人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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Innocent Insanity

 

「さすがゴミ置き場、探せばあるもんだな」

「轟くん、星合くん。やはり俺が引く」

「君腕グチャグチャでしょ、無理しなさんな」

 

 数分後、後ろ手にした両手首と上半身を、業務用らしき太い縄で拘束したヒーロー殺しを、千晶は轟との二人がかりでズルズルと引きずっていた。半歩後ろを歩く飯田に、軽く頭を振って苦笑する。轟と千晶は片腕だけの負傷に留まっているが、容赦ない攻撃を受けた飯田は両腕をかなり痛めつけられているのが、ひび割れたアーマーを汚す血の量からも一目瞭然だった。

 

「悪かった……プロの俺が完全に足手まといだった」

「いえ……一対一でヒーロー殺しの個性だともう仕方ないと思います……強すぎる……」

 

 そして左足を負傷した緑谷は、ようやく個性が解けて身動きが取れるようになったプロヒーローに背負われていた。

 

「四対一の上に、コイツ自身のミスがあってギリギリ勝てた。たぶん焦って緑谷の復活時間が頭から抜けてたんじゃねえかな、ラストの飯田のレシプロはともかく……緑谷の動きに対応が無かった」

「だろうね。動きのキレが増しても私と轟、イズクに対しては最後まで殺す気が無かった。とはいえ、今回死者がいないのは本当に運がいい」

「……」

 

 淡々と路地裏での戦いを分析する二人の後ろで飯田が俯く。それを気配で感じつつも千晶が声を掛けないまま一行が道路に面した通りに出たその時、反対側の路地裏から黄色のヒーロースーツを纏った小柄な老人がひょっこりと姿を現した。

 

「む!?んなっ……何故おまえがここに!!」

「グラントリノ!!」

 

 老人はこちらを見るなりくわりと大口を開けたかと思うと、機敏に地面を蹴り、プロヒーローの肩に力なく預けていた緑谷の顔面目がけて大きく跳躍した。

 

「座ってろっつったろ!!!!」

「グラントリノ!」

「まァ……ようわからんが、とりあえず無事なら良かった」

「グラントリノ……ごめんなさい」

 

 思い切り顔面にキックを受けた緑谷と、背負われた人間の顔面を蹴れるほどの跳躍をみせた老人を千晶は見比べた。グラントリノ。オールマイトの元担任であり、師匠のひとり。

 この人が……と妙な感慨をもってじっと見下ろす視線に気づいたのか、グラントリノは千晶の姿を見て、フェイスマスクの向こう側の目を丸くした。

 

「お前さんは……俊典(としのり)の」

「細道……ここか!?あれ?」

 

 グラントリノの呟きに千晶が反応する前に、グラントリノが現れた細道とは別の道から、コスチュームを纏ったプロヒーローが数人走り寄ってきた。

 

「エンデヴァーさんから応援要請承った……んだが……」

「子ども……!?」

「ひどい怪我だ、救急車呼べ!!」

「おいこいつ、ヒーロー殺し!?」

 

 困惑を露わにしながらも、5人の怪我や捕らえたヒーロー殺しを見てヒーローたちはテキパキと救急要請をしていく。そんな中、唯一の女性ヒーローに向けて轟が口を開いた。

 

「あいつ……エンデヴァーがいないのは、まだ向こうは交戦中ということですか?」

「ああ、そうだ脳無の兄弟が……!」

「ああ!あのヴィランに有効でない個性(やつ)らがこっちの応援に来たんだ」

「……脳無?アレが出たの」

「う、うん。ホントはグラントリノと新宿に行く予定だったんだけど、新幹線に脳無が突っ込んできたから保須(ココ)で降りたんだ」

「……そう」

 

 千晶も轟も、保須に来るなり生じた爆発音を頼りに現場に急行している途中、緑谷のメールでこの路地裏に来ていたため、何が暴れているのかまでは知らなかった。保須で暴れているヴィランの正体を知り、千晶は難しい表情で黙り込む。それに対しどうしたの?と緑谷が怪訝そうに首を傾げていると、

 

「三人とも……僕のせいで傷を負わせた、本当に済まなかった……

 何も……見えなく……なってしまっていた……!」

 

 それまで黙っていた飯田が不意に、深々と頭を下げた。

 震える声には悔恨と懺悔が滲み、水気を帯びてほとほとと地面へ落ちていく。

 

「……僕もごめんね、君があそこまで思いつめてたのに、全然見えてなかったんだ。友達なのに……」

「――!!」

「しっかりしてくれよ、委員長だろ」

「……うん……」

 

 緑谷が気遣うような声を掛け、轟は慰めとも叱咤ともつかない激励を送り、千晶はただ、苦笑してだらりと下げられたままの頭を優しく撫でた。

 

 

 時間で言えばほんの5分10分程度の戦い。けれど5人にとってはとても長い闘いのように感じていたそれは――まだ終わりではなかった。

 

 

 

 飯田の頭から手を離した千晶と、子ども4人のやり取りを見守っていたグラントリノが、いち早く不穏な羽ばたきの音を捉えた。

 

「!!伏せろ!!」

「え?」

 

 その場にいた全員がグラントリノと千晶の視線の先を振り仰ぐ。その目に映ったのは、蝙蝠のような翅と鳥の鉤爪を足に(そな)えた、脳味噌がむき出しのヴィラン――脳無が、こちら目がけて勢いよく滑空してくるところだった。

 

「ヴィラン!!エンデヴァーさんは何を……」

 

 一瞬の出来事だった。

 鳥が飛び跳ねた魚を捕らえるように、翼をもつ脳無は低空飛行しながら集団から緑谷出久だけを選んで掻っ攫った。

 

「緑谷くん!!!」

「え、ちょっ……」

「(速い!いかん、あまり上空にいかれると俺の個性じゃ届かなくなる!)」

「やられて逃げてきたのか!!」

「わああああ!!」

 

 すれ違いざま、ヴィランの潰された左目から滴り落ちた血が女性ヒーローの頬にかかる。

 連れ去られそうになっていることを自覚した緑谷の叫び声が不吉な空をした街に響く中、

 

 ――マズい!!

