人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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intervalo②

 

 

 そんなギャグめいた一幕はあったものの、体育祭は滞りなく進む。

 

『さァさァみんな楽しく競えよレクリエーション!それが終われば最終種目!進出4チーム、総勢16名からなるトーナメント形式!一対一のガチバトルだ!!』

 

「トーナメントか……!毎年テレビで見てた舞台に立つんだあ……!」

「去年はトーナメントだっけ」

「形式は違ったりするけど、例年サシで競ってるよ。去年はスポーツチャンバラしてたハズ」

 

 スクリーンに映し出されたトーナメント図を見て、最終戦に進出した面々が喋る中、ミッドナイトからレクリエーションへの進出者16人の参加は個人判断で自由であると説明を受けた後、くじ引きを始めようと声を上げた彼女を遮ったのは、尾白くんだった。

 最終戦を辞退する、という彼に場がざわつく。プロに見てもらえるせっかくの機会をふいにすることが愚かだと言いながらも、彼は「皆が力を出し合い争ってきた座なんだ、こんな……こんなわけわかんないままそこに並ぶなんて、俺はできない」という言葉に、私はぎり、とくちびるを噛み締めた。

 

「気にしすぎだよ!本戦でちゃんと成果を出せばいいんだよ!」

「そんなん言ったら私だって全然だよ!?」

「違うんだ……!俺のプライドの話さ……俺が嫌なんだ。あとなんで君らチアの恰好してるんだ……!」

 

 目元を押さえて俯く尾白くんに、私は片手で顔を覆ってごめん、ともう一度呟いた。尾白くんは首を振ってくれたが、それで彼の見せ場を奪った罪悪感が消えるわけもない。

 

『何か妙な事になってるが……』

『ここは主審ミッドナイトの采配がどうなるか……』

 

 様々な反応が返る中、ミッドナイトは「そういう青臭い話はさァ……」と威圧感のある顔で呟いたかと思うと、「好み!!!尾白の棄権を認めます!」と鞭を景気よく振るって楽しげに宣言していた。あの人……ホントそういう話好きだね……。

 繰り上がりは鉄哲チームというB組の男子率いるチームの騎手である鉄哲くんとやらが繰り上がることになり、全員で揃ったところで引いたくじの結果。

 

「初戦はミナか」

「千晶か!うわぁ、よろしく!」

「うん、よろしく」

 

 抱き付いてきたミナを受け止めながら、私はトーナメント表全体を見る。

 もしミナに勝ったら、次は飯田くんと発目さん(確か騎馬戦でイズクのチームにいたサポート科の子)のどちらかと戦い、さらに勝てばイズク・シン・轟・瀬呂くんの中から勝ち上がった一人と戦うことになるだろう。爆豪やお茶子とはブロックが離れたため、もし爆豪と当たることになるとしたら、それは決勝戦のみだ。

 ……っていうかどこもかしこも凄い組み合わせだ。お茶子は初戦から爆豪だし。

 

 

『よーしそれじゃあトーナメントはひとまず置いといてイッツ束の間楽しく遊ぶぞレクリエーション!!』

 

 

 予選落ちした選手たちが大玉ころがしや借り物競争で盛り上がる中、私は早々にくるりと踵を返した。そんな私に気付いたお茶子が不思議そうに小首を傾げながら声を掛けてくれた。

 

「あれっ、千晶ちゃん応援やらんの?」

「ごめん、私応援パスで。3戦目だし、直前の2戦も出来る限り見たいから、着替えてくる」

「ほっか、分かった~!」

 

 

 うららかに笑う友人に小さく手を振り、せっかく着たのだから、となんだかんだ言いつつも応援ムードの皆から離れ、私は一人通路を潜った。

 歓声が遠くなったところで、緩く息を吐く。

 

「性格も根性もクソなのは私だな……」

「そうか?」

「うわっ!?」

 

 顔を手に当てて俯いていた私は、突如背後から掛けられた低い声に飛び上がった。

 恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは常闇くんだった。個性派ぞろいのA組の中でも、鳥のような頭を持つ彼は私と同じようにあまり感情表現が激しくないタイプだが、今は薄暗がりの中、その鋭い瞳をまあるく見開いていた。もっとも、その驚きを表す表情の変化もすぐに平静へと戻っていったのだが。

 

「……すまない、驚かせたな」

「ああいや……ごめん、ちょっと自己嫌悪してたから注意力散漫になってた」

「星合はいつも隙の無い人物だと思っていたのだが……そういう時もあるのだな、意外だ」

「いや、私も人間だから油断してる時もあるよ……?常闇くんの中の私が一体どうなってるのか凄く気になるんだけど」

「……それもそうだな。たとえどんなに強くとも、星合もまた俺と同じ学び舎で学ぶ同志。唯の15歳の人間ということを、俺としたことが失念していたようだ」

 

 うむうむ、と深く頷いた常闇くんに、本当は15歳ではない私は苦笑しながらも話を振った。

 

