人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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体育祭編|小休止~トーナメント戦
不揃いな傷跡たち


 

 話がある、そう言った轟について行った先の学校関係者専用入り口は、人気(ひとけ)が無かった。

 スタジアムからここに辿り着くまでの道中、轟はピリピリとした空気を纏ったまま一言も喋らず、私と同様に轟に呼び出されたイズクと、何の話なのかと目配せをして肩を竦める、といったボディーランゲージで会話をする有様だった。

 

 片側の壁にトン、と背中をつけて立った轟に倣うように、私たち二人も少し間を開けながら、轟の反対側の壁に、背中を預けた。両手をポケットに突っ込んで立つ轟のこちらを見る目は剃刀のように鋭い。

 

「あの……話って……何?早くしないと食堂凄い混みそうだし……えと……」

 

 普段はヒーロー科、普通科、経営科、サポート科の四科と教師しか利用できないクックヒーロー・ランチラッシュが切り盛りする食堂だが、本日ばかりは大混雑が予想されていた。

 なにしろ、全学年ごとにおびただしい数の人間を収容できるスタジアムが用意されているのだ。USJ事件を鑑みた警備の関係上、食堂に一般客は入れないものの、一般客向けのランチラッシュ特製のランチボックスの販売が経営科の生徒の手を借りて行われていたり、厳重な警備体制を外部に知らしめるために全国から呼び集めたプロヒーローへの仕出しなど、食堂スタッフへの負担は計り知れない。

 それでなくとも、教室に戻るのが面倒だったり、本戦に向けて無駄な体力消費を嫌がって、普段は家族が作ってくれた弁当を持参するような生徒も、今日ばかりは食堂を利用したりするので、食堂の混み具合は間違いなく普段より酷いだろうと例年の経験から予測されていた。前日のHRで相澤先生から注意事項としてあらかじめ伝えられるくらいには。

 

 沈黙に耐えきれなかったのか、黙ったままの轟に話を促すように、しどろもどろながら声を上げるイズクに私は表情には出さずに感嘆する。ビビりながら、怖気づきながらも発現しようとするその意気はいい。……とはいえ、轟がぎろりとイズクを睨んだので、尻切れトンボになったが。

 冷ややかな威圧感を漂わせる轟を、私は無表情で観察する。

 

「気圧された。自分(てめえ)の誓約を破っちまう程によ」

 

 ようやく喋り出したものの、端的なその発言が先程の騎馬戦での、一瞬左を使いかけたことを指しているのだと理解するのに一秒ほど要した。

 

「飯田も、上鳴も、八百万も、常闇も麗日も……感じてなかった。最後の場面、あの場で俺だけが気圧された。――本気のオールマイトを身近で経験した俺だけ」

「……それ、つまり……どういう……」

「おまえに同様の何かを感じたってことだ」

 

 使わないと決めていた左手を顔の前に掲げながら、感情の篭っていない声で言い放つ轟に、私は何が言いたいのか分からず、そもそもその話題なら私は不必要なのでは、と思い始めたその時、しれっと爆弾が投げ込まれた。

 

「なァ……緑谷。お前、オールマイトの隠し子か何かか?」

 

 ド直球。ストレートにもほどがある。

 あまりに唐突な話の振り方に、隣でぱきんと固まったイズクに対し、私は驚きより先に呆れと、疑問ばかりに頭を埋め尽くすこととなった。

 ……まあ、疑うのも分かる。身体能力全般を強化できる点はオールマイトと同じ増強型個性。ただ一つ、個性を使用すると自分の身体すら壊す反動さえ無くなってしまえば、USJ事件前に梅雨ちゃんが指摘した通り、イズクが持つ個性やスマッシュなどの掛け声、パンチメインの戦い方はオールマイトを想起させる。イズクの個性はそもそもオールマイトから受け継いだものであり、個性は両親の個性のどちらか、もしくは複合的な個性が発現されるのが一般的な定説である以上、実は親子なのではと疑われても無理はない。それほどに、定説を覆してしまうワン・フォー・オールの「個性を与える」という特性が異常なのだ。生まれつきの固有の身体的特徴であり、自己を確立する要素であるからこそ、“個性”と呼ばれているのだから。

 だが、何故このタイミングでそれをイズクに訊く?

