Rapsodia~Cの長い一日~③
「上位の奴ほど狙われる……下剋上サバイバルよ!!
上を行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ、これぞ
「ああ……やっぱり……」
心底1位にならないで良かったと思った瞬間である。ハチマキを守るより、チャンスを見て奪う方が何倍も易しい。1000万なんてポイントを付ければ、2位が205ポイント、一位を除いた上位4名で固まったって800少々なのだから、どうあがいても1000万を持っているチームが勝者。分かりやすいからこそ、1000万を持つ選手は、全チームから狙われる苦難を背負うことになる。……何となく悪い予感がしていたとはいえ重い物を背負わせてゴメン、イズク。
だが、隣のイズクの表情を見る限り、ここらで幾人ものトップに立つということを理解してもらうのも、まあ悪くはないのではないかな、と思う。少し心苦しいが。強く生きてくれ、イズク。心の中でサムズアップする。
「制限時間は15分。振り当てられたPの合計が騎馬のPとなり、騎手はそのP数が表示された“ハチマキ”を装着。終了までにハチマキを奪い合い保持Pを競うのよ。取ったハチマキは首から上に巻くこと。とりまくれば取りまくるほど、管理が大変になるわよ!
そして重要なのは、ハチマキを取られても、また騎馬が崩れてもアウトにはならないってこと!」
「……ってことは」
「42名から成る騎馬10~12組がずっとフィールドにいるわけか……?」
「うわ、しんど」
「いったんP取られて身軽になっちゃうのもアリだね」
「それは全体のPの分かれ方見ないと判断しかねるわ、三奈ちゃん」
ミッドナイトの説明にざわつく中、私は騎馬戦で組めたらいいなと思うメンバーを思い浮かべる。先頭をずっと走っていたので、B組や他のクラスの個性をスタジアムに帰って来てから見たスクリーンでの映像に映った一部しか知らないことや、爆豪の宣誓の所為で自然と組む相手は限られてくる。同じ上位陣であるイズクや爆豪、轟と組むのも、最後の追い上げでの狙い撃ちを考えるとマズいだろう。点数が集まりすぎる。
「“個性”発動アリの残虐ファイト!でも……あくまで騎馬戦!悪質な崩し目的での攻撃などはレッドカード!一発退場とします!それじゃこれより15分!チーム決めの交渉タイムスタートよ!」
「15分!?」
提示された時間に、私は速攻で踵を返す。
リスキーなほどの高得点を持つイズクではなく、2位で遠距離にも届く糸と高機動を見せたからだろう、誰もが私の方を向いて駆け寄ってくるが、私が真っ先に脇目もふらずに近寄ったのは。
「シン、私と組んでほしい」
高校初の友人であり、『洗脳』の個性を持つ心操人使だった。
シンは少し驚いたような顔をしながらも、すぐにニヤリと笑って頷いた。
「……ああ。俺もお前と組めればと思ってたんだ。先にA組の優秀な奴に声掛けると思ってたから、ちょっと意外だが。お前ならより取り見取りだろうに」
「それはどうだろう……まあ欲しいなって思ってる人は大体目を付けてるんだ、行こう」
そう言って振り返った私は、その「目を付けてた」人物たちがとある人物の元に集まっているのを見て、思わず前髪を掻き上げるように顔を覆って天を仰いだ。ジーザス。
「あー……ごめんシン、当てが外れた。上鳴くんにモモに飯田くん……全員轟のトコ行っちゃったか……あぁー……」
「轟……あの紅白頭のか」
コレは痛い、と頭を抱える。大体リストアップして考えていた戦略の中で、バランスが良い組み合わせをシミュレートした際、その殆どにその三人がいたからだ。
まず上鳴くん。意外かもしれないが彼が実を言うと一番欲しかった。電気系の個性の彼は、
私にも微妙に敵意をぶつけてきている轟からすれば、私対策に必要不可欠な選手として選ぶのも頷ける。
次にモモ。彼女の“創造”はこういった何が起こるか分からないような混戦が予想される場合、非常に汎用性の高い、重用される能力だ。相手によって効果的な物質を創ることのできる彼女も、協力できればかなり有利だったのだが、彼女もまた轟に先手を打たれた。
そして飯田くんは、言わずもがなスピード要員だ。私自身も彼に並ぶほどの機動があるが、おそらく始まったら私は攻撃の方に回る必要性の方が多いだろうことから、負担を分担できるよう一人はスピードを任せられる人が欲しかったのだ。
