千晶が1-A の観客席へと戻ってきたのは、その後すぐに行われた飯田VS発目の10分間に渡る売り込み根性逞しいアイテム実演と言う名の鬼ごっこも、実力を見誤って開始直後に全力で電撃を放った上鳴を、塩崎がツルの個性をフルに活用してそれを防ぎ、放電のしすぎで上鳴が弱体化したところを易々と拘束するという瞬殺試合も、同じく短期決戦で決着のついた常闇VS八百万の試合も終わった頃だった。
「千晶ちゃん、お疲れさま」
「おー千晶、さっきの龍も試合も凄かったね」
とうに対戦相手だった芦戸も客席に戻っているのにしばらく姿を消していた千晶の姿に、クラスメイト達が思い思いに声を掛けていく。それらに千晶は軽く手を挙げることで応え、空席だった耳郎の隣に腰を下ろした。
「……イズク達は?」
「ああ、さっき出てったよ。多分麗日の激励行ったんじゃないかな」
「そっか……寄ってくれば良かったな」
ふう、と溜息を吐いて背もたれに身体を預ける千晶に、
「星合、さっきの龍なんなん!?」
「なんなん、って言われても……ミッドナイト先生に轟の氷溶かして出来た水をどかしてほしいって頼まれて、ただまとめてそこら中に撒くくらいなら、熱気が篭ってる観客席に撒いた方が涼しいかなって思って」
「星合、多分コイツが聞きたい答えじゃねえわソレ」
ぼんやり宙に視線を投げながら事実を淡々と述べていく千晶に、ズレてるズレてる、と控え目に、されど律儀に指摘したのは上鳴の横に座っていた瀬呂だ。
きょと、と蘇芳色の目を丸くして、斜め後ろに座る瀬呂を見上げた千晶が至極不思議そうな顔をすると、普段の大人びた雰囲気が薄れて幼く見えた。それを見ていたクラスメイトや近くに座っていたB組の面々が(小動物みてえ)と内心で呟いたのは余談である。
観客席下でのステージでは個性ダダ被りの切島と鉄哲が真っ向勝負のステゴロ……少々暑苦しい闘いを繰り広げる中、若干ほんわかと癒されムードが漂う。指摘されてもなお分かっていない様子の千晶に、日本語が堪能なのに珍しい、と思いつつ瀬呂はぴっと一本指を立てた。
「星合の個性って轟や爆豪と同じゴリッゴリの戦闘型だろ?なのにあんな派手なパフォーマンスでわざわざ龍作って水撒いたのが意外って話をしてたんだよ。星合って無駄省く戦い方するから、水撒くなら普通に噴水かスプリンクラーみたいにして撒きそうなもんなのに」
瀬呂の丁寧な説明に、上鳴が隣で頷く。ようやく意図を把握した千晶は、ああ、と納得のいった声を洩らした。頭の中で言葉を噛み砕いて、千晶は数秒逡巡したのち、再び口を開く。
「昔……知り合いのパフォーマンスを手伝う機会があって。ただ水を操って見せるだけじゃ地味だと思って、思いついたのがあの龍だった」
声こそ普段通りを取り繕ったものの、それを放った千晶の心境は穏やかではなかった。
脳裏に浮かべるのは、ライブラの後輩。ツェッド・オブライエン。人型の水棲生物と称するに相応しい青白い半透明の体躯を持った、
斗流シナトベの正統後継者たる彼が、時折公園などで血法を使った大道芸をして小遣い稼ぎをするのを、千晶は時折手伝っていた。どうして手伝おうなどと思ったのかは、千晶自身わからない。明確な理由は無く、どこか気まぐれにも似た感情で、手を差し伸べていた。
新人の身で、実質的なライブラNo.3(組織としてのポストの重要度と力関係的に)である千晶の手を借りるのが忍びなかったのだろう。最初こそ手伝いを申し出る度に恐縮されたが、回を重ねるうちに、修行期間こそ重ならなかったものの同じシナトベの姉弟弟子、血法としての根本の考え方も、術者の思考回路もそれなりに近縁な二人はほどなく意気投合し、いかに工夫して駆使することでパフォーマンスを向上させるかに心血を注ぐようになっていった。
その過程で生まれたのが、あの龍だった。
本来ならもっと小さな手のひらサイズで、ツェッドの編んだ風に乗って自由に空中を泳ぐそれをあえて使ったのは、多くの注目を浴びる状況を、あの大道芸の一風景に無意識に重ねてしまったからだ。公園でのパフォーマンスは、どうしても業務上デスクワークで事務所に籠りがちな千晶にとってもいい気分転換の機会でもあったし、なにより、