 

「違うよそれは……って言っても、もし本当にそれ……隠し子だったら違うって言うに決まってるから納得しないと思うけどとにかくそんなんじゃなくて……」

 

 衝撃から立ち返ったイズクが必死に弁解しながらも、途中からお得意のブツブツ呟きながらの思考モードに入った。……だから嘘が下手すぎるよ、イズク。君はクラウスか。それにその言い方は正直、誘導尋問的には否定しているように見えて肯定しているようなものなのだけど。テンパりすぎて気付いてないな、これは。

 

「そもそもその……逆に聞くけど……なんで僕なんかにそんな……」

 

 そんなことを聞くの、と言いたかったのだろう。躊躇いがちに問い掛けるイズクから目を離し、私も静かに轟に視線を向ける。

 轟は険しい表情のまま、何故か私に訝る視線をずっと向けていたが、私に話す気がないと見て話しだした。

 

「『そんなんじゃなくて』って言い方は、少なくとも何かしら言えない繋がりがある、ってことだな。

 俺の親父はエンデヴァー。知ってるだろ、万年No.2のヒーローだ。お前がNo.1ヒーローの何かを持ってるなら俺は……尚更勝たなきゃならねえ」

 

 ……だからどうして私を呼んだんだ、と聞きたい気持ちに駆られるが、轟が私に話したい真意は別の所にあるような気がして、口を挟むことはせず、腕組みしながら静かに話を聞く。

 

「親父は極めて上昇志向の強い奴だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが……それだけに生ける伝説オールマイトが目障りで仕方なかったらしい。自分でオールマイトを超えられねぇ親父は、次の策に出た」

「何の話だよ轟くん……僕に……何を言いたいんだ……?」

 

 不安を煽るような言葉選びだったが、私はこの時点でなんとなく、轟の家族関係の実態について、ある程度の予測を立てられてしまった。元からピースは与えられていたのだ。父親との不仲、母親との離別、長期入院にもかかわらず、轟の話す内容に母親の陰があまりにも薄いこと。自分の半身を否定し、憎むほどにまで実の父親を恨むその轟の執念の強さを思えば、今までの経験上、想像には容易い。

 

「個性婚、知ってるよな。“超常”が起きてから、第二~第三世代間で問題になったやつ……自身の個性をより強化して継がせるためだけに配偶者を選び……結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想。

 実績と金だけはある男だ……親父は母の親族を丸め込み、母の“個性”を手に入れた」

 

 初めて聞く話ではあったが、あまり耳触りのよくない話に私は柳眉をひそめる。予想していた範囲内とはいえ、望まぬ結婚だったとは。

 

 

 ……きっと私もいずれは、属性の近い牙狩りと結婚しろと五月蝿い上層部が命令してくるのだろうと思うと、気が重い。

 

 私を特別たらしめる忌まわしい『二段階属性変換』の能力の継承法は、未だ明らかになっていない。

 あんなクソみたいな実験を受けたというのに、全ての血法のルーツとなる可能性を秘めた無属性の血液の秘密も、その継承法についても、結局明確な答えが出ないまま私はクラウスたちに助け出された。そして、エスメラルダ流とラインヘルツ家の合同チームによって、実験資料の重要な一部を除いて、ほぼ全ての記録は施設ごとブッ壊され、牙狩り上層部にも反牙狩り団体の手にも渡らぬよう秘密裏に処理されている。

