人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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隘路に出でれば”laissez-faire”

 

「千晶くん」

 

 

 ことり、という音と共に、視界の端にミントグリーンのマグが置かれ、やわらかな低い声が耳の裏側を通じて響く。ディスプレイから顔を上げて声の方を見れば、トリコロールカラーのマグを手にしたオールマイトが立っていた。勿論、トゥルーフォームで。

 

 自分のマグをちょっと上げる仕草をして、「ちょっと休憩しよう?」と笑顔を見せるオールマイトに頷く。うんと伸びをして固まっていた肩や背の筋肉をほぐしてから、それまでずっと向き合っていたラップトップを閉じる。ゆらゆらと湯気の立つ温かいマグを手に取って、PCデスクからリビングのソファーへと移動した。

 ローテーブルには既に、ラングドシャにビスコッティ、バタービスケットにボックスクッキーといった、よそゆきのクッキーが綺麗に盛り合されていて、女子力……と器のチョイスと盛り方の器用さに何とはなしにギャップを感じる。貰い物なんだけど一人で食べきれないし、湿気ちゃうから一緒に食べよ、と彼が手土産に持ってきてくれたのは可愛らしい装飾のブリキ缶で、これを贈った人はオールマイトの趣味をよく分かってるな、と思った。

 

 

 マッスルフォームや世間のNo.1ヒーローというイメージからは想像しにくいかもしれないが、この人はわりと可愛いもの好きだ。それはお弁当袋のチョイスや、私の為に用意してくれたこの部屋に置く家具を選ぶときも、何かと勧めてきたのがナチュラルテイストの可愛いデザインの木製家具だったことからも明らかだ。クラスメイトがこの部屋を見たら意外、と言われそうな気もしている。

 幸いだったのは彼が完全な少女趣味じゃなかったことだ。中身は25歳ともういい歳なので、この年齢と性格でロリータなフリルの刑は痛い。いや、15歳でもギリギリアウトだが。

 オールマイトがこれなんていいんじゃない、とワクワクした表情で選んだ、彫刻が女性らしい曲線を描いていたり、ワンポイントに小花柄がちりばめられたりと控え目なフェニミンさが漂うデザインの家具が、機能性重視のシンプルなモノトーンのPCデスクやガラスのローテーブルに混ざっているのはそういうことだ。保護者にはつくづく甘い私である。

 

 とはいえ、独り身のオールマイトに4~5人分はありそうな大ぶりのファミリータイプにも見える缶クッキーを贈ったということは、甘いもの好きという嗜好を知る程度にはそれなりに親しいけれど、トゥルーフォームについての秘密に関しては知らない人だろうと推測できる。もしそれを知っていたら、胃を全摘して食事量が一気に減退した独り身のオールマイトに、こんな大きい缶入りのクッキーは持て余すだけだとすぐわかるはずだからだ。

 軽く職業病じみた推測を立てながら、オールマイトの淹れてくれたコーヒーを一口。ギルベルトさんの淹れたコーヒーや紅茶が恋しくなる時もあるけれど、オールマイトが淹れてくれたものも十分美味しい。一息ついて眉間を揉んでいると、オールマイトが小首を傾げた。

 

「珍しいね、君があんなにパソコンに齧り付いて調べものしてるの。何調べてたんだい?」

「あぁ……少し、ヒーロー殺しのことを調べてました」

「!今ニュースで話題になってる、ヒーローを狙った連続通り魔か。相澤くんに聞いたよ、飯田くんのお兄さんがやられたそうだね」

 

 一気に真剣な表情になったオールマイトに一つ頷く。

 

「ええ。それで、少し気になって。これまでの彼が起こしたと言われる事件や地域、出没地点を洗い出して、法則性が無いか分析してました」

「それでこの大量の新聞記事と地図のコピーか……見てもいいかい?」

「どうぞ」

 

 勝手に見たってかまわないのに、四つ折りにされた大判の地図を手にして律儀に了解を取ってくるオールマイトに好ましさを覚えつつ頷く。彼がいそいそと真向かいで地図を広げる間、手持無沙汰になった私はクッキーを摘まんで一口齧りついた。咀嚼。歯触りの良いクッキーがしっかりと磨り潰されて粉になって、喉を滑り降りる頃には、あんぐりと顎が落ちそうなくらいのリアクションを取っているオールマイトがいた。