「常闇くんはレクには参加しないの?」

「ああ。トーナメントに向けて、英気を養い精神統一をしようと思ってな。星合も似たようなものだろう?」

「うん。このカッコじゃ落ち着かないし」

 

 赤いユニフォームの裾を引っ張りながら苦笑した私に、常闇くんもため息交じりに唸った。心なしか表情が苦い。

 

「……峰田も毎度毎度懲りないものだな……」

「あそこまであけすけだといっそすがすがしいけどね……モモを引っかけて騙すのは駄目だよ、うん」

「寛容だな……そういえば、あれほどまで欲をぶつけられても、自分の事に関しては怒っていなかったな、星合は」

「いやー……アメリカにいた頃の知り合いに、もっと度し難い人間のクズがいたから……それに比べれば峰田のアレはまだ可愛い方かなって」

 

 若干常闇くんの目に感心したような色を見つけ、私は遠い目でふふ、と乾いた笑みを浮かべた。

 

 なにせ、ザップときたらそれなりに基本給と危険手当で毎月そこそこ良い額になるライブラの給料をもらっておいて、渡されて25分ほどで賭博と酒とヤクと女に消え、4股は通常運転、ヤリ捨られて泣き濡れ恨みを買う女は数知れず。財布が常にすかんぴんなので女の所を渡り歩く住所不定のヒモで、昼ご飯を後輩のレオにたかることもしばしばだ。あれをクズと呼ばずになんとする。峰田のアレはまだ笑って許せるレベルだ。……まあ、他の女子に危害を加えるならザップと同様に容赦なくシメるが。

 私の表情に、常闇くんにはお前にそんな顔をさせるとはいったいどんな知り合いなんだ……と若干引き気味の反応をされたが、ふうとひとつ溜息を吐いた彼は、しみじみとした表情でこちらを見返してきた。

 

「何にせよ、これほどの強者揃いの中で力を試す機会はそうないだろう。決勝戦で会おう、星合」

「うん。じゃあ、お疲れ」

「ああ」

 

 とりとめのない会話のうちに、外へ繋がる通路と更衣室へ伸びる通路の分かれ道まで来ていた。

 常闇くんの言葉に、言外に爆豪にも負けるつもりはないという意気を垣間見た私は、片手を上げて去っていった彼の背を見送り、その足で更衣室へと進んだ。

 

 

 

 

 誰も居ない女子更衣室で居心地の悪さしか感じなかったユニフォームを脱いで体操服に腕を通し、ひと心地ついた私は更衣室を後にした。

生徒用に割り当てられた観客席でレクリエーションを見たって良かったが、予選落ち組がこぞって参加している中、ひとりぽつねんと観客席で眺めるのは無駄に人目を惹きそうなのでやめた。本戦を控えている今、好き好んで情欲の滲む視線に晒されたくはない。ストレスになるだけだ。

 自然と足は人混みを避け、先程少し会話を交わした常闇くんと同様に外へと向かう。各学年ごとに一つ一つの巨大なスタジアムが確保され、どれもが超満員なのだからこの体育祭の規模と認知度を改めて意識する。その外にはちょっとした木立が広がっていて、ほどよく光が遮られ、心地よい風が吹き渡りざわめく音が聞こえる。あまり離れて実況の音が聞こえなくなると、本戦がいつ始まるか分からなくなってしまうだろう。そう考えた私はレクリエーションが終わるまで、そこで時間を潰すことにした。

 

「よ、っと」

 

 木立を少し分け入ったところで、腰かけるのに丁度良さそうな枝に血糸を引っかけ、幹を利用して一気に駆け上がった私は、すとんと腰を下ろした。幹に背中を預け、枝を両足で挟むようにしてぷらぷらと足をぶらつかせる。貝殻を砕いたような光の波が、紺色の体操服の上に落ちては、風のざわめきによって万華鏡のように様相を変えていく様は、私にひとつの情景を思い起こさせる。

 

 

 精緻な彫刻の施された白い石柱の森。

 薄暗い聖堂の中、鮮やかに浮かび上がる青と緑と橙の光の柱が降り注ぎ、絶えず純度の高い光の波を床に、礼拝者の頭上に落としていく様を。

 

 

 

 星合千晶、本名クリスティアナ・I・スターフェイズの故国・スペイン。首都・マドリードに次ぐ第二の都市であるバルセロナのとある小さな教会で、私は物心つくまで育てられた。

 牙狩りの援助を得ている教会であったため、定期的に行われている血法の適正検査でエスメラルダ流に適合し、師匠の下へ居を移すまでは、14世紀に建設された城塞を起源とする旧市街と、大拡張計画によって区画整理された、碁盤の目のように建物が立ち並ぶ新市街が広がる、古きものと新しいものが混在するその都市で暮らしていた。

 

 

 サグラダ・ファミリア。

 バルセロナの街の中でも、とみに古く、そして今もなお新しい息吹を吹き込まれ続けているもの。1882年に着工し、当時300年は建築にかかるだろうと言われた最後の石造建築は、今や最新技術の(すい)をもって、建築家アントニ・ガウディの没後100年に合わせて完成するようにと今も建築が続いている。歴史的建造物の多いバルセロナでも一二を争う、毎年多くの観光客が訪れるモニュメントだ。

