置き去れなかった過去のこと
「ヒーロー殺し逮捕だって!すげぇすげぇ!」
「マジ!?誰が倒したん!?」
「安心したけどなんか残念~」
「あ、それわかる」
雑踏の中、人目を避けるように、ひしめく人の群れをすり抜けるように歩く。通りがかったビルの街頭パネルに映し出されたニュースの特番に、私は耳に嵌めていたイヤホンを抜いて見上げた。
『──ヒーロー殺しの犯行と同時刻に暴動を起こした三人のヴィランは、いずれも住所・戸籍不明の男。その外見的特徴と、NHAテレビが偶然とらえた二人の男の姿から、先月、雄英高校を襲った“敵連合”との繋がりを指摘する声も上がっています』
『“オールマイト”以降の単独犯罪者では最多の殺人数。犯罪史上に名を残すであろうヴィラン、“ヒーロー殺し・ステイン”。犯行の詳しい動機など、追って詳しくお伝えします──』
CMに切り替わるモニターから視線を外し、再び駅へ向けて歩き出す。イヤホンから流れる英語に身を任せるようにして、無邪気で無頓着で、どこまでも他人事な人々の声を掻き消すように。
このニュースを見る人間のうちの何割が、この報道がもたらす影響を考えるのだろう。視聴率にこだわるがゆえに、間接的に悪意を世にばらまき伝染させる演説、あるいは静かに変わりゆく世の中への、警鐘と捉えるのか。ヒーロー殺しの素性を暴くことで、動機となるあの仄暗い信念は世の知ることとなる。
これを仕向けた、死柄木のバックにいる黒幕はさぞや喜んでいるだろう。上手くいったとほくそ笑んでいるのだろう。策は成った。光に誘われる蛾のように、各地にバラバラに潜む“悪意”が、一つの熱にあてられて動き出す。
ヒーロー殺しが所属していたと
「アッハッハッハッハ!!!マジか爆豪!!」
「笑うな!クセついちまって洗っても直んねえんだ、オイ笑うなブッ殺すぞ」
「やってみろよ
職業体験が終わった翌日、登校してきた爆豪を見るなり瀬呂くんと切島くんが爆笑していた。そちらを見れば、見事な8:2分けのヘアスタイルにかっちり固めている爆豪がいた。……違和感が凄い。引き笑いをしている二人に怒りが爆発したことで、爆豪の髪もBOMB!と噴火してすぐに元に戻っていたが。
「へえ~、ヴィラン退治までやったんだ!うらやましいなあ!」
「避難誘導とか後方支援で、実際交戦はしなかったけどね」
「それでもすごいよー!」
「私もトレーニングとパトロールばかりだったわ。一度、隣国からの密航者を捕らえたくらい」
「「それすごくない!!!???」」
職場体験の時のことで盛り上がっているのはミナとキョウカ、そして梅雨ちゃん。……あれ、エンデヴァー事務所じゃ、確かにトレーニングやパトロールもしたけど。場面によってはむしろ積極的に行動推奨されてたんだけれど。……ヴィラン逮捕に積極的で知られるエンデヴァーだからこそだったのか。
「お茶子ちゃんはどうだったの?この一週間」
「とても……有意義だったよ」
「目覚めたのね、お茶子ちゃん」
「バトルヒーローのとこ行ったんだっけ」
職場体験に行く前とは見違えるような体重の乗った素早いパンチの腕捌きとお茶子のただならぬ雰囲気に、隣に立っていた私は苦笑する。有意義だったのなら何よりである。
「たった一週間で変化すげえな……」
「変化?違うぜ上鳴。女ってのは……元々悪魔のような本性を隠し持ってんのさ!!」
「Mt.レディのとこで何見た……」
チッチッチ、と指を振った峰田が、焦点の合わない虚ろな目をしながら爪をガジガジと齧るさまに、見かねた上鳴くんがトランス状態の峰田の腕を掴んでやめさせながら、話題を変えるような明るい声を出した。
「俺は割とチヤホヤされて楽しかったけどなー。ま、一番変化というか、大変だったのはおまえら四人だな!」
その一言に、私と、飯田くんたち3人に視線が集まった。
「そうそう、ヒーロー殺し!」
「命あって何よりだぜ、マジでさ」
「……心配しましたわ」
