「待っていたぞ、焦凍、星合くん。ようやく覇道を進む気になったか」
「アンタが作った道を進む気は無ぇ。俺は俺の道を進む」
「(ウワァ趣味微妙に悪い)」
「フン、まぁ良い。この一週間でヒーローというものを見せてやろう」
辿り着いたエンデヴァー事務所の高層ビルのような規模の大きさに驚きつつ(HLでライブラ事務所が入ってるビルより高いんですけど)、私たちは色々な意味で熱烈な歓迎を受けた。やたらだだっ広い応接室の真ん中にちょこんと置かれたソファーで簡単なオリエンテーションと事務所の説明を受けた後、普段の活動内容に沿って市内のパトロールと事務所内に併設されているトレーニングルームでの実践を踏まえた組手。特筆するような大きな出来事も、警察からの出動依頼からの大捕り物もなく、つづがなく体験一日目を終えようとしていた夕方。ここに来て今日一番のトラブルに、私は見舞われていた。
ドン、と目の前に構えるは大きな木造の門。年季の入った門構えは古き良き日本文化を感じさせ、これぞジャパニーズワビサビというべきか。門扉は閉ざされているが、さぞ中も和風の豪邸だろうと想像に難くない。
それだけならまだいい。目の前の建物が日本建築であること自体には何の問題も無い。むしろ、日本語を教えてくれたとあるスポンサーの自宅を思いだして少し懐かしさを感じる程度だ。
「……オイ、クソ親父」
「なんだ」
珍しく二の口を継げず、オーマイガー……とだけ内心でボヤいたまま固まる私の隣に立つ轟が、体育祭の時以上のピリピリとした怒気を纏わせながら、かろうじてエンデヴァーへ声を掛ける。地を這うような、おどろおどろしい声で彼は吐き捨てた。
「正気かよ」
立派な門構えに取り付けられたインターフォンの上には、「轟」の筆文字が躍る木札が掲げられていた。
友人の父親の事務所に職業体験に行ったはずなんだが、宿泊先まで何故か友人の実家だった。何を言っているか分からないと思うが、私にも訳が分からない。えっ、おはようからおやすみまでこの一週間、轟親子と一緒……だと……?本気で?
そんなふざけた思考が頭の隅を過ぎるほどに、目下私は混乱中だった。
なにせ、宿泊先に案内すると言葉少なに言われて先導されるがまま歩いたらいつの間にか轟家に到着。轟家に近づくにつれ轟は胡乱な顔をだんだん驚愕と怒りに染めていたが、門扉を潜るエンデヴァーに、私と轟が目を白黒させて顔を見合わせたあたりでお察しである。反応からして、轟も何も知らされていなかった様子。
……さすがに、事前に知ってたら止めてるよなぁ。電車の中でも滞在先について、轟は実家から通うのは当然としても、私は近くのホテルか何かだろうなんて雑談を交わしていたのだし。同じ中学区内なので、私が借りている部屋があるマンションも十分に事務所に通える距離範囲内だ。
職業体験中の生徒の身柄は体験先のヒーローが責任を預かることになっているので、ホテルで過ごす線が妥当だろうと話していたというのに、現実はもっと斜め上だった。同性同士ならまだしも、同級生の実家に異性の同級生を泊めるのはヒーローとしてどうなのか。どうして雄英は許可を出しだんだ。……出したのか?宿泊先についてはヒーローに一任されるとはいえ、これはマズいだろう、教育的に。あと私たちの精神的に!
