一時はどうなる事かと思いもしたが、エンデヴァー事務所での職場体験は、思いのほか有意義なものになるかもしれない、という予感が時間を重ねるたびにじわじわ湧いてきた。
体験中の宿泊先がよりにもよって轟家なのは未だに納得がいかないが(轟と喋っていると、時折物言いたげに見つめてくるエンデヴァーと、微笑ましそうな冬美さんの視線を感じる)、学校の座学では知ることができない、実際のヒーロー活動についてのレクチャーや、私たちの戦闘スタイルや補っていくべき点を克服するためのそれぞれに見合ったトレーニングメニュー(昨日は当たり障りが無い感じだったのだが、今日からより具体的になった)、過去に扱った事件とヴィランの詳細についてのプレゼンなどは参考になった。
こちらのヒーロー活動はおおむねライブラでやっていたことと被るのだが、ヒーローは公務員で、貢献度に応じて歩合で国から給与を得ていること、事件発生時は警察から地域で一括に応援要請が来ること、ヒーローの成り立ち故に“副業”が許されていること、ヒーローにはヴィラン捕縛のための個性使用権限はあるものの、逮捕や刑罰行使のための使用は許されていないことなど、色々と有益な情報を得ることができた。
特に最後の情報は私にとって重要だ。体育祭でプレゼント・マイクが言っていたように、ヒーローはヴィランを捕まえる仕事であって殺すことは許されていない。
USJ事件での脳無のようなやたら頑丈な例外でない限り、血界の眷属に対するように即死級の技はポンポン使えないし、ヴィランに対しても死なない程度にかなり加減していく必要がある。一応、加減せずとも威力を押さえて攻撃できる方法を考えてはいるけれども……HLでは世界の均衡を崩さんとしたのだから自業自得みたいな感じで結構遠慮なく凍らせたりしていたのだが、こちらではそうもいかないということだ。スティーブンがしていたように、情報を手に入れるための拷問はもっての外。まぁこちらはヒーローという名称が持つイメージから最もかけ離れているから、当然なのだけれど。
けれど、未知の力を持った敵相手に殺さない程度に対処する、というのは案外難しい。HLでは敵が武装しているといっても程度が知れていた。
要は、会敵したその瞬間に相手の“個性”が何なのか、知る必要があるということだ。なにしろ、シンの“洗脳”のように、初見殺しかつハマってしまうと自力での解除が難しい個性に出くわした場合、状況によっては致命的になりうる。物間くんの“コピー”も、相澤先生の“抹消”も、私の血法が個性ではないがために個性の対象外になるという特性がある以上、立ち振る舞いを間違えれば社会的に抹殺される。
会敵の際に早い段階で相手の個性を見極め、対処を行うのはこの世界の、ヒーローとしての基本。エンデヴァーが過去の事件のプレゼンで特に強調していた言葉を思い出しながら、私は轟邸の宛がわれた客間でヒーロー殺し「ステイン」に関するプロファイリングのまとめに入っていた。
これまでヒーロー殺しが出現した場所は7か所。現代の包囲網でも捉えられない神出鬼没さ、過去17名のヒーロー殺害、23名のヒーローを再起不能に陥れたという参考データの量があったおかげで、かのヴィランの傾向がある程度の精度をもって浮き彫りになっていた。
まず一つ、被害に遭ったヒーローは全員日頃からのパトロール習慣があった。
二つ目、被害者の発見現場の殆どが、人気のない街の死角、路地裏などの狭い空間だった。
三つ目、現代の情報網でも未だにヒーロー殺しの動向は掴めていない。相当に頭の回る知能犯であり、機動力・隠密能力も相当高いと予測される。
四つ目、1対1の状況を狙って襲っていることから、ヒーローに対して単独で襲えるほどの自信がある。その状況において絶対的な強さ、アドバンテージのある奇襲系の個性の可能性が高い。屈強な増強系個性のヒーローを何人か殺している実績を鑑みると、シンの“洗脳”のように強制的に反撃の手を封じられるタイプの個性か。
