人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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be alone with you

 

 目が覚める時、いつも期待している。

 

 

 

 

 目を開けた時、一瞬どこに居るのか分からず混乱した。

 

 いやだって、誰だって見知らぬ天井とベッドの間に横たわってたら、多少困惑もするだろう。風の流れはなく窓はなさそうで、カバーの掛かっていない蛍光灯から降る光度が高いことと、僅かな消毒液の臭いからして、多分保健室か。

 眠っていた自覚がないから恐らく気絶したのだと理解した私は、ライブラに居た時の癖で僅かな情報から現在地を読み取って、気を張る場所ではないのだと確認してようやく身体の力を抜き、瞼を閉じてゆるやかに肺から呼気を吐き出した。喉を空気の塊が通る時、少し喉の奥がひりつく。痛めたのだろうか。

 息苦しさと同時に感じた頭痛に眉根を寄せていると、身体の末端が自分の意志に反してぎゅっと掴まれた感触に、ハッと目を見開いた。

 

「星合……?」

 

 反射的に別の体温に捕らえられている左手の中指に嵌めた指輪、その中に仕込まれている出血針をうっかり動かしかけそうになったが、不安げに揺れた声の元を辿って視線を持ち上げた先、どこか切羽詰まったような顔で少し身を乗り出している友人の姿を認めて、一瞬反応に詰まった。

 

「……とどろき?」

 

 普通に発音したつもりが、喉奥で声が引っかかって、寝起きで混濁したような掠れた音になったことに思わず眉を寄せた。轟も一瞬ぎゅっと顔を顰める。

 そんな反応に、酷い声、と半分おどけて舌を出したものの、轟の心配そうな表情が変わらないことに、寝起きと頭痛の所為であまり回らない頭で疑問に思う。

 そんな私の胡乱げな視線の意図を察したらしい轟はそろり、と目を泳がせた。

 

「……その、大丈夫か?何か魘されてるみてぇだったから……」

「うなされてた?」

「……覚えてねぇのか?」

 

 予想斜め上の回答に、思わずオウム返しに呟いた私はさぞきょとんとしていたのだろう。心当たりのなさそうな私の反応に、どこか気遣うような、強張った表情だった轟が意外そうに呟くのに、私は横になったままこくりと頷いた。

 

「三途の川もお花畑も特に見てないよ?」

「…………縁起でも無ぇこと言うな」

「あはは」

 

 たっぷり三秒ほど固まってから、溜息と共にたしなめてくる轟にからからと笑えば、片手で顔を覆って肩を落としていた彼は、指の間からぎろりと鋭い視線でこちらを見ながら、「笑って誤魔化そうとすんのやめろ」とぴしゃりと言った。若干嘘くさい笑みだったかと浮かべていた笑顔を静かに消して苦笑する。

 

「……そんな魘されてた?」

「……、起こした方が良いのか迷うくらいには」

 

 ミッドナイトやリカバリーガールが脳震盪起こしてるかも、っつってたから止めたけどな、と視線を逸らして言う轟に、そっかと私はわらった。

 

「それで代わりにこうして手を握ってくれて、ずっとそばに着いててくれていた、と」

「っ!!」

「はーい今更逃げない逃げない」

 

 改めて私が言葉に出したことで、ずっと私の手のひらに自分のそれを重ねていたことを思い出し、心配よりも羞恥心が勝ったらしい轟がはっとした顔で手を引き抜こうとするが、すかさず手首ごと握り返すことでそれを阻止した。……こらちょっと待て何で握り返したらちょっとびくっとしたんだ、流石に傷つくぞ。

 

「離せ」

「嫌だ。だって離したら轟そのまま逃げそうだし」

「……」

「否定しないんかい」

 

 そっといたたまれなさそうに視線を外す轟に、思わずレオナルドのマネをして、空いている手で虚空に向かって裏拳ツッコミを繰り出す。茶化しても戻ってこないオッドアイに嘆息して、天井に視線を投げた。

 

「脳震盪で気絶……ってことは、敗けちゃったか」

「……、あの爆発の後……同時に場外だった。本当は引き分けで、切島とB組の奴みてぇに簡単な勝負で仕切り直すらしいんだが……お前の意識が回復してもし勝負に勝っても、頭部へのダメージだから時間差で何あるか分からねぇってミッドナイトが判断した」

 