半年と数か月前まで当たり前の日常の一風景にすぎなかったはずなのに、建前とはいえ「昔」とその記憶を定義づけてしまうのには、かなりの抵抗があった。過ぎ去った記憶が思い出になってしまいそうで、言い知れない恐れに胸の内が凍るような思いにかられたのだ。
けれど、周囲のクラスメイト達がそれに気づくことは無く、とりとめもないお喋りを交わしている間に、どんどん千晶への興味も散っていく。轟やお茶子ならばあるいは気付けたかもしれない心の内のさざなみに身をゆだねるように、千晶はそっと目蓋を閉ざした。
**
隣にそろりと座る気配がして目を開くと、隣に腰を下ろしかけたイズクと目が合った。あ、という顔で固まった後、みるみるうちに申し訳なさそうな顔になった彼が次に何を言うか、何となく想像できた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、大丈夫。完全に寝てたわけじゃないから」
宝石のように澄んだ緑が、気遣わしげに揺れるのを眺めながら、気にするなと軽く手を振って背もたれから身体を前に起こせば、眼下に映るステージに見慣れた姿が二つ、それぞれ歩いてくるのが見えた。お茶子と爆豪。いつの間にやら、一回戦最終試合が始まろうとしていた。危うく友人の戦いをスルーするところだった、危ない。
「ある意味最も不穏な組ね」
「ウチ、なんか見たくないなー」
キョウカが顔を顰めて寒気をこらえるように腕をさすってしまうのも仕方ない。爆豪の個性を知る1-A は皆似たり寄ったりの表情だ。爆豪が女子相手でも手加減するような性格ではないと知っているからこそ、どうしてもお茶子の身を案じてしまう。
『中学からちょっとした有名人!堅気の顔じゃねえ ヒーロー科 爆豪勝己!
「先程言っていた爆豪くん対策とは何だったんだい?」
「ん!本当たいしたことじゃないけど……」
イズクは研究ノートを大事そうに持ったまま、飯田くんの問いに反応した。どうやら、イズクがお茶子にアドバイスを持ち掛けたようだ。それを此処で聞く、ということは、幼馴染でお互いの癖を良く把握しているイズクのアドバイスをあえてお茶子は聞かずにステージに上がったのだろうか。
「かっちゃんは強い……!本気の近接戦闘はほとんど隙無しで、動くほど強力になっていく個性だ。空中移動があるけど……とにかく浮かしちゃえば主導権を握れる。だから……」
スタート、の掛け声とともにお茶子が体勢を低くして爆豪に向かって真っすぐ突進していく。
「退くなんて選択肢ないから!」
「速攻!事故でも触れられたら浮かされる!間合いは詰められたくないハズ!だからかっちゃん的には……回避じゃなくて迎撃!!」
イズクによる実況解説の通り、爆豪の”右の大振り“が真っ直ぐ突っ込んでいったお茶子を襲う。観客席が女子に容赦なく爆炎を浴びせた爆豪に非難と恐怖交じりの声を上げる中、私はピクリと眉を動かした。
「じゃあ死ね」
詰められた間合いを再び取りながら、爆豪は油断なく煙幕のどこからお茶子が飛び出してきても良いよう観察する。左足元を這った体操服の一部に反応した爆豪の
『上着を浮かせて這わせたのかぁ、よー咄嗟に出来たな!!』
普通なら致命的な時間差。だが、才能マンの爆豪の反射速度はその決定的な時間差もほんのわずかにするほどで、振り向きざま地面を抉るように放たれた爆風によって、かなり接近していたお茶子が大きく吹っ飛ばされた。
「見てから動いてる……!?」
「あの反応速度なら煙幕はもう関係ねぇな、コエー」
「触れなきゃ発動できねぇ麗日の個性、あの反射神経にはちょっと分が悪いぞ……」
怯まずに再び突進を掛けるお茶子だが、煙幕もない正面からの突進では完璧に爆豪にタイミングを計られる。何度も突進しては爆風で吹っ飛ぶ、という一見すると悲惨なやりとりを繰り返す状況に、スタジアム全体がだんだんざわつき始める。
「お茶子ちゃん……!」
「爆豪まさかあいつそっち系の……」
『休むことなく突撃を続けるが……これは……』
