人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

56 / 152
路地裏の決着

 白い氷と紅蓮の炎が奔る。その奔流を掻い潜り接近するヒーロー殺しに、轟は表情を歪めた。

 

「氷に、炎」

「(っ……んで避けられんだよコレが!)」

「言われたことはないか?個性にかまけ、挙動が大雑把だと」

「化けモンが……!!」

 

 投擲したナイフが数本轟の腕に突き刺さる。痛みで怯み、一瞬炎が途切れた隙を狙い、ヒーロー殺しはすれ違いざま轟の胸を切り裂かんと長刀を振りかぶる。千晶が血の糸で轟を引き戻そうとするが、それも間に合わないほどの速度で刃が迫る。

 斬られる、と二人が覚悟したその時、逃水の間合いから飛び出してくる気配を察知した。

 

「(効果切れか……)チィ……」

「飯田く……」

「(今ここで立たなきゃ!!二度と!!もう二度と彼らに、兄さんに!)――レシプロ、」

 

 ふくらはぎのエンジン部分が唸りを上げる。千晶ですら辛うじて視線で追えるだけで、反応が追いつかないほどの加速が、不可避だったはずの轟と刀の間に飯田を滑り込ませた。

 

 ――追いつけなくなってしまう!!

 

「バースト!!!!」

 

 韋駄天の如き神速の蹴りが振り抜かれ、ヒーロー殺しの長刀をへし折る。レシプロの限られた時間を無駄にしないようにとエンジンの遠心力でくるりと体勢を立て直した飯田は、再びヒーロー殺しに蹴りかかった。あえなくその蹴りは刀の柄を握ったままの手に遮られたが、蹴りの威力を受けてヒーロー殺しが大きくよろけた。

 

「飯田くん!」

「解けたか、意外と大したことねえ個性だな」

「良かった……」

「轟くんも緑谷くんも、星合くんも……関係ないことで……申し訳ない……」

「またそんなことを……」

 

 拘束が解けたことにほっとしたのもつかの間、再び突き放すような口ぶりの飯田に緑谷が表情を歪ませる。しかし、続けられた言葉は今までのそれとは違っていた。

 

「だからもう、三人にこれ以上血を流させるわけにはいかない」

 

 涙を流した後の腫れぼったい目でヒーロー殺しを見つめる飯田の表情を見て、千晶はもう飯田の中で燃え盛っていた、復讐への妄執がなくなりつつあるのを見て取った。

 へし折られた刀身が遠くで地面に突き刺さる中、一度間合いを取ったヒーロー殺しはフン、と鼻を鳴らした。

 

「感化され、取り繕おうとも無駄だ、人間の本質はそう易々と変わらない。

 おまえは私欲を優先させる贋物にしかならない!“英雄”を歪ませる社会のガンだ、誰かが正さねばならないんだ」

 

 ビキビキと音を立ててこめかみを引き攣らせ、青筋を立てるヒーロー殺しだが、

 

「古い考え方ね……今時無償で誰かの為に身を削れる人間がどれだけいると思ってるのか。ヒーローに対して幻想を抱きすぎじゃない?」

 

 と、バッサリ冷めた目をした千晶がヒーロー殺しの持論を切り捨てた。

 クラウスとオールマイト、無私と無欲の精神で弱きを助け悪を挫く、ヒーロー殺しが言うような“英雄”の体現者を千晶はずっと見てきた。だが、彼らのような存在を知っているからこそ、裏社会を駆け抜けてきた現実主義者(リアリスト)にはヒーロー殺しの持論が、少なくともこの世界では実現不可能な幻想だと感じたのだ。

 

 理想と希望の具現のようなリーダーを支えるにあたって、暗部を司るスターフェイズ兄妹は彼の尊い意志を逆手に取って悪用されないよう、冷徹な手段も取ってきた。人間の欲望、底なしの沼のような本能の坩堝を見続けてきた。全ては、ライブラと世界の為に。

 この世界のヒーローシステムにおいて、報酬なく他人の為に命を投げ出してまで巨悪と対峙できる善人がどれだけいるだろうか。個性出現の黎明期、増加するヴィランに対抗して市民が立ち上がった自警団(ヴィジランテ)なら、安心できる環境を取り戻すための、純粋な正義感による自発行動だけに、ヒーロー殺しのお眼鏡に適う者ばかりだろう。