五つ目、襲っているヒーローの性別、個性、体格、人気などの規則性が一つ目の条件以外ほぼ無い。一対一で圧倒出来る個性にも関わらず、殺害した者と再起不能にした者がいる(都市ごとに分類しても規則性なし)ことから、殺人に愉悦を覚える愉快犯ではなく、何らかの思想・信念を持っていると予測される。しかし襲撃するヒーローに関しては「無差別」。
そして六つ目。7か所すべてが人口密度がやや高い、発展の進んだ都市であること。これはまずヒーロー殺しが「効率よくヒーローを殺す」ことを目的にしていると仮定すると納得のいく理由だ。人口が多いということはトラブルが増える。トラブルが増えるということは犯罪も増える。そうなれば自然とヒーロー事務所は増えるわけで――特定の誰かを狙い定めて殺すのではなく、路地裏などの物陰に潜み、好機を窺いながら、目に付いたヒーローを引きずり込んで襲っていると思われるヒーロー殺しにとっては、遭遇確率が高くなる良い立地条件となる。しかもそういう都市はビル群が立ち並び、そこかしこに人があまり立ち寄らない、路地などの”吹き溜まり”が出来やすく、よりヒーロー殺し好みの条件が整う。
ただし、このヴィランの厄介なところは、良くも悪くも己の力の及ぶ限界を知り尽くしているというか――ヴィランにありがちな自己陶酔的な全能感、無謀さがない。有体に言ってしまえば、勝ち目のなさそうなランキング上位の有名ヒーロー事務所があり、ヒーロー事務所が大小ひしめく大都市は絶対に避けている。
これは「一対一では絶対的な強さ、もしくはアドバンテージのある個性ではあるが、一対多ではあまり役に立たない、奇襲性に特化した個性」だからではないかと思う。これは過去の事件での被害に遭ったヒーローの「斬られたら身動きがとれなくなった」というヒーローの証言から裏が取れた。
事務所が多すぎると獲物は増えるが、その分一対多を相手にするリスクも高くなる。群雄割拠の大都市では事務所と事務所の距離が近すぎて、事務所の無い、襲うのに安全なエリアが限られてしまうのもヒーロー殺しにとっては痛いデメリットだろう。地方ともいえないが大都市でもない、やや発展している郊外が適しているといえる。
そして七つ目――7か所すべてで、ヒーロー殺しは4人以上のヒーローに危害を加えている。
保須では、まだインゲニウムしか被害に遭っていない。
「最悪にも程がある……」
思わずペンを投げ出して、頭を抱えた。
最後の一つに関しては、注意深く調べれば誰でもわかることだ。ワイドショーや新聞でも取り上げられている。ゆえに、飯田くんがあえて保須に職業体験先を選んだ可能性が高い。
理由はただ一つ――イズクにとってのオールマイトに匹敵する、彼の憧れだったインゲニウムを害したヴィランを追うために。
復讐なんて死に急ぐことはやめろと、口で言うのは簡単だ。けれど、駅でイズクから掛けられた心配の言葉に対するあの表情を見る限り、もう言葉で止まる段階じゃあないのは明らかだ。飯田くんの真っ直ぐすぎる性格から考えても、思い込めば思い込むほど思考が過激になっていることだろう。真面目すぎる人間の怒りは凄まじいことを、私は某赤毛の紳士でよくよく知っている。
だが、判明したこのプロファイリングの中身を、メッセージで伝えるのはどうしても憚られた。飯田くんの個性は近接主体。ヒーロー殺しとの相性が最悪であることも含め、殺すことに躊躇のない人間と対敵するのは無謀すぎる。たとえこのプロファイルを見せることで彼の死亡率が減ったとしても、そもそも彼にヒーロー殺しと会敵してほしくない私からしたら、情報を渡すことそのものが飯田くんを破滅への道に落っことす、最後の一押しになりそうで恐ろしかった。
最初から保須の事務所に希望を出せばよかったと後悔しても後の祭り、どうしたものかとばったりと背中から畳の上に身体を投げ出した。目に染みる蛍光灯の光を遮るように目の上に腕をかざしてぐるぐると悩み込んでいたその時、どすどすどす、と重量のある足音が近づいてくるのが畳伝いに聞こえた。
明らかに轟や冬美さんではない足音に身体を起こしたのとほぼ同時に、襖の向こう側に人の気配がした。失礼する、という一言がかかり、返事を待たずに襖が開かれる。……おいプライバシーはどこへ。
