人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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“You have all.”①

 イズクと別れた私は、薄暗い通路を抜け、スタジアムに続く出入り口前に差し掛かる直前、自分が向かう先にひとつ、人の気配があることに気付いた。何となく誰が待ち受けているのか想像がついてしまって、一瞬眉を顰めながらも、表情は平静そのものを取り繕って角を曲がる。そして、通路半ばの壁に背中を預け、不遜な態度で佇む巨漢――No.2ヒーロー、『エンデヴァー』を見た。

 一瞬、鋭い緑の目と、私の視線が交錯する。儀礼的に一礼して、隣を黙って通り過ぎようとした私を、「君、」と巨躯に見合う低い声が呼び止めた。

 

「星合千晶くん……だったかな?」

「……そうですが。……Mr.エンデヴァー、失礼ながら待つ場所をお間違えでは?息子さんの“激励”なら、反対側の入場口ですよ」

 

 対よそ行きの笑みを皮に貼り付かせ、私は振り返りざま痛烈な皮肉を飛ばす。言外に「保護者とはいえ学校関係者でもないのに関係者以外立ち入り区域にホイホイ現れるな」と「試合前の選手に心理的動揺を与えに来るとか親バカの行動を通り越して非常識極まりない」と、「さっき思い切り激励を大観衆の前で無視された息子の元には行かずに相手選手のところにちょっかい掛けるなんてひどい親ですね」を社交辞令の陰に潜ませたソレは、正論なだけにさぞ痛かろう。15歳の小娘だと舐めて掛かったら痛い目見るぞ。

 

 エンデヴァーとは初対面だが、彼に対する私の好感度は限りなく低い。先に轟や轟のお母さんと交流のある私にとって、二人に彼がしてきた仕打ちは、二人への好感度が高いだけに到底許容できるものでも、ヒーローだから仕方ない、なんて形でなし崩しに納得できるものでもない。

 事実、腐ってもNo.2、エンデヴァーも仕事に関しては馬鹿ではないようで、社交の場にもそれなりに出ているだろう彼も私の言葉の裏を少なからず察したらしい。先程轟が見せたオレンジ色の炎と同じ色の炎の奥で、濁ったような緑色の三白眼が鋭さを増した。

 眉、口ひげ、顎ひげから仮面のように燃え盛る炎が、威圧感のある容貌の殆どを覆いつくしている。……もっとも、私の場合はもっと強面だったり2mを越す巨躯の人間やら異界人(ビヨンド)と渡り合うことも多かったので、エンデヴァーに対する畏怖はさほど感じなかった。同じ赤毛の、ヒグマのような巨漢であるクラウスが本気で憤った時の、あの全身を刺されるような闘気と殺気を間近で受けた時に比べれば、いくらかエンデヴァーが放つそれは猛々しくはあるがどこか生易しい。

 

 こういう話の通じない相手は話題の主導権を握って、有無を言わせないまま立ち去るに限ることを社交界で嫌というほど知っているので、ぎらぎらとした視線を受け流して「もうすぐ試合なので失礼します」と完璧な笑顔を盾に通り過ぎた私の背に、低い声が投げかけられた。

 

「……やはり、ただの小娘ではないな」

「……」

「君の活躍は見せてもらった。氷と水の“個性”……その強みを存分に活かす洗練された操作能力も目を惹くが、最も圧倒的なのは、感情を切り離して常に大局を見定める冷静さと、柔軟な思考力。どれも、ウチの焦凍には足りない部分だ」

 

 あえて背を向けたまま黙って言葉を受け止める。

 

「そして不思議と――15歳とは思えんほど、()()()()()()()

 

 ……“父親”としては限りなくクズでも、“ヒーロー”としては優秀らしい。No.2ヒーロー、事件解決数史上最多の栄誉は伊達ではないということか。たとえ、息子に関しては完全に目が曇っていても。

 戦い方が歳に見合わないと指摘してくるエンデヴァーを前にして、笑みを消してかすかに目を眇める私に、彼は愉快そうにくつくつと笑う。

 

「今年度から雄英が設けた異例の“スカウト枠”……中学校側の推薦ではなく、雄英のプロヒーローが推薦するほどの優れた生徒の噂は聞いていた。そしてその生徒が、ウチの焦凍と同じ凝山中学出身の、焦凍と似た”氷”の個性を持つ女子生徒だということも。

 ウチのサイドキックが話していたよ、焦凍とたまに朝一緒に電車で通学して、仲が良さそうに喋っているハーフのような見た目の女子がいるとね」

 

 すぐに君だと分かったよ、とエンデヴァーは目をぎらつかせて猛々しい笑みを浮かべた。

 

「“個性”だけでなく、判断力、機動力、応用力……すべての能力が既にプロレベルに達している焦凍と実力が拮抗しているだけでなく、個性の親和性も、互いに優れた部分も欠点も補い合えるだろう相性の良さ。焦凍(アレ)がよもや外人の小娘を選ぶとは思わなかったが、それは些末な問題だ。見目の良さも申し分ない。

 気に入ったよ、星合千晶くん。卒業後は私の事務所に来ると良い、焦凍と共に、私が二人揃って覇道を歩ませてあげよう」

 