「……あの変わり身が通じなくてヤケ起こしてる」
愚直にも突進を続けるお茶子へとそんな評価が下りるのを、私は思わず鼻で笑った。私のそんな反応をどう捉えたのか、イズクを始めとした微妙に物言いたげな視線が幾つかこちらに向く。どうやら気付いたのは私と、B組の物間くんくらいらしい。同じく「アホだね……あいつ」と鼻を鳴らしながら呟いた彼とふと目が合い、お互いに肩を竦めながら上を見上げた。
「なぁ……止めなくていいのか?大分クソだぞ……」
「見てらんねえ……!」
観客の何人かがあまりの試合展開にセメントスに物申す中、我慢ならなかったのか勢いよく立ち上がった人物がいた。コスチュームに身を包んだそのヒーローは、義憤に駆られた勢いで大声を張り上げる。
「おい!!それでもヒーロー志望かよ!そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!!女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」
「そーだそーだ!!」
親指を下に向ける下品なハンドサインで物申すそのヒーローに当てられたのか、その周囲の観客にどんどんブーイングの波が広がっていく。
そのブーイングと爆豪を心配そうに見比べているイズクを視界の端に捉え、私は静かに口を開いた。
「イズク。私が真っ先にミナに近距離での攻撃を仕掛けた理由、分かる?」
「えっ?」
「うん?」
突然全く関係のない話を振った私に、話を振られたイズクだけでなく、イズクの隣に座っている飯田くんや周囲に座っている面々の視線が何事かとこちらに向いた。きょとんとしたイズクは、面食らい困惑しながらも分析を始める。
「ええと……芦戸さんの個性は酸だから、本当なら星合さんは障害物競争で見せた血の糸での遠距離からの威嚇射撃や身体の動きを止める方法、もしくは轟くんみたいに遠くから氷で攻撃して、なるべく酸を直接浴びないようにしながら戦いを進めてくのが安全でベスト。なのにあえて星合さんが酸を喰らう可能性を踏まえたうえで接近戦を仕掛けにいった理由……ええと……」
まず私の能力とミナの個性との相性から、私にとって「効率の良い戦い方」と実際に私が取った戦法との違いをすぐに指摘できたイズクに頷いたものの、そこで引っかかってしまったらしく頭を抱える彼に流石に難しかったかと苦笑した。他の面々も考えてはいるもののこれといった理由は思いついていないようなので、正解を出すことにした。
「イズクが指摘した通り、遠距離攻撃で酸を避けつつ有効打を与えるのが一番いい戦い方。でもミナはクラスの中でも運動神経がトップクラス。遠距離からの攻撃で有効打を与えられないまま接近されたりすれば自分の氷が邪魔で回避が遅れる可能性がある。ましてミナが今出せる一番強い酸と氷の壁の相性も分からない以上、真正面からの攻撃は愚策。
なら、まともにやり合う状況を作らせなければいい。最初の蹴りは決まらなかったり読まれたりしてもいいからミナのペースを崩して、慌てたところに隙が出来るよう畳みかけて捕縛。もし破られた時は酸で場外を防ごうとするだろうから、氷に酸で潤滑油にしてバランスを崩させてもらった」
人間は予想外の出来事に直面すると反応が遅れ、一瞬思考に空白が出来る。勿論身体も停止するので、その一瞬の隙を誘発させれば、後は立て直す隙も与えないほどのラッシュを掛け、焦ったところを確実に狙い詰みまで持っていくだけだ。
「相手の本領を発揮できない状況に誘導して、自分の得意分野で確実に押し通せる状況まで持っていく。此処まで勝ち上がったんだ、誰相手にも油断なんて微塵もできない。効率性や安全性を捨ててでも、確実に勝つためにはそういう方法も必要ってこと」
『一部からブーイングが……しかし正直俺もそう思……わあ肘っ』
ごとごと、と司会席から物音がしたかと思うと、次に聞こえたのは相澤先生の声だった。
『今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?
シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』
「相澤先生……!?」
言外に「プロヒーローとしての才能がない」と遠回しの辛口を述べた相澤先生にイズクや観客がどよめく中、私はきっつ、と苦笑いしながらもある意味正論だと内心で小さく頷いた。
『ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねえんだろが』
その証拠に、爆豪はこの試合で一度も笑みを見せていない。
真剣に頂点を狙う爆豪が、そもそもそんな手間暇を掛けるはずがないのだ。真正面から、本当の一位だと認める採点基準を外に委ねるのではなく、自分自身の主観に置いているのだから。プライドがエベレスト級に高い彼が、たとえ女子だろうが相手を甚振って喜ぶ神経など皆無であり、むしろ堂々と撃破すること以外の考えなど、微塵もその頭には無いだろう。
「……そして……お茶子がただヤケを起こして猪突猛進になってるってのも、大きな間違い」
「え?」
「お茶子はそんなやわい
そう呟きながら見下ろすステージ上では、防戦一方でかすり傷のダメージが目立つ中、ふらりと立ち上がったお茶子が反撃に映ろうとする、まさにその瞬間をとらえた。
「そろそろ……か……な……、ありがとう、爆豪くん……――油断してくれなくて」
「あ……?」
冷や汗をやや蒼白な顔に滲ませながらも、ぴたり、両手の全ての指を合わせて“何か”に掛けた個性を解いたお茶子に、爆豪が胡乱げな声を出す。
「爆豪の距離ならともかく……客席にいながら気付かずブーイングしてたプロは恥ずかしいね」
「低姿勢での突進で爆豪の打点を下に集中させ続け……武器を蓄えてた。そして絶え間ない突進と爆煙で視野を狭め、悟らせなかった」
仕掛ける最後まで。
物間と私の解説で、その場にいた面々が空を振り仰ぐと――そこには、爆豪に降り注ぐ大量の瓦礫の雨。お茶子が爆豪の攻撃で作らせ、煙幕の中に紛れ込ませて空へと浮かべていた一発逆転の秘策。お茶子なりの『自分の得意分野で確実に押し通せる状況まで持っていった』結果が、この大技だ。
『流星群――!!』
『気づけよ』
「そんな捨て身の策を……麗日さん!!」
驚愕を露わにするイズクの言葉に、私はお茶子への心配を一瞬忘れ、思わずイズクの顔をまじまじと見てしまった。お前がそれを言うの、イズク。君もいつも捨て身の策ばっかり取ってるってのに。
自分の行動を棚に上げるような発言に一瞬呆気にとられたものの、私たちの目の前を通り過ぎていった加速度付の隕石の群れに再びお茶子へと視線を戻す。落下する瓦礫への対応の隙を狙って走り出すお茶子だが、降ってくるそれらが、爆豪へと接近するお茶子にも十分襲い掛かってもおかしくない状況に、大怪我をしないかとハラハラしながらイズク達と見守っていた私は、次の瞬間、片手を天に向けて突き上げた爆豪の手のひらから放たれた大出力の爆破にぎょっとした。一瞬遅れて、観客席まで届く爆風に多くの観客が顔を腕で覆う中、爆破のもたらした“結果”に唖然とする。
「デクのヤロウとつるんでっからなてめェ。何か企みあるとは思ってたが……」
「……!!一撃で……!!」
『会心の爆撃!!麗日の秘策を堂々――正面突破!!』
「……危ねぇな」
“超必”で自分の重力を軽くしたところに爆風をもろに喰らい、先程よりも大きくふっ飛ばされたお茶子が顔を悲愴に染める。無理もない、あの大量の流星群を、爆豪はたったの一撃で粉々にしてしまったのだから。
