少し空がオレンジ色がうっすらと差してくる頃、1年の試合が行われていたスタジアムの上空に、イベントなどで打ち上げられる音をメインにした花火である雷砲が、カラフルな小さい煙幕のようなモノと一緒に打ち上げられる。
「それではこれより!!表彰式に移ります!」
両腕を大きく広げたミッドナイトがメディアの視線をミッドナイト自身や表彰台へと誘導するように声を上げると、一斉にフラッシュが焚かれた。とはいってもあまり眩しさを感じないのは、表彰台とマスコミの間には2、30メートルほどの距離があるからだろう。表彰台の前には体育祭に参加した一年生が開会式とは違いクラスで並ばずに無秩序な並びで集まっている。
奮闘したヒーローの卵に無神経なマスコミが群がらないようにとの措置だろうか、腰辺りまで高さのある柵でマスコミと生徒がきっちりと区切られ、柵を踏み越えるような不届き者が出ないようプロヒーローが警備に当たっているため、表彰台は至って安全だった。
……約一名ほど、先ほどからガチャガチャと五月蝿いのは居るが。
「うわぁ……何アレ……」
「起きてからずっと暴れてんだと。しっかしまー……締まんねー1位だな」
最前列に自然と集まったA組の面々の表情は一様に呆れと困惑に染まっており、ある一つの方向に視線を向けていた。そんな全員の声を代弁するように疑問を呈したキョウカに、爆豪の爆破での怪我の名残があるのか、額に包帯を巻き、頬に絆創膏を貼っている切島くんが苦笑いで答えた。
そんな会話を傍目に、「3」と書かれた台に常闇くんと二人並んで立っていた私は、金属と金属が擦り合わされて乱暴な音をひっきりなしに立てている右を見ていた。
そう、A組の皆や私たち同率3位組、そして観客が呆気にとられて見ていたのは、雄英体育祭1位という誰もが憧れる場所に立っているにもかかわらず、なぜか太いセメントの柱に胴体を頑丈なベルトで縛り付けられ、更に腕や口を特殊な拘束器具で拘束され、「ん"ん"~~~~~~!!!!」と悪鬼の形相で声にならない唸り声を上げるという訳の分からない醜態を晒している爆豪勝己だった。
――話は数分前に遡る。
爆風で吹っ飛んで気絶した轟は思いの他早くに意識が回復し、一足先に爆破で受けたダメージをリカバリーガールに治癒してもらっていたのだが、ミッドナイトの個性で眠らされた爆豪が目を覚ましたのは、轟の治療が終わり、体力を残して治癒したために左腕に残った傷を覆うように包帯が巻き終わる頃だった。
が、目覚めてすぐ、静かな表情のまま俯いて殆ど反応を寄越さない轟の顔を見るなり、爆豪は表情を怒りに染めて、荒々しく轟に歩み寄って掴みかかろうとした。浅い眠りで鎮火するような怒りでは無かったらしい。ミッドナイトに乞われて保健室まで同行した私が、咄嗟に血糸で爆豪の四肢を絡めとって制止しなければ、掴みかかって罵声の一つや二つ浴びせていたかもしれない。……まあ、爆豪の性格なら殴るような暴力沙汰は起こさないような気はしていたので、その点にかけてはあまり心配していなかったが。
個性把握テストで相澤先生が帯状の拘束武器で爆豪を制止していたのを何とはなしに思い出しながら、まったく大人しくならない爆豪の身体を保健室からスタジアムまで無理やり引きずって
USJ事件の時の相澤先生のように血糸で持ち上げたまま身体をぶら下げて運搬する方法もあったのだが、流石にそれをするとこちらに怒りが飛び火しそうだったのでやめた。爆豪のブーツの底が磨り減っていてもまあ、それは自己責任ということで。
ともあれ、私に強制的に縛り上げられたまま一位の表彰台に立たされ、セメントス先生の作った太い柱にあれよあれよとどこかから出てきた拘束器具によって縛り付けられ(爆豪の爆破の個性を封じる拘束器具なんてどこから出したんだ雄英、というかなんでこんなものあるんだ。小型地雷といい謎すぎる)、暴れてもビクともしない頑丈なベルトと鎖で繋がれた爆豪は怒りと屈辱で未だにいきり立っていた。唯一まともに動かせる頭をヘドバンかと思うようなスピードで轟に向かって上下に振る様は若干、リードを引きちぎらんばかりの勢いで気に入らない相手に襲い掛かろうとする猛犬にも見えなくはない。