思わず年甲斐もなく、というか外見年齢に見合った叫び声をあげたくなった。
そんな文句をどうにか前庭の石畳を抜け、轟家の敷居をまたぐ前に胸中でねじ伏せる。任務抜きに知り合いのプライベートな空間に足を踏み入れたのはいつぶりだろうかと考えながら、そろそろと靴を脱いでいたら、背後からぱたぱたと軽い足音が聞こえた。
「お父さん、焦凍おかえり。それにいらっしゃい、千晶ちゃん!」
「冬美さん」
轟とよく似た笑顔に諸手を広げての歓迎に少々面食らいながらも、お世話になりますと頭を下げる。笑顔を見る限り、どうやら冬美さんだけは私が来ることを説明されていたらしい。でなければ、隣に立つ轟がこうも困惑顔を晒すこともなかったはずだ。
「……姉さん、星合のこと知ってたのか」
「あ、うん。お母さんの病室で会っててね」
「……えっと、ごめん。言うのが遅れたのは謝るからそう睨まないで欲しい」
困惑の原因は違ったらしい。轟の指摘に対し、私の目がそろり、とあらぬ方向に少し泳いだ。説明するのを忘れていた辺り、冷静を取り戻していたかに思えた私も大概衝撃を受けていたらしい。
冬美さんとは体育祭後に一度お見舞いに行った時に、初めて顔を合わせた。元々轟から少しは話を聞いていたせいか、それとも中身の年齢が今の冬美さんとほぼ同じだからか、すぐに打ち解けた。すでにアドレスを交換して、冬美さん経由で轟のお母さんへ轟の近況を教える約束をしていたりする。轟は口下手だから、ほんの少しでも10年の歳月を埋めるための、交流材料になればいいと思ってのことだ。
クラウスという万人が恐怖するような眼光の持ち主を見慣れているため、轟のそれは怖くは無いのだが、無言のジト目でずっと穴が開きそうなほど睨みつけられるのは、相手が相手だけにこう、クるものがある。罪悪感で精神をガリガリ削られていくような心地さえする。
後で説明しろよ、と幾分トーンを抑えた声でそう言い添えて普段の目つきに戻った彼と、私たちのやり取りを少し離れた場所で見ているエンデヴァーの視線を感じる中、冬美さんがええと、と戸惑うような声を絞り出す。妙な空気が漂うが、エンデヴァーが私を見て「ついてきたまえ」と燃える顎を廊下の先にしゃくったことでその空気も緩んだ。何一つ状況は改善していないが、渡りに船とばかりに、私は踵を返してずんずんと進んでいく背中を小走りで追う。
「お父さんから聞いてはいたけど、焦凍も千晶ちゃんもお父さんのトコで職場体験とはね」
「……ああ」
「頑張ってね」
そんな会話が姉弟間でされている間、私は滞在の間使わせてもらう客間に通されていた。LDK……和室だから10畳の部屋が襖を挟んで二間続いている。奥の和室には扉の閉じられた仏壇と床の間、ずっしりとした見た目の大きな和机が鎮座していた。どうやら仏間も兼ねているらしい。
私が使わせてもらうのはその手前、押入れがあるだけの簡素な和室だが、基本寝泊まりと職業体験の記録をさせてもらうだけなのだから、十分すぎる広さだ。既に真ん中に置かれていた手ごろな大きさの和机と座椅子に、昔見た日本の旅館のようだなと思ってしまう。
なにせ、轟家ときたらどこぞの旧家か元華族ではと疑いたくなるほどの豪邸なのだ。大きな日本庭園をぐるりとコの字に取り囲むように配置された邸宅は武家屋敷のような見た目でありながら2階建てだ。平屋でも相当な豪邸の部類に入りそうなのに、2階建てなので部屋面積は倍。ドイツの伯爵位を賜っているラインヘルツ家とまではいかないが、なるほどお坊ちゃまという認識はあながち間違いでもなかったらしい。……轟とクラウス、つくづく似ている部分が多いなぁと遠い目をしたくなる。
……座椅子が二つなのには突っ込まないぞ私は。