「はは、心配かけてごめん」
「エンデヴァーが救けてくれたんだってな!さすがNo.2だぜ!」
クラス中から飛んでくる心配とエンデヴァーへの賞賛の声に、轟の反応が心配になってちらりと表情を窺ったが、予想に反して表情は静かだった。
「……そうだな、
「うん」
いろいろな意味の籠った一言だが、ニュースで顛末を知ったクラスメイト達が真相を知ることはない。知らなくていい。飯田くんの復讐というあやまちも、私たち4人が、からくもヒーロー殺しを退けたことも。
「俺ニュースで見たけどさ、ヒーロー殺し、ヴィラン連合とも繋がってたんだろ?もしあんな恐ろしい奴がUSJ来てたらと思うとゾッとするよ」
尾白君の見解を聞いて、私は窓枠に背を凭れながら遠い目をした。
世間ではまことしやかにヒーロー殺しとヴィラン連合が繋がっていると噂されているが、私はあまりそうは思っていなかった。少なくとも、USJ事件の時には繋がりすらなかっただろう。それほどまでに、幼稚な言動の死柄木と執念じみた信念の男だったステインでは全くそりが合わない。そもそも、死柄木のようなヴィランはステインの最も嫌う人種だろう。信念無き者に価値などない、それがステインの主張なのだから。死柄木のあれは、信念には程遠い。ただの子どもの癇癪と駄々に過ぎない。
だが、私への対策にヴィラン連合がステインと接触したのには正直ひやりとした。おそらく黒霧か、死柄木のバックに居る黒幕の入れ知恵だろうが、厄介な人材を引き入れようとしたものだ。
「でもさぁ、確かに怖えけどさ、尾白、動画見た?アレ見ると一本気っつーか、執念っつーか、かっこよくね?とか思っちゃわね?」
私が思考に浸っていたその時、不意に放った上鳴くんの一言はある意味意外で、世間の意見そのものだった。ヒーロー殺しがもたらす世間への影響を象徴するような一言。
だけど、その一言はかなり不謹慎でもある。
「上鳴くん……!!」
「え?あっ……飯……ワリィ!」
焦りながらも咎めるようなイズクの呼び掛けに、上鳴くんは一瞬不思議そうな顔をしてから、イズクの隣で神妙な顔をしていた飯田くんを見てはっと口元を覆った。
「いや……いいさ。確かに信念の男ではあった……クールだと思う人がいるのも、わかる。
ただ奴は信念の果てに“粛清”という手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、そこだけは間違いなんだ」
──ああ、そうだとも。
多少の手の痺れと動かしづらさという、未だ制服の下に包帯が巻かれたままの後遺症の残った左手を凪いだ表情で見つめた飯田くんの言葉に、私は瞼をおろした。
朝のひかりが差し込む窓辺を背にしているから、目を閉じればぼんやりと、光を透かした暗闇が見える。
解っている。
人を殺すのに、この行為は必要なことなのだと、世界の為に仕方のないことなのだと割り切って躊躇なく実行できてしまう己など、この場に最もふさわしくないのだと。どうあがこうと、ステインと同類の最低な人間なのだと、他でもない自分が一番理解している。ステインに説教垂れる資格もないから、私はただただ補助に回っていた。元の世界での自分の所業と、ステインのやってきたことは、名目こそ違えど、やっていることはただの殺人だ。クラスメイト達に軽蔑されるであろう人種だ。
……HLで、戦場で。一瞬の油断や躊躇をしようものなら、自分が死ぬだけだと分かっていても。
「俺のような者をもうこれ以上出さぬ為にも!!改めてヒーローへの道を俺は歩む!!!」
さァそろそろ始業だ、席につきたまえ!!とよく通る大声があまりに眩しい。
表面上はいつも通りを装って、それでもぎくしゃくと上手く動かない手足を動かして席に着くその一瞬、窓から差し込んだ朝日の黄金色の輝きが目にしみた。微かにうつむく。
──ごめん、ごめんね、ゆるして、クリス。
脳裏で今日も、みどりの目の亡霊がしくしくと泣いている。