人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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Maneuver②

 

 実技試験の説明が終わると、それぞれのペアで固まってバスに乗り、試験場となるエリアに移動となった。

 私たち三人は、デパートなど人が多く集まる場所でのテロなどを想定した、屋内訓練場の建物内がステージだった。

 

「受験者……我々はステージ中央スタートか」

「逃走成功には指定のゲートを通らなきゃいけないのね」

「と、なると……先生ご本人はゲート付近で待ち伏せだろうね」

 

 カフスを嵌めるか、それとも誰かがゲートを潜るか。どちらの方法を取るにしても、ゲート付近まで接近しなければならないということだ。

 そんな風に打ち合わせをしていると、建物内に設置されたスピーカーが雑音を発した。

 

『皆、位置についたね?それじゃあ今から雄英一年、期末テストを始めるよ!レディ~~~……GO!!!』

 

 リカバリーガールによる、雄英お得意の、心の準備なにそれ美味しいのと言わんばかりの、突然のカウントスタート。そのアナウンスが鳴り響くと同時に、私たちを取り囲むように数体のエクトプラズムが立ち上った。

 その数をさっと数えて、隠すことなく顔を顰めた。うわ、10体もいる。

 3人だからか、この面子のトータル戦闘力を考えて、最初から出せる上限のほぼ1/3を投入してきたのか。最初からクライマックスですか先生、そうですか。

 ちなみにエクトプラズム先生の上限が36人なのを知っているのは、入学前に組手をしてもらったのが相澤先生の次に多いからだ。その節は大変お世話になりました、今回も全力で事にあたります。

 

「なっ……!」

「言イ忘レタガ……我々教師陣モ諸君ラヲ……叩キ潰ス所存」

 

 開幕直後の本気モードに一瞬硬直する常闇くんを視界の隅に捉えながら、拳を握りしめ靴裏で床をノック。ぶわりと手から溢れる血液は鞭状に伸ばして、2本バラバラに梅雨ちゃんと常闇くんに巻き付ける。

 

「投げるよ!」

 

 有無を言わせない私の宣言もろとも、上階めがけて二人を投げ飛ばす。冷静な梅雨ちゃんはすぐさまアイコンタクトで頷いてくれたし、血紐が巻き付いた時点で常闇くんもハッと我に返っていたので受け身の心配はいらない。高校生二人を投げ飛ばせる筋力は血法にものを言わせた。

 

 元々血法に耐えうる身体を作る為に、牙狩りの殆どは成長期から地獄の修行をしている。そのせいで血法の魔術的側面が肉体に作用して魔改造されるのだ。更に血流操作で一か所に血液を集め、普通より多く通すことで、瞬間的な筋力アップが出来る。ある程度の血流操作能力が要求されるけれど、牙狩りの前線にいる構成員なら可能だし、ザップや私みたいなのにとっては息をするようにできることだ。

 じゃないと、突然ダイナーの天井をぶち破って降ってきた、重量トン級の中華製旧型パワードスーツを、数秒でもあの細い赫綰縛(かくわんばく)で静止させて下敷きになりそうな一般人と同僚を逃がしたりできない。私の場合、脚に重点を置いているから、筋力の割に握力はないんだけれど。

 

「ウマイナ、ヤハリ戦闘ヲ避ケルカ」

「星合!」

「千晶ちゃん!」

 

 投げた反動で鞭の巻き付きが緩んだ瞬間、空中の二人がすばやく私目がけて舌と黒影(ダークシャドウ)を伸ばす。自力で上がるつもりだったのだが、二人のやさしさに口の端でくつりと笑った。好意に甘えて飛び上がるのを二人に任せて、身体が持ち上がる寸前に、ステージ全体に広げた水を発動させる。

 

絶対零度の地平(アヴィオンデルセロアブソルート)

 

 瞬間、蒼く透明な世界が顕現する。きらめき落ちるのはダイヤモンドダストに近い、氷のかけらだ。

 先生が分身体を回収する暇など与えず、10体同時に凍結させる。避難するならわざわざ攻撃する意味などないのだが、エクトプラズム先生の場合、厄介なことに戦闘不能で消えない限り、操作可能な分身体の数は減らないのである。彼の大技の事も考えると、出来ればすぐさま作り出せる分身体の数は減らしておきたかった。

 スタッ、と私も柵を飛び越えて3階の回廊に降り立ち、3人でゲートに向けて走る。

 

「打ち合わせしといて正解ね」

「ああ、星合がエクトプラズム先生の戦い方を知らせてくれたお陰だ」

「お役に立てて何より。──―さぁ、次来たよ」

 