勿論爆豪はノーダメージ。あの大出力の爆破を使った直後では左はしばらく使えないかもしれないが、それでも右が残っている以上、爆豪の優位性は変わらない。
「……何て子だ、本気で才能マンだな、爆豪は……」
思わず笑いがこみあげてきて、引き攣るくちびるを震わせて呟く。
才能があり、それをフルに活かす姿はザップを彷彿とさせる。色素の薄い髪も、勝ち気で不遜な性格も、能力の系統も。戦ったらどちらが強いのだろう、少し戦ってみたいと思わず考えてしまうあたり、私も相当な戦闘狂だ。
秘策を破られ、それでもなお戦おうとするお茶子が立ち上がり、爆豪へと駆け出す。爆豪もお茶子の覚悟を感じ取ったのか、初めて(凶悪だが)笑みを見せたものの――かくん、とお茶子の身体が傾ぎ、そのままくずおれるようにしてその場に倒れた。
「ハッ、ハッ……んのっ……体、言うこと……きかん」
「
あの相当な量をずっと上空に待機させ、おまけに負担の強い自分を浮かす“超必”を使用した後にぶっ飛ばされたのだ。吐かずに最後まで保ったのが奇跡なくらいに、お茶子の身体に相当負担を強いたはずだ。
しかし、ミッドナイトが確認のためお茶子にすぐさま駆け寄っても、お茶子はなお立ち上がろうとしていた。力の入らない四肢でもがいて、焦点の定まらない瞳で爆豪を睨みながら。全身でまだやれる、と叫ぶお茶子に、私は目を細めながらも、決して逸らすことはせずに見つめ続けた。
「麗日さん……行動不能。二回戦進出は爆豪くん――!」
お茶子が搬送ロボの担架に乗せられ運ばれ、爆豪の勝利で終わった一回戦最終試合。
試合準備で席を立ったイズクを見送った後、私と飯田くんはそういえば、と顔を見合わせた。
「麗日くんの試合で忘れていたが……次の相手は星合くんだったな」
「うん。お互いベストを尽くそう」
「ああ!俺も負けない!」
お茶子と爆豪の試合のインパクトが強すぎて頭からすっ飛んでいたが、二回戦の相手は飯田くんである。最近は轟と過ごす時間が減ったため、もっぱらお茶子やイズク、飯田くんの三人と過ごすことが多くなっていたが、普段仲が良いからと言って手加減するつもりも、そんな余裕もない。
どう戦ったものか、と頭を回転させながらも差し出した手は、自分のそれより一回りも二回りも大きい手のひらに包まれ、出会った時のように固い握手を交わすのだった。
「おーう、何か大変だったな悪人面!」
「組み合わせの妙とはいえ、とんでもないヒールっぷりだったわ爆豪ちゃん」
「うぅるっせえんだよ、黙れ!」
観客席に戻ってくるなり、瀬呂くんと梅雨ちゃんから慰めともイジりともつかない声を掛けられ、爆豪が苛立った声を上げながら早足で前を通り過ぎていく。いい巻き舌だ、意外にスペイン語教えたらあっという間に吸収しそう。頭良いし。
そんな斜め上方向に妙な事を考えている中、上鳴くんが感心とも呆れともつかないぼやきを洩らした。
「まァーしかし、か弱い女の子によくあんな思い切りの良い爆破できるな。俺はもーつい遠慮しちまって……」
「完封されてたわ上鳴ちゃん」
「……あのな梅雨ちゃん……」
上鳴くんと塩崎さんの試合は見逃したので詳しい事情は分からないが、どうやらボコボコにやられたらしい。けろりと鋭いツッコミが梅雨ちゃんから入り、上鳴くんが複雑そうにか細い声を上げる。
フンッ!!と機嫌悪そうな様子で空席にどかりと勢いよく腰を下ろした爆豪が、ぽつりと「……どこがか弱ェんだよ」とこぼしていたのが、やけに印象的だった。