「うん、そう。考えることは同じってか……うーん、こういう時は全く嬉しくない」
「……で、どうする?」
「皆大分固まり始めたからな……あ、尾白くん!」
きょろきょろと辺りを見回しているクラスメイトの姿に、私が慌てて大きめの声で名前を呼ぶと、彼はきょとんとした顔で「俺?」というジェスチャーをしながらもこちらに駆け寄ってきてくれた。
「良かった、尾白くんまだチーム決めてないなら、私たちと組んでくれないかな?」
「えっ、星合さん2位なんだからもうとっくに決めてると思ってたよ……俺で良いならもちろんオッケーだけど……えっと、コイツも?」
コイツ、というところでシンを躊躇いがちに指差した尾白くんの表情は、若干困惑気味だった。
無理もない。あれだけ大胆不敵な宣戦布告をしていた相手なのだ。チームワークがカギとなる騎馬戦で、そんな相手と組むのには不安があるのだろう。他のA組メンバーが私を見て組みたそうにしても、隣に立っているシンを見るとどうも尻込みするのか、視線を逸らして爆豪の元に行っているのが何よりの証拠だ。2位なのにこの過疎っぷりは、流石に予想外だ。
シンも私以外のA組と仲良くする気はあまりないのか、つんとそっぽを向いている。コラ、と愛想の悪いシンを肘で突っつきながら、私は苦笑いを浮かべる。
「ごめん、ちょっとした理由でヒーロー科に野心持ってるだけで、根は良いヤツなの。許してあげてくれないかな。で、ポジションで今考えてるのは、シンには騎手になってもらって、私が前衛で遊撃と機動担当、尾白くんには後衛でフィジカルと尻尾で後方からの攻撃に対処してほしいなと思ってる。あともう一人、中距離の攻撃と防御も出来る人がいれば言うことないんだけど……」
「えっ、星合さんが騎手じゃなくて!?」
まさかのコイツ!?と言外にひしひしと感じる声で食い気味に割り込んできた尾白くんに、どうどうと両手を掲げる。シンもまさか自分にお鉢が回ってくるとは思わなかったのか目を見開いているが、同時に尾白くんへ若干冷たい視線を送り始めた。興味なしから若干敵意を滲ませ始めたシンにマズい、と内心で冷や汗をかきながら、私は若干ひくりと表情筋を引き攣らせる。
「尾白くんは控室での話を聞いてたと思うけど……このブーツの中には血を射出するための針が入ってて、それを踏むことで靴の外に出た血を媒介に血の糸や水、氷に変化させられる。指輪の中の針でも同じことは出来るけど、本来の私の武器は脚。氷の蹴り技を中心とした近接格闘。
……だから正直騎手として上に上がると、足が塞がって出来ることのバリエーションが半分に低下するんだ。あと、ぶっちゃけ足に長いこと触れられてると攻撃手段を封じられてるみたいでムズムズするというか……そもそも修行のせいで衆目に曝せないレベルに素足が醜いからブーツ脱ぎたくないって言うのが本音ですホントゴメン」
「うん、ツッコミが追いつかないし色々聞きたいけど、とりあえず星合さんが騎手をやらない方が色々と良いってことはよく分かった」
「ありがとう尾白くん」
まあ素足に限らず体幹とかほとんど醜いけどな!!未だに退行して戻ってきた実験施設時代の拷問の名残が消えなくて困る。この世界の夏はまだ体験したことが無いが、恐らく過去最高の地獄だろう。今のこの身体は傷だらけな上、エスメラルダの紅い刺青も入っているのだから。
首と心臓、そして足。前者二つは害されれば大量の血が噴き出すし、後者は血を凶器に変えて戦う武器である。それらをより密接に繋ぎ、巡らせ、自在に操るために、目視できないほどの術式を直接刺青として肉の器に書き込むのだ。私を牙狩りたらしめる、呪詛。
HLは勿論、欧米では刺青はファッションとしての側面も持つ。日本では刺青はマイナーで、ヤクザや極道のような裏の人間を彷彿とさせてしまうらしく、膚に直接書き込まれたそれを晒せば、当然良い顔はされない。リカバリーガールやオールマイトでさえ初見は顔を顰めたくらいだ。
そんな理由もあって、身体の醜さを露呈するわけにもいかず、外で薄着が出来ないのである。……まあ裏世界の人間であることは間違ってないが、それをこの世界で口にすることは、少なからずオールマイトの前以外では金輪際ないだろう。
「その点、シンの“個性”は騎手のポジションにいる方が機能する」
「……ちなみに、その“個性”っていうのは……」
「“洗脳”だよ、猿」
「サ……ッ!!」