 金と時間と人材をつぎ込んでの研究を跡形もなくなるまでぶち壊された上層部はもちろん怒り狂ったが、近代において目覚ましい活躍を上げるエスメラルダと、牙狩り創立時から名を連ね、現在吸血鬼に対する対抗策の唯一である滅獄の血に「これ以上クリスティアナに関わることでグダグダ言うなら離反するぞ(意訳)」と圧力を掛けられれば黙るほかないだろう。

 ……HLに来る前は上層部に再び拉致られそうになったこともあり、しばらくラインヘルツに身を寄せる羽目になるという目にも遭ったが、そんな諦めの悪いしぶとい連中は我が師匠と兄弟子姉弟子、そしてラインヘルツの年長組という悪知恵の方面で頭が切れる面々により、逆に首を切られていった。

 今では、表立って私を実験しようと言う連中は少なくなってきたが、連中も吸血鬼に対する新たな可能性を私で途絶えさせないよう必死だ。

 

 

 なにせ、実験施設で年齢の関係上、リスクが高すぎるとして全く試していない、けれど恐らく可能性として一番高いと考えられる継承法が――子どもを為すこと、なのだから。

 

 

「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで、自分の欲求を満たそうってこった。

 うっとおしい……!!そんな屑の道具にはならねえ」

 

 私はスティーブンと同じく、結婚も子を作ることも考えていない。幼少期に大人からの無償の愛情を受けず、いびつに育った私が子どもを育てられるとは到底思えなかったし、なにより自分と同じ不幸な境遇に、子どもも否応なく置かれるだろうから。

 

 もし二段階属性変換を継げば、強制的に牙狩りの道を歩まされ、子を為せと指図されるだろう。

 もし二段階属性変換を継がなくても、本当に発現しないのかと実験台にされ、人生をぐちゃぐちゃにされる未来しか見えない。

 

 そしてなにより、結婚して子を為すことで守らなければならないものが、失いたくないものが増えることが、何より恐ろしかった。K・Kのような、家族の存在が自分の支えと強さにできるような、しなやかな強靭さは私にはない。

 私には、スティーブンと兄弟弟子たちと、ライブラの面々が無事であればそれでいい。世界の存亡は、彼らの無事の延長線上にある「ついで」だった。クラウスが目指すから、スティーブンがそれを支えんとするから、私も大切な二人が守ろうとするそれを、守ろうと思ったのだ。それだけに尽きる。

 

 

 牙狩りの道具として人生をぐちゃぐちゃにされるのは、牙狩りの業を負うのは、私だけでいい。

 

 

 

「記憶の中の母はいつも泣いている……」

 

 掲げられた左手が、轟の左目の周囲のケロイドを覆う。指先の間から見えたエメラルドは、復讐に昏く燃え立っていた。邪魔者を秘密裏に処分した後、それを偶然外出していた残党に発見された時に向けられるような、強く脆い、炎のような感情。

 

「『おまえの左側が醜い』と母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

 その様子を想像して、鈍い痛みが背中に蘇るような心地がした。炎へと属性変換できないかという検証実験でつけられた火傷の痕が、今のこの身体にはまだくっきりと残っている。皮膚が焼け爛れる痛みには、覚えがあった。まして、目の周囲など神経の集中した部分となれば、壮絶な痛みを伴っただろう。

 

 酷いことをしてしまったと、これは罰なのだと、懺悔の声が聞こえる。

 病院の中庭のベンチでの、ほんの僅かな交流で吐露された、心の声。

 涙に濡れた声は、けれど絶望はせずに、かすかな希望にすがっていた。

 

 患者が医師からの説明を受けるために設えられている、病棟の説明室で聞いた話。あの人は本来、精神科の患者らしい。しかし、病室と患者の数の兼ね合いの関係上、最も軽症の彼女が一時的に私が居た病棟の空き部屋に移されていたのだという。

 まだ精神的な揺らぎはあるが、薬物療法で本来なら外来通院でも十分治療可能なレベルまで落ち着いているのに彼女が病院に留まったままなのは、夫の強い希望と、本人自身も退院を渋る様子が見られること。そして、さりげなく退院の話を振ると調子を崩してしまうからだそうだ。

