人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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pros and cons

 空が燃えているような、目を貫くような不吉な赤い夕焼けと曇天の夕暮れは、ビル群と山に埋もれた端々から紺色に侵食されていく。時の流れが元に戻ったかのように、引き延ばしていた時間を取り戻そうとなだれ込むように夜に呑み込まれていく。

 そんな中、保須の街のあちこちで捕らえられた脳無3体とヒーロー殺しを建物の屋上から眺めていた死柄木は、壊さないようにと慎重に握っていた双眼鏡を五指で強く握った。とたん、時計を早回しにしたかのように、握った部分から双眼鏡がひび割れていき、風に乗って崩壊したプラスチックの欠片が散っていく。跡形もなくボロボロの欠片になった双眼鏡を空に捨てた死柄木は、オモチャから興味をなくした、ひどくつまらなさそうな、移り気な子供のような声で「帰ろ」とだけ呟いた。

 それに対し、死柄木の後ろで執事のように黙って付き添っていた黒霧は、帰るためのゲートを周囲の夜に溶け込ませるように開きながら問い掛ける。

 

「満足いく結果は得られましたか?死柄木弔」

 

 それは、先ほどヒーロー殺しに殺された脳無に対して、そしてあの場に居た千晶や緑谷を見て何で居る、何で思い通りにならないと癇癪を起こしていた彼に対しては皮肉とも取れる口調だった。

 

「バァカ、そりゃ明日次第だ」

 

 

 

 

 

 一夜明け、私は保須総合病院の外来に居た。診察を終え、診察券を受付に提出して支払いを済ませると、付き添いの為に隣にちょこんと立っていたグラントリノが行くか、と短く呟いて病棟のある棟へと歩き出した。私も彼の後ろをついて歩く。

 

「しかし、俊典から聞いてはいたが、凄まじい能力(チカラ)だなそりゃ。自分で傷口を塞いじまうのもアレだが、治癒力が半端じゃない」

「血法を使って自分が壊れないように、威力に見合う身体になるよう血が勝手に魔改造するので……」

「まぁ、大事なくてよかったぜ」

 

 知らない間に、オールマイトの方からグラントリノへ私の個性のことは伝わっていたらしい。らしい、というのはオールマイトにもグラントリノにも、どこまで教えた、あるいは聞いたのかも確認を取っていないからだ。とはいえ、血法を「個性」と言わずに能力と呼んだあたりおそらくかなり突っ込んだことまで伝わっているのだろう。できれば事前に話してもいいか確認を取ってほしかったなぁと思うが、それほどグラントリノという人物を信頼している顕れなのだろう。

 個性と色々勝手の違うことを察してくれたのか、グラントリノはそれ以上追及することなく言葉を濁した。

 

 

 一応、昨日の一件については昨日のうちに、診察と治療の合間を縫ってオールマイトに報告した。エンデヴァーの元を離れてヒーロー殺しを迎撃したことについては少し小言を言われたものの、私の中身が大人であること、ほとんど防御と轟たちのサポートに徹していたためか、お説教よりも心配の声の方が多かった。

 ナイフが突き刺さった左腕についてはその場で縫合と止血を済ませていたため、病院で先生方にしてもらったことといえば、傷口から感染していないかだとか、戦闘で貧血ぎみになってはいないかということで血液検査と縫合部の消毒をして、点滴を打って鉄剤を処方されたぐらいだった。

 他の3人が入院なのに対し、一人だけ外来で済んだのもそのためだ。彼らは腕にナイフが刺さったり足や肩を斬られたりしているため、縫合しないといけない。リカバリーガールに出張してもらうほどでもないので、昨日の夜から入院している。こういう時、血法はつくづく便利だ。治癒力の高い身体も。

 

 

 ワンフォーオールのことといい、私の事といい、秘密を話してもいいと思うほどにオールマイトはよほど信頼しているのだな、と、ずっと下にあるグラントリノの頭のあたりを見つめた。

 病院のロビーで待つこと十分ほどで、待ち人が来た。ヘルメットに魚の背ビレのようなモノがついているコスチュームを着ているのは、飯田くんが体験先に選んだノーマルヒーロー「マニュアル」さん、そしてその隣を歩いてきたスーツ姿の犬頭の方が、保須の警察署署長の「面構犬嗣」さんとのことだった。簡単に挨拶を済ませ、イズク達が入院している病室へ向かう。

 

 

 今回のヒーロー殺しにまつわる事件の、顛末の話をするために。

 

