人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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Ring

 職場体験とはいうものの、実際はヒーロー事務所での活動の見学がメインで、戦闘を重視するというよりは、避難活動などヒヨっ子の1年生でも出来る範囲で現場を体験させてもらうことで、これまでメディアを通して見てきた“偶像”としてではなく、いつか自分も為る“現実”として、よりヒーローへの見識を深める目的の行事だ。国内最高峰と謳われる雄英ならではの選択肢の多様さを、活用するもしないも生徒次第。

 

 とはいえ、私――星合千晶がこの行事で得られることとは一体何だろう、という傲慢にも思える考えに至るのは至極当然だろう。子どもらしくないかもしれないが、生憎姿は子どもでも中身は成人済みの、こうして字面で見るとかなり痛い大人である。原因は違えど、蝶ネクタイを締めたサッカーが得意な少年探偵と同じ状況。リアリストである自覚はある。他人よりも人間性が欠けていることも理解している。なんせ、現実を見なければ、あの都市で組織を運営していくなど無理だった。

 されど、組織運営をしていた経験があるからといって、この機会をおざなりに過ごす理由にはならない。ライブラの職務と「ヒーロー」の職務は大体の意義こそ同じだが、許される範囲には大いに違いがあるのだから。怠惰に時間を浪費するぐらいなら、指名率トップに許されたより取り見取りの可能性を、それを掴むチャンスを逃す手はない。

 

 現場で経験を積む――人生の半分以上を人外やら裏社会の人間とのドンパチに費やしているのに何を今更。土壇場で怖気づくなんてのはとっくに卒業している。意義があるとすれば、人の目と法に縛られたこの世界での「ヒーロー」として、目を付けられない程度の立ち回りの境界線を見極めることだろうか。どこまでが法的にも世間的にも許される範囲なのか。座学で学ぶこと全てで現実に対応できているかといわれれば、応えはノーだ。どんなことにおいても、導入はまだしも、最終的に教本や座学っていうものはアテにはならない。物事にはイレギュラーがつきものだ。基本は重要だが、生きる活路はすべて応用にこそある。

 事務所の運営の仕方――見学と体験という、完全にお客様状態で見られる部分は少ないとはいえ、これはまだ多少意義がありそうな気もする。事件解決数ナンバーワンを保つというのは生半可なことじゃないだろう。ライブラにも迫る事件解決数は、ひとつの都市で起きる事件に対処するだけでは、あの数をこなすことなんてできやしない――正直、この世界でHLと同等の解決数と考えるだけで、どんな職場環境だよと寒気がするのだが。公務員で国から給料をもらっているというのなら、当然「報告の書類」は解決数に応じて着いて回るはずなのだから。……あ、ブラックな気配。

 

 まぁ、()()()()()エンデヴァー事務所を体験先に選んだのだが。

 

 

 びゅん、と目の前に迫る風切る鋭い拳を、後ろに倒れ込むようにして最低限の力で避ける。そのまま後ろについた手を支えにバク転。拳の勢いで前のめりになった相手の頚部を、足の側面でガッチリロックする。

 

「うっ!?」

 

 まさかこんな反撃をしてくるだなんて露とも思っていなかったらしい男の呻く声に取り合うことなく、足へと力を籠め、血液の流れを速め、一時的な 筋力増大 (マッチポンプ)を成し遂げる。そして、バク転のモーションから流れるように、気合一閃。

 

「ふっ!!」

 

 まるで旗を振り翳すかのように、倒れる身体を筋肉だけで捩じった遠心力もろとも、軽々と男の身体を投げ飛ばし、床へと容赦なく打ち据えた。

 鞠のように男の身体がもんどりうつのから視線をそらさずに、軽やかに着地。そのまま動きを止めることはせず、鋭く床を蹴り相手に肉薄し、無謀に晒している背中に腕を捻り上げ固定する。それも、下手に暴れれば肩が外れるか神経が腱が切れるような形に。それが痛みの形で分かるのだろう、むやみに暴れることこそなかったものの、ぎち、と鳴るのは筋肉か神経か骨か、あるいは痛みに軋る男の歯か。

