人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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gordian knot(一刀両断)

 

 

 

「えー……そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間、一ヵ月休める道理はない」

「まさか……」

 

 不穏なHRの出だしにざわつくクラスの面々。だが、お決まりのパターンによって緊迫した空気が崩れ去った。

 

「夏休み、林間合宿やるぞ」

 

「知ってたよ──!!やった───!!」

「肝試そ──!」

「風呂!!」

「花火」

「風呂!!」

「カレーだな……!」

「行水!!」

 

「リンカンガッシュク?」

「学校行事でよくあるやつで、山とか川辺で何日間かキャンプしたりとかするんだよ」

「なるほど」

 

 盛り上がるクラスメイトの中、あまり聞き覚えの無い単語に首をひねると、隣の席の瀬呂くんがざっくりと説明してくれた。

 日本語って独特の単語が多いよね。日常生活で習得が必要な単語が万単位(英語やスペイン語は2000字程度)とか頭がおかしい。ひらがなとカタカナと漢字があって、漢字も単語を組み合わせて色んな意味の熟語が出来るとか、他の言語には無い特徴は興味深いけど、一から学ぶにはハードルが高いと思う。

 

「自然環境ですと、また活動条件が変わってきますわね」

「湯あみ!」

「いかなる環境でも正しい選択を……か、面白い」

「寝食皆と!ワクワクしてきたぁあ!」

 

 ちょいちょい挟まっている下心全開の峰田の発言は慣れたもの。さらりとスルーし、わいわいと口々に騒ぐクラスメイトたち。

 けれど、その心地いいざわめきも相澤先生の「ただし」の一言で静まり返った。

 

「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補修地獄だ」

「皆頑張ろーぜ!!!」

 

 一部成績が危うい面々が必死の形相で握り拳を作ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 と、いう話があったのが一週間前。現在は六月の最終週、期末まで残すところ一週間を切っているのだが──

 

「全く勉強してね──!!体育祭やら職場体験で全く勉強してね──!!」

 

 あああ、と頭を抱えて叫ぶのは中間テスト順位でクラス最下位の上鳴くんで、隣で能天気な笑顔(現実逃避ともいう)を浮かべているのが20位/21位のミナ。確かに、とその叫びに頷くのは14位の常闇くんだ。

 

「中間はまー、入学したてで範囲狭いし、特に苦労なかったんだけどなー……。行事が重なったのもあるけど、やっぱ期末は中間と違って……」

「演習試験もあるのが辛えとこだよな」

 

 クラス中位の砂藤くんの言葉を継ぐように言葉を被せたのは、机に片肘をついてふんぞり返りながら窓の外を見ている峰田だった。順位は意外にも10位。クラスでも上位組の位置にいた。ドヤァという効果音が背景に見える。

 

「あんたは同族だと思ってた!」

「おまえみたいなやつは馬鹿で初めて愛嬌出るんだろが……!どこに需要あんだよ……!」

「世界、かな」

 

 キィ、と悔しがる二人に声を掛けたのはイズクだった。

 

「芦戸さん、上鳴くん!が、頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!」

「うむ!」

「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねぇだろ」

「言葉には気を付けろ!!!」

 

 上鳴くんを励ますイズクと飯田くんはクラス4位と2位、悪気は無いんだろうがある意味トドメを刺した隣の轟は5位だ。

 

「言いたいことは分かるけど、それが出来ない人は多いよ轟……」

「そうなのか」

 

 そうだよ、としんねりと頷く私はといえば、轟に次ぐ6位だった。意外だと思われるかもしれないが、純然たる事実だ。

 早熟すぎた上に、肉体と共に魔術的な成長を遂げていた地頭にあれこれ強烈な刺激(物理)をねじ込まれたせいでIQとか記憶野が割ととんでもないことになっている自覚がある(千年同じゲームを研究しまくった老獪相手に、頭おかしい難度のゲームを死合(しあ)って、毎回命からがら生き延びられる程度には)が、苦手というものはあるもので。

 

 なんのことはない、古典という分野があまりに難解すぎて足を引っ張っただけだ。

 

 世界の中でも難解な日本語。それをここまで日常会話で困らないレベルにまで引き上げてくれたのは、牙狩りやライブラとして伝手のあった、とある日本人の知り合いのお陰だ。

 普段は日本人らしい穏やかで温厚で控え目なひとなのに、ビジネスマナーとか日本の暗黙の了解とかは容赦なくびしばし叩き込まれた。あと頑固。塩鮭と漬物とみそ汁をこよなく愛する高血圧まっしぐら(ついでにオタク方面にもまっしぐら)な人だが、元気にしているだろうか……。頼むからストレスとか過労でプッツン脳出血とか過労死とかシャレにならないので元気でいてほしいところだ。