 

 

 教えてもらった病室に向かうと、3人の話し声がかすかに聞こえた。ドアノブを開け、グラントリノ達を先に通し、最後に病室に入室する。

 

「おお、起きてるな怪我人ども」

「グラントリノ!」

「マニュアルさん……!」

「星合」

「や」

 

 病院着を着た三人に、包帯を巻いていない方の片手を掲げた。グラントリノがイズクのベッドサイドに向かい、物言いたげな表情で言葉を濁した。

 

「すごい……グチグチ言いたい……が、その前に来客だ」

「?」

「保須警察署署長の面構犬嗣さんだ」

「面構!!署……署長……!?」

「掛けたままで結構だワン」

 

 見た目通りの名前にか、それとも犬面なのに驚いたのか、それとも肩書きかは分からなかったが、足の怪我で立てないイズクが驚く中、来客と聞いてさっと立ち上がった育ちのいい飯田くんと轟に対して気遣いの声を掛ける面構署長。……なんで三茶さんといい、警察関係の人ってまんま動物アタマの人が多いんだか。

 

「君たちがヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒だワンね」

「(署長がわざわざ……なんだ?)」

「(ワン……!!)」

「ヒーロー殺しだが……火傷に骨折と、なかなかの重傷で現在治療中だワン」

 

 真っ先に切り出されたのは、現在のヒーロー殺しの状態。こちらと鉢合わせでもしたらマズいので、別の病院で厳重な警備の中治療中らしい。……そりゃ、ワンフォーオールの拳とレシプロの蹴り、顔面に轟の炎を受ければ重傷だろう。USJ事件の時の私のように折れた肋骨が肺に刺さっていたり、顔面熱傷に伴い、呼吸管理が必要なほどではないが気道も少しやられていたらしい。

 緊張した面持ちの3人を見回しながら、面構署長は静かに言葉を続けた。

 

「超常黎明期……警察は統率と規格を重要視し、個性を“武”に用いない事とした。そしてヒーローはその”穴“を埋める形で台頭してきた職だワン」

 

 これはHLPD(警察)も一緒だ。機動隊はパワードスーツを着たりしているが、あの人外魔境都市でも、ダニエル警部補のようになんら「外」の警察官と変わりない仕事をしていることが多い。秩序の象徴でもあるからだろう。

 

「個人の武力行使……容易に人を殺められる力。本来なら糾弾されて然るべきこれらが公に認められているのは、先人たちがモラルやルールをしっかり遵守してきたからなんだワン。

 資格未取得者が保護管理者の指示なく“個性”で危害を加えたこと、たとえ相手がヒーロー殺しであろうとも、これは立派な規則違反だワン。君たち4名、及びプロヒーロー。エンデヴァー、マニュアル、グラントリノ。エンデヴァーの所に居た二人は事前にエンデヴァーから自己防衛のための個性使用許可指示を受けていたとはいえ、その指示の範囲からやや逸脱した行動もあった……ゆえに、この7名には厳正な処分が下されなければならない」

 

 署長の言葉に、ぴり、と病室の空気が張りつめる。

 逸脱行為は、おそらく顔の火傷のことや私の脳無に対する天泣の一撃のことだろう。確かにあれらは自分の身を護るための攻撃では無かったから。

 固唾をのんで冷や汗を流すイズクを静かに見守っていた私は、轟がいつになく強い語調で「待ってくださいよ」と口を挟んだのに顔を上げた。

 

「飯田が動いてなきゃ“ネイティヴ”さんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ二人は殺されてた。誰もヒーロー殺しの出現に気付いてなかったんですよ。

 規則守って見殺しにするべきだったって!?」

「ちょちょちょ」

「結果オーライであれば規則などウヤムヤでいいと?」

 

 反抗的な口調の轟に対し、面構署長の対応は冷静だった。

 正論で、厳しい一言でもあった。

 

「――……人をっ……救けるのがヒーローの仕事だろ」

「だから……君は“卵”だ、まったく……良い教育をしてるワンね、雄英も……エンデヴァーも」

 

 なお噛みつく轟に対し、偶然とはいえエンデヴァーを引き合いに出すという轟の神経を逆撫でしそうなことを言う署長に、轟の眉が跳ねた。掴みかかりかねない雰囲気を察して、そっと轟の前に進み出る。

 

「この犬――」

「やめたまえ、もっともな話だ!」

「轟」

 