「もはや悪鬼羅刹」
「うーん、というか
なんだかなぁ、という視線を向けながら好き勝手呟く常闇くんと私だが、爆豪の耳には入っていないのか相変わらずガッチャガッチャと金属を鳴らして唸り声を上げている。しかし、怒りをぶつけられているはずの轟はずっと無表情で俯いていて、隣の爆豪のあんまりな姿にも、ずっと怒り狂っていることにも目もくれず無反応で、余計に爆豪の一方通行感が涙を誘う。
「メダル授与よ!!今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!!」
まぁそんな爆豪の怒り狂いっぷりに怯む雄英教師陣ではない。ミッドナイトが声を張り上げ、スタジアムの上空、とある屋根を指し示す。誰もが何だ?と視線を向ける先、後光を背に一つの人影が現れた。
まさか、と若干口角を引き攣らせた私の悪い予感は的中し、その人影が大きく跳躍した。
「私が!!!メダルを持って来「我らがヒーロー、オールマイトォ!!!」」
勢いよく回転しながら、マッスルフォームのオールマイトが華麗に表彰台前に着地して台詞を決めたが、残念ながらミッドナイトの口上と思い切り被った。いつもの人々を安心させ、敵に畏怖を与える不敵な笑顔を浮かべてはいるが、跪いて着地した姿勢のまま、ゴメン……と手を合わせるミッドナイトを振り返るオールマイトの頭上に「えっ……」と困惑と無念漂う吹き出しが見えたのは私だけじゃないと思いたい。
……というか、民衆を安心させるためのパフォーマンスとはいえ、心臓に悪いから無理しないでほしい。
「今年の1年は良いなァ」
「オールマイトに見てもらえてんだよなー」
そんな観客からの声が上がり、オールマイトの登場に激しくフラッシュが点滅する中、メダル授与が始まった。
「常闇少年おめでとう!強いな君は!」
「もったいないお言葉」
HAHAHAHA、と高笑いしながらミッドナイトから銅メダルを受け取り、常闇くんの首にそれを掛けたオールマイトは、そのまま離れずに常闇くんを軽くハグすると、その背中をポンポンと叩いた。
「ただ!相性差を覆すには“個性”に頼りっきりじゃダメだ。もっと地力を鍛えれば取れる択が増すだろう」
「……御意」
オールマイトが離れた後、感慨深げに首に提げられた銅メダルを手に呟いた常闇くんを暖かく見守っていた私は、目の前に再び銅メダルを手にしたオールマイトがこちらを向いたのに気付いて、顔を正面に戻した。
「星合くん、おめでとう」
「……ありがとうございます」
目の周りが窪んで影を落としているせいで、トゥルーフォームの時のようにキラキラとした青い目は見えなかったものの、いつものオールマイトの表情がどこか嬉しそうな、誇らしげな表情に見えた。一瞬、メディアの前で「○○少年、少女」の呼び名の法則を崩すのは良くないのでは、と心配が頭を過ぎったが、オールマイトのその密かな表情の違いを見てしまえば、まぁどうでも良いかと思えた。
頭を軽く下げてメダルを受け取ると、軽く屈んだオールマイトの腕の中に引き込まれた。
「轟少年との試合は惜しかったね。頭の傷は大丈夫かな?」
「はい。問題ないと」
「そうか。個性の制御、試合展開の誘導。どれも見事だったよ。これからもたゆまぬ鍛錬を積んでほしい」
「……はい」
オールマイトに褒められ、温かい手に背中を叩かれた私は目元を緩め、ふわりと笑んだ。遠くで激しくフラッシュが焚かれるが、そちらよりも視界の隅に映った、ヘドバンを止めてこっちを見た爆豪にむしろ気を取られた。修羅のように吊り上がった瞳ではなく、妙に静かな目と視線が交差して、そのままオールマイトへとスライドしていくのを見て、あぁ、やっぱり微妙に気にしてたのか、と気付いた。
お昼休憩の時、密やかに話したオールマイトとの関係。血の繋がりの無い、後見人と被後見人。No.1ヒーローと外国の血を引く孤児。世間には秘密の関係だ。あとまぁ異世界人って注釈もあるが、それはトップシークレットだ。
続いてオールマイトが手にしたのは銀のメダル。
「轟少年、おめでとう」
再びバイブのように揺れ始めた爆豪を視界から避けつつ垣間見た、反対側の壇上に立つ轟の表情は静かなままだった。
