スクリーンを確認すると、それぞれの騎馬の得点が示されていた。
爆豪チームは爆豪(195)を騎手に、切島くん(165)、ミナ(115)、瀬呂くん(170)で645P。
轟チームは轟(200)を騎手に、飯田くん(180)、モモ(125)、上鳴くん(90)で595P。
私たち心操チームはシン(75)を騎手に、私(205)、塩崎さん(190)、尾白くん(155)で625P。
イズクのチームはイズク(1000万)を騎手に、お茶子(130)、常闇くん(175)、発目さん(5)で、1000万310P。
『よぉーし組み終わったな!?準備は良いかなんて聞かねえぞ!いくぜ!残虐バトルロイヤルカウントダウン!』
『3!!』
「狙いは……」と爆豪が、
『2!!』
「一つ」と轟が。
『1!!』
「まあ、分かりやすい図式だよね」と私が呟く。
『START!!!』
掛け声が掛かった途端、カウントダウンの間に溜めていた闘志を爆発させるように2組の騎馬が真っ先にとイズクへ向かっていく。その様子を尻目に、私たちはイズクの周囲で起きる喧騒を避けるように別の方向に動いていた。
「実質この騎馬戦は1000万のハチマキ争奪戦だけど……」
「最初から狙いに行くのはただのアホだな」
真正面から向かってきたB組の騎馬からの攻撃を
全員参謀タイプというか冷静なメンバーが揃っているせいか、言葉に出して連携を取らずとも、それぞれ各々が最善手を尽くしてくれるので非常にやりやすい。塩崎さんとの共闘が初めてとは思えないほど、ピッタリタイミングがハマるので、思わず口元がにやけてしまう。やっぱり塩崎さんもパワーよりテクニカルで攻めるタイプのようで、だからこそ馬が合うのだろう。
女子二人でまた現れた別チームを迎撃している間、シンは塩崎さんのツルからハチマキを受け取って首に巻きつつ、操ったままの尾白くんに後ろの警戒や移動などで細かく指示を出している。
順調なスタートを切りながら、私たちの考えは最初から一致していた。
「ええ。1000万を奪えば注目度は計り知れませんが、それは同時に防衛戦を強いられることになる。脱落無しのこのルール上、いろんな個性の方々が最後までフィールド内に留まってひしめき合うということは、何が起こるか分からないリスクも大きいですから。このメンバーなら防衛戦も十分に可能でしょうが、15分間凌ぎきれる保証はありませんし」
「だから、序盤は積極的に攻めず、カウンター狙いで着実に、静かにPを稼ごう。最初は1000万狙いの派手な動きの方に観客の目は行くだろうけど、後半になればなるほどP数に応じて人の目は向いてくる。
シンを騎手にしたのも、2位と5位がいる私たちのチームから注目を終盤まであえて逸らすため。スクリーン上のチーム名表示がチーム内1位じゃなくて騎手名で助かったよ、
「そもそも最初の持ち点が大きいですから、他のハチマキを稼げば自然と上に上がれますしね」
「おう。……んで、ラスト一分、他の騎馬からの注目が逸れた土壇場で――どんでん返しだ」
やるからには全力で。しかし、猪突猛進に攻めるのではなく、確実な方法を取りながら、最早取り返せない最高のタイミングを虎視眈々と狙う。
チーム決めは思いの他苦戦したが――ある意味最恐のチーム編成かもしれない、コレ。
その予想は上手くハマり、制限時間が半分過ぎたころ、プレゼント・マイクの声が響き渡る。
『7分経過した現在のランクを見てみよう!』
だが、パッとスクリーンに映し出された中間結果に、スタジアムがざわつく。
『……あら!?ちょっと待てよコレ……!A組、
スクリーンに映し出された順位は、一位は未だに1000万を譲っていないイズクのチーム、2位に私たち混成チーム、3位に物間チームと4位鉄晢チーム、5位に拳藤チーム、6位に轟チームというB組が圧倒的に隆盛していた。
爆豪はといえば、先程から抜け目のないハチマキの取りっぷりを見せている物間チームにハチマキを取られているのを遠くから見た。