 

 だが、今は違う。ヒーローが公務員という立場を得て、基本給と出来高制で成り立っている。市民の希望から生まれた副業もだ。それの何が悪いというのか。副業はともかく、働きに対する正当な報酬は当然だ。

 ライブラでは、末端の構成員にさえ、普通のサラリーマンとは比べ物にならない給与を働きに応じて出している。戦うモチベーションを保つには十分な衣食住が必要で、そのためには金銭が必要なのは経済社会始まって以来の当然のサイクル。コミックの中のヒーローでさえ普段はしがない新聞記者だったりするのだ。普通の人間が少し背伸びをして命を懸けて頑張っているのが、今のヒーローだ。

 

 確かにヒーローを目指す理由は人によって千差万別、今の世代はオールマイトの活躍を見て育った子供たちであるから、イズクのようにオールマイトに憧れてヒーローを志したものは多いだろう。中には不純な動機でヒーローを目指した者もいるかもしれない。それがどうしたというのだ。どんなにその動機が間違っていたのだとしても、成していることは社会へのプラスの貢献だ。全力でマイナス方面へ突っ走っている敵に卑下される筋合いなど微塵もない。

 

 

 ――ヒーローになって、お金稼いで……そんで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ!

 

 

 それに、私欲が駄目だというのなら、貧しい家計を助けようとする思いさえ一緒くたに踏みにじるのか。

 お茶子のあの尊い願いさえ、“贋物”などと扱き下ろされているようで、千晶にはひどく腹立たしかった。

 

 

 

「それに、私欲を優先させる贋物が、“英雄”を歪める?」

 

 ヒーロー殺しの言葉を反復した千晶は、氷のような鋭さをもってヒーロー殺しを睥睨する。殺害対象に含まれた飯田と違い、“良い”と見做した相手には話を聞く姿勢を見せていたヒーロー殺しは、怪訝そうにしながらも動こうとはせず、ただただ千晶を見つめた。

 

「それは違うわ、ヒーロー殺し(キリングジャンキー)

 

 片手をポケットに突っ込み、気だるげに、それでいて隙無く優雅に構える少女は朗々と響く声で謳う。軽く頭を振り、乱れた短い黒髪から意志の強さが垣間見えるアレキサンドライトが覗いた。その輪郭が暗がりの光を受けて、緑が滲むように赤を侵食していく。

 

――光に向かって一歩でも進もうとしている限り、人間の魂が真に敗北することなど断じて無い

――例え千の挫折を突き付けられたとしても、私の生き方を捻じ曲げる理由にはならない

 

 精神(こころ)を救ってくれた人と、

 

――私は君を助けたい。……なぜなら、私がヒーローであるからだ

 

 居場所をくれた人、その二人の輝かしい大切な言葉が、千晶の脳裏に思い返される。

 

 

「――本物の英雄なら、周りがどうこうしようが歪まないものよ」

 

 

 どんな悪意と絶望の最中(さなか)に突き落とされたとしても、輝きを失わない二人を。

 

 

 誰かを思い返しているような重みのある声に、一瞬その場にいた全員が息を呑む。

 奇しくもそれはカリスマとも呼ばれる威厳の表れだった。導くものの気質。クラウスやオールマイトのカリスマには及ばないが、千晶(クリスティアナ)もライブラ構成員を率い、取引先との交渉を任されるだけあって、人心掌握術に長けている。こちらの世界ではほとんど発揮されることの無かったそれが、ちりちりと空気を震わせた。

 数秒の沈黙の後、同意したのは轟だった。

 

「ああ……時代錯誤の原理主義だ、飯田、人殺しの理屈に耳を貸すな」

「いや……言う通りさ、僕にヒーローを名乗る資格など……ない。それでも……折れるわけにはいかない……」

 

 切り裂かれた左肩から血が伝い、きつく握りしめた拳からぱたぱたと滴り落ちていく。痛みが伴うはずの握り拳を胸の前まで持ち上げた飯田は、泣き出しそうなのをこらえるような表情をしていた。

 

「俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう」

「論外」

 

 鬼気混じる声でヒーロー殺しが唸った瞬間、炎の渦がヒーロー殺し目がけて放たれた。その炎を放出した轟は自分の拳から出た炎のあまりの大きさに、出力を間違ったかと目を見開いたものの、炎を取り囲むように渦巻く風の帯に気付いて隣の千晶を見た。

 

「斗流血法、シナトベ ――天羽鞴(あまのはぶき)

 

 虚空に伸ばし、擦りあわされた指先。指輪から放出された血が術式によって風属性へ姿を変え、炎の勢いを増す(ふいご)に変わる。血よりも昏く透き通った双眸は頭上より少し高い位置のビル壁を睨んでいて、そこには折れた刀身を壁に突き刺し足場にして、炎の濁流から逃れていたヒーロー殺しが居た。

 風に煽られた炎が勢いを増して、炎から逃れていたヒーロー殺しを飲み込む。しかし間一髪で避けられたのを見て千晶は小さく舌打った。

 それを半ば茫然と見ていたプロヒーローが焦った声を上げる。

 

「馬鹿っ……ヒーロー殺しの狙いは俺とその白アーマーだろ!応戦するより逃げた方がいいって!」

「できればそうしたいんですが、そんな隙を与えてくれそうにないんですよ。さっきから明らかに様相が変わった……奴も焦ってる」

「(血液型っつう不確定要素に近接必須、おまけに持続時間の短さ……個性だけ見りゃ特別強力ってわけでもねえ。多対一なんて最も苦手なパターンだろう。プロが来る前に、この人と飯田を殺そうと躍起になってるんだ……物怖じしてくれりゃと伝えた情報が逆に、奴に本気を出させちまった)」

「……イカレた執着ね」

 

 ヒーロー殺しの様子が変わったことに対して轟が考えを巡らせている中、飯田のエンジン部からボスッ、バスッ、とエンストしたような音が出始めた。

 

「(いかん、レシプロが切れる……!さっきの蹴りで冷却装置(ラジエーター)が故障したか……!?)

 轟くん、星合くん!温度の調節は可能か!?」

炎熱(ひだり)はまだ慣れねえ、なんでだ!?」

「俺の脚を凍らせてくれ!排気筒は塞がずにな!」

「!」

「私がやる、轟は牽制続けて」

「邪魔だ」

 

 轟と千晶の意識が飯田へと逸れた瞬間、鋭くナイフを投げてきたヒーロー殺しに対し、千晶が瞬時に編み上げたシナトベの三叉槍が閃き、轟の左腕を狙って放たれた凶刃を叩き落とす。

 一瞬硬直したような空気の中、その意識の隙間を縫うように「お前も止まれ」と投げつけられた大振りのナイフが、叩き落とす暇も与えず飯田の腕を刺し貫き、飯田の身体を地面に縫い留めた。

 

「ぐっ!!」

「飯田!」

「飯田く……」

「いいから早く!」

「――分かった」

 

 一瞬ナイフに気を取られるものの、熱を持った飯田の脚に千晶が手で触れた瞬間、発達したエンジン部分を覆うように氷が纏わりつく。関節部分を避け、エンジン部だけを重点的に凍らせたことにより、排気筒が再び唸りをあげて律動を始めた。

 

 縫い留めた飯田目がけて落下してくるヒーロー殺しに対して、再び炎と風を放とうと構える轟と千晶から少し離れた場所で、氷壁の陰で蹲っていた緑谷がよろり、と立ち上がる。ようやく拘束が解けた彼は深く切り裂かれた右足を引きずりながらも、死んではいない瞳でヒーロー殺しとの間合いを測った。

 

「(2回!ここから跳んで氷を踏み台に踏み込み2回――行けるか!?