 自分の膝に視線を落として、淡々と静かに決着の詳細を教えてくれた轟の言葉に、10年分身体が退行してるのに合わせてダメージへの耐性も微妙に低下してるな、と胸中で溜息を吐く。HLに居た時だったら、多少吹っ飛ばされて頭を打ったところで、しばらく身動きは取れずとも気絶はしなかったはずだ。

 というかそもそも、(エスクード)に血糸の保険まで掛けたのに壁ごと吹っ飛ばされるほどの衝撃だったことに正直驚きを隠せないのだが。

 額に触れれば、飯田くんに蹴られて出血したあたりにガーゼらしきものが貼られているのが分かる。戦闘以上に身体が疲れている感覚は治癒を掛けられたせいか。体力全てを使うと後が大変だからだろう、ほどほどの中途半端な治癒だ。喉の痛みや小さい擦り傷もあちこち見える。

 額に貼られたガーゼをなんとなく触っていると、そういや、と何かを思い出したらしい轟が声を上げた。

 

「リカバリーガールが怒ってたぞ、飯田との試合の後すぐに治癒しに来なかった罰が当たったんだって」

「ああ……大した傷じゃないし、治癒掛けられると体力持ってかれるから全部試合終わった後で良いかと思って後回しにしたから……そういやその本人はいらっしゃらないね」

「少し席外すって言って出てってからそれなりに経ってるから、そろそろ戻ってくるだろ」

 

 目が覚めたら真っ先にやってきそうなのに、轟以外、閉め切られたカーテンで区切られた空間の外にも人の気配を感じないことに今更ながら疑問を呈すれば、案の定な回答が返って来てぐったりと脱力した。後で怒られるな、これは。私が目覚めてないのに轟に愚痴るくらいだし。心配性だからなー、と目を閉じて微妙な顔をしていると、確保したまま繋ぎっぱなしの轟の手が身じろいだ。

 

「……星合」

「うん?……どうしたの?」

 

 轟の表情は一見いつもと変わらないように見える。けれどそれなりに長い付き合いで、その無表情の中に、どことなく道に迷ったような、途方に暮れたようなニュアンスを読み取った私は起き上がろうと自由な片手と腹筋に力を込めたのだが、それを察したらしい轟に「リカバリーガールが来るまで寝てろ」と先手を打たれ、中途半端に起き上がった上半身はつめたい指先にとんと肩を押されて再びベッドへと戻された。

 (ほのお)側なのに冷え性の人のような指の温度に、おや、と瞬きをしながらも、起き上がってきちんと話を聞けないのならせめて、と私は轟の方を向くように寝返りを打った。寝心地のいい姿勢を探してもぞもぞと動いてから、話を聞く体制を整えたところで視線で轟に話を促す。数秒の言うべきか迷うような口の動きと沈黙の後、ぽつりと形の良いくちびるから、悪い、と一言だけの謝罪が零れ落ちた。

 

「……それは、何に対する謝罪?」

 

 だがその謝罪に、私はうんとは頷けなかった。

 文脈を無視した、主語も何もない端的な言葉では何もわからない。意地悪ではなく、轟自身の整理をつけるためにもそう訊ねるべきだと判断した私の言葉に、轟は肩を揺らした。きまり悪そうにきゅっと唇が結ばれる。

 そのまま見つめていたら、恐らく涼しい面持ちのまま冷や汗をだらだら掻きそうな轟に苦笑した。

 

「まだ、頭の中ぐちゃぐちゃでしょ。無理して謝ることなんかない」

「……けど」

「けどもクソもないよ。私自身は言いたいことは全部言ったし、モヤモヤしてたのもあの大投げですっきりして満足してるから、轟に謝ってもらいたいと思ってるわけじゃない。

 だから、もし轟がどうしても謝りたいなら、ちゃんとゆっくり考えて、頭の中整理して出した結論付きで謝って。口先だけの謝罪なんて貰ったって私にはどうしようもないし、轟自身のためにもならない」

 

 強がりでも嘘でもただの遠慮でもない。言葉そのままが本心だった。

 多分きっとこの体育祭は、轟が自分自身を見つめ直すきっかけになる。確かに私は見極めて理解しろとは言ったけれど、結論を急がせたいわけじゃない。早合点してほしいわけでもない。ただ、無意識に目を逸らして見ていなかったものを、この機会にきちんと向き合って欲しかったからだ。

 

 