 日頃他の患者との交流も少なく、個室に籠ることの多い彼女が散歩をしたことも意外だったらしいが、私と談笑しながら帰ってきたのも、ナースさんたちからすれば驚天動地レベルの衝撃だったらしい。彼女を個室に送り届け、少し談笑した後に彼女の個室から出た私を、病棟のナースさんと精神科のナースさんが必死の形相で掴まえてきたのもそういった理由からだった。

 だから、胸の内を打ち明けられたことも、私がすぐ退院することを知った彼女に、また良かったらお話を聞かせに来て、と乞われたことも包み隠さず話せば、ぜひそうして欲しいと向こうから頭を下げられたほどだ。体育祭が終わった後にでも、お見舞いに行こうかと思っている。

 

 

 ――息子が成長する姿を、一番大事な時期を、間近で見てあげられなくてごめんね、って、生まれてきてくれてありがとうって、いつか伝えられたら。

 

 

 病院の中庭で、目に浮かんだ涙をそっと拭いながら赤の他人の私に胸の内を打ち明けてくれた、あの女性の言葉が耳の奥で蘇る。

 

 

 ――間違いない。他人の空似ではない、単なる苗字の一致ではない。あの人は、轟の。

 

 

 

「ざっと話したが、俺がお前らにつっかかんのは見返すためだ。クソ親父の個性なんざなくたって……いや……使わず“一番になる”ことで、奴を完全否定する」

 

 重いそのたった一言に込められた想いを、15歳の少年にそんな顔をさせる境遇を、私は本当の意味では理解できない。共感は出来るが、私と轟の境遇は似ているようで全く非なるものだ。私は家族からの無償の愛情を知らないし、そもそも血の繋がった家族を持ったことがない。だから、わかる、だなんておこがましい言葉は吐けない。

 

 ただ少し、憐れだと思った。

 

 

 壮絶な身の上話にイズクが気まずそうな顔で俯く横で、私は淡々と轟の顔を見つめた。轟もまた、凪いだ瞳で私を見つめ返す。

 

「……驚かないんだな、お前は」

「前から知ってた断片的な情報を繋ぎ合わせれば、予想できない話じゃないから」

「……そうか」

 

 一瞬だけ目に宿っていた剣呑さが取れたのを見たのは、きっと私だけだろう。

 しかしすぐに冷たく張り詰めた顔を取り戻した轟は、イズクを見てからふいと顔をそむけた。

 

「言えねえなら別にいい。お前がオールマイトの何であろうと、俺は右だけでお前らの上に行く。時間とらせたな」

 

 そう言って立ち去る轟の背中を少し見送った後、私は轟を追うことはせず、轟が去っていったのとは逆方向、通路の角の先を見た。さっきから人の気配を僅かに感じていたので、恐らく私とイズクが轟に連れられて行くのを見て、こっそりと後を付けてきたのだろう。

 誰だろうな、と思いながら廊下の先を見つめていた私は、黙りこくっていたイズクがごくりと唾を呑んで、立ち去ろうとする轟の後を追うように一歩踏み出したのを気配で感じ、どうするのかと目で追った。

 

「僕は……ずうっと助けられてきた……さっきだってそうだ……僕は、誰かに救けられてここにいる」

 

 しみじみとした呟きは、自分に言い聞かせているようだった。途中、何かを思い出したような少し遠い目が、こちらをしっかりと見てから再び、胸の前で広げた手のひらに落ちる。

 

「オールマイト……彼のようになりたい……その為には、1番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたら、ささいな動機かもしれない……でも、僕だって負けらんない。僕を救けてくれた人たちに、応えるためにも……!」

 

 ぎゅっと手を握りしめたイズクは、決意の篭った顔で轟を見た。

 

「さっき受けた宣戦布告、改めて、僕からも……僕も君に勝つ!!」

 

