「ハイ、私が来た」
午後のヒーロー基礎学で、インパクトに欠ける、ある意味教師としては普通のテンションでオールマイトは現れた。
「ってな感じでやっていくわけだけどもね、ハイ、ヒーロー基礎学ね!久しぶりだ少年少女!元気か!?」
「ヌルッと入ったな、久々なのにな」
「パターンが尽きたのかしら」
なにやらメタな発言をしている人とやや辛辣な梅雨ちゃんとおぼしき声がしたが、体育祭と同様で、先生の発言へのこうしたツッコミはA組の通常運転だ。
「尽きてないぞ、無尽蔵だっつーの。さて職場体験直後ってことで、今回は遊びの要素を含めた救助訓練レースだ!」
「救助訓練ならUSJでやるべきではないのですか!?」
「あそこは災害時の訓練になるからな。私はなんて言った?そう、
ここは運動場
「指差すなよ」
ススス、となめらかな動きで念押しされた爆豪がそっぽを向きながら渋い顔をする。
いやそれは仕方ないだろう……最初の戦闘訓練で、爆豪がドカドカと射線を収束させた高威力の爆破でイズクを嬲り、次のペアが同じビルを使えないほど半壊させたのは記憶にもまだ新しい。色々事件が重なってそんな風には感じないが、あの訓練から二か月も経っていないのだし。
「じゃあ初めの組は位置について!」
くじ引きの結果、一組目はイズク、尾白くん、飯田くん、ミナ、瀬呂くんという顔ぶれになった。彼らがオールマイトに指定された位置に移動する間、待機組は運動場γの入り口近くにある特設ステージ……何故か「OZASHIKI」とロゴの入った待機所に固まって座っていた。京都の川床をイメージしているのかもしれない。
この運動場の特性、つまり密集した工業系の建造物群は高低差が激しく見通しが悪い。戦闘訓練や体育祭と同様、各所に設置されたカメラでスクリーンに各メンバーの様子が映るようになっていた。
「飯田まだ完治してないんだろ、見学すりゃいいのに……」
「クラスでも機動力良い奴が固まったな」
「うーん、強いて言うなら緑谷さんが若干不利かしら……」
「確かに、ぶっちゃけあいつの評価ってまだ定まんないんだよね」
「何か成す度、大怪我してますからね……」
「俺、瀬呂が1位。トップ予想な」
「あー……うーん、でも尾白もあるぜ」
「オイラは芦戸!あいつ運動神経すげぇぞ!」
「デクが最下位」
「ケガのハンデはあっても飯田くんな気がするなぁ」
そんなクラスメイト達の予想を聞き流しつつ、つらつらと考え事をしていた私だが、お茶子に「千晶ちゃんはどう思う?」と水を向けられ、頭の考え事を一旦隅に追いやった。
「そうだな……」
スクリーンに映る面々を一瞥して、少しの逡巡の間に誰がトップになりそうか、それぞれの能力と状況から計算する。あちこち視線を感じるのは気のせいだろうか。
「順当にいくなら瀬呂くんだろうね」
「順当?」
「うん」
不思議そうな顔で首を傾げるお茶子と梅雨ちゃんに癒されつつ、私は頷いた。周囲を見渡せば同じような顔でこちらを見ているクラスメイト達。障子くんや常闇くん、轟はこちらを興味深そうに眺めている。
「順当、というのはどういうことですの?」
「この運動場との相性が一番いいのが瀬呂くんだからだよ。そういう点で言うなら次点は尾白くん。逆に飯田くんは相性が悪い」
「それは……この運動場が密集してるからか?」
私の分析がその場の環境・状況なども大いに加味したものだと知っている轟が、言いたいことがある程度わかったらしく納得顔で頷いた。
「うん。空中での機動力に乏しい飯田くんは、見通しの悪い細道で、求難信号の地点への最短距離を模索しながら動かなきゃならない。あと単純に道に沿ってしか進めないから、空中を直線的に移動できる対空性能の高い瀬呂くんや、配管を利用して尻尾で身軽に動ける尾白くんにどうしても負ける。実際の現場なら霧やら煙やらで更に見通しが悪いだろうし、瓦礫や折れた配管や鉄パイプなんかで道が塞がれていたら迂回しなきゃならないから、後手に回らざるを得ないだろうね」
そういった状況や障害物がある場合、飯田くんの奥の手であるレシプロバーストも使いにくい。あの超加速は小回りに向かないだろう。咄嗟にブレーキを掛けたとしても慣性を殺しきれない。
「な、なるほど」
「後は、オールマイトがゴールに設定した場所が“高い場所”だって考えられるから、かな」
「ん?何でだ?」
これにはクラスメイト全員が不思議そうな顔をした。オールマイトの姿はスクリーンに映されていないので、これは完全な状況予測でしかないのだが。
「オールマイトはこの訓練を『救助訓練』と言っていた。こんな工業地帯で救助が必要な場面といえば大体爆発事故だろうし、怪我や瓦礫に埋もれて、その場から身動きが取れないわけでもないなら、何が降って来てもおかしくない地面付近より、ヒーローに見つけてもらいやすい見通しのいい高い場所で待ってそうだと思って」
