帰りのHR。クラスの一角は最早、葬式かと思うほど暗くじめじめしていた。切島くん、砂藤くん、上鳴くんは完全に燃え尽きたように打ちひしがれており、ミナもぐずぐずと泣きはらしていた。
「皆……土産話、っひぐ、楽しみに……うう、してるっ……がら!」
「まっまだわかんないよ、どんでん返しがあるかもしれないよ……!」
「緑谷、それ口にしたら無くなるパターンだ……」
イズクがフォローするように言葉を紡ぐが、制止する瀬呂くんの言う通りだと思った。
「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄!そして俺らは実技クリアならず!これでまだわからんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!!!!」
「落ち着けよ長ぇ」
キエエエ、と奇声を発してイズクに目つぶしをふっかけている上鳴くんを窘める瀬呂くんの声にも覇気は無い。確か、瀬呂くんは峰田と一緒にミッドナイトが相手だったはずだ。
「わかんねえのは俺もさ。峰田のお陰でクリアはしたけど寝てただけだ。とにかく採点基準が明かされてない以上は……」
「同情するならなんかもう色々くれ!!」
「予鈴が鳴ったら席に着け」
悲痛な上鳴くんの声が響くのを遮るように、カァンと勢いよくドアを開けて入室してきた相澤先生が教壇に立った途端、教室内が緊張と沈黙に包まれた。
「今回の期末テストだが……残念ながら赤点が出た。したがって…………
────林間合宿は全員いきます」
『どんでんがえしだあ!!!!!!』
赤点四人が勢いよく立ち上がったと同時に、ぶわっ、と滂沱の涙を流した。
「筆記の方はゼロ、実技は切島・砂藤・上鳴・芦戸、あと瀬呂が赤点だ」
「行っていいんスか俺らぁ!!?」
「確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんな……クリアできずの人よりハズいぞコレ……」
条件クリアならずだった4人に、ペアとしては合格できた瀬呂くんが加わった。顔を覆う彼の気持ちは分かる。眠らせられて手も足も出なかったんじゃねぇ……。
「今回の試験、我々ヴィラン側は、生徒に勝ち筋を残しつつ、どう課題と向き合うか見るように動いた。裁量は個々人によるが。でなければ課題云々の前に詰む奴ばかりだっただろうからな」
「本気で叩き潰すと仰っていたのは……」
「追い込むためさ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取ったやつこそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつさ」
「ゴーリテキキョギィイー!!」
「またしてやられた……!流石雄英だ!」
くっ、と悔しそうな顔で唸る飯田くんだが、すぐさまいつもの調子を取り戻して勢いよく立ち上がった。
「しかし!二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!」
「わぁ、水差す飯田くん」
クソ真面目な飯田くんの指摘にお茶子が若干引いていたが、相澤先生の返答は淡々としたものだった。
「確かにな。省みるよ。ただぜんぶ嘘ってわけじゃない。赤点は赤点だ、お前らには別途に補習時間を設けてる。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりきついからな」
「────!!」
「じゃあ合宿のしおりを配るから後ろに回してけ」
再び絶望顔に戻った5人だが、しおりを受け取った途端嬉しそうにするあたり、可愛いよなぁ。
「まぁ、なにはともあれ。全員で行けてよかったね」
HR終了後。尾白君の言葉に、クラス一同が深々と頷いた。
「一週間の強化合宿か!」
「結構な大荷物になるね」
「暗視ゴーグル」
「水着とかもってねーや、色々買わねぇとなぁ」
予定されている合宿先は海や川、山に恵まれた立地らしい。USJ事件のせいでUSJの整備が必要になり、予定されていたものの未だに授業で出来ていなかった、初級の水難救助や山岳救助のプログラムを執り行う予定らしい。荷物には着替え以外にも、水難救助に必要な水着や山登りに必要な山岳装備がリストアップされていた。
それにポン、と見えない手を叩いたのはトオルだった。
「あ、じゃあさ!明日休みだし、テスト明けだし…………ってことで、A組皆で買い物行こうよ!!」
「おお良い!何気にそういうの初じゃね!?」
「おい爆豪、お前も来い!」
「行ってたまるか、かったりぃ」
「轟くんも行かない?」
「休日は見舞いだ」
「ノリが悪いよ空気読めやKY男どもォ!!」
爆豪と轟が行かない、という意思表明をする中。クラスメイトと心置きなくショッピング。なんて素晴らしい文言だろうか。私も行きたかったなぁと思いつつ、泣く泣く断った。
「あー……ごめん、行きたいのはやまやまなんだけど、明日はちょっと用事があるんだ」
「そうなん?用事かぁ」
「うん。病院行かなきゃいけなくて」
瞬間、和気藹々としていたクラスの空気が突如として固まった。えっなに、その爆弾落としたみたいな反応。
「……病院?」
「?うん」
「……見舞い、だよな?轟と一緒とか」
「いや、約束してねえが……」
「どっか身体の具合わるいん!!??」
「あ、いやぁ……悪いというか、定期的に血液検査と輸血パック作りにいかなきゃだから……」
頭を掻いて理由を白状すれば、きょとんとした顔が居並んだ。奇妙な沈黙が流れる中、一番最初に我に返ったのは、キョウカだった。