 失礼な物言いをしかけた轟が一歩踏み出す前に、制止の意味を込めて腕を突き出して進路をふさぐ。重ねて名前を呼べば、何故止めると言いたげなオッドアイと視線が交差した。

 

「落ち着きなさいな、まだお話は終わってない」

「けど」

「忙しい署長さんが、わざわざ()()()な話を病室にまで来てする訳ないでしょう。むしろここからが本題のはず。……違いますか?」

 

 威嚇する猫みたいな状態の轟を、落ち着かせる意味を込めてぽんぽんと肩を叩きながら署長を振り返れば、頷きが返ってきた。

 

 

「以上が――警察としての意見。で、処分云々はあくまで()()()()()の話だワン」

「「「!?」」」

「公表すれば世論は君らを誉め称えるだろうが、処罰は免れない。

 一方で汚い話、公表しない場合、ヒーロー殺しの火傷跡からエンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン。幸い目撃者は極めて限られている。この違反はここで握り潰せるんだワン」

 

 そう、一夜明けた今、どこのメディアでもまだ「ヒーロー殺しが捕まった」とは報じられていないのだ。ひとたび洩れればビッグニュース、新聞の一面を飾ってもおかしくない事件にも関わらず一言も話題が出ていないのは、ひとえに目撃者の少なさからだ。脳無が3体暴れていたことから市民の避難がかなり進んでいた状態だったのが大きい。そうでもなければ、たとえメディアの方に圧力を掛けていたとしてもSNSなどで広まってしまっていただろう。

 

「だが、君たちの()()()()も誰にも知られることはない。どっちがいい!?一人の人間としては……前途ある若者たちの“偉大なる過ち”にケチをつけさせたくないんだワン!?」

 

 ぐっと親指を突き立てる署長の動きは先程の厳格さとは打って変わって親しみやすい。その隣で、マニュアルさんが少し大げさな仕草でがっくりと肩を落とした。

 

「まァどの道監督不行届きで俺らは責任取らないとだしな」

「申し訳ございません……」

「よし!他人に迷惑掛かる!分かったら二度とするなよ!」

 

 頭を下げた飯田くんにマニュアルの愛のチョップが入ったところで、私たち四人はよろしくお願いします、揃って署長に頭を下げた。

 

()()()()()で君たちが受けていたであろう称賛の声は無くなってしまうが……せめて、共に平和を守る人間として……ありがとう!」

 

 署長という立場でありながら、私たち学生に対して尊重と敬意をもって接してくれる面構署長はロビーでの初対面から好感が持てる人だった。そうでなければ、轟が噛みつこうとした時に割って入ろうとは思わず静観していただろう。

 深々と頭を下げた署長に頭を下げ返しながら、初めから言ってくださいよとぼやいた轟の脇を、私は作り笑顔を浮かべたまま肘で小突くのだった。

 

 

 

 

「それじゃあ失礼するワン」

「僕も事務所に戻るよ。皆お大事にね」

「はい、ありがとうございました!」

 

 面構署長とマニュアルさんが仕事のために退室した後、入院組3人と話すために少し病室に残ろうと思っていた私は、グラントリノにちょっといいか、と連れ出された。

 不思議に思いつつも後をついていくと、携帯での通話が許可されているスペースに着いた。

 

「俊典に電話しようと思ってな。内容的にお前さんも知っといた方がいいだろうと思って連れてきたんだよ」

「はぁ」

 

 何の事だかと気の抜けた返事をする私だが、グラントリノは気にした風もなく公衆電話の受話器を取ると番号を打ち込んでいった。ちょいちょいと手招きされ、促されるまま受話器の傍で耳をそばだてる。コール音の後、グラントリノ?と聞き慣れた声が耳を震わせた。

 

「おお、俺だ。今大丈夫か?」

『は、ハイ』

「ついでにいい機会だと思ってお前んとこのお嬢ちゃんも一緒に聞いてるからな」

「お疲れ様です~」

「今しがた署長と今回の件について小僧どもに話してきたところだ。緑谷出久!まったく!おかげで減給と半年間の教育権剥奪だ。まァけっこうな情状酌量あってのこの結果だがな。とりあえず体が動いちまうようなとこはお前そっくりだよ俊典!」

『申し訳ございません、私の教育が至らぬばかりで……いやはや』

 

 グラントリノとオールマイトは師弟関係のはずなのだが……なんかえらくオールマイトが畏まっている気がする。電話越しだというのに、ぺこぺこぺこと高速で頭を下げているのではと幻視してしまいそうだ。