シンの身体能力はどうあがいてもヒーロー科には劣ってしまう。その分、洗脳で活躍してもらう方がメリットがある。
個性については自分で話した方が良いだろうと思ってあえて黙っていたのだが、それが裏目に出た。
初対面にも関わらずズケズケと挑発的な言葉を放ったシンに、ひくりと口元を引き攣らせた尾白くんが答えたとたん、その表情が、魂を抜かれたように惚けたものに変わった。視線が宙を泳ぎ、引き攣っていた口元がだらしなく半開きになってゆくのを見て、勢いよくシンの方を振り返る。悪びれた様子もなく、ただただ鋭い視線で尾白くんを睨む横顔が、どうしようもなく悲しいものにしか映らない。
「ちょっと、シン。解きなさい」
「なんでだよ、この方が色々都合が良いだろ。お前が選んだヤツだ、そこそこ使えるんだろうが……うだうだ言い過ぎだ、一時的な共同戦線も張れないなら、こうした方が早い」
「なーんーでーそこでコミュニケーションをきちんと取る前に相互理解を放棄するかな!?そこがお前の悪いとこだよシン!!」
このお馬鹿、と衆目を集めない程度にけなしながら、がくがくとその両肩を掴んで揺さぶる。視界の隅に誰かさんからの視線が飛んできていたような気もするが、それどころではない。騎馬戦が始まる前に尾白くんの洗脳を解きたいところだが、その方法を私は知らなかった。シンの個性が洗脳であることは出会った当初から知っているが、その解除方法にまでは話は終ぞ至らないままだったのだ。弱点にもつながりかねないデリケートな部分だ、無理に聞くこともないと今の今まで放っておいたのが裏目に出た。
お前、なんて普段の日本語なら使わないような呼び方と乱雑な口調で窘めれば、シンは不満げな表情を浮かべた。
「別に良いだろ。後で解けたところで、お前には何の問題もない」
ふい、と顔を逸らして言われたその言葉が、後で生まれる確執は自分だけが背負うからお前には関係ない、といわれたような気がした。それに、いらりとこめかみが引き攣る。
自分をないがしろにするその精神は、個性について明かした時、まず悪用を想起させる“個性”であることを、長年に渡って周囲から自覚無き悪意の言葉を突き付け続けられたことによって、根深く彼の中にはびこったものだ。
自分がそうだったから、よく分かるのだ。斗流創始者、血闘神・
救い出された今があるから、辛うじて狂うことなく人生を歩めているが、自分でもやはり、どこか歪んでいると思う。それは限りなく鈍麻した痛覚であったり、自分の身体を犠牲にすることに対するストッパーのような感情の欠如であったり。普通のものに触れる機会が多くなったからこそ見えるようになった、幼い頃の暗い過去が現在にも陰を落とす。悔恨というよりも、哀切のほうが感情としては近いだろうか。
だから、シンにはそうなってほしくないという気持ちがあるからこそ、こんなにも目が離せないのかもしれなかった。イズクと同じく、彼にもまたレオナルドの面影があるように、牢獄に繋がれていた昔の自分を重ね合わせて、どうにか救えないものかとお節介を発揮している。
だから、多少声を荒げようとも、私はがっちりと隈のひどい三白眼を真正面に固定して、視線を合わせて伝えるのだ。手遅れになる前に。
「精神的なしこりが残るわお馬鹿、もしリザルトが良くてヒーロー科にシンが移籍になっても、シンがクラスに居づらい理由を作ったのが私とか双方にいたたまれなさ過ぎて胃潰瘍になるわ!」
それこそ、屈強な見た目に対して胃腸が繊細な私のボスのように。
そもそも、シンが宣戦布告をさせるまでに至ったのは、元を辿れば私の負傷があったからである。元からヒーロー科への移籍を望んでいたとはいえ、その気を逸らせたのは間違いなく私だ。その宣戦布告さえなければ、基本善性のひとである尾白くんだって二つ返事で了承してくれただろう。ああ、人生って本当にままならない、と頭を抱える。ややこしい事態になった理由の一端に自分が噛んでいるからこそ、見過ごせない。
何故かぽかん、としているシンにさらに言い募ろうとしたその時、背後から「星合さん」と涼やかな声が耳朶を打った。ぱっと振り向くと、おしとやかに佇む一人の女子生徒がいた。
「塩崎さん!」
「よろしければ、騎馬に加えて頂けませんか?まだ人数に余裕があれば、ですが」
「むしろこちらからよろしくお願いします!中遠距離の子が欲しかったんだ」
