人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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僕の背を抱くもの

 春、某日。

 雄英高校初日の朝、私、クリスティアナ改め星合千晶は少し早足で巨大な校内を歩いていた。

 入学祝いだ、とオールマイトが買ってくれたシンプルかつお洒落な腕時計を時々見つつ、少しだけ足を速める。普通の人の駆け足より少し早いくらいのスピードで。当然、息は乱れていない。

 

「思ったより時間食っちゃったな……早めに来たつもりだったのに」

 

 人生初のハイスクールでの生活だ、自覚はあまりなかったのだが年甲斐もなく浮かれていたらしい。いつもより早い時間に起床して、気慣れないグレーのブレザーに袖を通した私は、以前お世話になった先生方へ改めてお礼を言いに職員室を訪ねていた。

 が、そこは雄英の誇る一癖も二癖もある先生方。一人一人に思ったよりも時間が掛かり(特にマイク先生とミッドナイト先生と校長先生)、さすがに見かねた相澤先生(しかし寝袋INで芋虫状態だったので思わず二度見した)が助け舟を出してくれたことで、ようやく抜け出すことができたのだ。

 

 現在始業15分前。何度も来ていて校内の構造は把握しているので遅刻の心配はないが、きっと生徒の殆どは勢揃いしているだろう。注目を浴びそうだな、と渋い顔をする。見た目は生粋のスペイン人なので、初見の人にはよくぎょっとされる。そこから分かりやすくおろおろとするものだから、苦笑しながら早めに日本語も喋れることを伝えるというのが、初対面の人とのお決まりのやり取りみたいになっている。

 

「……轟、もう来てるだろうな」

 

 中学からの友人である彼に一緒に行くか、と誘われたのだが、先生方への挨拶があったので断った。というか、同じ中学出身でも同じクラスに配属されるとは思わなかった。推薦入学とスカウト入学、成績がクラスで偏らないように平等に振り分けられると思っていたので、なおさら同じクラスになるのは難しそうだと思っていたのだが、運よく同じA組に振り分けられた。

 あの性格だから一人でぼんやりしていそうな様子がありありと想像できたので、私は少しスピードを上げようと足に力を込める。見通しの良いほぼ直線の廊下なので、最速を出せばあっという間なのだが、脇道からの衝突事故を考えて、今のスピードは本気の1割も出していない。そこから2割まで上げようとしたその時、すぐそばの角からふっと人影が動いたような気がして瞠目した。

 運悪くあと一歩でぶつかる、と判断した私は、驚いたような相手の顔を見ながらも、反射的にブレーキを掛け一歩分後退する。血界の眷属(ブラッドブリード)との戦闘では殺気を感じたら脳で考える前に反射的に一歩引く、という人体の反応速度の限界に迫るような戦闘を繰り返し、生存率の低い戦闘を紙一重で生き延びて経験を積んでいく中で、勘がなにより大切だと身に染みついているからこその少し人外じみた動きである。

 

「……ッ、と、ごめん、大丈夫!?」

 

 危うく衝突を免れた私は引いた足でうっかり内履きの中の出血針(エスメラルダ式血凍道を使うために普段使う靴底の全てに仕込んでいる十字架の出血装置だ。エスメラルダ式血凍道ではこれを踏まずに歩く歩法を身につけることが最初の修行になる)を踏んでしまい、ピリッとした傷みが足裏に走ったのに思わず片目を眇めた。

 口ではぶつかりそうになった男子生徒を気遣う言葉が飛び出すが、内心では舌打ちしたい気分だった。床に付いてしまっただろう血を水に変換させながら、自分の迂闊さと気の緩みを叱咤する。

 間違って針を踏むなど、エスメラルダ式血凍道では初心者がよくやるミスなのだ。咄嗟の時でも針を避けて地面を踏めて、初めてエスメラルダ式血凍道の遣い手と言える。10年分肉体が退行しているからとはいえ、情けなさ過ぎるミスに、未だにこちらに飛んでくる前の、いわば全盛期と言っていい状態には程遠いと再認識させられた。

 

「っあ、あぁ……大丈夫だ」

「そっか、良かった……」

 

 相手に怪我がないことを確認してほっと胸を撫で下ろしていると、紫の髪を逆立たせているというなんともファンキーな見た目(だがしかしこの世界の人間って奇抜な髪色も地毛だったりするので驚きである。HLに居ると錯覚しそうなくらいの異形(ビヨンド)っぽい姿の人も普通に生活しているから、もし超常が世界に比較的平和に広まったらこうなるのだろうかと考えてしまう)の、目の下の隈が印象的なその男子生徒は驚いたようにぱちぱちとまばたきを繰り返していた。呆気にとられたような彼がぽつりと零したのは、

 

「……お前、日本語流暢だな……」

という、お決まりの言葉だった。

 

「え?あー、頑張って勉強した、から。たまに変なことになるらしいけど」

「それだけ喋れれば、すげえんじゃねえの」

 

 そのぶっきらぼうな言い方に、思わず轟を思い出して微笑ましくなる。似たようなやり取りを、轟もぼそぼそと返してくれたものである。このくらいの年頃の子って不器用だよな、とややおばさんくさいことを考えながら、ありがとうと少し微笑んだら、別に、と顔を逸らされた。ツンデレか、と日本に来てから覚えた言葉通りの反応にこっそり笑った。