 

「まァ教育権なんざ今更どうでもいい。“先代”……志村との約束……お前を育てる為だけに取った資格だからな……」

『その節は本当にお世話になりました。あなたの教えがあって今の私があるというものです』

「その割には忘れとったろ」

『いっいえいえ決してそのようなことは!むしろ記憶を封印していたといいますか……』

 

 記憶を封印するレベルって、どれだけ修業時代怖かったんだ。

 素直すぎるオールマイトの本音に、私は苦笑しグラントリノはオイ、と少し低い声で咎めた。先代ワンフォーオールについては少し興味が引かれたけれど、この場では口を挟まないでおいた。職業体験から帰ったらいつでも聞けるのだから、と。

 

「まァ今回電話したのは他でもない、ヒーロー殺しの件だ。実際に相見えた時間は数分もないが、それでも戦慄させられた。お嬢ちゃんは場慣れしてんのか堪えてなかったがな」

 

 だってああいう手合いは日常茶飯事でしたし。口には出さず、心の中で呟く。

 しょうもないチンピラやマフィアも勿論多かったが、やたら威圧感のある裏社会の人間との遭遇も多かった。あとサイコパス。ああいう常軌を逸した精神構造の奴の方がただ腕っぷしが良い人間よりよほど厄介なのはお察しである。

 ヒーロー殺しの演説に対して周囲が全員ドン引き、あるいは気圧されていたのには気付いていたが、何も思わないものに対してわざと怖がってみせるのもカマトトっぽいというか嘘くさいというか、ただでさえ若返りで精神的にきついのにそんな無駄なところで演技するのもなぁ、と思って棒立ちになってしまった。

 

 

『グラントリノともあろう者を戦慄させるとは……しかし、もうお縄になったのに何が……』

「俺が気圧されたのは恐らく、強い思想……あるいは強迫観念から来る威圧感だ。誉めそやすわけじゃねえが、俊典、お前が持つ“平和の象徴観念”と同質のソレだよ。安い話“カリスマ”っつー奴だ。

 今後取り調べが進めば、奴の思想主張がネットニュース・テレビ・雑誌……あらゆるメディアで垂れ流される。今の時代、善くも悪くも抑圧された時代だ。必ず感化される人間は現れる」

 

 ああ確かに、と声には出さずにグラントリノの言葉に同意する。ああいう信念は感染しやすい。限られた範囲で蔓延しトチ狂った宗教団体の教主と信者のような奇妙なかたちで、爆発的に、それでいて水面下で感染するのだ。しかもヒーロー殺しの罪状を考えると、メディアもそう簡単に鎮火しないだろうし、それに比例してあの男の主張が世の中から風化するにも時間がかかるだろう。つまり、感染するための種まきの時間が長くなるのと同義だ。

 そこまでありありと想像がついて、嫌だなぁ、と遠い目をする私と違い、オールマイトはそこまで想像が出来ていないのか困惑したような声を上げた。

 

『個々で現れたところで、今回のようにヒーローが……』

「そこで“敵連合”だ。繋がりが示唆された……この時点の連合は“雄英を襲って返り討ちにされたチーマーの集まり”から“そういう()()()()()()”だと認知される。

つまり受け皿は整えられていた!個々の悪意は小さくとも、一つの意志の下集まることで、何倍にも何十倍にも膨れ上がる。ハナからこの流れを想定してたとしたら……敵の大将はよくやるぜ。着実に外堀を埋めて、己の思惑通りに状況を動かそうというやり方」

 

 そんなグラントリノの言葉に、だんだんとオールマイトの声にも険が混じる。

 

『……やな予感はしていましたが……』

「ああ。おれの盟友でありお前の師……“先代ワンフォーオール所有者志村”を殺し、お前の腹に穴を開けた男……“オール・フォー・ワン”が再び動き始めたと見て良い」

 

 オールフォーワン。ワンフォーオールと普段セットで使われ、元ネタである三銃士ではいい意味で捉えられるそれは、おそらく文語的な意味ではなく誰かの存在を指し示しているのだろうと容易に察せた。全てはひとりのために。単品だと不穏な字面にも見えてくる。まして、オールマイトの腹に穴を空けたとなると相当だ。

 

『あの怪我でよもや生きていたとは……信じたくない事実です』

「……お前のことを健気に憧れているあの子にも、折を見てしっかり話しておいた方がいいぞ。お前とワン・フォー・オールにまつわるすべてを」

 