 一瞬の間を置いて、やめ、と掛かった声を聞き、私はパッと拘束していた腕を離した。背中に片膝を着く体勢から素早く立ち上がれば、私に圧し掛かられていた男性――エンデヴァーのサイドキックの一人は立ち上がって苦笑した。

 

 

「いや、まいったまいった。油断したわ~、強いな!」

「恐縮です」

「またまた。エンデヴァーさんが期待するわけだ、体育祭を見る限り身のこなしが凄いのは知ってたけど、個性封じた状態であの動きとはね。体術も相当訓練積んでると見た」

「ありがとうございます。個性が遠距離向きでも、近接戦がお粗末じゃ話にならないですから」

「確かになあ。個性が使えなくなっても、足や手が折れない限り体術は窮地でも活きる。ヒーローの基本も基本だな」

 

 

 思うところがあるのか、腕組みをしてうんうんと激しく首肯する男性から目を離し、広々としたトレーニングルームの反対側に視線を向ければ、私たちと同様に 一対一(タイマン)での手合わせをしている轟親子が居た。個性無しでの組手だった私たちとは違い、彼らの周囲には氷と炎が容赦なく散っている。

 

「どうした焦凍ォ!攻めて来い!!」

「くっ!」

 

 炎を纏った拳でラッシュを掛けるエンデヴァーに対し、氷筍で防ぎ、ギリギリで躱していく轟の表情に余裕は全く無い。

 それも当然だ。おそらく轟は、個性の英才教育は受けていても、体術はさほど訓練を受けていない。今までの彼の戦い方を見てきて、そして戦闘訓練、体育祭で実際にぶつかって、そのことを強く感じた。

 

 轟の個性「半冷半燃」は、その内容を厳密に説明すると「左半分の身体から炎を放出することができ、右半分の身体が触れた箇所から凍結させることができる」というものだ。一見万能そうに見える強個性だが、体表近くに纏った炎を腕の一振りで放出は出来ても、熟練度の違いから氷ほどはうまく操れず、指向性をもって自在に這わせることもできない。逆に地面を這わせた氷から氷筍を打ち出して攻撃することは可能でも、掌から虚空に向かって生み出した氷を矢のように一斉掃射することは出来ないという個性を応用できる幅の限界が存在する。

 

 そして、炎と氷という物質は、触媒(油と水)さえあれば簡単に“広がる”性質を持つ。それは間合いを保ったまま中距離~遠距離からの範囲攻撃を可能にし、相手の間合いに入る前に倒してしまえるという大きなメリットをもつものの、裏を返せば“広がりすぎて指向性を持たせにくく、繊細な制御が難しい”という側面がある。同じ炎の使い手であるザップがそのあたりの燃やし分けの調整が上手いのは、カグツチがまず導火線にする血液の糸を敷いてからライターや摩擦熱などの種火をとっかかりに、その範囲だけに業火を出現させるという特性と、そしてなによりザップの、その外見に見合わないコントロールの精緻さから分かる天才性(さいのう)ゆえだ。

 

 そして、触れるだけでダメージを与える炎、動きを止めることのできる氷という物質そのものが攻撃力を持つ複合個性だからこそ、一対多では圧倒的な制圧力を持っていたとしても、閉所での敵味方入り乱れる乱戦では味方への攻撃(フレンドリーファイア)の危険性が高すぎて全く使えないというピーキーさを持っている。その場の状況に極端に左右される点で言えば、常闇くんといい勝負か。

 

 だが、それは個性での欠点の話。それよりももっと致命的なのは体術の稚拙さだ。運命の妙か、個性そのものが強すぎて遠距離からの一撃必殺で終わってしまって、体術がモノを言う接近戦の必要に駆られなかったがための、動きの雑さ。体育祭で戦った時、間合いに入り込んだ後の轟の対応が後手後手に回っていたことからも明らかだ。同世代相手では圧倒的強者であっても、格上と相対した時どうなるのか、簡単に想像がついてしまうからこそあまり考えたくない。