 

「……コレ、ものすんごいよ。塚内くんに見せたら大絶賛して警察に引き抜こうとするくらいじゃない?」

「そうですか?」

「うん」

「……いつもそのくらいの資料は作戦説明(ブリーフィング)用に作ってたんで。しかもメディアからの情報やネットからの個人の目撃情報だけなんで、元の世界で作ってた資料に比べれば精度かなり低いですよ」

 

 オーバーだな、と照れ隠しに茶化すようにかろりと笑うと、イヤイヤイヤ……とそんなことは無いと言いたげに必死にオールマイトは首を振った。

 オールマイトがクッキーをローテーブルの端に避けて広げた地図には、色とりどりのマーカーが踊っている。市街地でごちゃごちゃとした地図の中、黒いマーカーでバツが付けられているのが目立つ。そのバツの近くを縦横無尽に、密集するように色とりどりのマーカーが線を結んでいる。赤いマーカーのバツ印には他の(ヴィラン)による事件についての概略と日付がメモ付きで示されている。

 そして、線が密集してカラフルになっている市街地から少し外れた四隅に、それぞれ被害に遭ったプロヒーローの顔写真とヒーロー名、事件の日付、現場の状況や普段の業務内容、人柄、略歴などをプロファイルした資料をホチキスで留めてあった。

 

 元の世界に居た時はHLじゅうに散らばった構成員からの情報や、チェインが実際に潜入してもたらされた精度の高い情報を元に、分析と推測を重ねた上での作戦立案だった。世界の均衡を護る以上、情報の違いが明日の世界を崩壊させかねないのだ、精度にはこだわりにこだわっていた。

 けれどこちらではそうもいかない。学校生活を送りながら情報を集めるのには限界があり、代わりに諜報を請け負ってくれるような信用のおける腕のいいツテもない。マスメディアが報道している情報やネットから持って来た、一般人の目撃情報のみのこの地図上の分析は憶測の気が強い。情報の正確さも怪しければ、情報の切り取り方だって、発信者の意図で制限・歪曲されている可能性がある。大したことは無いと思うのだが。

 だが、オールマイトはそうは思わなかったらしい。骨ばった指が、黒いバツ印……つまり殺害されたプロの死体があった事件現場と、その傍を通るカラフルな線をなぞる。

 

「コレ、被害に遭ったヒーローの巡回ルートだろう?どうやって……事務所のサイトに載ってるはずもないのに」

 

 オールマイトの指摘はごもっとも。それならば、と被害者のプロファイルを指先で叩いて示した。

 

「被害に遭ったヒーローは全員、常日頃から市街パトロールを重んじるタイプでした。なので、ネットでヒーローの名前で検索掛けて、事務所のホームページやブログの写真、あとSNSにアップされてる個人が勝手に撮った、そのヒーローが映ってる写真の後ろの建物がどこか、全部地図と照らし合わせて位置を確認。あとは事務所方針や性格を加味して予測しながら線で結べば、大体のルートは暴けますよ」

 

 収集できる情報に限りがあるのなら、簡単な話だ。ちょっと情報収集の仕方を工夫すればいい。

 ヒーローが公務員であり、同じヒーロー同士で食い扶持を稼ぐために競い合う……もっと正しく言うならば、ヒーロー同士が人気と実績を巡って争うという奇妙な社会構造。商品のイメージモデルなどの副業を許された人気商売であり、民衆がヒーローをやたら持ち上げ、頼る習性を逆に利用した。

 衛星写真を利用した某検索サービスのバーチャルマップで、写真に写っている建物の外観を頼りに地図での位置を照らし合わせれば、そのヒーローが日常的にどんな道を通っているかを辿ることができる。建物が街の何処に位置しているかを探すのが少々手間ではあるけれど、普通のパトロールなら敵への牽制に目立つ大通りを中心に見回るだろうと辺りを付ければ、あとは事務所周辺から該当しそうな場所を探すだけだ。