 

 東にはキリストの誕生を祝福する「生誕のファサード」、西にはキリストの最後の晩餐からその昇天までを東側とは全く異なる現代彫刻で描いた「受難のファサード」、そして大正面にはキリストの栄光を表すメインファサードがそびえ立つ。そのそこかしこに彫刻という形で自然主義と抽象主義がちりばめられている。

 建築家が死し、内戦で大型模型や弟子たちの作った資料の大部分が消失しても、現在まで様々な建築家たちの手によって、その構想を僅かに残った資料を基に推測する形で彼の意志を継がんと建築が進む、バルセロナのシンボルとも言える場所。

 人生の多くを壮絶な苦難(トラウマ)に黒く塗りつぶされ、遠く過ぎ去り朧げな記憶の中でも、今なお鮮やかに思い描くことのできる場所だった。

 

 

 どうしてその場所を訪れたかは覚えていない。ただ、シスターに手を引かれて見上げた聖堂の、聖なる家族と建築者の死を抱くその建物の荘厳さと、内に満ちる生命力、天から降り注ぐような聖歌、聖母マリアを暗示する薔薇窓を透かして零れる光の粒子、そういったものすべてに圧倒され、言葉を失くした記憶がある。

 

 全身をカンバスに、黄色と青のグラデーションで染め上げられる、あの身の内を震わせるようなうつくしさ。

 

 

 瞼の裏に蘇ったそれに、身の内に篭っていたざわめきのようなものが少しずつ収まっていくような心地がした。雑念がしんとした静けさに変わってゆくにつれて、いつの間にか無意識に張りつめていた皮膚が緩み、肩の力が抜けていくようだった。

 

 

 気が緩んだからだろうか、それとも懐かしい記憶に触発されたのか。

自然と口から零れ出たのは、昔々に聞いた歌。

 

 

 シスター達がうたうのを聞きながら、自分と同じような身寄りのない子どもたちと一緒に意味も分からないまま真似をした讃美歌。建物自体がパイプオルガンのようになっているサグラダ・ファミリアの鐘塔から聞こえる、天へと捧ぐ聖歌とオルガンの響き。

 悪夢に怯える妹弟子たちに幾度となく歌った言の葉とメロディを口ずさめば、吹き渡る風に乗って、何処までも広がっていくような気がした。サグラダ・ファミリアの高い(ファサード)を楽器にしてバルセロナ全域に響き渡る聖歌のように。

 

 ……いつか、この世界のスペインにも行ってみたいものだと、ふと、私はそう思った。

 驚くべきことに、こちらもあちらの世界も、世界地図の上の大陸のかたちも、構成する国々も、使われている言語も、歩んできた歴史も、そのほとんどが同じなのだ。目立った違いといえば、こちらの世界の紐育が異世界に繋がる穴の開いた生存率最下位の魔窟になってはいないことと、あちらの世界にはおこらなかった“超常”が当たり前に人々に備わり、文明こそ停滞したものの“個性”が人間を構成するひとつの指標となっていること、ヒーローとヴィランという存在が世間に浸透していること、そして吸血鬼が存在しないこと、くらいのものだ。

 こちらに飛んできた時、すぐに異世界だと分からなかったのも無理はなかった。言葉は通じたし、現状を説明された時も、ただ単に堕落王に太平洋を跨ぐ強制瞬間移動をさせられたのだと思い込んでいたのだから。それほどまでに世界を構成する殆どが近かった。

 

 そして異世界と知り、オールマイトの手を借りることになった後、ふと気になってスペインについて簡単に調べた。少々街並みと鉄道の様相が文明の進化のせいか違った程度で、別世界の都市とは思えないほど懐かしいと思える写真ばかりだった。バルセロナ現代美術館やランブラス大通り、そしてサグラダ・ファミリア。著名な場所は全て存在していた。

 ただ、本当に大切な場所や人は、誰も居ないだろう。それだけが些細で、そして決定的な違いであろうことははっきりと分かる。訪れれば、似て非なるその地に失意を抱くかもしれないと分かっていてもなお、訪れておきたいのだ。元の世界に戻れば、再びHLの外に出られない身となるのは目に見えていたから。

 

 

 もう一度、あの震えるほどに美しい青の世界に、ステンドグラスを染める比類なきバルセロナブルーを目に焼き付けたい。空と海で違う青を魅せる、太陽の国、情熱のスペインの地を。たとえそこが本当の故郷で無いとしても。改めて、いつか無明の白い闇と血の海に身を沈め、永遠に眠るそれまでの心の支えにしたかった。

 

 こんな自分でも愛国心とやらが備わっていたとは。多少の驚きをもって、自然と込み上げてきた笑みを隠すことなくくちびるに乗せ、私は片膝を抱えた。

 

 

 

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