何となく遠くから物間くんとやらの話を聞くに、ミッドナイトが最初の競技から大幅に人数を減らさないのを見越して、あえて予選落ちしない程度に中位を保持し、後方からライバルになる上位陣の個性や性格を見ていたらしい。ただ、塩崎さんたちのような、その案に同意しないメンバーはそんな戦術とはお構いなしに上位に食い込んでいたようだ。
「しかし、素晴らしいですね、星合さんの“個性”」
「うん?」
斜め後ろからの攻撃を束ねたツルで叩き落とした塩崎さんがぽつりと言った言葉に、私は首を傾げる。
「だって、これほどのハチマキを所持して2位に着いているというのに執拗に追われず、また実況の
「同感だ。まさか、観客以外の選手と実況に対して幻影で姿を隠したり、位置をずらして遠距離攻撃でハチマキを取られないようにしたり……共同戦線張ってるB組連中には近くにいるB組の姿に見せかけて近づき、油断した隙に俺の洗脳や塩崎のツルでハチマキを奪う、だなんてな」
「ゲスいやり方なのは重々承知シテマス」
二人の言葉がこのチートめ、と言われているような気がして(おそらく考え過ぎだろうが)、私は遠い目をして答える。
そう、今の私たちは――ほとんどの騎馬が近くを通ってもスルーされている。首に3つハチマキを下げ、今なおシンの額には持ちPが巻かれたままなのに、だ。
その正体は、水晶宮式血濤道、甲の舞・
冷たい水に変化させた血液を広範囲に撒き、空気の温度差を作為的に作り出して光の屈折率を変え、目の錯覚を誘発し、認識を阻害する蜃気楼を生み出す技だ。自分の位置の側方に鏡像を作ることで、攻撃をずらし、逃れることが出来る。上手く活用すれば相手の動揺を誘えるし、また手負いの味方を敵から隠す一時的な避難シェルターとして展開することも可能な防御系の技なのだが、難点は蜃気楼を生み出し、意のままに操るのに多大な集中力を要求することだ。掛ける相手が多くなり、それがバラバラに動いているとなると更に難易度は指数関数的に跳ね上がる。HLの顔役であり無類のプロスフェアー愛好家のドン・アルルエルの猛攻を幾度となく薄皮一枚で凌いで生還するほどの頭脳と空間把握能力を持っているクラウスたちに劣りこそすれ、彼をして人類の中ではそれなりに優れているらしい脳味噌の回転数のお陰で、ぎりぎりオーバーヒートしない程度のキャパシティ内に収めてはいるが、一瞬でも気を抜けばたちまち蜃気楼が消えてしまいそうなほど、危うい綱渡りを繰り返している。
幸い、スタジアムはおびただしい数の観客がすし詰めになって、上方の空間には熱気が渦巻いているし、さっきから爆豪が景気よく爆破で一人空中を飛んでは瀬呂君のテープで戻る、という動きをして頭上の空気を暖めてくれているお陰で、蜃気楼を生みやすい状況が続いている。でなければ、空気の温度差を調節しながら自分の周囲を取り巻く蜃気楼の屈折度を、他のチームがどこに居るかを常に把握しながら変えていくなんてこと、面倒すぎてやっていられない。事実、警戒している数チームを除いて、他の3人で対処しやすいチームには蜃気楼を掛けていない。
「その代わり、攻撃と防御を塩崎さんと尾白くん任せにしてるのが申し訳ないけどね……!」
「構いません。星合さんのお陰でずっと負担も少なくやりやすいですし、心操さんのサポートもありますから」
ハチマキを奪い合うという本来の騎馬戦としての戦い方の本筋からは離れているだろうし、上からの屈折度を実況席方面以外は弄っていないせいで(実況席からも蜃気楼で誤魔化されているはずなのだが、相澤先生はどうも辛うじて目で追えているらしい。たまに見上げると大体こっち見てるんだけどあの人ほんとすごいな)、上から実際の状況が見える観客はさぞ不思議だろう――なぜ恰好のカモであるこのチームだけスルーするのか、と。
何かをしていると分かったところで、逃げているとか卑怯だとか言われてもしょうがない戦法だ。本当なら目立っておきたいはずの二人があっさり承諾してくれたのが意外なほど。