 ――腑抜けるな、クリスティアナ。私が知る君は、どんな困難や苦境を前にしても、絶望することなく、挫けることなく立ち上がる、強く美しい、気高き女性だ。

 己の不幸を呪う暇があるのならば、顔も名前も見知らぬ、世界の何処に居るともしれない御両親にその名が届くまで、研鑽を積み名を馳せ、君の美しい魂がこの世に生まれ落ちたことに、何一つ間違いなど無いのだと証明するのだ。他でもない、(おの)が手で。

 

 

 かつて、実験施設から救出された直後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)で抜け殻のようになり、自分の殻にこもったまま無為に日々を過ごしていた私を、クラウスのその言葉が揺さぶった。真っ直ぐで曇りのない厳しい意見に奮い立たされたからこそ、今この場所に立つ私があると言って良い。あの瞬間が無ければ、きっとつらい記憶から目を逸らし続けて立ち直れなかった。

 ……轟が復讐心から解放されてほしいと私が思ったのは、もしかしたら私が辿っていたかもしれない暗く果てしない破滅の道を、轟が目の前で歩もうとするのが耐えられなかったからだ。

 復讐心や嫉妬といった暗い感情で視野の狭まった人間というのは、大抵碌な死に方をしない。感情に突き動かされて道を外れるだけでなく、死に急ぐような無茶な行動や衝動的な害意に囚われやすいからだ。そんな風に轟が身を堕とすのを見るのが嫌だった。親切でもなんでもない、所詮エゴイズムでしかない。轟の為のように見えて、突き詰めれば私の為なのだ。

 だから本当に、謝ってもらう資格なんてないのだ。

 

 

 イズクにきっかけをもらった轟の視野は、これまで取りこぼしてきたものを拾い上げて、見える世界を広げるだろう。今は迷ってでも、きちんと立ち位置と原点と、目指すものに対する自分の思いを見つめ直すべきなのだ。目指すものさえはっきりすれば、そこへ至る道は自然と見えてくるのだから。

 

 Do you understand(理解できた)?と問えば、轟は渋々ながらも少しの苦笑を顔に乗せて頷いた。

 

「……そうだな。悪ぃ、聞かなかったことにしてくれ」

 

 轟の何気ない一言に頷きつつ、内心の私はピシッと固まった。

 ……そういえば今の今まで忘れてたけど、エンデヴァーに「聞かなかったことにします」って思いっきり言っちゃったな私。後悔も反省もしてないけど。いらないこと思い出してしまった。

 まだ出会って一年未満の(見た目は)高校一年生の子どもに普通あんな申し出しないだろ……つくづく能力主義っていうか、過保護っていうか……方法はつくづく間違ってるけど伝わりにくい子煩悩っぽさが漂ってるんだよなぁあの人。まあ多分、轟家に行く機会さえなければそう会うことも無いだろう。

 

 エンデヴァーのトンデモ発言についてはひとまず頭の隅に放り投げていると、かさついた感触が不意に手のひらを撫でた。手は繋がったまま、自分とは違う体温がゆっくりと皮膚を撫でていく感覚に、ぞわぞわと何かが這い上がってくる。嫌悪感こそないものの、全身の産毛が逆立つような感覚に、思わず犯人の顔を凝視したまま固まる。繋いだままの手に視線を落としている轟は何か考え込むような表情で、こちらの視線に気付かないほど思考に没入しているらしかった。……ということはこの手はあれか、イライラしてる時にコツコツ机とかを指で叩くみたいな無意識の行動か。……やだ天然タラシ怖い。

 

 真剣に考え込んでいるのを邪魔するのも悪いと思い、なんだかんだで動けも喋ることも出来ないまま放置されること数分、謎の緊張感に包まれていた出張保健室のドアが開く音がして、こちらに近づく足と杖音がふと止んだと同時に、カーテンを掻き分けてリカバリーガールが顔を出した。

 

「すまないね、留守番ありがとう……おや、千晶。目が覚めたかい」

「あ、ハイ」

 

 シャッと閉め切られていたカーテンの開く音とリカバリーガールの声に現実に帰ってきたらしい轟の、私より一回り程大きい手がビクッと震え、慌てて彼女の方を向くのに笑いを噛み殺しつつ頷く。一瞬怪訝そうな顔をしたリカバリーガールは私たちの繋がれた手に目を留め、若干ピンクがかったバイザーの奥の表情を呆れたような、生暖かいものを見るようなものに変えた。

 

『爆豪 対 常闇!爆豪のラッシュが止まんねえ!!常闇はこれまで無敵に近い“個性”で勝ち上がってきたが、今回は防戦一辺倒!懐に入らせない!!』

「!今、爆豪と常闇くんの三回戦中か」

 