まぁ、これは考えすぎかもしれないけど、とは付け加えておく。
もっとメタな事を考えれば、オールマイトの性格上、公平性を期すために全員のスタート位置からほぼ同じ距離になる建物がゴールになるだろう。とすると、高い場所が誰の目から見ても居場所が一番わかりやすい。そういう点でも地上から屋上へ上がる必要のある飯田くんには、病み上がりともあって少しハンデのきつい仕様といえる。
そして、あえてオールマイトが爆豪に釘を刺したことを考えると、周囲への被害は減点対象だろう。
ヒーローの活動上、建物などの被害を最小限に抑えるのは当然だろうが、此処が本当の現場なら、高圧ガスや重油などの危険物を積載している可能性のある、丸いガスタンクや円筒状の建造物にダメージを与えるのは、二次災害の恐れがあるから移動には余計に注意が必要だ。
というか救助者を救けに行っているのに、自ら退路を狭めて危険を増やしていては元も子もない。使うなら使うで見極めは必要だろう。この組ではミナがそれにあたる。彼女は運動神経に優れているから、建物の外壁を酸で溶かして移動しそうだからだ。個性の点で言うなら、上鳴くんの電気や轟の炎、爆豪の爆破も、「救助」を要する「事故現場」ならガス漏れによる引火の可能性を考慮すべきだろう。
上級生ならそういった視点でも採点基準に含まれるだろうが、オールマイトが「遊びの要素を含めた」と言っていたから、そこまで穿って見る必要はなさそうだ。
「さて、少年少女たち。準備はいいかな?」
5人が所定の位置についたらしく、オールマイトの声がスピーカーから響く。
「順当に……と言ったけれど。多分この訓練で面白いものが見れるんじゃないかな」
順位に関係なく。そうニヤリと笑って見上げる私の目線の先には、屈伸を繰り返しているイズクの姿が映っていた。
スタート!の掛け声とともに、一斉に5人が発信された救難信号目がけて動き出した。すぐに各所に配置された自律型カメラロボ(無駄に高性能)が注目したのは、スタート直後に個性のテープで上空に躍り出た瀬呂くんだった。画面右上には1st の文字が表示されている。
「ほら見ろ!!こんなごちゃついたとこは上行くのが定石!!」
「そうなると、星合の指摘通り、滞空性能の高い瀬呂が有利か」
『ちょーっと今回俺にうってつけ過ぎ……る……?』
ダンッ、とモニター越しに響いた何かを強く踏み切る音に、独走していた瀬呂くんも、モニターを見ていた私たちも目を見開いた。
カメラがすばやく追いかけたのは、宙を跳ねる緑の影。──イズクだ。
『うってつけ過ぎる!修行に!!』
「おおおおお緑谷!?なんだその動きィ!!?」
『ッソだろ!!』
「(ああ、言われてみりゃ何だあの動き)」
「すごい……!ピョンピョン……なんかまるで……」
「(俺の動き方──……!!一部雪女みてえな動きはあるが……俺が馬鹿みてぇな時間過ごしてる間に、また……)」
「一週間で……変化あり過ぎ……」
縦横無尽に体勢を変えて跳ねる動きは、まさに爆豪そのものだ。足さばきや無理な体勢からの姿勢制御には私を参考にしたのだろう、そう思える動きもあるが……良くも悪くも前しか見えてないな。ワン・フォー・オールをようやく使いこなしはじめてはいるが、まだまだ訓練が必要そうな動きだ。身体に負担が掛かりそうだし、焦りが見える。イズクの変貌ぶりに沸くクラスメイトの中で、片眉を跳ね上げて目を眇めた。
確かに目覚ましい進歩だ、今までの個性を使うたびに骨折を繰り返す状態に比べれば、よほど望ましい。ただ、私個人としてはあまり喜べない進歩だった。
爆風の推進力とワン・フォー・オールの推進力は異なる。肉体のバネのみで爆発的な機動力を得たいなら、爆豪の身体さばきは参考には足るがトレースするお手本としては微妙だろう。どちらかといえば私や飯田くんの方が適役な気がする。
爆豪の動きは筋力よりも爆風の推進力の方が割合が大きい。イズクが爆豪の動きをトレースすると、爆豪のように踏み切った後、空中で爆破して進行方向を変える術が無いから、どうしても放物線を描いてしまって無駄な滞空時間が出る。全身でワンフォーオールを使いこなすつもりなら、とりあえずパルクールは必修事項だ。フリーランニングとも言われるそれは、塀やベランダの柵、その他もろもろを足場として立ち回る技術だ。オールマイトと動きが違う?そもそも体格も筋力も違うのに、あの人の動きに当てはめて真似しようと考える時点で色々間違っている。
『緑谷──!飛んでんのー!?』
『骨折克服かよ!』
『(落ち着け!いける落ち着け、常に5%!常に緊張と、冷静を、保て!!!)』
イズクの成長ぶりに驚嘆するクラスメイト達の中で、私がダークホースと予測していたイズクがそのまま独走するのかと思いきや。
カメラを内蔵した監視ロボットは予測でもしていたのか。オイルで濡らしてあった配管に足を滑らせたイズクの足元が、狙ったかのように無情にも大きくモニターに映し出された。