「星合くん、明日は――……それは?」
「……ヒーロー殺しについて、自分なりにプロファイリングしたものです」
威圧感たっぷりに何故か自宅でも髭を燃やしたまま登場し、何か言いかけたエンデヴァーだが、その続きよりも机の上に広げたヒーロー殺しに関する資料と地図に興味を持たれてしまったらしい。戦闘慣れしているレベルが子どもらしくないと指摘されたことと、嫁とサイドキックに来いという問題発言もあって、この分析能力は目を付けられると思い、なるべく見られたくなかったのだが――こうなっては仕方がない。
案の定エンデヴァーは興味を示したらしく、ほう、と顎髭の炎を揺らめかせると、敷居を越えて客間に入って来て、資料の見やすい位置でどかりと腰を下ろした。あっこれ長居されるやつ。問題発言を蒸し返されたくなくて、なるべく二人きりにはなりたくなかったのだが。
「君もあのヴィランに目を付けたか」
「友人の兄が被害に遭ったので」
「……インゲニウムか」
ヒーローとは思えない、歓喜に染まったあくどい表情をするエンデヴァーにそっけなく返すと、意外にもエンデヴァーは少し憐れむような、静かな声でぽつりとつぶやいた。意外な表情に思わずエンデヴァーの横顔を凝視すると、私の視線に気づいた彼は誤魔化すようにプロファイルについて説明を求めてきた。
ヒーロー殺しの推測できる傾向、保須で再び出現する可能性が高いこと、また会敵する可能性の高い地域を割り出した地図、考え付くだけの対策を書き連ねた資料を、エンデヴァーに補足説明を交えて見せると、やはりオールマイトの時同様、感心したような顔つきで唸られた。オールマイトに見せた時よりも精度は上がっているとはいえ、不確定要素が大きいプロファイルなので複雑だ。
「良くできている。警察のプロファイリングにも優る出来だ……本当に、学生なのが惜しいほどに」
「……ありがとうございます?」
「どこでこんな技術を学んだのかを聞きたいところだが、それは別に必要でもない。戦闘能力、作戦力、情報収集能力、機動力……学生の域などとうに超えている。既にヒーローとして働くに十分すぎるほどの資質を備えている。ますます、焦凍の傍に相応しい」
「まだあきらめてなかったんですかそれ」
普通は自分のサイドキックにと望むところだろうに、息子のサイドキックに、という野望を諦めていなかったらしいエンデヴァーに呆れた声を出すと、むしろ私の事務所に来たから、体育祭後に考えを改めたのかと思ったがね、ととんでもないしっぺ返しを食らった。
ねーわ、とドン引きした表情で首を振る私にエンデヴァーは片眉を上げたが、特にそれ以上話を掘り下げてくることは無かった。
手の中でプロファイリングした書類の角を揃え、私に差し出したエンデヴァーはにやりと口角を上げながら更にもっととんでもないことを言い放った。
「丁度良い、明日は保須に出張し、ヒーロー殺しを捕らえる予定だった。君のそのプロファイリングも有効活用できるだろう」
「!!」
飯田くんが死に急ぐのを止めに行きたいと思っていた矢先に飛び込んできた、願ってもない話に目を瞠る。そんな私を見て、エンデヴァーはその人相の悪い顔をさらに凶悪に歪ませた。
「折角の出来だ、保須に出発する前に軽い
「え」
「できるだろう?」
「アッハイ」
有無を言わせない声に反射的に返事をすると、満足げに頷かれた。……ええー、プレゼンするぐらいなら職業上嫌というほどやってきたけれど、サイドキックの方々の前でハイスクール生がブリーフィングの主導をするって構図は、流石にちょっと気が引けるのだが。出しゃばりすぎじゃない?大丈夫?と思わずオールマイト(トゥルーフォームバージョン)のようなことを考えてしまう私だった。思い切り影響を受けている。
「焦凍!事件だついてこい!ヒーローというものを見せてやる!」
翌日。前日に云われた通り、私たちは保須への出張活動をしていた。
午前の朝礼後にすぐに保須への出張を宣言したエンデヴァーに促され、ブリーフィングでのプレゼンを行った。ハイスクール生のプレゼンを真剣に聞いてもらえるか少し心配だったが、そこはNo.2のヒーローのサイドキック。むしろ感心されたり、意見交換をできてかなり有意義だった。轟には、お前いつの間に……とジト目を向けられたが。
