本当は体育祭なんて格好の研究材料を与えたくないってのが本音だが、学校側としてはそうもいかない。なぜなら、体育祭の後に予定されてる職場体験では、体育祭でのプロヒーローからのドラフト指名があった事務所から行先を選べるからだ」

 

 渋い表情の相澤先生の言わんとする所に、私も薄々その先を察した。

 

「体育祭での成績が優秀であればあるほど、プロの目にもとまり、職場体験でも有意義な経験を積める……」

「そうだ。お前の実力ならほぼ本戦入りは確実、本戦でもいい線行くだろうからな。いつ来るか分からんようなクソ共の為に、お前の将来を潰すわけにもいかない。そういう意味でのどうする、だ」

 

 これまでは出来る限りメディアを避けてきたが、カリキュラム上体育祭を避けることは不可能。教師としては私の未来の選択肢を狭めたくないが、かといってメディアへの露出は私の学校生活を危うくする諸刃の剣。だからこそこんなにも悩ましい。

 合理主義を説く彼が、厳しく見えて実は生徒のことを本当に想っていること、そのためならたとえ生徒に恨まれようと、自分の身を危険に晒そうと辛い選択を取ることを厭わないと知っているからこそ、こうして事前に忠告して、その上で私に選択させるのがベストだと判断を委ねてくれたことがうれしかった。

 

 ぴっ、と無事だった左手の人差し指を立てたかと思うと、あともう一つ、と相澤先生は懸念を口にした。

 

「何より心配なのは、お前を長年監禁した(ヴィラン)が、お前がここに居ると知って再びお前を攫いに来ないか、ってことだ。校舎内は俺たちプロヒーローが居るが、登下校時を狙われたらヤバい。初めて会った時には既にあれだけ強かったお前ですら、隙を突いてボロボロに傷つかないと逃げ出せなかったような、国際的に暗躍してやがる(ヴィラン)なんだろう。(ヴィラン)連合よりそっちの方が、正直凶悪で厄介だ」

 

 長い前髪の奥で目を細めた相澤先生に、私は考え込むように口元に当てていた拳をそっと離して苦笑した。

 本当は存在しない虚構の敵だが、嘘は貫き通さなければならない。罪悪感もないではないが、それを押し殺してでも吐き通さなければならない嘘も、またある。ライブラを嗅ぎ回るスパイを秘密裏に処理している事実を、私とスティーブンがクラウスにひた隠しているように。

 

「そればっかりは気を付けるしかないですよ。いつ何時、何が起こるのか分からないのが世の常ですし。もう日本には居ないかもしれないですしね」

「とはいえ用心に越したことはねえだろが」

「まぁそれはそうですけど……で、体育祭の話でしたよね。それなら――」

 

 

 

 

 ゲートの上に取り付けられたランプが、一つ二つと消える。

 集団の真ん中あたりに位置した私は、人数の多さとスタジアムから出る出入り口の狭さを見比べ、この人数が一斉に大挙して押し寄せたら、マスコミ騒動みたいに押し合いへし合いになりそうだな、と思いながらくるりと足首を回し、身構える。

 

 

 そして、最後のランプが消えた瞬間。

 

「スタ――ト!!!!!」

 

 握りしめた拳の、中指に嵌めた指輪の中の針が皮膚を食い破る。その指の間から流れ落ちた血の紐を、軽く手を振ることでゲート奥、スタジアムから出る唯一の細い通路の遥か上の天井に取り付けた私は、大挙して押し寄せる生徒の群れから一人、何者も邪魔をしない自由な空の道を舞った。

 

 ――どうせ体育祭への出場を避けられないのならば、全力でトップを目指すのみ。

 

 いいのか、と淡々とした表情と声ながらも、絆創膏だらけの顔の中、心配の滲み出る静かな目で問うてきた相澤先生に、私はにんまりと、艶然と笑った。

 

 ――研究?上等ですよ、堂々と、私の力を知らしめてやります。対策を取れるものなら、やってみろって感じですね。

 

 こちらにも矜持というものがある――25年の人生の中の大部分を、世界に蔓延る異形の脅威、魔術、深く泥濘とした闇に身を置き、相手取り、生と死の境界線を幾度となく綱渡りしながら、それでも生存を勝ち取ってきたのだ。死ぬよりもおぞましい生の在り方を、超常生体・裏科学・魔道犯罪etc……あらゆるヒトと異形の欲の発露のカタチを見つめ、世界の原型維持に尽力してきたその経験と技術の練度は、ぽっと出の悪意に対し何ら脅威を感じさせないでいた――主犯の死柄木の思想はHLに跳梁跋扈するどんな混沌よりも稚拙で、破壊にしか興味のない薄ら馬鹿など、HLに限らずどこにでもいる類いの(ゴミクズ)だったからだ。

 むしろ恐らく今後脅威となるのは、その死柄木を唆した黒幕。自らは表舞台には出ず、駒を利用して虎視眈々と現状の破壊を目論むような連中こそ、注意すべき対象だ。秘密結社ライブラの構成員としての経験が、まだ見ぬ巨悪に警鐘を鳴らしていた。

 

「……だから、刃向かおうとする戦意すら折ってあげる」

 

 本物の化け物を相手取る狩人が守るものに手を出したらどのような報いを受けるのか、その一端をとくと見るがいい。

 

 

 

 

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