でも、私自身これは苦肉の策だった。こんなエグい手でも使わないと、バランスの取れ方と個々の個性の性質的に一番厄介な轟チームが、というか主に轟が、此処で会ったが百年目、親の仇とばかりに猛追をひっきりなしにかけてくるのだから。最初の二分が地味に地獄だった。般若のような表情で迫ってくるし、しかも何故か騎手のシンではなく私ばかりを見てくるので思わず『こっち見んな』と呟いたほどだ。
あまりにしつこいので、轟の視線を完全に遮る高さまで
今は人の認識に留まりにくい状態を維持しているので安全に移動出来ているが、フィールドの反対辺りで誰かを探して常にキョロキョロしている紅白頭が怖い。君の執念の対象はイズクじゃなかったのか。怖いわ。USJの一件以降から何考えて動いてるのかさっぱり分からないだけに、無表情で執拗に追われるのはただただ恐怖を煽られる。
怖いといえば爆豪も脅威だ。なぜならすぐ空中をぶっ飛ぶので蜃気楼の調節が面倒で仕方ない。何度か捕捉し損ねて蜃気楼の範囲外から脱した爆豪に爆破を食らいかけ、その度に塩崎さんのツルに弾いてもらっている。負担を強いて申し訳ない。
「爆豪と轟も厄介だけど、あの物間って子も出来れば近づきたくないな……」
「ああ。何度か接触してきたが、流石に星合の氷と塩崎のツルを突破できないと見て早々に諦めたけどな、アイツ」
「まあ……ただ諦めたと見せかけて、隙を突いてきかねないのがあの人ですが……」
B組の参謀ポジションらしい物間寧人、という男子生徒が厄介だから気を付けた方がいい、というのは塩崎さんからの情報だ。塩崎さんが忠告してくるレベルだからと爆豪との戦いぶりを見ていたのだが、爆豪の爆破と切島くんの硬化を使っていたところを見るに、個性はコピーだと容易に知れる。
だが、そういう個性持ちは私にとって、非常に扱いが難しいタイプだ。対処法が無いという意味ではなく、私の能力が“個性”でないことを知られかねないリスクが付き纏ってくるという意味で。
私の血法は異世界の技術であり、“個性”ではないので絶対にコピーできない。他人の“個性”に干渉する物間くんや相澤先生のような個性は効かないことは雄英入学前、相澤先生との手合わせで判明している。
というのも、体が鈍るからと先生方に手合わせをお願いする中で、個性無しの体術の修練に付き合ってくれたのがもっぱら相澤先生だったのだ。他の先生方は体術オンリーで手合わせするのには個性や戦い方的に向かなかったからなのだが、先生と手合わせをする前に校長先生に一つ試してみてほしい、と密かに提案を受けた。それは、相澤先生が個性を発動している間、私の血法は使用できるか――つまり、この世界の個性で血法はコントロールできるのか、という問題だった。
校長先生から相澤先生を紹介される時に物は試し、みたいなノリで個性を相澤先生に発動してもらい、使えなくなって動揺する風を表面上は装いながら、血法の基礎中の基礎であり、牙狩りなら誰でも程度の差はあれ息をするように出来る血流操作はできるか、針でごく少量の血液を出し、握った手のひらの中で氷結できるか試したところ――結果はどちらも可能、つまり“個性”に干渉する“個性”は意味を為さないことが分かったのだ。
けれど、その発見は大いなる危険も秘めている――もし相手が“個性”に干渉する“個性”を持っているのを知らず、“個性”がもたらす結果が現れなかった場合、個性の在り方を根底から揺るがす大事態として間違いなく騒ぎになるからだ。その個性を使った人間は動揺するか個性に対する自信を失うだろうし、マスコミや研究者は異常を察知してハイエナのように群がってくるのは予想に難くない。
そして何より一番避けなければならないのは……敵に知られれば、間違いなく狙われる確率が高くなること。常時個性が発現している異形型でもないのに、干渉する個性が効かないレアケースだ、利用したがる連中はごまんといるだろうから気を付けるんだよと校長先生に注意されたのはまだ記憶に新しい。