 ゲートのあるフロアに続く一本道を塞ぐように現れる分身体に、私たちは目を細めた。

 

 

 

 

 

 同時刻、千晶たちより先に条件達成を果たしていた(詳細は省くがお察しの通りテストそっちのけでめくるめく舌鋒での幼馴染ファイトを繰り広げていた)緑谷は、リカバリーガールのテントの中でクラスメイトの戦いを観戦していた。

 

「あの……今回テストと言いつつも、意図的に各々の課題をぶつけてるんですよね?」

「そうさね」

「なんとなくわかる組もあるんですが……中には『何が課題なんだろう』って組も……例えばその……常闇くんと蛙吹さん、星合さんとか……エクトプラズム先生の個性が三人に天敵だとも思えないし……」

「いや、天敵さ。常闇踏陰にはね」

 

 

 

 

「!」

 

 モニターに映る常闇が後ろを警戒するが、その行く手を阻むように現れた分身体。その蹴りが襲い掛かる前に、上手く反応できない常闇の代わりに、ピンク色の鞭がしたたかに分身体を打ち据えた。崩れ落ちる分身体から目を逸らし、常闇は黒い外套をはためかせた。

 

「すまん!黒影(ダークシャドウ)!」

 

 すばやく体制を立て直す常闇と連携し、床から青い氷剣が次々と撃ち出される。

 

「キリないわ」

「今ので24……やっと半分か」

 

 

 

 

 

「彼の強みは間合いに入らせない、射程範囲と素早い攻撃ね。けれど裏を返せば間合いにさえ入れば脆い……」

「なるほど……それで数と神出鬼没のエクトプラズムか……ほとんど無敵だと思ってた……」

「一方で蛙吹梅雨、課題らしい課題のない優等生さね。故にあんたが今言ったように、強力な仲間の僅かな弱点をもサポートできるか否か。あの子の冷静さは人々の精神的支柱にもなりうる器さね」

「精神的支柱……!」

 

 蛙吹にズームされていたカメラ映像から、他のカメラが撮影しているモニターに自動で切り替わる。そのカメラが追っていた星合の涼しい横顔が大写しになった。

 

「そして……星合千晶。既にプロ免許を持って前線に出ても全く問題ない、心技体揃った子……。特別入試の様子を見る限り、本人がその気にさえなれば、轟って子を超える火力を出すのも簡単にやってのけるだろう。巨大な力に驕ることなく、最低限の消耗で最高の結果を叩き出す姿勢は立派だ……でも、私ら教師はあの子ひとりでの戦いは良く知っているけれど、強すぎるがゆえに誰かと呼吸をあわせて共闘するところを()()()見たことがないんだよ」

 

 リカバリーガールの溜息にもにた講評に、緑谷もこっくり頷いた。

 

「だから、3人ペアにしたんですね」

 

 確かに、星合千晶が戦う時は、大抵一人だ。あまりの手際の速さに他の人間の入り込む余地もなく終わってしまうばかりで、彼女の隣に誰かが立って背中を預ける、といった場面はほとんど見たことがなかった。

 氷と血を操り戦う姿は美しい。戦いとは思えないほどの清冽さと優雅ささえ漂うが、どこか薄氷を踏むような危うさもあった。誰にも背中を預けられないのでは、と。

 きっと教師たちはそれを危惧したのだとすぐに緑谷は思い当たった。戦場の彼女は、いつも独りだ。先日の職場体験、路地裏でのヒーロー殺しとの戦いまでは、緑谷もそう思っていた。

 今思い返せば、あの時の彼女はかなり力を押さえていた。狭い路地裏で身動きの取れなかった飯田やプロヒーローを気遣ってのものだろうし、あの場においては積極的に攻勢に打って出ず、後方支援に徹していた。

 

「そうさ。コミュニケーション能力……この社会で、ヒーローとして地味に重要な能力だ。特定の相棒と抜群のチームプレイを発揮できるより、誰とでも一定水準をこなせるほうが良しとされる。本当ならパワーバランス的に、二人ペアで難易度の高いオールマイト・セメントス・マイク・ミッドナイトと当てるべきだったんだろうけどねぇ。他の子の課題を考慮したら、この組み合わせが妥当だと判断したのさ」

 

 

 でもやっぱり、心配はなかったね。そう笑うリカバリーガールの声は少し切なげな色を帯びていたのが、緑谷には少し不思議だった。

 

 

 

 

 

 