 有名人を街中で見かけたら、写真を撮って見せびらかしたくなる。自慢したくなる。誰かと共有したくなる。そんな、日常で何気なくやってしまうようなこと。それでここまで人間の行動範囲が分かってしまうなど、誰が考えるだろう。ぬるま湯のような、平和と抗争が中途半端なバランスで成り立っている世界で生きている限り、思いつきもしなさそうな利用方法だ。

 

「凄いね……さすが秘密結社の秘書さん……」

「まぁ……毎日犯罪のオンパレードな街で3年暮らしてれば、大体の犯罪者心理も見えてきますから」

 

 小さく肩をすくめてオールマイトの素直な感嘆を躱すと、私は続きを口にした。

 

「しかも全員一人の時に人通りのない路地裏で殺されている。本来、警察から電話で地区ごとに一括で応援要請が来てから動くのがヒーローの基本。でもそういった事務所方針のヒーローは、現れる予測が立てにくい。かといって事務所の近くで張るのは自殺行為。相棒(サイドキック)が大勢現れたら危険ですからね。そういった事をするような短絡的なタイプならすぐに捕まっているはず。

 けれど、現代の情報網でもヒーロー殺しの動向は掴めていない。相当に頭の回る知能犯だと仮定して、この“ステイン”は明らかに邪魔の入らない場所での1対1の状況を狙って襲っている。多分そういった状況で強い個性なんでしょうね」

 

 確実に、効率よくヒーローを殺す、というこの犯罪者の意図が透けて見えるようだった。これは通り魔的な愉快犯だとか、殺しに愉悦を覚えるタイプではない。かといって念入りに準備をして、特定の人物を狙い定めて殺しているのでもない。“偶然目に付いた見回り中のヒーローを路地に引きずり込んで殺した”。伝え聞くわずかな状況証拠を整理しただけでも、そう見える。何らかの理由や信念で動いているのだろうが、それについては考察したって確かめようもないのだから保留にする。そも、どんな理由であれ行いの重要度や罪の軽重が変わるわけでもないのだし。

 

「一対一では絶対的な強さ、もしくはアドバンテージのある個性ではあるけれど、逆に言えば一対多ではあまり役に立たない、奇襲性に特化した個性だろうと予測できます」

 

 ならば、一人で行動しないとか、ある程度の対策は立てようがある。そもそも、無資格で個性を使用した戦闘が許可されていない立場の今は、出くわさないことが第一だが……。

 

「(飯田くんが思い詰めなきゃいいけれど) 」

 

 このタイミングでの一週間にわたる校外学習。しかも、個々人で選択肢の幅は違うものの、ヒーロー事務所を自分の意思で選べ、ヒーローの指示がある場合のみ教育の範囲内で個性の使用許可が下りるという破格の状況。復讐をしに遠出するには願ってもない大義名分。場が整いすぎてしまっている。

 飯田くんの正義感が、家族想いな部分が危ない方向へ暴走しなければ良いのだが……このままブリーフィングに使えるレベルに調べものをして行動傾向を分析している時点で、最悪の事態を想定して動いている自分がいる。使うような事態にならなければそれはそれでいいのだ。ただ、杞憂に終わりそうにない予感がする。

 

 己の身内が脅威に襲われた時。恐怖と衝撃に呑まれた人間は、多くが攻撃的になるか、抜け殻になるかのどちらかに分かれるのだから。

 

 頭が痛い、と眉間に皺が寄るのを自覚しつつもコーヒーを啜ると、広げていた地図を丁寧に折り目に沿って畳んでいたオールマイトが「そういえば職業体験で行く事務所決まった?」と尋ねてきた。それに、私は軽く首を横に振る。

 

「いえ、まだ……あまりにも数が多いので。イズク達に手伝ってもらってある程度は絞ったんですが」

「凄い指名量だったもんねぇ……ベストジーニストやエッジショットとか、それにエンデヴァーなんてトップヒーローから指名が来てたのは流石というべきかな」

「派手に暴れたとはいえ、あの指名率は予想外でした……エンデヴァーから指名されるとは思いもしませんでしたが」

 

 そうぼやくと、何故か奇妙な間があった。

 陰の濃い眼窩の奥、まぁるくなった湖の蒼がこちらを見つめているのを、似たような間抜け顔で見つめてみる。うん?と小首を傾げている挙動を見ていると、トゥルーフォームの痩身も相まって、マッスルフォームの時とはまた違った愛嬌がある。人の()さが滲み出ているのだろう。