 

 今もそう。

 

 ひときわ大きい氷の盾で無理やり間合いを作り、険しい顔で大きく後ろへ飛び退る轟。が、急ごしらえのせいか、ぶ厚さに欠ける盾は炎に炙られて緩んだところを数発打ち込まれた拳によって壊され、空けた間合いもすぐさま詰められてしまう。一瞬の躊躇い。憎悪というより嫌悪と悔しさを滲ませた目元を歪めながらも、反射的に突き出した轟の左腕から炎がゴウッ、と勢いよく放出される。だが直線的であるがゆえに軌道が読みやすい炎はあっさりと避けられ、エンデヴァーが轟の腕を捉えたところで制止の声が掛かった。

 エンデヴァーから高圧的に改善点を指摘されている轟だが、あんまり聞いていないのか、逸らされた視線がふと合った。いや、怒鳴られているとはいえ指摘されてるとこはもっともだから聞きなさいな、一応。

 

「聞いてるのか焦凍ォ!!!!」

 

 ほら見たことか。

 しれっとした表情でこちらに寄ってくる轟のバックで吠えるエンデヴァーという、何ともコメントしづらい親子の一場面に苦笑するサイドキックの隣で呆れ顔をしていると、私の姿を一瞥した轟が少しだけ首を傾げた。

 

 

「……星合、コスチュームどっか変えたのか?」

「ああ、うん。そういう君は、もう前のデザインが跡形もないね……」

 

 以前は白のシャツとズボンに、どこの異界人(ビヨンド)かとツッコミを入れたい氷のアーマーで左半身を覆っていた轟だったが、炎を多少受け入れた彼はその不気味なアーマーを外し、紺色のツナギに装いを新たにしている。うん、以前のはあまりにダサかったから、今のコスチュームの方がとてもしっくりくる。

 

「炎を使うなら、ヒーターだけじゃ体温調整しにくいからな……ツナギも燃えねえように耐熱性にしてもらった」

「なるほど、背中のベストは体温調節用か。デザインも凄くカッコよくなってるし」

「……前の、そんな駄目だったか」

「うんまあカッコよくはなかったよね!」

「そうか……」

 

 

 本心をそのままバッサリと告げれば、若干轟はショックを受けたようだった。……いや、本当にあの氷のアーマーは無い。今までは嫌悪し否定する炎の問題で、褒め言葉が侮辱の言葉にすり替わりかねないので言うに言えなかったが、せっかくお母さん譲りの美形を不気味仕様にしてしまうのはあまりに勿体なさすぎる。

 微妙になった空気を振り払う為かは分からないが、顔を上げた轟が、先ほどの私と同じように私の全身を確かめてから、ことりと不思議そうに首を傾げた。

 

 

「星合はあまり変えてないな」

「私の場合は、修繕がメインだったからね」

 

 

 元々の本人の希望で作られたデザインの面影もない轟とは対照的に、私のコスチュームは一見するとほとんど変化がない。

 予想通りの轟の反応に、私は苦笑交じりに、燕尾服のように背中側が長く垂れ下がったジャケットの裾を摘み上げ、落とす。視線を落とした先の白いスラックスに、もう赤い花はない。

 

 先日のUSJ事件で早速、脳無の攻撃を受けて脇腹に大穴を開け、新品だったとは思えないほどボロボロの血まみれにしてしまったコスチュームだが、USJ事件の余波が落ち着いたころに作ってくれたサポート会社に修繕を依頼したものが、職業体験前ぎりぎりになって戻ってきたのだった。

 