冬美さんお手製の家庭料理を食べた後、後片付けを手伝おうとしたものの客人だからと真っ先にお風呂を勧められた私は宛がわれた客間で日課である風呂上がりのストレッチをしていた。素足に感じるなめらかなイグサの感触と独特の香りが心地よい。
妙に気張った心と筋肉をほぐすように、大きく開いた脚の間にのっぺりと上体を倒した体勢でしばらく伸びをしていたら、とすとすとす、と近寄ってくる足音を畳越しに耳が捉えた。そのリズムが聞き覚えのあるもので、誰がやってくるのか察しのついた私は起き上がるでもなく顔だけ緩慢に襖の方に向け視線をやった。
足音がすぐ傍で止まり、襖越しに星合?と声が掛けられる。それにどうぞ、と答えれば、一拍置いて襖が開かれた。
「お」
「どうしたの、轟」
向こうも風呂上りだったのか、しっとりと湿った頭で登場した友人が襖に手を掛けたまま固まったのに首を傾げつつ、胡乱な声を上げるとああ、と煮え切らない答えが返ってきた。そのまま踏み込んできて、ストレッチ中の私から少し間を空けた真向かいに腰を下ろす。
「……相変わらず身体、やわらけえな」
「ストレッチは欠かさないからねぇ……んんー、轟もやれば?可動域広くて損は無いよ」
呆れとも感心とも判別しにくい声でのたまった轟に対し、物言いたげな目からして本題がそれではないと察した私は雑談に付き合う。こうか、と同じように腕を前に倒してみる轟の前腕を掴んでサポートしながら、自分は自分で股関節を左右180度に開脚する。
そうして言葉少なに一通りストレッチを終えると、いよいよ轟は口を閉ざしてしまった。しんとした、普段とは違って少しだけ居心地の悪い沈黙が和室に満ちるが、私は体育祭の時に彼に呼び出された時もそうしたように、こちらから話を促すようなことはせず、辛抱強く轟が話し出すのを待った。彼の中で色々と決まるのを待てるだけの余裕があったし、なにより何を聞きたいのかはある程度察しがついていたからだ。
沈黙が途絶えるのに、そう時間はかからなかった。
「……いつから、お母さんのことを知ってたんだ?」
震えてはいなかったが、弱々しい声だった。色々と考えるうちに縁側の方まで出ていった彼の背中を、柱に凭れかかるような体勢で見ていた私は、空を仰ぐ。こつりと後頭部が柱にぶつかる感触を感じながら、静かに瞬く夜の星を見上げた。か細い光ばかりで、空はいっそう暗がりに染まっている。
「USJ事件で入院した時、偶然中庭で会ったんだ。最初は分からなかったよ、名前も知らなかったし」
「……」
「君のお母さんだって確証が持てたのは体育祭の時に君から話を聞いた時だ。君は家族の話はあんまりしたがらないから、今まで黙ってた。体育祭の後も黙ってたのは、君のお母さんから聞いた言葉は、私の口からじゃなく、轟が直接聞くべきだと思ったからだ」
自分で思うよりもずっと硬質な声で、とつとつと言葉を重ねていく。そうでなければ、声に疚しいものが滲んでしまいそうだった。生まれてきてくれてありがとうという言葉が。優しく可憐な、理想的な母親を持つ轟が羨ましいだなんて、悟らせてはいけないと思ったから。望まずすべてを持たされた彼に、何も持ち得なかった私が、言えることでは、ないのだから。
結局、私は羨ましくて、妬ましくて、そして、怖かっただけなのだ。
もっともらしい理由をつけて取り繕ったって、最終的には嫌われたくなくて、見放されたくないがための、ただの醜い保身だ。轟のためと言いながら、結局は自分のためだなんて笑わせる。破滅に向かう、復讐に死に急いで生きる轟を見ていられなかった。
けれどそれ以上に、戦闘訓練の時の、あの凍りつくような敵を見る目で睨まれるのが恐ろしくて、私は口を閉ざしたのだ。
脳裏に、かつて友人だったはずの
――こんにちは。はじめまして、エレンよ!
――クリスといると楽しいわァ。ね、こんどHLブロードウェイに一緒に観劇に行きましょうよ!