 どのぐらい気絶していたのか分からなかったので、流れ込んできたスタジアムでの中継に瞬く。

 

「轟、スタジアム行っておいでよ。決勝あるんだし、少しでも研究しないと」

「……そうだな。リカバリーガールも戻ってきたし」

「ああ、ありがとうね。お礼のペッツだよ、食べていきな」

「ありがとうございます」

 

 リカバリーガールお決まりのタブレット菓子(いつもボトルに使われているヒーローが違うのだが今日はオールマイトだった)を二つほどころりと手のひらに乗せられ、淡く笑った轟はそれを口の中に入れて立ち上がった。するり、と手のひらが離れていく。

 

「じゃあ、コイツ頼みます、リカバリーガール」

「はいよ。頑張ってきなね」

 

 また後でね、という意味を込めて寝そべったままぱたぱたと手を振って見送れば、カーテンの向こうに消える一瞬前、ふ、と笑ったような気がした。ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく中、轟と入れ替わるようにベッドサイドに来たリカバリーガールは溜息を吐いた。

 

「千晶、身体に異常はないかい?特に頭、私の個性じゃ頭の中までは見れないからね、異常出血してたり異変が無いか一応確かめておきなさい」

「はい」

 

 第一声にお小言が来るかと思いきや、体調を気遣う発言に、私は内心驚きつつも大人しく従った。仰向けになるよう寝返りを打ち、目を閉じて血の流れに神経を研ぎ澄ませる。脳へのダメージは怖い。自覚症状がないまま動いて、時間差で意識消失することもたまにあるからだ。

 四肢、体幹の臓器、そして脳に至るまで。全身を血管がくまなく通り、酸素と栄養を送っている以上、血液を操れる私にとってはそれを確かめることなど造作もない。

 これは牙狩りの誰しもが出来るわけではないようで、私にとっては息をするように出来るこの技術、実は完璧な血液制御とその流れを把握できるほどの脳のキャパシティが無ければ不可能な技術らしい。元々血液制御に関しては弟子の中でも優れた方だったらしいが、非道な実験と繰り返される暴力によって死なないよう、死ぬ気で身体が適応したがゆえの副産物だった。私自身は、ろくな手当てをされないから自分で血を無駄に消費したり痛くないようにと、必死で血液に意識を集中させていただけだったのだが。

 だから同じくらい制御技術のあるザップでも体内の状態を私ほどには詳細に調べることは出来ないし、そもそも脳味噌のキャパが情報量に対して足りないので無理、と本人が葉巻を噛み潰して言っていたような気がする。

 一分ほど黙って集中していた私は、全身に血管の破損や異常出血がないことを確かめて目を開いた。

 

「異常出血はないです。身体も特には。多少喉痛いですけど、少し気になる程度ですね」

「そうかい。まあ喉は、多少爆煙を吸い込んで痛めたんだろうね。ちょいと髪も焦げとるから、明日にでも切りに行くといいよ」

「え、あ、ほんとだ」

 

 指差された辺りの髪の毛を手繰り寄せれば、確かに一部、毛先がちりちりと縮んでいた。爆発の瞬間、確かに轟の炎も暴風に紛れていた気がするから、恐らくその時に火の粉が飛んで髪の一部を焦がした後、暴風の所為で燃え広がりはせずに消えたのだろう。

 ……あの暴風でも完全に消しきれないほど高熱の炎って、本当に末恐ろしい。だからこそ、あの大雑把な力押しの攻撃がもったいなく感じるんだけども。

 身体を起こし、リカバリーガールから鉄剤とコップに入った水を受け取り、口に含んで飲み下す。私が錠剤を飲み終るのを待って、私から空になったコップを受け取ったリカバリーガールに貧血による眩暈などの症状を聞かれたものの、特に血の巡りが悪いわけでも、量が極端に足りない感じもしない私は首を振った。

 一通りのメディカルチェックを受けた後、手元のカルテに書き込む手を止めた彼女はフフフ、と笑った。

 

「?何です?」

「いやね、少し嬉しかったんだよ。あの日、ボロボロで抜け殻みたいな目をしてオールマイトに連れてこられたアンタが、らしくない戦い方までしてあの轟って子を気に掛けてるのがね」

「リカバリーガール……」

 