「常闇ちゃん、千晶ちゃん。見えたわ。ゲートと……おそらくご本人」

 

 転落防止のためのガラス張りの施された柵越しに、ゲートの真ん前に陣取る先生を見る。彼からもこちら側の動きを捉えたらしく、マスク越しに目が合った

 

「アノ数ヲヨクゾ凌イダ……ダガ……コレナラドウダ?」

 

 あの特徴的なマスクの口が、顎が外れそうなほどがばりと大きく開く。そのモーションには見覚えがあった。嫌になるほど。

 

 

────強制収容・ジャイアントバイツ。

 

 

 今までの1/1サイズとは比べようもない巨体の分身が、大きくあぎとを開けて襲い掛かってくる。何度見ても圧がすさまじい。血圧を上げて無理やり練り上げた血が効果を発する方が早いか、無明の穴のように大きく開かれたあぎとに通路ごと噛み砕かれて飲み込まれるか。

 

「避け……!!」

 

 常闇くんが反射的に口走った言葉を飲み込むかのようだった。

 ドォォオーン…………と、鉄槌を振り下ろしたかのような轟音が、建物全体を軋ませた。

 

 

「……数ハ出セナクナルガ、我ガ視認出来レバ、コノ一体デ事足リル。分身ノ解除ハ我ノ意志デノミ……サァ、ドウスル?」

 

 ズズズ、と3階の回廊を噛み砕いたままの、巨大な分身体の肩のあたりが蠢く。砂煙がパラパラと舞い落ちる中、粘土のような身体から浮かび上がってきたのは、身動きが取れないよう四肢を固定された三人の姿だった。

 

「何たる万能個性……」

『俺もダヨ』

「ゲコッ」

「……」

 

 苦渋の表情を浮かべる常闇と、あまり表情の読めない二人。

 万事休すかと思われたが、常闇は歯噛みしながら己の影を引き延ばした。

 

黒影(ダークシャドウ)、おまえだけでもゲートを通過しろ!!」

『アイヨ!』

 

 ぐんっ、と一気にエクトプラズムに迫る黒影だが、棒のような細さの軽量義足の蹴りに阻まれてキャン!と声を上げた。そのまま足と粒子の拳、激しい攻防が始まるが、どれもことごとく凌がれてしまう。

 その様子を見て、常闇は唸り声を上げる。

 

「プロ相手に正面からは凌げんか……!!」

「……でも届くのなら、チャンスはあるわ。そうよね、千晶ちゃん?」

 

 焦りの見える常闇に対し、静かに呟いたのは蛙吹だった。

 

「黒影ちゃんにこれを持たせて、常闇ちゃん」

「コレ?どれだ」

「あんまり……ゲコッ、見ないでね。先生に気付かれるわ。それに──……とっても、醜いから」

 

 無言を貫く千晶に微笑みかけた蛙吹の頬が膨らみ、喉からは普段のそれとは比べようもない低くくぐもった鳴き声が洩れた。

 

 

 

 

「アト15分弱……コレヲ続ケルカ?我ガ欲スハ、逆境ヲ打チ崩スヒーローノ瞬キ」

 

 義足の蹴りで黒影を打ち据えながら、徐々にエクトプラズムは疑念を抱いていた。片足で影法師をあしらいながら、捕らえている生徒の一人を盗み見る。

 

「(星合……彼女ガココマデ大人シイトハ。『ジャイアントバイツ』ニヨル拘束率ハ、残リ10体以上ノ時デ60%。タトエ拘束シテモ、四肢ノドレカノ自由ガ効ケバ、氷カ、太刀ノ一閃デ離脱可能ノハズ。今回ハ四肢を固メタトハイエ、アノ娘ガ全ク動カナイトハ──)マサカ!!?」

 

 エクトプラズムがとある可能性に気付いて完全に黒影から目を離した瞬間。

 

(ひきつぼし)流血法、刃身の(じゅう) 双翼刃(そうよくじん)

 

 

 凛とした声が空気を震わせた。

 

 

「──八千劈(やちつんざき)

 

 分身体の体内で、爆ぜるような音を、彼らは確かに聞いた。

 瞬間、巨大な分身体を突き破るように、ごうごうと髪を巻き上げるほど強い竜巻から生じた鋭い風の刃によって、巨大な分身体は塊のひとつも残さず、粉微塵に切り刻まれた。

 

 

 

「……!?」

「落ち着いて、大丈夫よ」

 

 分身体の拘束から解放され、支えを無くした身体が一瞬浮遊する。内臓が浮き上がるような不快感。そんな状況でも、蛙吹は焦ることも無く、静かに言葉を紡いだ。子どもへ言い聞かせるような、口調。