――ご同行願おうかしら、貴方たちの持っている情報が必要なの。協力的なら脳を取り出す必要がなくなるわ。抵抗するなら、この場で殺して「持ち帰る」。血も、骨も、肉も、存在の全てをね……
後頭部に、背中に突き付けられた数十の生体銃の銃口の感触を、ヒトの骨や筋肉を利用しているからこそ命を奪う凶器のくせして体温と気配を持った、気味の悪い“生”のなれの果てを思いだす。友人たちの、そして初めて知り合った人間からも向けられる明らかな敵意と殺意の籠った目と、優位を確信した薄笑い。
――残念ながら、闇に連れていかれるのは君たちの方となる
そして、事前に仕込んだ
いつも女性としての魅力を最大限に引き出すために日々努力しているのだと知っていた、綺麗に磨かれた顔を、全身を蝕む霜と恐怖と絶望に真っ青に歪め、涙を浮かべて、縋り付くような、懇願するような、深い深い後悔に染まりきったみどりの目。青紫にひび割れた唇がわなないて唱えたちいさな贖罪の言葉に、気付かないふりをして目をそむけた。逃げるように、もつれて上手く前に出せない脚を叱咤して家を出た。修行の時など目じゃないくらいに、脚が使い物にならなくなって苛立ったのは後にも先にもあの時だけだ。
がらんどうの心で涙も零せない、悲しいとも思えない自分の薄情さをあざ笑うことも出来ないで、ただただ無言でスティーブンと二人並んで、HLの霧混じりの白く曇った夜風をたそがれるように浴びながら二人で時間を潰した。
そうして戻った家のリビングに、少し前までのホームパーティーの賑やかしさは欠片も残っていなかった。30人以上の人がいたことなど全く感じさせない室内。エレンが持って来た黄色いユリの花束も、ラリーが持って来た肉の入ったクーラーボックスも、クリストファーが持って来たボトルも、シンシアの作ったキッシュも、匂いも靴跡も、氷が解けた水も、誰かが零したかもしれないなみだの一滴も、何もかもが。
ワイングラスは曇りひとつ無く磨かれて棚にしまい込まれていて、手つかずのヴェデット特製ローストビーフやポテトサラダ、カナッペが並ぶテーブルだけが、時間に取り残されたおぞましい残骸に見えた。ヴェデットやスティーブンと一緒にキッチンに並んで用意をしている時は、あんなにも幸せだったのに。楽しい夜になると、玄関先での保険を掛ける瞬間までは、信じて疑わなかったというのに。
テレビから吐き出されるバラエティをBGMにしても耳から入った先からすり抜けるばかりで、どちらも口を開かずに、その行為が義務であるかのように料理を食べるだけの作業じみた晩餐は静かで重苦しかった。無理やり口の中に押し込んだやわらかな肉はゴムのように無味無臭で、ただただ私の胃を重くして、吐き気を催す原因にしかならなかった。生きるために犯した罪の重さに喘ぎながら、のうのうといつも通りに
ほんとはあなたをころしたくなんてなかったの、とのろいのように語るみどりの目の亡霊が、あれからずっと、私の心に棲み付いている。
そして、今も。
臆病で相手を信じられないままの自分に、反吐が出る。
「気に障ったなら、ごめんなさい」
心の中で独り、自分への呪いを吐きながらも喉からは謝罪を述べる。こころもからだもてんでばらばらだ。抱えた膝の上に顔を伏せて、腕で覆いつくしてしまえば目を閉じずとも視界は暗がりに染まる。閉じこもるようにさらに目を閉ざした私のくぐもった声の後、数秒の沈黙が落ちた。
視覚を遮断したことでその分だけ鋭敏になった聴覚が衣擦れの音を捉える。気配がこちらに近寄ってくるのを感じ、恐々と目を開くのと、ぽんと頭に温かいものが乗せられたのは同時だった。
「なんでお前の方が辛そうな顔してんだ」
泣き出しそうな、あの体育祭で炎を出した直後と同じくしゃくしゃの表情を浮かべて、轟がすぐそばで膝を着いて笑っていた。その言葉をそのままそっくり返したかったが、込み上げてくるなにかで喉が詰まって声にはならなかった。