 

 閑話休題。

 その人のお陰でこうして日本である程度言葉に困らず済んでいるが、学問としての国語はあまり得意ではなかった。暗記すりゃいいってものでもないし、登場人物のこの時の心境を述べよ、とか中間テストではほとほと困った。心の中で考えてることなんて誰にも分からないだろうそんなの、と大人げないひねくれとドライがすぎる思考回路で思いつつ、いつもの癖で深読みしすぎて、穿って考えすぎだと相澤先生に溜息を吐かれたのは記憶に新しい。

 現代文ですらそんなありさまだというのに、古典ときたらあまりに難解すぎる。古文も漢文も単語や定型文を覚えれば乗り切れる部分も多いが、ニュアンスでの理解を求めてくることも多い。現代語訳せよとかそういう問題だ。こればかりは暗記でどうこうなる問題ではない。

 

 

 そんなわけで、ほぼ満点に近い英語と数学と化学の足を古典が盛大に引っ張った結果、まんべんなく失点の少ない生徒には当然抜かれる。その結果が6位だった。雄英に入る前、マイク先生に雄英での高校卒業レベルの知識を教えてもらったと言っても、国語ばかりは駄目だった。それでも7割取れているので成績的には問題ないのだが。

 今回はどんな問題が出てくるかある程度学んだ分、数をこなすなど対策の取りようがある。目指せ順位アップだ。

 

 握り拳を作って気合を入れる傍ら、うおおマジでヤバい、と頭を抱えるクラスメイトをみつめる。二人とも地頭は悪くないだろうにな、という思いを込めて。

 たとえクラス最下位でもここは雄英だ。数ある全国のヒーロー科の中で偏差値は最高の75という国内最高峰のエリート校。忘れてしまいがちだが、彼らも熾烈な倍率300倍の競争を潜り抜けた秀才なのだ。

 が、如何せん集団というのは優劣がついてしまう。成績でふるい落としを掛けた上での似たような点数の人間をさらに細分化した時、彼らが下になってしまった、それだけのことだ。他の学校だったら上位5位には食い込める成績だろうに。

 そんなことを考えていた私の耳に、上鳴くんたちにとっての天の声が降った。クラス一位のモモである。

 

「お二人とも、座学ならお力添えできるかもしれません」

『ヤオモモ──!!!!』

「演習の方はからっきしでしょうけど……」

「(?)」

 

 フフフ、と暗雲を背負って肩を落としているヤオモモに、おや、と私は目を瞬かせた。隣の友人は不思議そうな顔。おやおや、これはもしかして。

 

「お二人じゃないけど……ウチもいいかな?2次関数、ちょっと応用つまづいちゃってて……」

「わりィ俺も!八百万、古文わかる?」

「おれも」

「え、えっ……良いデストモ!!!!!」

「この人徳の差よ」

「俺もあるわ、テメェ教え殺したろか」

「おお!頼む!」

 

 少し気掛かりな様子だったモモだが、キョウカや瀬呂くん、尾白くんに頼られたとたん、ぱあああ、と表情を華やがせて両手を掲げた。頼られて嬉しいのか、早速お母様に講堂を開けて頂かないと……!!と張り切っている様子が大層かわいらしくて、微笑ましい。ナチュラルにセレブ発言が聞こえたが、ラインヘルツというドイツ公爵家に慣れている私は突っ込まないでおくことにした。

 

 

 

 

 

 お昼休憩。学食であるランチラッシュのメシ処で、私たちは昼食がてら気になる期末テストの話題で盛り上がっていた。

 

「普通科目は授業範囲内からで、まだ何とかなるけど……演習試験が内容不透明で怖いね……」

「突飛なことはしないと思うがなぁ」

「普通科目はまだなんとかなるんやな……」

 

 イズクと飯田くんの、悪気は無いけれど成績優秀者の余裕が透けて見える会話に、暗雲を背負って茫然と呟くお茶子の順位は21人中の14位だ。自分の成績が心配だという感情がありありと見える。私も、二人のこの会話には苦笑するしかなかった。

 