だから今、私が抱える秘密の中でもバレやすい部類に入るそれを彼に悟られると、非常にマズい。見た目の印象と塩崎さんの口ぶりからするに、悪知恵は存分に働くタイプだし、煽るために口も良く回っている。彼にバレるのも勿論危険なのだが、この衆人環視の中で血法が個性で無いことを疑われるような状況を作りたくない。もし仮にコピーできたとしても、出血のための道具が無く、血の操り方も知らない彼には到底扱いきれないじゃじゃ馬だろうが。
他のチームに仕掛けている姿を見ている限り、おそらく塩崎さんや尾白くんみたいな身体の一部が変形している異形系の個性は変化が大きすぎてコピーできないようだ。とはいえ、発動型であるシンの洗脳をコピーされて全員洗脳されるパターンも最悪なので、出来る限り接触を避けて遠距離から防御に徹するのがベストだろう。
塩崎さんからリークしてもらったB組情報を元に、上手く厄介な相手からは距離を取り、ハチマキなしのチームからの猛攻をいなしていたその時、ぽつりとシンがつぶやいた。
「……オイ、あの紅白頭……轟っつったか、
「!残り6分……ついに仕掛けに行ったか」
視線の先、あの般若のような顔でイズクを睨み据えている轟の姿を見て、動いたのは他のチームもだった。完全に背を向けている轟を狙って、5組ほどのチームが背後に向かってダッシュしていく先――上鳴くんが不敵に笑みながら何事か喋ったのを、口の動きで“防げよ”だけ捉えた私は、彼が何をしているのか容易に予想出来、ゲッと顔を引き攣らせた。
慌てて蜃気楼を解除し、騎馬を守るように
炸裂した閃光から顔を腕で庇いながらも、思い切り電撃を食らっている面々を見てぞっ、と背筋を震わせる。更に重ねて、ダメ押しのように騎馬を凍らせる周到ぶりにこめかみが引き攣る。
「あ、危なかった……!!」
「ええ……星合さんが盾で防いで下さらなかったら、丸焦げでした」
よく、雷が酷い時は水に近寄るな、感電するぞというイメージがあると思う。
だが、よく誤解されがちな話なのだが、純粋なH2Oというのは電気を通さない物質である。日常的な水道の水などは、ミネラルやその他の不純物を含んでいるため電気を通すのだ。そして、水が凍る際にはその不純物は排出され、水の純度が上がる。純粋なH2Oに近づくため、氷はほとんど電気を通さなくなる。
私の水晶宮式血濤道の技の多くは変形のしやすさから、
しかし、血凍道は修行してからの年月の長さと、歴代の牙狩りが脈々と受け継ぎ改良を重ねた技術であるためか、エスメラルダの氷は非常に透明度の高い、内側から青い光を反射して輝くうつくしい純度の高い氷となる。よって、電気対策には周囲の水分を一気に凍らせるのが一番確実で効果的なのだ。
『何だ何した!?群がる騎馬を轟、一蹴!!』
『上鳴の放電で
『ナイス解説!!』
『ま……一部、電撃が来るのをギリギリで読んで回避したのが居るけどな……』
『ン!?』
あ、ずっと黙っててくれたのについにほのめかすようなこと言っちゃったよ相澤先生。まあ、ほぼ残り時間が無くなってきたので、逃水を解いたついでに派手に動く気満々だったのだが。
「塩崎さん、尾白くん、シン。……そろそろ、本格的に奪りに行こうか」
にやりと笑んで好戦的に呟いた私に、二人は不敵な笑みでしっかりと頷いてくれた。
「……とはいえ、あの氷のフィールドを破って押し入ろうとすると無駄に警戒されそうですね」
「だな。残り一分まで、凍ってねえ他の連中を洗脳に掛けてハチマキ強奪してくか」
「オッケー」
そして、私たちが地道に、強引にハチマキ強奪劇を繰り広げている間、物間と爆豪の仁義なき乱闘があったり、早々に決着するかと思ったイズクVS轟が意外にも膠着していたりと、観客の視線が分担されていた頃、ようやくスクリーンに映し出されたデジタル時計が残り一分を告げた。
『残り時間約一分!轟、フィールドを氷でサシ仕様にし……そしてあっちゅー間に1000万奪取!