 

「なんで?体育祭でちょっと彼と話した時、千晶くんのこと将来有望だって嬉しそうに話してたよ?」

 

 きょとんとした顔で爆弾を投下したオールマイトに、私が頭を抱えたのは言うまでもない。轟のカミングアウトの内容を考えると、エンデヴァーとオールマイトが会話とか、絶対に会話が成立してなさそうだ。想像するだけで頭が痛い。エンデヴァーの神経を無自覚に逆撫でしていくオールマイトの構図は、さぞや周囲の肝を冷やしたに違いない。

 数秒の沈黙の後、膝に肘を立てて顔を覆ったまま、私は歯切れ悪く理由を白状した。

 

「…………、その。轟との対戦直前に、卒業したら自分の事務所に来て轟の嫁と相棒(パートナー)にならないかと言われまして……」

「エッ」

「で、下手に返事して私の経歴を探られるとマズいので、聞かなかったことにします、とバッサリ切って捨てましたし、轟にも負けたので興味が失せるだろうと思ってたんですが……」

「まさかの指名が来た、と」

「はい」

 

 ほんとに、なんで指名してきたんだろう。脱力しながら首の後ろを擦っていると、「まぁヒーローは二人生徒を指名できるから、あながち不思議でもないんだけどねぇ……」と呟いたオールマイトが、苦笑いから一転して明るい表情で、人差し指を一本、顔の横に立てた。

 

「でもアレだね、轟少年と千晶くんがもしペア組んでヒーロー活動したら相性良さそうだよね。パワーの轟少年、テクニックの千晶くん。人気も出そうだ」

「いや、能力の内容ダダ被りですから流石にそれは……」

「そう?増強系の個性とかはよく被るけど」

「それは被るでしょう……」

 

 むしろバラエティに富んだ発動系個性の中で、複合した個性(に見える)能力の半分が被っていたら逆に変に邪推されそうでなんだかなぁという感じなんだが。

 遠い目でそんなことを考えていたら、オールマイトが少し照れたように笑った。

 

「あ、もし千晶くんがこっちで結婚するようなことがあったら、私が後見人として親族の席に着くことになるよね、それはそれで良いなぁ」

「……」

 

 ……それはそれで良いかもしれないとか、一瞬思ってしまった自分が恨めしい。夢物語に等しい可能性であっても、もしそんな奇跡が起こるなら、とほんのわずか、夢見てしまった。結婚に興味はなくとも、ただの星合千晶という個人を愛してくれる無二の人に出会い、それに愛を返せたなら。

 

 

 ……それは、どんなに素敵な事だろうか。

 

 

 いや、それ以前に、親族の席についても良いと思ってもらえるほど、オールマイトに大事にしてもらっていると分かって、少し泣きそうになった。

 

「それこそ、轟少年とだったら美男美女同士だし」

「……あの、ちょっとオールマイト?十歳差だから。見た目は同い年でも姉と弟並みの差だから。精神的に犯罪者の気分になるからヤメテ」

 

 が、ホロリと来る前に心にダメージを負った。感動よさらば。儚い感傷だった……。

 轟戦の直後、リカバリーガールに打ち明けた時もそうだったが、今回は無駄に想像してしまっただけダメージが大きかった。年下が好みか否か、相手をどう想っているか以前の問題だ。たとえ将来は優良物件間違いなしの美少年であろうとも、年齢差とそれを隠している後ろめたさが圧倒的に勝る。

 しかも、列席することになるであろう顔ぶれを、瞬間的に脳味噌が弾き出してしまった。ここぞとばかりに発揮される頭の回転が恨めしい。正直に言おう、……想像するだけで精神が抉れた。オールマイトとエンデヴァーが親族側で列席する結婚式とか……地獄絵図か?私とオールマイトに血縁がなくとも、婚姻でオールマイトが縁戚になると知った瞬間に全力で手のひらを返される未来しか見えない。

 ……そもそもだ、何故皆揃いも揃って私と轟をくっつけたがるんだ。男女の間に芽生えるものが全て恋愛感情ではないだろう。早合点ダメ、絶対。

 

 そんな楽しい(?)恩人との語らいで、その日の夜は更けていくのだった。

 

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