保須市に到着するなり、街の中心部で轟音と爆発が起きた。真っ赤に染まって少し不吉な夕焼けが街を染め上げる中、黒い爆煙が立ち昇るそちらへ、エンデヴァーとサイドキックの人たち数人、そして私と轟でひた走る。
昔の記憶をくすぐるような、炎の爆ぜる音と焦げ臭い匂いに顔を顰める。ただ事ではない街の雰囲気に気圧されて緊張していると思われたのか、サイドキックの人に大丈夫?と肩を叩かれた。逆隣りを走る轟も心配げに見てくるものだから、大丈夫だと軽く頷き返す。炎に対するトラウマは、HLの喧騒とザップのおかげでほとんど無いと言っていい。ただただ、モノが焦げる匂いが不快なだけで。
そうやって顔を顰めていたその時、ブブ、とコスチュームのジャケットの裏ポケットに入れたスマホが震えた。体験時間中に通知が来ると言うことは、塚内さんかオールマイトかと思いスマホの電源を入れた私は、軽く目を瞠って轟を振り返る。同じようにスマホを見ていた轟にエンデヴァーが「スマホじゃない俺を見ろ焦凍ォ!!」と親バカ(この人は屑だが、本当はただただ親バカが方向性を間違えたまま行き過ぎてるだけなんじゃないかとここ数日で思い始めた)丸出しで吠えるが、それを無視して私たちは頷きあい、くるりと踵を返す。
「どこ行くんだ焦凍ォ!!!」
「江向通り4-2-10の細道。そっちが済むか手の空いたプロがいたら応援頼む。おまえならすぐ解決できんだろ」
背を向けたまま轟が言った言葉に、私は瞬きをした。体育祭が終わる前の轟では考えられない、ヒーローとしてではあるが、エンデヴァーを認めるような発言。たった一言だが、父親を全否定する、と言って憚らなかった人と同一人物とは思えないほどの心の成長が垣間見えた。
「友達がピンチかもしれねえ」
行くぞ、と私をちらりと顧みて走り出す轟に、私はすぐ後を追うことはせずに踏みとどまり、轟に向かって手を伸ばした体勢で驚きの表情のまま固まっているエンデヴァーを見た。
「個性使用の許可を、エンデヴァー」
「む」
「SOSの住所は大通りから少し離れた細道です。敵対しているヴィランがヒーロー殺しかどうかは確証がないですが、もしそうだった場合、状況によっては戦略的撤退が出来ずに応戦しなければならない可能性があります」
クラス単位でのグループトークに一括送信された、端的な住所。差出人は――緑谷出久。
体育祭での轟との鬼気迫る激戦で自己損傷の激しい個性とみなされたのが原因か、ヒーロー事務所からの指名が無かったイズクだが……その後、追加で指名が来たらしい。グラントリノという一年間だけ雄英で教師をしていた、元オールマイトの担任だったヒーローの元に行ったはずなのだが……体験先は山梨県じゃなかっただろうか。何故西東京である保須にいるのかは謎だが、情報はとことん詳細に伝えてくるイズクが位置情報だけ送ってきたということは――それ以外の事を伝える余裕がない、危機的状況に晒されている可能性がある。
個性使用のための免許を持たない私たちがこの職業体験で許されているのは、監督役のヒーローの指示の下での個性使用だ。それ以外での使用は監督不行き届き扱いで監督役に多大な迷惑が掛かる。というか、普通に法律違反で捕まる。エンデヴァーに迷惑がかかる云々よりも、私に良くしてくれたサイドキックの人たちに迷惑の皺寄せが行くのは避けたい。それに、勝手な行動のせいでエンデヴァーに借りを作るのも、出来れば遠慮したい。
「私は勿論、轟にも無茶はさせません。どうしても逃げられない場合の、応援が来るまでの時間稼ぎと自己防衛のための使用許可を」
「……承知した。アレを、くれぐれも頼む」
数秒、鋭い緑眼と私の赤目が交差する。目を逸らさずに返答をじっと待つと、エンデヴァーは燃え立つ炎の奥の目を細めた後、ゆっくりとひとつ首肯した。私に背を向けるエンデヴァーと、困惑顔で私とエンデヴァーを見比べた後、気をつけろよ!!とサムズアップで見送ってくれるサイドキックの人たち。彼らに一つ頷き、私は急いで轟を追いかけた。