 

 と硬直する者、焦りつつもそれぞれの最善手を取ろうと動こうとする者が入り乱れる中で、誰よりも速く動いていた人物が居た。

 

「――撃ち墜とす」

 

 宣言にも似た断定の言葉に籠められた声は力強く、そして普段よりいっそう低く響き渡る。

 瞬きの合間に作り終えた血の弦が引き絞られ、白い手の中で血弓が大きくしなる。番えた矢は波濤を凝縮した威力重視の一矢。放てば間違いなく人体程度なら貫通する威力の代物だが、外した時や誤射で緑谷に刺さってしまうのではという憂慮は、千晶には一ミリもなかった。外すかも、ではなく、当たるし()てる、そんな気概で、彼女は天に弓引く。

 

「天泣」

 

 そして寸分たがわず、放った矢は空を裂き、脳無の腹部を深々と射抜いていた。

 しかし相手は散々手こずった脳無の同位体。超再生で逃げ切られる可能性を潰すため、貫通した箇所から脳無の身体の支配を奪わんとしたその時、轟と千晶の手から縄が離れ、全員の注意が脳無に逸れていたがために存在を完全に忘れられていた男が、リストバンドの中に隠し持っていたサバイバルナイフで手首と身体の拘束を断ち、女性ヒーローの頬に付いた脳無の血を舐め取った。

 

「偽物が蔓延るこの社会も、(いたずら)に力を振り撒く犯罪者も、粛清対象だ……ハァ……」

 

 体の自由を二重に奪われ、羽ばたきをやめた脳無の上昇が一瞬止まり、一気に落下する。それに躍りかかったヒーロー殺しのナイフが、むき出しの脳の中枢を地面に縫い留めるように突き立てられた。

 もう片方の腕で緑谷を小脇に抱えたまま、ヒーロー殺しは喘鳴交じりに唸る。

 

 

「全ては 正しき 社会の為に」

 

 

「助けた……!?」

「馬鹿、人質取ったんだ」

「躊躇なく人殺しやがったぜ」

「いいから戦闘態勢とれ!とりあえず!」

 

「何故一カタマリで突っ立っている!!?」

 

 ヒーロー殺しが緑谷を助けたことにどよめくプロヒーローたちを、低い怒声が叱責した。振り返れば、凶悪な顔を覆うオレンジの炎。目立つ赤髪の、エンデヴァーが目元を怒らせて脳無が居る方角を指差した。

 

「そっちに一人逃げたはずだが!?」

「エンデヴァーさん!!あちらはもう!?」

「多少手荒になってしまったがな!」

 

 駆けつけたエンデヴァーにプロヒーローたちが色めき立つ中、エンデヴァーは目を凝らす。

 

「して……あの男はまさかの……」

「エンデヴァー……」

「うう……放せ……!!」

 

 脳無から今度はヒーロー殺しの手に落ちた緑谷が押さえつける手から逃れようとじたばたともがくが、全く抵抗になっていない。一人人質が捕まっているにもかかわらず、諸共焼き滅ぼそうとでもいうのか、エンデヴァーが右腕に炎を集め、炎を撃ち出す構えを取ったのを見て、グラントリノは「待て轟!!」とエンデヴァーを制止した。

 全員が固唾をのんで見守るその先で、緑谷の背中を抑えつけていたヒーロー殺しが、不意にふらりと立ち上がった。

 

「贋物……」

 

 ぼろぼろになった目出し布が外れ、振り返ったヒーロー殺しの素顔があらわになる。口からだらだらと幾筋も唾液を流したまま、この世の全てを憎むかのような恐ろしい目つきでエンデヴァーを睨み据えた。

 

「正さねば――……誰かが……血に染まらねば……」

「――!!」

「“英雄(ヒーロー)”を取り戻さねば!!」

 

 

 幽鬼のような形相で、ヒーロー殺しは大ベテランのグラントリノや、No2のエンデヴァーすら本能的に気圧され一歩下がるほどの執念じみた気迫を滲ませて一歩踏み出した。

 

「来い 来てみろ 贋物ども

 ――俺を殺していいのは、本物の英雄(オールマイト)だけだ!!」

 

 あまりの威圧に、空気が大きく震えたかのような錯覚を覚え、尻餅をつく者や、身動きが取れずにただただ荒い息を吐き出すことしかできなくなる者が続出した。

 しかし、その後、ヒーロー殺しが踏み込むことは無かった。

 

「……!」

「気を、失ってる……」

 

 エンデヴァーの呟きが引き金になったのか、その場に轟と飯田がくりと座り込み、間近で威圧を感じ取った緑谷は息が上がったまま、大人たちも程度の差こそあれ皆が茫然とする中、

 

「……」

 

 ただ一人だけ、千晶だけが、弓を握ったまま静かな表情でヒーロー殺しを見つめていた。

 蘇芳の目はもうその縁をみどりには染めていなかったし、冷や汗のひとつも、息の一つも零してはいなかった。ただ、その双眸はあまりにも凪いでいて、ヒーロー殺しを映しているようで、何も見ていない、感じていないのではと思わせるような佇まいだった。

 

 座り込んだままの姿勢で見上げた轟には、この時はじめて、彼女のあらゆる全てが、この世界から切り取られているような、逸脱しているような、そんな表現しがたいかたちに「浮いて」いるように見えた。

 

 

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