控えめながら、芯の強さが垣間見える眼差しで近寄ってきた彼女は、間髪入れずに了承した私に少し目を丸くしながらも、「ではよろしくお願いしますね」と微笑んだ。
塩崎茨さん。ヒーロー科B組の彼女は一般入試4位、先程の障害物競走でも爆豪に次ぐ5位という好成績をキープしていることからも分かるように、B組でもかなりの実力者だ。彼女とは体育祭以前から少しだけ親交があり、廊下ですれ違えば挨拶をしたり立ち話をしたりする程度の、ちょっとした顔見知りといったところだろうか。
実力は申し分ないのだが、組むに当たって一つ懸念があった。
「でも塩崎さん、B組はA組に対抗心燃やしてるんでしょう?B組の人たちと組まなくて大丈夫?」
ただでさえUSJ襲撃でA組に注目が集まっていたのに、爆豪の宣言によってB組からA組に対するヘイトはかなり積もっているはずだ。B組首位の彼女が私と組んで大丈夫なのかとすこし心配になった。あとで何かクラスメイトに言われないかと、少しばかり気にかかったのだ。
だが、私の心配をよそに、彼女はけろりとした表情で「平気ですわ」とその心配を否定した。
「確かにA組に対する対抗心を燃やしている方もおられますし、クラスぐるみで少々小狡いことを考えていらっしゃるようですが、私はこの体育祭で純粋に自分の力がどこまで通用するか試し、正々堂々と勝利したいだけですので……その点、星合さんと組めば勝つ確率は高いと思いまして」
「ああ、成る程。それならいいんだ」
騎士道精神に則りながらも非常に合理的な発想に、私はすとんと納得した。下手な理由よりもこのくらいあけすけに言ってくれた方がよっぽど説得力がある。
「で、先程のやりとりをちらりと聞いていたのですが、そこの紫の髪の方が騎手として“洗脳”を駆使。星合さんが前騎馬で機動力源となりつつ、血の糸と氷を使った遊撃と防御。若干トんでいらっしゃるこちらの方が尻尾で後方からの攻撃を警戒しつつ、騎馬の支柱となる。そして私は……」
「ツルの個性を活かしての中遠距離からの攻撃、状況に応じて横と斜め後ろの攻撃からの防御、だね。お願いできるかな」
「ええ。問題ありません。……ですが、」
もっと周りを頼れ、と相澤先生に言われたことを思い出しながら役割を告げれば、すぐさま彼女は頷いたものの、ふと言葉を切って、その黒々とした大きな目をシンに向けた。その瞳は、同じ色でも尾白くんがうかべていたものとはまた違うものを内包していた。
「よろしければ、貴方の個性の詳細を教えて頂けないでしょうか。Pのハチマキを預け、戦術的に動くためにもまずはそれぞれの個性を正確に把握することが大事だと考えますから、先程の障害物競争では謎に包まれたままの貴方の個性を知りたいのですが」
「わ……わかった」
数歩詰め寄りながら、ハキハキと彼女の生真面目さが分かるマシンガントークで言い募った塩崎さんに若干気圧されつつ、シンが頷く。私も改めてシンの個性の詳細を聞き(でも解除方法については教えてくれなかった)、何とかチームとしての最低限の準備が終わったと同時に、丁度作戦タイムが終わりを告げた。
『さあ起きろイレイザー!15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに12組の騎馬が並び立った!』
『……なかなか面白ぇ組が揃ったな』
私と塩崎さん、未だに操られっぱなしの尾白くん(本当は解いてあげたかったのだが、塩崎さんにまで「クラスもバラバラな即席チームですから、解くことでチームの連携が崩れるならこのままでもいいと思いますが」と言われたままタイムアップになってしまった。ゴメン、尾白くん。恨むなら私を恨んでくれ)で騎馬を組み、その上に裸足になったシンが乗る。オールバックの額にはハチマキ。
私も塩崎さんもそれなりに身長がある方とはいえ、女子二人で176㎝のシンを抱え上げる力と鍛えている尾白くん一人の力では差異がある。自分と塩崎さんへかかる負担も考慮して、血糸のサポートを試みる。私は騎馬が崩れないようにロープ状の太めの血糸で、シンの足の間を通って私の肩に組まれている左翼・右翼の二人の腕とシンの太腿を固定。更に数本編んだ血の糸を待機させて、いざという時は体勢を立て直せるようにしておく。
「よし。シン、尾白くん、塩崎さん。よろしく頼むよ」
「ああ」
「……」
「ええ」
『さァ上げてけ鬨の声!!血で血を洗う雄英の合戦が今!!狼煙を上げる!!』