とか思ってたよ5分前までは!!緑谷なんとこの狭い空間を5分間逃げ切っている!!』
「へぇ、スゲェなアイツ……」
「ああ……陣形の妙を突いてるのか、流石はイズク。常に左側をキープすることで、轟が無闇に氷で攻撃してくるのを防いでるのか……。左側から最短で氷結させようとすると、どうしても飯田くんにぶち当たるからねぇ」
「あれほどの“個性”なら、前騎馬の方を避けるようにして氷結させることもできるのでは……?」
「いや、あれでいて轟は細かい制御が苦手なんだ。“個性”が強力過ぎて大体初撃で決着が着いちゃうから、私みたいな操作性が身に付かずに大雑把な範囲攻撃の威力ばっかり増してる。……だから操作性上げる訓練しろって前から言ってるのに……」
「へぇ……羨ましい悩みだな」
時々B組からの猛追を受けながらも、シンの洗脳や私と塩崎さんの遠距離からの連携攻撃で他の騎馬を寄せ付けないまま、じっとフィールド内の戦いを観察する。
ギリギリまでタイミングを計って、絶好のチャンスで氷のフィールドを私が糸ノコよろしくウォーターカッターで切り刻み、活路を開いたところで1000万を奪う算段だ。シンの洗脳を掛けられる暇があれば確実なのだが、恐らくラスト数秒の話になってしまうため、シンは尾白くんと共に後方警戒をお願いしてある。
「シンの個性だって、鍛えたら誰にも引けを取らない個性だから胸張りなよ。戦うだけがヒーローじゃないんだから」
「ええ。この騎馬戦、心操さんのお力が無ければもっと大変だったことは予想に容易いですし、洗脳が解けるタネさえバレなければ、これほど心強い味方もおりません」
「……おう」
私と塩崎さんのてらいもない言葉に照れたのか、ぶっきらぼうに返事をしたシンは黙りこくってしまった。この照れ屋さんめ。
「星合さん、念のため確認ですが、仕掛けるタイミングで1000万を持っていらっしゃる方を私のツルと星合さんの血糸で挟み撃ちにし、確実に奪る、で宜しいですね?」
「うん。そろそろタイムアップ目前だから、構え――」
「――レシプロバースト!!」
その瞬間、じっと観察していた轟チームが、恐るべき加速を見せた。
それは、私の超人的な動体視力でも辛うじて捉えきれたほどの圧倒的速さに、私も、塩崎さんも、シンも、一瞬息を止めて固まった。
「は?」
「奪った……1000万……!この土壇場で……!」
『な――!?何が起きた!?速っ速――!!飯田、そんな超加速があるんなら予選で見せろよ――!!』
文句言いたげなプレゼント・マイクの実況が大きくスタジアムに反響する中、飯田くんは静かに呟く。
「トルクと回転数を無理やり上げ、爆発力を生んだのだ。反動でしばらくするとエンストするがな。クラスメイトにはまだ教えてない裏技さ」
『ライン際の攻防!その果てを制したのは……』
「……言ったろ緑谷くん。君に挑戦すると!!」
『逆転!!轟が1000万!!そして、緑谷急転直下の0P――!!』
「おい、まだ行かないのか」
「……まだ。今、轟もイズクも、お互いを強く意識してるけど――多分、またもう一度ぶつかり合う瞬間がくる。そこを狙う」
いくら轟でも、視野の狭くなった状況で奇襲に反応するのは難しいだろう。
私の静かな一言に、少し焦燥が顔に現れていた二人は、ふうと溜息を吐いた。
「……冷静ですね。私はそれで異存ありません。上位4チーム圏内は確実ですし、何より――貴女のその冷静な判断力を買って、ここまで着いてきたのですから」
「……まあ、そうだな」
「ありがと、二人とも。本気で走るから、シンは振り落とされないように。塩崎さんは、タイミング計って連携よろしく」
「よっしゃ!取り返そうデクくん!!絶対!!」
「麗日さん……!!」
1000万を奪われたことで一瞬統率の崩れたイズクのチームだが、予想通り、イズクの決断をお茶子が後押しする形で、イズクの騎馬が轟へと向かっていく。
それを目をかっぴらいて、絶好のタイミングを逃さないよう、足元に爆発力を溜めながら、その攻防の一瞬を見つめる。