「フィニ────ッシュ!!」
数分後、どや顔で「助けてくれてありがとう」のタスキを斜め掛けにしていたのは瀬呂くんだった。次点に尻尾を使ってコツコツ距離を稼いだ尾白くん、三位にエンジンをフル活用した飯田くん、4位にミナ、そしてうっかり滑って地面まで落下し、復活までのタイムラグであえなく最下位になったイズクがコンクリの床に伸びていた。
「(なるほど……足場の不安定な状況では跳ぶ先への注意も加味すべし……学ぶことは多い……)」
「一番は瀬呂少年だったが、皆、入学時より個性の使い方に幅が出てきたぞ!!!この調子で期末テストへ向け準備を始めてくれ!!」
そんな言葉で一組目を激励したオールマイトは一組目の退場と二組目の準備を指示していく。モニター前から二組目の生徒がぞろぞろと移動する中、起き上がったイズクに何かささやきかけたオールマイトの姿が、少しだけ気に掛かった。
一組目に機動力の高いメンバーが揃った所為か、それとも実力者がかなり分散したせいか、その後のレースは大きなどんでん返しもなく進んだ。爆豪と梅雨ちゃんが2組目、轟が3組目、私は4組目。バチバチにこちらを意識してくる爆豪が同じグループだったら白熱したかもしれない。
だが、私たち4組目の中でも機動力の高い私と常闇くんのデッドヒートは、トオルと切島くんいわく、かなり盛り上がったらしかった。黒影を駆使して空中を跳ぶ常闇くんと、基本はパルクールを駆使しつつ、建物間に距離がある場合は某蜘蛛男よろしく血糸を伸縮させる勢いを利用してターザンのような動きで掻い潜る私。見ているだけなら非常に画面的に映えただろう。ギリギリ競り勝ったのは私だ。最後オールマイトのいる給油棟のてっぺんまで移動するのに、丁度良さげな幅と耐久のありそうな足場が無かったので、久々にシナトベの風を使って、小さな竜巻で空気の塊をつくり、上空に自分の身体を打ち上げるという血法と筋力にものをいわせた、人間を辞めかけている動きをしたのはご愛嬌である。クラスメイト達には何もない空中を踏んで上空に飛び上がったように見えただろう。
「(イズクにパルクールの資料でも渡してみるかな……)」
授業後、更衣室でそんなことを考えながらコスチュームのジャケットを脱ぎ、中に着ているブラウスのボタンを外していると、隣から興奮した声が聞こえてきた。……峰田か、これ。
『見ろよ、この穴ショーシャンク!恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう!!隣はそうさ!わかるだろう!?女子更衣室!!』
分かりたくなかったです。
思わずチベットスナギツネのような顔になったのは私だけではなく、キョウカもだった。耳のイヤホンジャックを揺らめかせているのを見るに、私と同じく漏れ聞こえる声が聞こえたんだろう。声が聞こえてくるのは、女子更衣室の壁に元々空いていた小さい穴で、一応4月に覗き穴になっていないか確かめたところ、向こう側から何か紙のようなもので蓋をされていたので、定期的に剥がれていないか見るだけで放置していたのだが……どうやら一番見つけてはいけない男が発見したらしかった。
『峰田くんやめたまえ!覗きは立派なハンザイ行為だ!』
『オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ!!』
やたら興奮した下ネタ発言に、私とキョウカは頷きあった。
『八百万のヤオヨロッパイ!!星合のむちむち尻にふともも!芦戸の腰つき!葉隠の浮かぶ下着!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァァァアア、ああああああああ!!!?』
ズドム。
頭のドピンク具合が察せるレベルの叫びが近づいた瞬間、イヤホンジャックと糸状に細らせた血液を穴の前で待機させていた私たちは、迷いなく穴を通して峰田に攻撃した。キョウカはイヤホンジャックを目に突き刺して心音攻撃(過激だ)、私は向こう側で枯れ枝のように細い血を手のような鉤爪に変えてのアイアンクローだ。
『耳郎さんのイヤホンジャックと星合さんの鉤爪、正確さと不意討ちの凶悪コンボが強み……!』
そんな少し離れたところからのイズクの解説を聞きながら、ギリギリと鉤爪に籠める力を調整する。変態死すべし慈悲は無い。
「ありがと、響香ちゃん、千晶ちゃん」
「何て卑劣……!すぐに塞いでしまいましょう!」
「(ウチだけ何も言われてなかったな)」
『目から爆音がああああああ、ちょ、やめ、潰れる潰れる、ブドウみたいに潰れ、ギャ──!!!』
『自業自得だ、言わんこっちゃない!』
ヒーロー殺しが世に遺した不穏な爪痕はぎしぎしと不協和音を鳴らす。
けれどもそんなことを忘れそうなくらい、友人たちに囲まれて、茶番みたいな何気ない日常に戻っていく。