 私はそのやりとりを、男の子の青春だなぁ、と一人眺める。おばさんには眩しいばかりです。

 

 

 そのままそれぞれ決意の表情で外へと向かった二人とは逆に、私は静かに通路奥に向かってゆっくりと歩き、足を止めてから声を投げかけた。

 

 

「盗み聞きは良くないんじゃない?」

 

 カツン、とヒールが地面に当たって音が鳴るのと同時に、気取られているとは思わなかったのだろう。僅かに角の向こうの気配が揺れた。通路に、光を背に立つ私の陰が長く伸びて落ちている。

 数秒の沈黙の後、顔を出したのは酷いしかめっ面の爆豪だった。

 

「……気付いてやがったか」

「これでも気配には敏感な方だからね。イズクと轟は互いを意識しすぎて気付いてないんじゃないかな」

 

 若干バツの悪そうな顔で唇を尖らせている爆豪に苦笑して、お昼行こう、とスタジアムから校舎に続く通路を指差す。

 

「は?何でテメーと」

「いや、もう皆ご飯食べ終わってるだろうし。今日は食堂もだいぶ混んでるだろうしね……さっさと行かないと食いっぱぐれるよ」

「チッ」

 

 盗み聞きしていた負い目もあるのか、不服そうにしながらもこちらに向かって歩き出した彼に、私も踵を返して通路を出る。が、数歩歩いたところでふと、爆豪が足を止めた。一歩進むたびに、隣を歩いていた気配が遠ざかるのを感じ、どうしたのかと振り返る。視線の先で、爆豪は名状しがたい顔でこちらを見ていた。

 

「今の、デクがオールマイトの隠し子かもしれねえって話。テメェは否定も肯定も、驚きすらしなかったな」

「……あぁ」

「デクがオールマイトの隠し子ってのは無い。アイツの事はガキん時から嫌でも知ってっし、デクの両親もだ」

 

 だが、お前は違う。そう言いたげに、通路の薄暗がりの中で剣呑に眼光が閃く。

 

「お前、クソナードとオールマイトの間にある“何か”を知ってるだろ。テメェは個性把握テストの時から、妙にデクを気に掛けてやがったからな」

 

なんだ、普段はなんだかんだ言いつつ、妙な自尊心やら劣等感から意識している幼馴染にいつの間にか得体の知れない女がひっついていたら、それはそれで気になるのだろうか。素直じゃないな。

 個性把握テストでのボール投げ、指を折ったイズクに駆け寄って、ゼリー状の水で冷やしながら固定したことを言っているのだと察した私は、わざとらしく肩を竦めた。

 

「……だから驚かなかった、って?それは少し早計かなぁ。確証もない」

「確証がありゃあ口割んのか、テメェは」

「どうだろうねぇ。……ま、仮にあったとしても時と場合と相手を選ぶね」

 

 それに、と一度言葉を切って、爆豪に背を向けた。

 

「爆豪。きみ、私から無理やり聞いてでも、あるかもしれない“何か”を特に知りたいわけじゃないだろう?」

 

 その問いに、還る言葉は無かった。肩越しに後ろを顧みれば、不意を突かれたような表情で固まっていた爆豪が、苦虫を噛み潰してこれでもかと味わったみたいな酷い顔に表情を変えていくところだった。どうやら、図星だったらしい。

 

 そもそも爆豪は、無個性だった幼馴染が、高校に入った途端、突然強力な個性に目覚めたことに動揺し、それに対して妙な焦燥を覚えている節があった。それは、個性把握テストでイズクがワン・フォー・オールで爆豪に近い大記録を叩き出した後に掴みかかろうとしたり、最初の戦闘訓練でイズクを振り回し、順調に追い詰めているはずの爆豪が逆に精神的に追い詰められ、切羽詰まっているかのような行動が見られたことからも明らかだ。