 ここで教えてあげるよと言えればいいのだが、生憎私の勉強法は教えるのに向いてない。書いて覚えるタイプではなく、見たり読んだりで記憶に叩き込むタイプだからだ。通常だと単語同士をグループ分けして紐づけして覚えるのだろうが、私やスティーブンは見たものそのもの、教科書ならページまるごとを画像としてを覚えるのに向いている。いわゆる映像記憶、カメラ・アイと呼ばれるものだ。人間の動作や行動の違いを見抜いたり、変装を見破ったりできるのはこの目のお陰だ。だから推論が中心になる国語は日本人の感性に乏しい私には難しい。過去問さえ手に入ればな……。傾向分析の応用で頻出領域とかある程度範囲を絞れるんだが。せめて共通科目だけでも過去問が無いか、経営科の知り合いに聞いてみようか。

 

「一学期でやったことの総合的内容、とだけしか教えてくれないんだもの、相澤先生」

「戦闘訓練と救助訓練。あとはほぼ基礎トレか……」

「試験勉強に加えて体力面でも万全に……あイタ!!」

 

 かつ丼を手に呟いていたイズクの頭が、後ろを通った男子生徒の肘を食らって前にガクンと揺れた。

 

「ああ、ごめん。頭大きいから当たってしまった」

「いや今の結構わざとだろ……」

 

 見てたぞ今の。誰かとすれ違うわけでもなし、トレイを持ってわざわざイズクのすぐ後ろを通らなくても済んだはずだ。話しかけたいなら普通に話しかけなよ、人見知りか。もしくは不器用。

 私の呆れた声に、にやぁ、と物間は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ひどいな星合、僕がわざと肘鉄するだなんて、そんな酷いことすると思ってたのかい?」

「B組の!えっと……物間くん!よくも!」

 

 口と表情があってないぞー、物間くんやー。

 私が返答する前に、肘鉄から復活したイズクが頭をさすりながら犯人の物間を見上げた。物間といえば、体育祭で爆豪をさんざん煽ったものの、爆豪の執念を見誤っていたためにハチマキを纏めて奪い返されて、騎馬戦で敗退したB組のブレーンである。

 あの騎馬戦では私の血法が抱える秘密という地雷回避のために、逃水フル活用で逃げまくった彼だが、イバラやイツカをはじめとして、私個人としてはB組にも友人が多いので、その延長線で今は知り合いだ。その時に何を思ったか、私の個性をコピーしようとする動きが見られたので、思い切り釘を刺しておいた(簡単に言うと私の個性をコピーしても操りきれずに失血死するだけだ、と)ので接触するには問題ない。A組を目の敵にしているだけで、それを抜けば悪い子ではないのだ。むしろ今まで気難しいタイプが知り合いに多かった私の中では、比較的付き合いやすいタイプだとも思う。良くも悪くも明け透けだから……。

 

「君ら、ヒーロー殺しに遭遇したんだってね」

「!」

「体育祭に続いて注目を浴びる要素ばかり増えてくよねA組って。ただその注目って決して期待値とかじゃなくて、トラブルを引きつける的なものだよね」

「!?」

「物間」

 

 愉悦の笑みで煽ってくる物間に、話題のこともあって私は鋭い声と視線を放った。

 煽るのは別に構わない。彼なりの社交術で、コミュニケーションとしての手段に過ぎない。でも、その話題選びはいただけなかった。物間から表情は見えないだろうが、私の真向かい、イズクの隣に座る飯田くんの表情は硬い。箸を握りしめる拳がかすかにふるえている。

 語気を強めて牽制するが、物間の口はあえて止まらない。だれだこいつの口に油差したの。

 

「あー怖い!いつか君たちが呼ぶトラブルに巻き込まれて、僕らにまで被害が及ぶかもしれないなあ!疫病神に祟られたみたいに!ああ怖……ふっ!」

「シャレにならん、飯田の件知らないの?」

 

 食事中なので遠慮していたが、こうなったら峰田の時のようにアイアンクローで物理的に口を閉じさせようかと動きかけたその時。

 マシンガントークを繰り広げる物間の言葉を物理で遮ったのは、物間の後ろに忍び寄って、物間が持っていたトレイを避難させながらその首に手刀を入れた、B組委員長の拳藤一佳(イツカ)だった。

 

「拳藤くん!」

「イツカ」

「ごめんなA組、こいつちょっと心がアレなんだよ」

「(心が……)」

 

 すまなさそうに苦笑するイツカに、悪さをした猫が雑に背中を掴まれてぶら下がっているような形で、物間が白目を剥いて伸びている。それを引き攣った顔で見つめるイズクに、私も苦笑する。

 そんな中、気の合う姉御肌の友人は頭を軽く梳きながら言葉を継いだ。

 