 イズクの事を言っているのだろうその言葉に、いっそうのこと敵連合への警戒を強めた方がいいと気を引き締めていると、一瞬グラントリノから物言いたげな視線が向けられた。すぐにそれは逸らされ、手短なあいさつと共に通話を終えた。

 

「オール・フォー・ワンについては俺からよりも、当事者の俊典から聞いた方が良いだろうな。怖気づいて肝心なことを言わんかもしれんが」

「はい、そのつもりです」

「……それにしても……お前さん、ずっと浮かない顔だな。何か気掛かりな事でもあるのか?」

 

 グラントリノに合わせてしゃがみ込んでいた膝を伸ばそうとした矢先に心の中の懸念を言い当てられ、立ち上がるのを止めることこそしなかったものの、数秒黙りこくった。

 

「……敵連合がヒーロー殺しと繋がったのは、おそらく私対策だろうな、と」

「ん?……あぁ、そういうことか」

 

 一瞬怪訝そうな顔をしたグラントリノは、得心がいったように頷いた。

 

「USJ事件の時は間違いなく、敵連合はまだヒーロー殺しとは手を結んでいなかったと思います。あの個性は多人数を相手にするには全く向いてない。乱戦に放り出してもあの個性を十全に活かしきれない。

 首謀者の死柄木の性格傾向からすれば、私の個性に手こずったのなら「アイツがいればこんなやつ倒せたのに」といった言動が出そうなのに、一切なかったことから考えても、ヒーロー殺しと敵連合が手を結んだとしてもここ最近。あの破壊衝動を振り翳したいだけの子ども大人の思想にヒーロー殺しが従うとも思えないので、今回脳無が暴れたのは死柄木弔の嫌がらせでしょう。

 それでも、あの個性は私を殺すに余りある。少しの損傷ならこうやって自分で縫合したりして取り返しがつきますけど、個性で動けなくされた状態で抗凝固剤を投与されたら、反撃の手立てもなく死に至る」

 

 血液を武器にする牙狩りの性質上、抗凝固剤は弱点のひとつでもある。凝固能力を血法で強化し、武器にできるだけの鋭さと硬度を作り出しているため、抗凝固剤で凝固作用を阻害されると武器の切れ味が格段に落ちる上、対象に当てただけで刀身がくにゃくにゃに折れ曲がる。……何で具体的に知っているかというと、ザップが実際にそうなったのを知っているからだ。嫌な事件だった……。

 抗凝固剤でまともに反撃が出来ない状況にされ、なおかつ止血もままならない状態でヒーロー殺しに血を舐められて身動きの取れない状態にされれば、逃げることも出来ずその場で殺されるか、出血死するまで放置されるかの二択だっただろう。

 そもそもヒーロー殺しの個性発動中は血法の発動も出来なくなる可能性を考えれば、抗凝固剤を打たずとも止血出来ずに死ぬ気はする。

 

 

 ……まぁ、死ぬだけならまだいい。いや全く良くないが、それ以上の嫌な展開も、私の頭の中には存在していた。

 

 

 

 ――脳無の身体には、全く別人のDNAが少なくとも4つ以上混在していることが分かった。

 

 エンデヴァー事務所で休憩中に塚内さんから掛かってきた不穏な電話。敵連合対策本部に所属する多忙な塚内さんがわざわざ電話を掛けてくるのは珍しかったから、電話を取った時点で厄介事かと覚悟はしていたが、内容が予想以上に不穏だった。

 

『色々試したんだが、奴は口がきけないとかじゃなくて、何をしても無反応。文字通り思考停止状態。素性を調べるためDNA検査をしたところ、傷害・恐喝の前科持ち……まぁチンピラだ。そして、奴の身体には全く別人のDNAが少なくとも4つ以上混在していることが分かった。

 複数の個性に見合う身体にするために、全身を薬物などで弄った改造人間。それが脳無の正体だ。

 脳の著しい機能低下はその負荷によるものだそうだが、問題はDNAの件……個性の複数持ちの方だ。DNAを摂り入れたって、馴染み浸透する特性でもない限り、個性の複数持ちになったりはしない。……つまり、個性を与える個性が敵連合側に居る』

 

 HLでは脳味噌だけ取り出してそこから情報を抽出する、なんて穏やかでない技術が異界から持ち込まれていたものだが、こちらの世界でも個性を複数持たせて、あまつさえそれに見合う身体に改造できるというのは闇医者の技術レベルとは思えないほど高度で、やはり普通ではないのだという。