 誰にも負けない、一番でいたい。他者に惑わされない上昇志向と、強気な言動を裏付ける実力を保つためのストイックさ。爆豪勝己がただの「デカい口叩くだけの嫌な奴」にはならないのは、そういった負ける無様を許さない、自分に課すものをブレさせない生き様があるからだ。多少態度の大きさが目に付いたとしても、他者に、それが「爆豪勝己」という人間の在り方なのだと認めさせ、納得させうるだけの実力がある。

 興味のない有象無象を「モブ」と一括りにして呼ぶことから分かるように、他者をそれほど気に掛けない爆豪だが、彼の中でのイズクはまたとりわけ別格の存在らしい。それは幼馴染ゆえなのか、肥大した自尊心に、いきなり急成長して目の前に立ちはだかった「何もできない木偶の坊(デク)」だった存在が気に障ったのかは分からないが、イズクの上に立つ、という意思はことさら強いように見えた。

 

 

 けれど、爆豪勝己が知りたいのは、イズクとオールマイトの間の“何か”ではない。

 まして、イズクがどうして急に個性を会得したのかでもない。

 

 

 オールマイトに聞いた話だが、最初の戦闘訓練後、イズクはつい、急に発現した個性が「人から授かった“個性”」だと爆豪に明かしてしまったらしい。根の誠実さが裏目に出たと言うべきか。幸い、爆豪も失意の底に在ったために、深く考えたり追及することもなく戯言だと受け取ったようで、教室などでそのことに改めて触れる様子はなかった。

 今も、つい数分前までイズク本人が居たのだから、もしオールマイトとの関係を問い質したいなら、追いかければ済む話なのだ。

 

 

 けれど、爆豪が私に対してそれらの話題を蒸し返したのは、つまり。

 

 

「聞きたいのは――私が、何者かってことだろ?」

 

 くるりと爆豪に向き直ってそう問いかければ、視線の先で、三白眼が剣呑さを増して細められる。その視線が、言葉はなくとも雄弁に爆豪の意思を語ってくれる。赤金(あかがね)の三白眼が、「本当のところはどうなんだ」と訊いているように思えた。

 大胆なんだか気兼ねしているのか分からないなあと思い苦笑したのを、爆豪は馬鹿にされたと捉えたらしい。笑ったとたん、数メートル先の柳眉が思い切り吊り上がった。

 

「テメ、バ」

「爆豪」

「……」

 

 最近、なんだかこの子の扱いが分かってきたような気がする。ザップに似た喧嘩っ早さはあるが、あれほど通常の思考まで浅慮じゃないし、むしろ観察力やら、戦闘時以外のスペックも人格も遥かに爆豪の方が上だ。系統が似ているからといって対処まで一緒にするのは可哀想か。まあ悪友(ザップ)に対して、そもそもここまで丁寧な扱いはしないが。

 吠え立てようとしたその口を塞ぐように静かに声を掛ければ、爆豪は意表を突かれてそのまま停止した。ゆるゆると大きく開かれた口が何も音を発さないままに行き場を無くして閉じるのを見ながら、どう説明したものかと頭を回す。

 

 しばらくじっと赤い目を見つめていた私は、ゆるやかな嘆息と共に「……まあ爆豪なら話してもいいか」とぽつりとつぶやいた。

 轟に対しては正直、エンデヴァーとオールマイトの確執や、轟本人がオールマイトを超えること、それを通して父親への仕返しとする意志がある以上、建前といえど秘密の一部を喋る気には到底なれないのだが、爆豪に対しては明かすことにそれほど抵抗感が無い。明かしたとしても、根本的な付き合い方に影響が出なさそうだと、喋る前から確信できるせいだろうか。

 

 意味深な私の呟きに、爆豪が怪訝そうに片目を眇める。

 

「あ?」

「その性格なら、そうぺらぺら喋ったりしなさそうだし。下手に誰にも言わないとか言う人よりは、信用できそう」

「……褒めんのか馬鹿にすんのかどっちだテメェは」

「そういうわけだから、他言無用で頼むよ」

 