 

「キミも一年?」

「も、ってことはお前も?」

「Yes、じゃあ教室まで一緒に行こうよ、方向一緒だし。あんまりゆっくり喋ってる時間はないのが残念だけど……私は星合千晶、A組です」

「……ヒーロー科か」

 

 名乗った途端にむっ、と表情を険しくした男子生徒に、私はなにかマズいことでも言ったかと首を傾げた。

 

「え、私変なこと言った?」

「違う……あの試験内容で受かったなんて、良い個性に恵まれたモンだなと思っただけだ」

「あー……仮想敵を破壊する試験だったんだっけ、一般は。相性悪い個性だった?」

「一般は、って言い方に引っかかるが……まぁ、そうだ。俺の“個性”は洗脳。任意で俺の問いかけに応えた奴を操れる。……だから、機械相手のあの試験内容じゃポイントは取れなかった」

 

 ぐっ、と厳しい顔で握りしめた拳を見つめる彼に、私は宙に視線を投げた。

 

「洗脳か……いいなぁ、羨ましい」

「……は?」

 

 小さく呟いたつもりだったのだが、流石に隣だったので聞こえたらしい。何言ってんだこいつ、と言わんばかりの表情でこちらを見下ろしてくる彼に、私はニッと笑った。

 

「だって、呼び掛けただけで操れるんでしょう?(ヴィラン)に使ったら本人の意思に関係なく戦闘不能にできるし、掴まえた敵に情報吐かせることもできるから、ごう……Oops(おっと)!尋問の手間もいらない。すごい強力で、味方に居てくれたら凄く頼もしいな……って……アレ、また私変なこと言った?」

 

 途中でうっかり拷問(torture)と言いかけて、慌てて尋問(questioning)に言い直す。危ない危ない。もし自分が持ってたら、スティーブンと私設部隊の苦労の殆どが楽になるだろうなとか考えていたせいで、うっかり危険ワードを口にするところだった。慌てて口を押さえつつも、自分の思ったままをそのまま言った私は、相手が片手で顔を覆っていることに気付いて中途半端な位置で手を彷徨わせた。

 あれ!? また変なこと言ったか!? と内心慌てていると、ハァ、と洩れた溜息。

 

「……変じゃねぇけど、俺の個性を聞いてそんな事言った奴は初めてだ」

「え、そうなの?」

「……普通、悪用する方を先に思いつくだろ」

 

 そう言った彼の表情は苦しげに歪んでいて、その表情と声だけで、彼が今まで周囲に何を言われてきたか、薄々察した。

 確かに、言葉一つで洗脳を掛ける個性は脅威的だし、勧善懲悪が浸透しているこんな世の中だ。敵っぽいイメージを持たれやすい個性に、色々と心無いことを言われてきたのだろう。

 ……でも、そんな言葉に傷つきながらも、腐らず、めげずにヒーローを志す彼はまぶしい。ちょっとだけ知り合い(レオナルド)に似ていると思ったのは、秘密だ。

 

「確かに使い方によっては、紙一重な能力……個性だよね。でも、ここに居るってことはヒーロー志望なんでしょう? それって、色々言われても自分の能力の使い道を誤ってない証拠だと思う。それって、簡単に見えてすごく難しいことじゃないかな。自分の初心を貫けてるんだから」

「……!」

「戦闘向けの個性ではないけれど、正しいことのために使ったら素晴らしい個性だと思う」

 

 ぽかん、と呆気にとられたような表情をした彼の反応を見て、私もはたと我に返る。……よく考えたら初対面の子に対して物凄く勝手な、しかも偉そうな暴論をぶん投げたような。普通に恥ずかしいやつだな……と頭を抱えたその時、隣を歩いていた彼が急に歩みを速めた。

 身長は6~7cmくらいしか違わないだろうが、流石に男子の歩幅は大きい。みるみるうちに開いていく距離に慌てて駆け出すと、ぽつりと何かを呟いたように聞こえた。

 

「ちょ……ごめん、何? 何か言った?」

「……心操人使。……俺の名前。C組だから」

 

 てってって、と早足で後を追いながら、教えてもらった名前を口の中で繰り返す。

 

「シンソー……じゃあシンって呼んでいい?」

「は? 何で……」

「ゴメン、イントネーション的にちょっと呼びにくい。ホントは名前が一番呼びやすいんだけど、日本の人っていきなり名前呼びすると馴れ馴れしく見えるみたいで不評だし」

 

 こちらとら男女関係なくニックネーム呼びがデフォルトである。私も本名がクリスティアナ(スペイン系の読み方をするとクリスティネになるが特にこだわりが無いので呼びやすいクリスティアナにしている)と長い名前なので、クリスとよくスティーブンやザップ達に呼ばれていた。

 駄目かい?という意味を込めて理由を述べると、心操は困ったように首元に手を当て、数秒視線を彷徨わせてから、不承不承そうに「……いいよ」と言ってくれた。

 

「ほんと?」

「……ん」

「ふふ、よろしくねシン」

「ハイハイ。急がないとHR遅れるから急ぐよ」

「そうだね」

 

 高校での友人第一号は普通科の男の子。これからの高校生活が楽しみだなぁと私は表情を緩ませるのであった。

 

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