 だが、私の場合の脅威はむしろ、

 

『職業体験、気を付けて。君はUSJの一件で、おそらく死柄木に目を付けられている。君の能力の特性がバレるのもマズいが、連中が君を脳無の材料として狙ってくる可能性もある』

 

 

 奴らの手駒に利用されることのほうが、何倍も恐ろしい。

 あの脳無の身体のベースは、おそらく一人ではない。4つ分の個性に見合う身体にするために、DNAだけではなく身体も継ぎはぎに取り込んでいる可能性は大いにある。

 そして、私の脅威性は攻撃の多様さと殺しにくさにある。敵に回せば厄介、しかし味方にすればこれほど頼もしい――あるいは、使い勝手のいい駒もない。牙狩りの時からずっとそう評価されてきたのだ、本部が私に執着するのは、二段階属性以外にもそういった一面があるからだった。

 過去に相澤先生の「抹消」をこっそりひっそり実験に使い、個性に対し干渉する個性は私には無効だと分かっている以上、血法が抜き出されることは絶対にないと分かっているが、抜き出せないのならば与えてしまえ、と逆に器の方で利用されかねない。雄英や社会に与えるダメージは、チンピラの容姿の脳無よりもよほど凶悪で、効果覿面だろう。想像するだけで悪寒がする。

 

 敵にヒトの使い勝手のいい部分だけ抜き取って操り人形にする技術が可能な環境が整っている以上、警戒するに越したことはない。そう思っていた矢先にこれだ。

 だから、イズクから保須で暴れていたのはヒーロー殺しだけではないと聞いて、思わず被害妄想じみた、無駄な勘繰りを巡らせてしまった。私が現れるからと、保須にヒーロー殺しと一緒に脳無をけしかけたわけではないだろうとは、時系列を考えれば自明であっても。恐らく、死柄木も私やイズク達が現れるとは夢にも思っていなかっただろう。流石にどこの事務所に職場体験に行くかなど知っているはずもないし、もし万が一知っていたとしても、エンデヴァー事務所から遠く離れた保須に現れるなど予測も出来ないだろう。出来てたら、流石に子ども大人のレッテルを撤回せずにはいられない。むしろ物凄く警戒する。

 

「そういう意味じゃ、今回の一件でヒーロー殺しを捕まえられたのはラッキーだったな」

「ええ。ヒーロー殺しと脳無のセットだったら、流石に4人がかりでも時間稼ぎすら難しかったでしょうし」

 

 あの攻防は、ヒーロー殺しの個性の特性ゆえに何とかギリギリ保てていた、奇跡的なバランスだったのだ。それにやたら頑丈でやたらしぶとい厄介な脳無がセットで襲い掛かってくるなど、悪夢以外の何物でもない。重々しく溜息を洩らす私に、グラントリノはからからと笑った。

 

 警察で事後報告がまだあるというグラントリノとはそこで別れ、3人の病室に戻った私は、ハンドクラッシャー、と謎の単語を呟いて大爆笑しているイズクと飯田くん、そして大量の冷や汗を掻きながらも負傷した腕を見つめている轟という、謎のカオス空間に首を傾げることとなる。

 

 

 




 次回予告

通訳(レオ)不在のため異界産ちょっと不思議なコンニャクを食べています。

「やあ!音速猿のソニックだよ!
 またあの仮面を被った怖い人の所にどうやってか連れ去られちゃったんだけど、その人が見てるテレビに、なんと、ちょっとちっちゃくなったクリスさんが映ってたんだ……!!

 少し前、この仮面の人が起こした騒動で居なくなっちゃったクリスさん。レオやミスタークラウス、スティーブン氏、ライブラの皆がどんなに走り回って、人脈を当たって手を尽くして探しても見つからなくって、行方不明ってことになったんだけど……皆クリスさんが大好きだったから、今でも時々皆の顔が暗くなるんだ。生きてるのか、死んじゃったのかすら分かんなかったから。でも、ちゃんと生きてた!良かった!

 でもレオに知らせるためには、ここからレオの元に帰らなきゃいけないんだけど……僕、無事にこの人の元から帰れるのかな?

 次回の「人魚姫は英雄の夢を見るか?」は期末試験編をお届け。クリスさんのハイスペックが唸るぞ!」


(※10/13 次回予告を変更)
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