「あんたらさ、さっき期末の演習試験、不透明とか言ってたね。……入試ん時みたいな、対ロボットの実践演習らしいよ」

「え!?本当!?何で知ってるの!!?」

「私、先輩に知り合いいるからさ。聞いたんだよ。ちょっとずるだけど」

 

 あはは、と苦笑するイツカだが、この情報は大きい。

 

「ズルじゃないよ!そうだきっと前情報の収集も試験の一環に織り込まれてたんだそっか先輩に聞けばよかったんだ何で気付かなかったんだ」

「……!?」

「イズク、イツカが困ってるからブツブツ呟くのストーップ」

 

 A組からすればもうすっかり慣れたイズクの高速ブツブツ呟きだが、初めて見たイツカには不気味に映るだろう。ギョッとした顔をしたイツカの代わりに、私は自分の世界に入っているイズクを諌めた。

 

「バカなのかい拳藤、せっかくの情報アドバンテージを!!ココこそ憎きA組を出し抜くチャンスだったんだ……」

「憎くはないっつーの」

「(B組の姉御的存在なんだな……気ィ遣われている……)」

 

 まだダメージが大きいのか、這いずるような枯れた声で言葉を振り絞る物間だが、イツカに再び手刀を入れられてまたもや沈黙した。手綱をとられているというか、うまくあしらわれているというか……。そんな嵐のような二人を、私たちは呆気にとられながら見送るのだった。

 

 

 

 イツカからの朗報に色めき立ったのは、勉強面で頭を抱えていた上鳴くんとミナのふたりだった。ぱぁああ、と二人のバックにお花畑が見えるほどの変わりようだ。

 

「んだよロボならラクチンだぜ!!」

「おまえらは対人だと個性の調整大変そうだからな……」

 

 障子くんの指摘に頷く。かたや電気を放出する上鳴くん、かたや強酸性の粘液を出して戦うミナ。どっちも出力を誤ると良くて気絶、悪くて重傷か即死という個性だ。

 

「ああ!ロボならぶっぱで楽勝だ!!」

「後はヤオモモに勉強教えてもらって、これで林間合宿バッチリだ!」

 

 が、和やかになっていたクラスの雰囲気を破壊するような勢いで、立ち上がったのは爆豪だった。

 

「人でもロボでもブッ飛ばすのは同じだろ、何がラクチンだアホが」

「アホとはなんだアホとは!」

「うるせえな、調整なんか勝手にできるもんだろアホだろ!なあ!?デク!!!」

 

 がおうと吠える爆豪の苛立ちの矛先は、彼が振り向いた先に居たイズクに向いた。ギラギラ燃え立つ赤金色に、ぎくりとして身を引いたイズクの表情はこわばっている。

 

「個性の使い方……ちょっと分かってきたか知らねえけどよ、テメェはつくづく俺の神経逆撫でするな……」

「あれか……!前のデクくん、爆豪くんみたいな動きになってた」

「あ――、確かに……!」

 

「体育祭みてぇなハンパな結果はいらねえ……!次の期末なら個人成績で、否が応にも優劣つく……!完膚なきまでに差ァつけて、てめェぶち殺してやる!」

 

 イズクの鼻先に突き付けられた人差し指に、その場にいた全員がごくりと喉を鳴らす中、勢いよく爆豪がこちらを振り向いた。

 

「轟ィ、星合!てめェらもな……!」

 

 こっちにも飛び火した。一方的な宣戦布告に苦笑しながら、ガンッ、とドアを叩きつけるように開けて帰っていく爆豪を見送った。

 

「……久々にガチなバクゴーだ」

「焦燥……?あるいは憎悪……」

 

 確かに、あの爆豪の荒れようは最初のヒーロー基礎学での戦闘訓練時に似ている。こないだの救助レースが爆豪の闘争心に火をつけたのか?闘争心というよりは……

 

「追いつかれるのが怖いのかね」

 

 あれは畏怖の表情だった。焦りの下に滲むのは、畏れと拒否。

 

 まぁ爆豪の宣戦布告はともあれ、私がすることは変わらないのだけれど。

 

 

「星合、図書館で勉強していくか?」

「嬉しい誘いだけど、今日は野暮用があるからパスするよ」

 

 お互い無駄口をたたく性質ではないから、中学の時からテストの時は黙々と二人で勉強していた。今回も誘ってくれた轟に悪いが、今日は先約があったので断る。そうか、と分かりにくいほどかすかに眉を下げた彼に明日は一緒にやろうと約束を取り付けて別れた。

 

「さて」

 

 玄関とは反対方面に歩き出す私の手には、大振りのアタッシュケースが握られていた。

 

 

 

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