「――準備」
「おう」「ええ」
一ナノ秒もの斬り合いを可能にする目が、轟へと伸ばされたイズクの左手に「ワン・フォー・オール」の前兆である電流が走るのを捉える。離れていてなお気圧されそうなほどの圧倒的気迫が全身から迸っている。
「3」
まるで、本気のオールマイトのような、圧迫感。
知らず、私の口角は上がっていた。前方の氷の柵を砕かんと、糸の形状を保ったままの血刃がその上を揺らめき、しなる。
「2」
嗚呼、イズク。やはり君は、正真正銘の、オールマイトの後継だ。
それを感じ取ったのか、終ぞ使われることのなかった轟の左手が、迫り来るイズクの手を恐れるように前に出る――熱を帯びて。
「1」
残り時間20秒、というコールが遠く聞こえる中、私はその一瞬を目にできたことに僅かな歓喜を感じていた。けれど、即座にそれを、冷徹な思考が塗りつぶす。
気合と共にイズクの手がハチマキを掴み、横をすり抜けた瞬間――私は糸で木端微塵に氷の壁を打ち砕いた。
「GO」
派手な音と共に、粉微塵にされた氷の欠片がキラキラと輝いて舞う中を、後ろの3人の身体に負担が掛からないギリギリの、けれど人間の知覚スピードの限界に迫るそれで走り抜ける。
「取った!とったあああ!!」
『残り17秒!!こちらも怒りの奪還!!』
「待ってください、そのハチマキ――違いませんか!?」
「……!やられた!」
「轟くんしっかりしたまえ!危なかったぞ!!」
「万が一に備えてハチマキの位置は変えてますわ!甘いですわ緑谷さん!!」
あと数メートル、という距離まで近づいているにも関わらず、互いへの意識が強すぎる2チームは、忍び寄る新手に気付かない。
そして、茫然と左腕を見ていた轟がはっと近寄る気配に前を向いたその時――
「――私たちを忘れてないかい、諸君?」
緑のツルが、轟の首元まで迫っていた。
「――ッッ!!!」
されど、反射的に伸びてくるそれを掴もうとした轟の左手を、私の紅い糸が絡めとる。辛くもハチマキの一本は最早見事としか言いようがない反射で右手に死守されたが、裏返しになったハチマキの一本を、塩崎さんが奪ってくれた。
「星合……!!」
「星合さん……!ここで……!」
「油断大敵」
ニヤリ、と好戦的に笑った私を、轟は殺気の篭った般若顔で睨みつけてくる。だからそれ怖いって。
『そろそろ時間だ、カウント行くぜエヴィバディセイヘイ!』
マイクの掛け声とともに、観客からのカウントダウンのコールが地響きのように聞こえる中。
両者同時に勢いよく突っ込んでくるイズクと轟を、
また私たちと同様に氷の柵を壊し、爆破で騎馬から離れた爆豪が、ライバル三人が揃った三つ巴の状況で誰に仕掛けるか空中で素早く視線を彷徨わせる中。
「……塩崎、コレ」
「ええ、申し訳ありません……」
意味深な会話を始めた後ろ二人に、まさか、と私は顔を引き攣らせる。
「奪ったのは1000万ではありません」
「え“」
『TIME UP!!!!』
時間切れの宣言と共に地面に思い切り爆豪が顔面を打ち付けて墜落したのを横目に、私は塩崎さんのツルの先にあるハチマキを恐る恐る覗き込む。そこには、「314」の文字があった。決して、1000万ではない。
「……あらー……二分の一の確率で別のを引いちゃったか……」
「すみません……」
「いや、私も咄嗟に轟に防がれると思って手の方抑えにいっちゃったからしょうがない……」
恐るべきは轟の反応速度の早さか。
しゅん、と項垂れる塩崎さんの肩を軽く叩く。騎馬から降りたシンも気にするな、とぶっきらぼうながら励ましの言葉を掛ける中、プレゼント・マイクの実況が響き渡る。
『早速上位4チーム見てみよか!1位、轟チーム!!』
「……くそっ……」
「あ、危なかった……星合くんに全て掻っ攫われるところだった……」
一位にも関わらず轟の表情は悔しげで、騎馬から降りるなり悪態を小さく呟く彼の周囲で、騎馬だった三人は冷や汗を流しつつもホッとした表情を浮かべていた。……いや、上鳴くんは電気を放出しすぎてアホ顔になっていたけど。最後の三つ巴で何回か放電していたせいだろう。