「……あ、そうか。千晶、他人の血液を受け付けない特殊体質だったっけ……」
「そういえば、あの時の刑事さんがそんな事言ってたな。定期的に抜いた自分の血のストックでの自己輸血じゃないとだめって」
「!そうなんだ!?」
「ああ……そうか、緑谷はあん時保健室に運ばれてていなかったな」
USJ事件の時、私は失血限界ギリギリの瀬戸際に立つことになった。彼らが塚内さんから聞いた特殊体質はあながち間違っていない建前だ。
建前としては個性が血液そのものだから、他の血液と混ざると良くないというものだが……本当の理由は、属性の無い他人の血液が混じると、血液が再び新しい自分の骨髄から作られたものに戻るまでの4~6か月の間、血法をまともに使えないという致命的な欠陥があるためだ。
これは多分、DNAに直接術式を書き込まれた人間を素体とする血界の眷属に対抗するために、私たちの身体も似たようなことになっているせいだ。他人の血液を輸血しても、クロスマッチで問題が無ければ、命をつなぎとめる意味で普通にAB型での輸血はできるのだが……術者のDNAを含まない血液は血法として操る対象に入らなくなるがための現象だと、牙狩りでは考えられている。
USJ事件のせいで、4月までの半年で貯めていた自己貯血のストックは半分以上パアになってしまった。ストックの中にはそろそろ保管期限が迫ってきているものも存在する。USJ事件から1ヵ月、こつこつとまたストックを貯め始めているが……いくら牙狩りの造血機能が人類として数段発達しているとはいえ、使うスピードが速すぎて、収支があっていない。早急に、血法で使用する血液量が少しでも減らせるよう、元の世界での感覚を思いだせるようにならなければ。あとひたすら、ほうれん草と鉄剤を貪るしかない。
そんな事情もあり、明日は元々決まっていた定期受診の日だった。
「そういうことだから、誘ってくれたのにごめんね」
「いいよいいよ、全然気にしないで!大事なことやもん!」
そんな会話を繰り広げながら、靴を履き替え、雄英ゲートを潜って帰り道に足を向けたその時。何気なく駅に向かう緩やかな下り坂に目を向けた私は、そこにいた人影にぎくりとした。
「──は」
どぐり、と心臓が嫌な音を立てた。目が零れ落ちそうなほど驚愕に見開いた瑪瑙色が揺れるのを自分でも感じた。
あれは、いや、なぜ、まさかそんな。全力疾走をしたかのように、早鐘を打つ心臓の音がうるさい。
瞬きを必死に繰り返そうとも消えないその人物は、夏に差し掛かった日本の蒸し暑さに頭が茹ったわけでも、ましてや先日の期末試験で疲れて見た幻でもなく──……頭痛がしてくるほどに、現実だった。
「星合さん?」
「あぁ……いや、」
見なかったことにしたかった。知らないふりをして、素知らぬ顔で通り過ぎられれば、どれほど良かったか。眉間を押さえたい衝動に駆られるのをこらえる私の視線の先で、その人物は私を見て表情を明るくした。
「ク……チアキ!」
背丈はイズクとさほど変わらないくらいの、丸メガネを掛けた金髪の少年が、かわいらしいベビーフェイスをうれしそうに緩めて、大手を振ってこちらに駆けてくる。それだけならまだ人畜無害なただの知り合いだと安堵できたのだろうが、第一声がいけなかった。警戒度マックス以外の選択肢はない。
勿論、そんな疑念など、周りにいる友人たちに悟らせるわけにはいかないのだが。
駆け寄ってきた少年の格好を見下ろす。年齢は童顔の所為で同い年に見えるだろうが、肉体年齢でなら、私の知っている限りなら、今の私よりも彼の方が幾つか上だ。大体レオと同じくらい、まだ20をギリギリ超えないハイティーンだった。
白地にブラウンとアイボリーグレーのチェックがプリントされた綿のシャツの上には、夏の青空よりも鮮やかなサファイアブルーのサマーベスト。ぶかっとしたシルエットのベストとは対照に、インディゴブルーのジーンズは細身で、丈が長かったのか裾が捲られている。足元はブラックのスニーカー。ラフで無頓着でありふれているけれど、組み合わせから品の良さを感じる取り合わせ。アメリカによくいる、ティーンの少年そのものの格好だった。
そんな彼は、大人しそうな顔に似合う少し高い声でにこやかに話しかけてきた。
『よかった、やっと会えた!もう帰ってたらどうしようかと思ってたんだ!』
お前は誰だ、と間違っても口に出さなかった私を誰か褒めてほしい。いないか、そんなの。
少なくともここには。
『──────、ひさしぶり』
口にしたい百万語の代わりに、英語で呟くと、目の前の彼はメガネの奥の
「……星合くんの友達か?」
「ああ、うん。……知り合い、というのかな」
飯田くんの質問に、少し歯切れ悪く、それでも普段通りを心掛けながら答えると、なんと!と目を輝かせた。ゆびさきをまっすぐに伸ばして、カクカクとした動きが興奮しているのを如実に表していた。
『はるばる日本に、星合くんに会いに来たのか!すれ違わなくてよかったな!』
『本当にね!ありがとう!』
『俺は飯田天哉だ、こちらが俺と星合くんの友達の……』
『あ、えと。緑谷出久です』
『あ、麗日お茶子!です!』
『…………轟焦凍だ』
『皆チアキの友達なんだ、へぇ~』
突然現れた、明らかに日本人じゃない人物の出現に色めき立つ彼らを見回して、彼は邪気の無い顔から、一転して別人かと思うほどに、ぞっとするほど色気のある流し目で地面に視線を逸らし、少しためらった後に、こう名乗った。
『
天使のような笑顔を浮かべる目の前の少年が、私の眼には、獲物を前に舌なめずりする悪魔にしか見えない。
青い悪魔、襲来。