 いや、今は――)」

 

 ナイフに縫い留められた飯田もまた、ふくらはぎから伝わる振動でエンジンの復活を感じて動き出す。

 

「(ありがとう、星合くん)」

 

 自由の利かない手の代わりに、前腕に突き刺さったナイフを口で無理やり引き抜き、大量の血を流しながらも立ち上がった。

 

「(戦うんだ!腕など捨ておけ!――レシプロエクステンド!!)」

 

 

 呼吸を合わせたわけでもなく、けれどほぼ同時に緑谷と飯田が地面を蹴る。

 落下するヒーロー殺しの目は、下から迫り来る飯田と、そして視界の端に飛び込んできた緑谷を同時に捉えた。

 

 

「行け」

「行って」

 

 地上でその光景を見上げる氷使い二人が、確かな信頼を声に籠めて二人を送り出す。

 

 

 ――今は、脚が、拳が、あればいい!!!

 

 

 横殴りの拳が、遠心力を載せた蹴りが、空中で避けられないヒーロー殺しの身体を打ち据えた。

 

 

 

 

「っ!?(出力少しオーバーした!?折れてはいない……よな!?)」

 

 ズキリ、と痛んだ腕に緑谷が顔を顰め、腕を抱えて着地に備える中、気絶したかと思われたヒーロー殺しの三白眼がカッと見開かれた。そのまま折れた刀を飯田に向けて振りかぶるのを見て、即座に轟は炎を、千晶は二人を受け止めるための籠目を編む。

 

「お前を倒そう!今度は……!犯罪者として……」

「(ヤツの動きを止められた!チャンスだ!)畳みかけろ!」

「――ヒーローとして!」

 

 再び飯田の蹴りがヒットし、ヒーロー殺しの顔を地面から伸び上がった炎が包む。衝撃と熱で一瞬呼吸を奪われたヒーロー殺しが白目を剥き、投げ出された身体が力を失う。

 

「!おおお!?」

「はいキャッチ」

「立て!まだ奴は――」

 

 勢いを失った緑谷と飯田の身体を、赤い網が中空で受け止める。その糸の端を握る千晶が指先に絡みついた糸を綾取りのように引き絞ると、巾着の口を絞るように網が閉じた。落下の衝撃で網がたわんでも、宙に二人が投げ出されないよう弾力をもって緩む網は、中の二人の足が着きそうな高さまで落ちると底からプツリと千切れた。

 落下したままの体勢で地面に膝を着いた二人を急かすように、気が抜けたところをヒーロー殺しが再び襲い掛かってくるのを懸念して轟は声を張り上げるが、予想に反して、氷山にうつぶせになってぴくりとも動かない姿を見て声をしぼませた。

 

「……流石に、気絶してる……?っぽい……?」

 

 警戒しつつも、数秒経っても動きのないヒーロー殺しを見て、呆気にとられつつも4人は戦闘の構えを解いた。

 

「じゃあ拘束して通りに出ようか。路地裏に置いたままだとまた目覚めた時に厄介だ」

「だな。なんか縛れるもんねえか、氷結だと目覚めた拍子に身体割れちまうかもしんねえし……」

「念のため武器は全部外しておこう」

「……」

 

 それぞれがヒーロー殺しの護送のために動き出す中、飯田だけが茫然と、氷山にひっかかったままのヒーロー殺しを見つめていた。

 

 




▼ステイン戦
 今回の秘書嬢はかなり消極的な戦い方をしています。というのも、目的が「ヒーロー殺しを倒す」ではなく「ヒーロー殺しを捕らえる権限のあるプロヒーローが現着するまでの時間稼ぎ」であり、勝利条件が「誰も死なせずに時間稼ぎを達成する」だから。敵相手でもうっかりHLの時の癖を出して殺さないように手加減の練習も兼ねて、凍らせるために波濤を放つというよりは、後衛で前衛二人の援護と間合いを詰められないための牽制に徹していました。

 あと路地裏の戦いは原作が最高過ぎて、秘書嬢を差し挟む余地が無かったのが大きいです。もっとカッコ良い戦闘シーンが書けるようになりたい……。
 ステインに気に入られるか殺害対象になるかはかなり悩みました。目的のためなら手段を択ばない、手を染める覚悟も、必要とあらば自分の人間性すら殺してみせる一面も、ステインの言う「英雄」基準に当てはまる一面も、どちらも彼女。人殺しの経験や胸の内に秘める残虐性と冷酷さは飯田くんの自己中心性よりよほど「英雄」から乖離しているのですが、それを隠す仮面が機能しているためステインさん、気付かず。残念。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。