『2位、心操チーム!3位、爆豪チーム!っつーか途中心操チームどこ行ってた!?俺思いっきりラスト乱入するまで忘れてたんだけど!?』
『星合の戦略にまんまと嵌ってたからな、お前……』
『え、マジで?まあそれはともかく、4位は土壇場で轟の頭のハチマキをもぎとっていた緑谷チーム!以上、4組が最終種目へ進出だぁあああ――!!』
その後も、惜しくも圏外になったチームのポイント数の発表が続く中、ずっと洗脳中でぽかんとしていた尾白くんの表情から生気が戻ってきた。シンが洗脳を解いたのだろう。その当の本人はいつの間にか遠くに離れていたが。
慌ててきょろきょろと周囲を見渡し、何が起こったのか全く把握できていない彼に、私は土下座せん勢いで深々と頭を下げた。
「ごめん、尾白くん」
「!?えっ、星合さん!?えっちょっと待って?」
我に返って状況を把握しきらないうちに、いきなり頭を下げられて困惑したのだろう。若干裏返っている声を指摘せず、私はさらに深く腰を折る。
「シンを止められなかったのは私の責任だから」
「いや、それはアイツの所為であって星合さんが謝る必要は……」
「……シンが、あんなふうに宣戦布告した理由の半分くらいは、多分私の所為だから、私が謝る」
深々と頭を下げたまま喋ると、最初は私の奇行に慌てていた尾白くんは、段々しどろもどろな口調になり、最後には押し黙った。微かに息を呑んだような音の後に、「……どうして?」と呟く。上から落ちてきたそれは、不思議そうな声をしていた。
「……スタートさえ遅れなければ、ヒーロー科にさえ入れていれば。俺の個性でお前が怪我する前に、敵を戦闘不能にできたのに、って。私が退院してウチのクラスに宣戦布告した後すぐに、心底心配した声で言われたから。ヒーロー向きの個性じゃなくても、ヒーローになりたいって、人を助けたいんだって、入学当初から言ってたけど……早く追いつかなきゃって、シンを追い詰めたのはきっと私」
ぽつぽつとまとまらないまま喋っているせいで、きっと尾白くんにはシンの考えも、私の真意も、上手く伝わらないだろう。それでも、彼ばかりを責めないでほしいと、そう思うから、言葉を重ねる。
「経緯はどうあれ、私が貴方を都合よく利用したことは変わらない。だから、ごめんなさい」
「……うん。分かった」
顔を上げた先、尾白くんは少しだけ困ったように眉を下げて苦笑していた。苦言の一つや二つは貰う覚悟でいた私は、思わずまじまじとその表情を見返してしまった。
「アイツのことは、まあ……してやられたなって感じだけど。星合さんの謝罪は、きちんと受け取ったから。
……他人の為に躊躇いもなく頭を下げられるなんて、星合さんってやっぱり優しいね」
「はは……優しくはないかな……本当に優しい人っていうのは、何が何でも洗脳解いて、後腐れなく取り組めるように奔走できるような、イズクとかお茶子みたいな人のことを呼ぶと思うから」
尾白くんの言葉に、私は少し目を見開い後、素直には喜べずに苦笑いを浮かべた。今までの自分の所業を思えば、その評価は不相応だ。結局、私は塩崎さんやシンを理由にして、尾白くんを洗脳したまま利用して騎馬戦を迎えたのだから。やさしいのは、くやしさをこらえて笑える、尾白くんの方なのに。
『一時間ほど昼休憩挟んでから午後の部だぜ!じゃあな!』
尾白くんや塩崎さんとはそこで別れ、私は少し気分転換でもしよう、と一人クラスメイトの集団には混じらず、ふらふらとスタジアムの外に繋がる通路に向かって歩き出そうとした。が、数歩歩いたところで星合、と聞きなれたものより幾分か硬く冷たい声が背中に掛けられ、踏み出しかけた足を止める。
「……何?轟」
午後の試合を万全の精神状態で臨むためにも、今は放っておいて欲しかった。冷たい声が喉から迸る。
だが、それも振り返った先に見た轟の表情にそんな身勝手な考えも吹き飛んだ。
「話がある」