 わずかに厚みを増し、重くなった――それでもごく最小限の変化に抑えているあたり、この世界の技術力の高さが窺える――サブの指輪の位置を少し弄る。

 五指に着けている指輪全てに出血針が内蔵されているのだが、基本的にクラウスがプレゼントしてくれたメインの指輪しかほとんど使わない。というか十分間に合ってしまう。いくら技術力があるといえど、ラインヘルツ家御用達の、牙狩りの伝統的な武器の生産を担う工房が作った指輪の性能に勝てるはずがない。

 一見すると本当にただの美しい、精緻な細工と小粒でも上質なアクアマリン、エメラルド、ダイヤモンドを配置したダブルリングに見えるのに、出血量調整の容易さを追求し、傷口の消毒と治癒促進の術式が刻み込まれた出血針のギミックには感嘆しか出てこない。しかもオーダーメイドなので術者じゃないと針のギミックは使えないし指輪を外しても針は見えないという安全装置付き。

 そんな世界に二つとない指輪をサンプルとして提出するわけにもいかず、要望のみを伝えただけのサブの指輪の使い勝手が悪いのは仕方ないのだが――それでは勿体無いと、サポート会社に修理を依頼するついでに、あの事件を通して思いついたアイデアを先方に伝えていた。

 

 

「概ね注文つけた所以外は変わってはないけど……ところどころデザイン変えてるあたり研究者って逞しい」

「確かに」

 

 

 修理依頼ついでに小さい変更点を伝えて変えてもらうことは可能かどうかを相澤先生に相談した時、「サポート会社は大体開発大好きな変人の巣窟だから、注文つけてない所までヘンな機能付けられたくなかったら、今のが使い勝手良いから勝手に変えんなって念入りに書き添えておけよ」と忠告されたのだ。

 なんでも、先生の生徒時代に一度、やたらめったら機能だらけのツナギになってしまったことがあるらしい。相澤先生の個性に対する個性を補おうとサポート会社が良かれと暴走したのだろうが、身軽な体術を扱う相澤先生の闘い方を補助するどころか、合理主義の相澤先生の価値観とは真逆を行ってしまったゴテゴテしいアーミースーツ(マイク先生曰く最早アレはツナギじゃなかったらしい)を即日叩き返したエピソードがあったそうで。

 私のコスチュームも指輪くらいしか機能のない、服部分は耐熱耐水耐電性のある、ちょっと丈夫な所以外特筆する部分のないただの服なので、同じ轍は踏ませまいとしてくれたらしい。

 ぴょんぴょん飛び回るときの衝撃緩和のための膝のサポーターや、乗馬服を模したジャケットの裏に色々仕込めるような改造が施されているなどと小さな変更点はあるが、以前に増して動きやすくなっているように感じるし、中学の友達がデザインしてくれたものの原型を壊すほどではないので文句は無い。

 

 USJ事件で私が重傷を負った時のことを思いだしたのか、沈鬱な面持ちでぐっと唇を噛み締める友人に苦笑して、最大の変更点であるサブの指輪のひとつをピンと指で弾いて打ち上げ、落ちてきた所を掴み取る。

 

「問題は、どれだけ実戦で使えるかだけど」

 

 

 色々と制限の多いこちらでの戦闘。それが少しでも楽になればいいのだが。

 轟が不思議そうな顔をする横で、蛍光灯に透かした銀環が鈍くきらめきを放った。

 




○エンデヴァー事務所を選んだ理由
 前回の後書きではメタ的視点で「路地裏の決戦に参加させる上で、グラントリノにもマニュアルにも指名されないだろうしエンデヴァーが一番指名がありえそうだから」という理由を説明しましたが、「星合千晶」の視点から言えば、職業体験では戦闘訓練よりも実際のヒーロー活動や事務仕事などの手続きなど秘密結社の秘書嬢の時とは勝手の違う部分が見たかったため、巷でも割と過激派でヴィラン逮捕数一位のエンデヴァー事務所へ。過激と呼ばれるのはどうしてか、世間一般で言う普通とはどこまでのラインを示すのか。体験に行く理由がとことん子どもらしくない秘書嬢でした。
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