 ……誰か、途中でぶん殴ったりあからさまに頭を抱えて溜息を吐かなかった私を褒めてほしい。

 高校一年生にしてNo.2ヒーロー直々に勧誘されるというのは、字面だけ見れば、誉れ高い千載一遇のチャンスなのだろうが、実際自分の身に起こってみるとこんなに幻滅するものなのだなと思った。アンタが心を砕くべきは(わたし)じゃなくて内側(身内)!と叫ばなかったのが最早奇跡だ。

 出来ることなら、この場にぜひレオナルドが居てほしかった。彼なら「ちょっと待ってツッコミどころが多すぎてツッコミきれねぇんスけど!?何!?何なのこのヒト、クリスさんがご丁寧に非常識だっつってんのに突然喋り出したかと思ったら、こっそり調べてましたって暴露したあげくに事務所に勧誘って、褒めるのか貶すのか気分悪くさせるのかハッキリさせる以前にコミュニケーションの基本何段すっ飛ばしてるんスかねぇ!!しかもしれっと上から目線に息子の嫁に来いって何様だこのクソジジイ!!!!」と中指を突き立てながら気持ちよく私の内心を的確に表したツッコミと罵倒をしてくれただろうに。もしスティーブンが居たら、間違いなく話の途中で慈悲もなく氷像の刑で強制終了だ。素直に凍ってくれるかはともかく。

 と、頭の中でエアレオナルドとエアスティーブンがしそうな行動をシミュレートして現実逃避を図っていた私は、エンデヴァーがずいと差し出してきた分厚い掌と、それを取ると信じて疑わない自信満々のエンデヴァーの表情を見比べた後、溜息をついて踵を返した。

 

「……聞かなかったことにします」

 

 呆れが宙がえりしすぎて、それまで浮かんでいた百万語を口にするのも馬鹿馬鹿しくなった私が何とか喉から絞り出せたのは、大人げないともいえるアホらしい提案を切って捨てることだけだった。親バカもここまで極まると呆れを通り越して最早哀れだ。勿論、執念を向けられる轟の方が、だ。

 むしろ、波風立てずに場を収めようと忍耐力を働かせたこちらの心境もぜひ汲み取って欲しい。

 

「なに?」

「体育祭も終わっていない内からそんなことを言われても、困ります。まして試合前に」

 

 正式な手順全部すっ飛んでの勧誘を一蹴し、いい加減うんざりし始めたのを分厚い面の皮で隠しもせずに言い放つ。遠くでプレゼント・マイクのアナウンスが準決勝開始を告げるのを聞いて、これ以上取り合う義理もないと「失礼します」と形だけ頭を下げ、足早に踵を返してスタジアムへと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 わっ、と歓声が出迎える中、試合前にぐったりと精神的に疲れたのを感じながらも、歩みは真っ直ぐにフィールド中央に設置されたステージへと向かう。予想外の邪魔に翻弄され煩わされたのだから、ある意味エンデヴァーの目論見は、相手を動揺させるという点においては達成されたともいえよう。彼自身の本当の目的は別の所にあったようだが、それもはあ?と怪訝な表情しかできない戯言めいたものだ。

 

 ……よりによって、轟の親に嫁になれとけしかけられるとは思わなかった。本気で“個性”の強さと戦闘能力でしか人を見てないんだな。性格とかは二の次か。

 これは本人に伝えても父親に対する噴火材料にしかならなさそうなので、轟のお母さんとのやりとり以上に言えない類の話だな、うん。やめようこの事深く考えるの。ろくでもない提案をまともに考えたって、泥沼にしか思えない。あれはないわ。

 

 若干片頭痛すら催してきた眉間を軽く揉んで、深呼吸を一息。

 

『準決!!サクサク行くぜ!』

「……遅かったな」

「ああ、うん、まあ」

 

 よもや君の父親に君の未来の嫁と相棒(パートナー)になれと無茶苦茶な提案をされてきました、と言えるはずもなく。既にステージの中央付近で待っていた轟に、曖昧な返事をしながら瞼を閉ざす。

 もう一度、身体全体に呼吸を行き渡らせるように深呼吸をすれば、いくらか思考回路はすっきりした。……妙な邪魔の所為で、イズクとの癒しタイム(と懺悔)の意味がなくなったのが腹立たしい。

 

『お互い氷と炎、氷と水の個性を持つ似た者同士!ついでに言えば推薦組と今年度初のスカウト枠というヒーロー科屈指のエリート対決!轟焦凍 対 星合千晶!!』

 

 プレゼント・マイクのアナウンスでの選手紹介が終わる頃、私はすっと薄く閉ざしていた瞼を押し上げた。思考を完全に戦闘モードに切り替える。場外で控える主審のミッドナイトを挟むように、東西に分かれて立つ私たちの彼我の距離は、おおよそ5メートルもない。

 無言で闘気を、集中を高めていく中。

 静かに見据えた先に立つ轟は、凪いだ湖のような、何とも言えない表情をしていた。戦う意思が見えないような、迷うような、そんな。

 

 

 ――START、の掛け声とともに、ステージ上で冷気が爆発した。

 

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