 この世界に落ちたその日、何とか少しでも拷問痕や深々と背中に残る火傷痕を薄くできないかと考えたオールマイトに連れられ、雄英の彼女の元を訪れた時の事を思い出した。そんな風に見えていたのかという思いと、気に掛けられていたのだということに目を見開いていると、リカバリーガールはにやりと口角を上げた。

 

「しかし、青春だねえ。お似合いじゃないか、仲直りは出来たのかい?」

 

 ごっふ。

 若干悪戯っぽい笑みを浮かべたリカバリーガールの言葉に盛大に噎せたのは仕方がないことだと思う。口の中に何も含んでいなかったからこそ大惨事にならずに済んだが、さっき鉄剤を飲んでいる途中で聞かれたら間違いなく噴き出していたに違いなかった。

 とんでもない間違いを引き起こしていることにようやく気付いてそのままごほごほと噎せ、息も絶え絶えに否定の言葉を零せば、違うのかい?とむしろ意外そうな表情とお言葉を頂いてしまった。なんでだ。

 

「別に彼氏(ボーイフレンド)とかではないです……」

「おや、そうなのかい?あたしゃてっきり付き合ってるのかと思ったよ」

「普通に大事な友達なだけですよ……というか、まあすれ違いはしてましたけど、喧嘩してたわけでもないですし。手ェ繋いでたのは恥ずかしがって逃げそうだったからです」

 

 背中を丸めたまま、膝を抱えるようにして腕を伸ばす。ぐっ、と腕と肩甲骨を伸ばすように腕を前に押しやりながら、目を伏せてぽつりとつぶやく。

 

「というか。轟に私は似合いませんよ。リカバリーガールまでそんな事言わないで下さい」

「まで……って事は、誰かに言われたのかい?」

「あはは……試合前に、エンデヴァーに似たような感じの事を。卒業後にエンデヴァー事務所を勧められたのと、後は轟の相棒(サイドキック)と嫁に来ないかと」

 

 祖母のように慕い、一人の医師として師事し世話になっているリカバリーガールにならば明かしても構わないだろうと判断した私が正直に告白すると、案の定彼女は呆れたようにぴしゃりと額を打った。

 

「全くあの子は……何を考えてんだか。入学して間もない、数か月前まで中学生だった女の子にそんな事を持ち掛けるだなんて一体どういう神経してんだい。それも試合前に」

「とりあえず聞かなかったことにします、とだけ伝えときました……下手に保留とか言うと、外堀から埋めにかかられそうで怖かったんで」

「それが正解だろうねぇ。エンデヴァーは時折強引な男だから」

 

 私の場合そもそも埋める外堀が殆どないのだが、親戚を金の力で説得して嫁にされた轟のお母さんの前例を聞いていた身としては、下手に期待させるような言質を与えて興信所やらなんやらと強引な手口を取られると、情報漁られてオールマイトとの関係やら、全く公的記録のない私の経歴の違和感に気付かれかねないので、多少の反感は承知でああいう答えを返すことになった。

 40年以上雄英の屋台骨をしている人だ、雄英卒としてオールマイトと同じく有名なエンデヴァーの学生時代も勿論知っていたのだろう。遠い目で明後日の方を見ている彼女に、私も苦笑いを零した。

 

「まぁ、友達だとしてもあれだけ大切にできる存在が出来たなら嬉しいよ。アンタはたまに自暴自棄だからねぇ、繋ぎ止めるものがないと」

「えぇ~……そうですかね……」

「自覚が無いなら余計性質が悪いね」

 

 ポコポコと頭から蒸気を吹き出すようなコミカルさで怒る彼女に目尻を下げてはは、と笑っていると、スピーカーからプレゼントマイクの興奮したような声が響いてきた。

 

『常闇降参、よって決勝は轟対爆豪に決定だあ!!』

「あ、試合終わった。……リカバリーガール、試合見に行っちゃダメですか?」

「アンタね……まぁ良いよ、念のため無理はしないように」

「はい」

 

 話題を変えた私にリカバリーガールは呆れたような表情をしたものの、深くは追及せずにそのまま許可を出してくれた。上掛けを足元に向けて畳み、ベッド下に揃えて置かれていたブーツに手を伸ばしたその時、リカバリーガールが思い出したように呟いた。

 

「そうだ、千晶。後であの轟って子にお礼を言っておきなよ」

「はい?」

「あの子、自分の処置が終わった後、戻って良いって言ったのにアンタの傍にいるって言ってずっとそばについてたからねぇ。よほど心配だったんだろう」

 

 

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