 蛙吹からあるものを受け取った黒影が、分身体の爆破に気を取られて出来たエクトプラズムの隙を突かんと急接近する。

 

「常闇ちゃんと黒影ちゃん、千晶ちゃんは、強いもの」

『トリャアアア!!!』

「!!」

 

 黒影の攻撃にギリギリで対応したエクトプラズムだが、自身の義足にあらかじめつけていた重り以外の重量を感じて追撃の手を止めた。

 

「身動きを封じられたら、勝機が()()()のみになっちゃうから、咄嗟に飲んだのよ」

「──……ナル程……」

 

 エクトプラズムが義足の先を確かめると、確かにクリア条件であるカフスがしっかりと嵌められ、蹴りの反動でゆらゆらと揺れていた。

 

 

「私の胃袋は出し入れできちゃうの」

 

 胃袋を出してぐったりとした表情で、蛙吹がつぶやく。重力に引かれて、3階からの高さから落下していく二人だが、恐怖は不思議となかった。

 

「風編み、籠目(かごめ)

 

 視線の先には、顔を砂埃で汚した頼もしい同級生がいた。

 いつの間にか地面に立っていた千晶が、手にしていた血のナイフを液体に戻し、降ってくる二人を受け止めるように両手を差し出す。その掌から生まれた優しい風が二人の身体を受け止め、ゆっくりと降下させ、安全の為に張り巡らされた血のネットにふわりと降り立った。

 

 

 

 

 

 パッパラパー、と間の抜けたファンファーレが鳴り、ゲートに掲げられていた校長先生のイラスト横の吹き出しが、スロットのように回って「がんばれ!」から「よくぞ!」に切り替わった。

 

『蛙吹・常闇・星合チーム、条件達成!』

 

「見事ダッタ、三人トモ。ソレゾレノ個性ヲ生カシタ闘イダッタ」

「恐悦至極」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、ケロッ」

「全員目立ッタ負傷ハ無いガ、リカバリーガールノテントニ戻ッテ治療ヲ受ケタ後、他ノペアノ様子ヲ見学スルヨウニ」

 

 そう言ってヨロヨロと戻っていくエクトプラズム先生の後に続いて試験会場を出て、言われた通りにリカバリーガールのテントに顔を出すと、何故かイズクが皆!と明るい顔で出迎えてくれた。

 

「イズク」

「お疲れ様!三人とも凄かったよ!」

「見ていたのか」

「途中からだけどね」

 

 照れ笑いするイズクのコスチュームは、焼け焦げやほつれだらけだ。爆豪に爆破食らったんだろうなあ……と遠い目をしながら治癒を受けていると、常闇くんにそういえば、と話を向けられた。

 

「エクトプラズムに呑まれた後……具体的に星合はどうなっていたんだ」

 

 その質問に、治療用の簡易ベッドに横たわったまま、私は苦笑いした。

 

「ああ……本当は、完全に飲み込まれる前に二人も吊り上げて、口の中から頭部分を吹き飛ばして脱出するつもりだったんだけど、間に合わなくてね。でも私が拘束されてないと知ったら警戒されると思って、咄嗟に分身体に血の針を通して、逃水で私の腕が完全に固められているように見せかけたんだよ」

 

 埋もれているように見えただろう四肢は、実際には固められる寸前に両手をシナトベの空気の層で覆ったおかげで塞がっておらず、分身体の体内で自由な状態だった。後は体内で双翼刃、一対のククリナイフ型の血の短刀を作り出し、梅雨ちゃんと常闇くんを傷付けないよう細心の注意を払って、かまいたちを放てばよかった。

 

「呑み込まれる寸前に、梅雨ちゃんがカフスを飲み込んでたのは辛うじて見えてたから。機を窺って私が技をぶっ放せば、流石にエクトプラズム先生にも隙が出来る。その間に私が先生を押さえて、黒影にゲートを越えてもらえば充分かなと思ったけど……カフスを嵌めてくれて助かったよ」

 

 ありがとう、と梅雨ちゃんと常闇くんに笑いかけると、気にするなと二人とも首を振った。

 

「そうだったんだ……」

 

 興味深げに私たちの会話を聞いていたイズクがお得意のブツブツ呟きを始めたり、治癒が終わってリカバリーガールの救護テントから、爆豪や轟、モモが休んでいる休憩テントに追い出されたりしたものの……なんとか、私たち三人の実技試験は幕を閉じた。

 

 

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