 爆豪の言葉には取り合わずに念を押すように言えば、渋々といった表情ではあったものの、爆豪はかすかに頷いた。それを見て、私はそっと目を細める。

 

 

「オールマイトは、私の保護者だよ」

「……!」

「けど、血は繋がってない」

「……ンだと?」

 

 驚きにこれ以上ないほど目を見開いた爆豪だが、私が重ねた言葉にぴくりと反応した。

 

「正確には未成年後見人っていうのらしいよ。医療における代理決定だったり、財産管理だったりの権限を持っててくれる人のこと。それがオールマイト」

「……お前、親は……」

「さぁ……どうしてるんだろうね。どんな人かも知らないから、生きてるのか死んでるのかすらさっぱりだけど」

「……!?」

 

 予想通り、無茶苦茶面白い顔をしている爆豪に、私は口元で笑みを殺し損ねそうだったので少しだけ視線を逸らした。こらえきれなかった笑いが肩の震えとなって外に現れる。

 見上げた先には、突き抜けるような青空が、目いっぱいに広がっていた。

 

「捨て子なの、私。物心ついた時から教会にいたから、多分生まれてすぐ教会に引き取られたんだと思う。

 で、まあ詳しい経緯は省くけど、とある事情で去年の9月頃に日本に来てからは、オールマイトに保護者になってもらって生活してる」

 

 気を遣わせるのも忍びないのであっけらかんと喋ると、爆豪はまたもや言葉にしがたい表情を浮かべていた。……横暴だけど、一応常識はあるしヒーロー志望だから善悪の判断基準は歪んでないんだよなぁ、この子。轟の家の事情に動揺するぐらいだし、同等かそれ以上に重い私の事情を聞いたら、とりあえず動揺するのは分かっていた。

 

「そんな顔しなくても大丈夫だよ、爆豪」

「……!?」

「産むだけ産んでおいて世話を放棄するような連中、考えるだけで損だと思うから。この血のせいで無駄に苦労させられるし、どうしようもないクズなんかの勝手に、爆豪が同情する必要もない。まあ、爆豪が意外に優しいってことを発見できたのは予想外だけど」

「だ……っれがお前なんかに同情するかボケ!!!!!!」

「うん、普段の調子出てきたね爆豪」

「……ッ、テメーはホントに俺の調子狂わせるのが得意だな雪女ァ……!」

 

 ボボボボ、ともう一度両手を爆破させんと爆豪の手のひらで火花が散る中、私は構わず歩き出す。クソが、と荒々しい言葉を背後に聞いたものの、あっという間に爆豪は私に追いつき、地面の小石を蹴り飛ばしながらも数歩先を歩いて行った。

 

「オイ」

「うん?」

「別に興味なんざねーが、何でお前みたいなヤツの面倒をわざわざNo.1ヒーローが見てんだ。ただ日本に来たわけじゃねーんだろ、どうせ」

 

 背中を向けたまま、ツンデレな発言をかます爆豪に、私はうーん、と唸った。

 やっぱり頭が良い人はそこも疑問に思うよなぁ……ある意味、建前としてはトップシークレットに当たる部分だ。お互いの精神衛生上、今言うのはよろしくないだろう。個性に目を付けたヴィランに小さい頃誘拐されて最近まで長年監禁されてました、とは、ちょっと。

 

「駄目、そこは言えない」

「ああ“ん!?」

「ごめん。かなり胸糞悪い話だし、これを話すと周囲を巻き込みかねない。食事前に話す内容でもないし、私自身、これ以上誰かにこの件を話す覚悟がまだできてないんだ」

「……チッ、そうかよ」

 

 機嫌悪そうに舌打ちしながらも引き際はきちんと弁えてくれたのか、態度はともかく特に食い下がらずに数歩先を足音荒く歩いていく爆豪にそっと私は笑んで、小走りで爆豪を追いかけた。

 

 

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