「決勝で左側を収めてしまったのにはワケがあるのかな」
「緑谷戦でキッカケをもらって……わからなくなってしまいました」
私や爆豪が気になっていた理由について言及するオールマイトに答えた轟の回答は、返答と言うには少し端的過ぎた。
「あなたが奴を気にかけるのも、少しわかった気がします。
俺もあなたのようなヒーローになりたかった。ただ……俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃ駄目だと思った。清算しなきゃならないモノがまだある」
独白のような呟きを溢す轟の表情は、途方に暮れた迷子の子どものようだと思った。
滲み出るさみしさを感じ取ったのだろう。オールマイトは轟の身体を引き寄せて、抱きしめながら言葉を選ぶ。深みのあるバリトンが、穏やかに轟の背中を押した。
「……。顔が以前と全然違う。深くは聞くまいよ。今の君ならきっと清算できる」
そして、轟から身体を離したオールマイトが爆豪へと歩み寄る。ようやく顔を上げた轟も見守る中、噛みつかんばかりに揺れ動いていた爆豪がピタッと揺れるのを止めた。
「さて爆豪少年!っと、こりゃあんまりだ……伏線回収見事だったな」
拘束されたままの爆豪を哀れに思ったらしいオールマイトが口の拘束具を外す。
普通に考えれば、開会式の時の挑発じみた尊大な「俺が1位になる」発言が果たされた今、ただの口だけ野郎ではなく、有言実行のビックマウスだと世間に認識されただろう。オールマイトもきちんと宣言を果たしてみせたことに対して素直に褒めただけだと思うのだが、爆豪はそうは思わなかったらしい。
元々修羅のようになっていた表情が、目が吊り上がりすぎて最早モンスターじみたものになり、ビキビキビキ、と目が吊り上がる音なのか、眉間に皺が寄る音なのか、それとも拘束された腕をどうにかしようと個性でもがいている音なのかよく分からない音を立てながら、爆豪は怨嗟じみた唸りを上げる。
「オールマイトォ、こんな1番……何の価値もねぇんだよ、世間が認めても
「(顔すげぇ……)うむ!相対評価に晒され続けるこの世界で、不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くない」
「(あの顔、こっそり顔すげぇ……とでも思ってるんだろうな)」
「受け取っとけよ!“傷”として!忘れぬよう!」
「要らねっつってんだろが!!」
金色に輝くメダルを掲げるオールマイトを拒むかのように、コンクリの柱に頭を着けて首から下げられないよう必死に抵抗する爆豪。表彰台の段差ゆえに屈もうとしない爆豪の鼻の上あたりにメダルのリボンを引っかけてまぁまぁ、と宥めながらなし崩し的にメダルを掛けようとしているオールマイト。その二人の様子を見て、このまま放っておくとしばらく場が膠着しそうな雰囲気を察知した私は、一芝居打つことにした。
「いや、価値もないとかゴミとかは言ったけど要らないとは一言も言ってないと思うよ、爆豪」
「テメェもいちいち妙に細かいツッコミしてくんなや雪女ァ!!!!」
オールマイトに助け船を出すつもりでしれっとツッコミを入れると、思った通り逆上しっぱなしの爆豪の琴線に触れたのだろう。上手いこと吠えてくれた。その隙を逃さず、セイッと開いた口にリボンを強引に噛ませたオールマイトに爆豪がぎくりと固まった。チョロくて助かる。恨みがましい憎々しげな視線が斜め上から刺さるが、しれっと無視しておいた。
私たち全員にメダルを掛け終えたオールマイトは、生徒、メディア、そして観客の方へと振り返り声を張り上げる。
「さァ!今回は彼らだった!!しかし皆さん!この場の誰にも
No.1ヒーローが語る次世代の希望を想起させるような言葉を前に、それぞれが考えることは分からない。結果に満足していない者、固定観念を壊された者、課題を見つけた者、無念に涙を呑んだ者、後悔と葛藤に胸を痛める者……それぞれがそれぞれ、何かを体育祭で感じ、その気持ちを胸に抱いて、此処から再び走り出す。
何故なら、ここは雄英。私たちの、ヒーローアカデミア。
「てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和下さい!!せーの!!!!」
好敵手と書いて“とも”と読む。
歯が浮くような
オールマイトの掛け声に、返す言葉は一つだろう。
「プル」
「プルス」
「プルスウル……」
「お疲れ様でした!!!!!!!!!」
「プルスウル……えっ!?」
「プルス……」
「そこはプルスウルトラでしょオールマイト!!」
「ああいや……疲れたろうなと思って……」
バリトンが叫んだ予想外の一言に、生徒や観客が一斉にBOOOOOO、と盛大なブーイング。ちなみに私もPlus Ultraだと思っていたのでオールマイトのこの発言にはコケた。ふは、と思わず吹き出す。隣に立つ常闇くんも、腕組みしたままニヤリと笑っていた。
「アハハ……オールマイトらしい」
「確かに」
せっかく良い終わり方をしそうだったのに、天然ボケが炸裂してイマイチ締まらない終わり方で、ハイスクール1年目の体育祭は幕を閉じる。
「おつかれっつうことで、明日明後日は休校だ」
「!!」
制服に着替え、教室に戻って行われたHR。未だに口にメダルのリボンを噛んだままグルル、と唸る爆豪と、骨折のせいでブレザーには腕を通さずに肩に羽織っているイズクの間に座る私は、ちらりとお茶子の前、唯一空席の飯田くんの席を横目で見た。
「プロからの指名等をこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」
そして、運命は少しずつ回り出す。
「兄さん!」
「こら天哉静かに……マスクを……」
同時刻、保須。
兄が運ばれたという病院に辿り着いた飯田は、さんざん移動中に駆け巡った悪い想像やら心配やらに突き動かされるように、手術を終えて
常時集中的な観察を必要とする患者の集まる場所だ、病院の中でも衛生面が特に厳しいICUにマスクも着けず、手指消毒すら頭からすっぽ抜けている飯田の肩を飯田の母が掴むが、目に飛び込んできた厳しい現実に打ちのめされた飯田の頭には届かなかった。
「先程麻酔が切れて目覚めました。まだ朦朧としてますね。……あと2分手術が遅かったら手遅れでした」
傍で電子モニターの中に次々と現れる数値を確認し、術後の異変が無いか確認していた医療従事者が顔を上げ、静かに状況を説明した。
業務上必要な説明だが、最後の一言は無事一命を取り止めたヒーローに対する安堵から滲んだ言葉だったのかもしれない。だがしかし、兄を尊敬してやまない飯田にとってそれは、地獄へと突き落とされるような衝撃を伴う一言として、計り知れないショックの中、胸へと落ちていった。
「……天哉……母……さん……」
飯田にとっての憧れのヒーローたる兄。その彼が、頭には包帯、口元には酸素マスク、腹部には赤と黄色、血と漿液の混ざった液体が滲んだ大きなガーゼで覆われ、ヒーローとして鍛え上げられた身体を取り囲むように、ベッドの周りには電子医療機器がずらりと並んでいる。
ICUの一室。状態の急変しやすい患者が集まるために空気の清潔レベルが手術部に次いで高いこの病棟には、窓から換気をする必要が無いため窓が無い。間違っても埃や細菌が紛れ込んだり長時間とどまらないよう、個室からICUのメインルームへ、メインルームからICUへの外へと空気が流れるよう換気ダクトが調節されているからだ。
時間経過を肌で感じることのできない、白で統一された非日常的な空間。非日常の場である病院でも更に現実味の無いその雰囲気に呑み込まれた飯田は、ぼんやりと焦点の合わない目をして横たわり、掠れた小さな声で名前を呼ぶ兄の姿を見つめたまま目を離せなくなっていた。
「おまえ……みてえな優秀な弟が……せっかく憧れて……くれてんの……に。
ごめんな……天哉。兄ちゃん……負け……ちまった……」
目を離せないまま、衝撃に打ち震え、くちびるをわななかせて兄の一言一言を拾い上げていく飯田の目に涙の膜が張り、ぼろりと零れて地面を濡らした。
のちに、世を大きく動かすきっかけとなるその男。
ヒーロー殺し、“ステイン”。
彼の名が世に出回り始めたのを機に、世界は急速に廻り始める。