するすると頭を撫でていた手のひらが米神を伝って頬に降りてきて、そのまま両手で頬を包み込まれる。大きくかさついた手のひらは、ほっとするようなあたたかさがあった。血の通っている、生きていると実感のできるあたたかさだった。胃の中に呑み込んだ氷を溶かすような、安堵できる温度。
至近距離で覗き込む轟の目は、さながら黒いダイヤモンドとエメラルドのように美しかった。青白い光の中の二色は透明な輝きを放っていて、輪郭がわずかな水気を帯びて水面のように刻一刻と揺らいで姿を変える。波紋の中に居る私が、どこか幼い表情をしているのが不思議だった。
「お母さんに会いに行くとき、すげえ怖かった」
「うん」
「俺の半分はクソ親父で、そのせいでお母さんに愛されなかったんだって……炎を封じて、氷だけで一番になって、
「……うん」
たどたどしい、おぼつかない言葉たちだったが、確かにそれらは轟焦凍の心の叫びだった。少し前までは彼自身も気づかなかった、怒りの氷の奥に仕舞いこんでいた気持ちだった。
胸の前に掲げた手のひらを見つめ、轟は唇を軽く噛みながらも、宣言するように強く言い放った。
「会ったら、この姿がお母さんを追い詰めると思った。きっと悲しませる、怖がらせるって。……でも、“なりてえヒーロー”を全力で目指すなら、逃げてばかりじゃいられねえ」
たとえ望まれてなくても、救け出す。
そう言って開いていた手のひらを、大事なものを掴んで手放さないとでも言うかのようにぎゅっと握りしめる轟を、私はただ静かに見守った。
救け出すと決意しても、十年近くの再会に、恐怖と緊張で指が震えた。自分の出した結論は、本当にお母さんのためなのか。また自分の独りよがりじゃないのか。そんな迷いでぐるぐると埋め尽くされる頭。上手く力の入らない指でドアノブに触れる間際に、胸の内から呼び起こされる声があった。
緑谷と、お前の言葉が背中を押してくれたと轟はうっすらと笑う。
「……私も?」
「ああ」
轟の言葉に、思わず胡乱げに問い返してしまう。
イズクならばわかる。轟の中に積み上がった怒りでできた氷をぶち壊した彼なら、決勝戦でエールを送った彼なら、一歩を踏み出す勇気を貰えたのも頷ける。
だけど私は、何もしていない。何もしていないのだ。年甲斐もなくただ癇癪を起して、言いたいことだけ言って煽っただけだ。他の誰かを重ねて、ではなく、あの戦いの間だけでもいいから、私の事を見てほしかっただけだ。轟の背中を押すようなことなんて、なにひとつしていない。
納得いかない私に反して、轟はただただ、穏やかに笑うだけだ。分からないなら、それでもいい。そう小さく囁く轟に、以前のような人を拒む冷たい翳りはない。俺だけが分かっていればいい、とゆっくりとまばたく黒と翠が語り掛けてくるようだった。
「ありがとな」
それはいつしかの、受け取りを拒否した謝罪に替わる感謝だった。
◇全てを持たされた男の子と何も持たない女の子
以前体育祭編あとがき(06参照)で轟と千晶が「似て非なる存在」として描写していると書きましたが、今回の二人の対話が体育祭編では三人称描写の為に明かされなかった「体育祭の一戦で星合千晶が考えていたこと」の本当のアンサーになります。
牙狩りとしてはあまり珍しくない、孤児で教会育ちという生い立ちは彼女にとって強烈なコンプレックスで、彼女の人生を歪めた特殊な血液を含め、全く素性の分からない生みの親に対する強烈な嫌悪と憎悪、今までも、そしてこれからも無縁だろう、ありふれた幸せな家庭像への諦念じみたあこがれが根底にあります。
だからこそ、生まれたことを祝福されなかった、むしろ忌まれた彼女にとって、轟母の轟へ向けた「生まれてきてくれてありがとう」は衝撃的だった。それが知らない他人に向けられたものだったのならまだよかったのに、その言葉の先に居るのが、過去に囚われたままの友人だったことが、どうしようもなく辛かった。どうしようもない自分の立場と違って、彼はまだあたたかさを失っていないのに、それからすらも目を逸らしていたことが。それゆえに、「私は羨ましくて、妬ましくて、そして、怖かっただけなのだ」「轟のためと言いながら、実は自分のためなんて笑わせる」「臆病で相手を信じられないままの自分に、反吐が出る」という言葉が出たわけです。グロ耐性が高いだけで変なところでメンタルが弱い人。あと自分の容姿の有用性は認めている割に、「自分」という存在に対する自己評価が低くて卑屈(自分の中でだけ発揮する価値観なので他人には分からないため余計にタチが悪い)。
全てを持たされた男の子と何も持たない女の子。似ているようで、欠けている部分は全く違う二人。外面は飄々としていても、内面は顔ほどお綺麗ではない。理想的なリーダーとは相反して、人間臭くて人間不信で臆病な一面の上に、綺麗に塗り固めた仮面を被っているのがスターフェイズの二人だと思っていたからこその一文でした。
轟にはまるっとお見通しだとでもいうかのように、その時の轟の瞳を透して千晶が見た自分の姿は「幼い表情」、見た目相応の表情。感情を隠して笑うのが得意だったはずの彼女をきちんと見たことによって、そこに隠れた辛さを読み取っている轟の成長と、千晶の弱さの露呈の現れでした。
加えて、秘書嬢の人間不信を決定的にしてしまった女性・エレン。彼女はBBB原作3巻『Day In Day Out』でスティーブンの休日シーンで出てくる女性で、れっきとした原作キャラです。ご覧の通り一話限りの登場の敵キャラだけどネ。
秘書嬢とはスティーブン経由で知り合い、人脈と金脈に関してはスティーブン以上の情報を持つターゲットだと分かりながら、油断を誘うために近づくうちに情が湧いてしまって、秘書嬢と友人関係を築いていく過程が演技なのか本気なのか、自分でも判らなくなってしまった可哀想なひと。それでも上からの命令には逆らえず、あのホームパーティーの夜に仲間と生体銃で脅し、優勢を保って交渉を進めようとしたものの、先手を打っていたスターフェイズ兄妹に全身を凍らされ、私設部隊に回収されました。
……とこんな捏造をしているのは、エレンの台詞「協力的なら脳を取り出す必要がなくなるわ」、スティーブンの「問答無用で蜂の巣にしなかった」、そして連れていかれる寸前のエレンの表情が印象的だったからです。特にエレンの台詞は、出来れば殺したくないから協力してほしい、というようにも(かなりポジティブに捉えれば)聞こえたのです。生体銃特有の香りを消すためにいつもの香水を強く吹き付けたのも「気づいて、私にあなたを殺させないで」という本人も気づいていなかった無意識の警告だったのかも。ちなみに黄色いユリ(アニメ参考)の花言葉は「陽気」「偽り」。
このシリーズ、血界に関しては自己解釈やら捏造のオンパレードなのは原作読んでる方ならお分かりかと思います。アニメ2期でホームパーティ回が映像化される前に書いたこの9話で語ったエレンの心情についても完全に自己解釈だったのです。エレンが抱えてた花束もユリかな〜?と思って書いてたんですよ…もちろん原作は白黒なので色も捏造。ですがここでアニメホームパーティ回を見たら
なんと
完全に黄色いユリです本当にありがとうございました…(無事死亡)
万が一ユリであってたとしても、色がつくならもっと死を暗示させるような白か、赤とかピンクとかもっと華やかな色合いが来ると思ってたわ!!!!ちくせう好き!!!!
という感情ジェットコースターを浴びたアニメ2期でありました。ありがとうアニメ。