人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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アルコホリック・キラーレディ

 私、クリスティアナ・I・スターフェイズが異世界に落ちてきてから早半年と数か月。

 異世界人だとか血法が個性じゃないとか、実は10年サバ読んでる見た目は高校生、頭脳は秘密結社の秘書なヴァンパイアハンターだとか、まぁ世間や周囲の親しい人たちにも隠し通さなければならない秘密が大小あるわけだけれど、その中でも最近地味に気にしている秘密の悩みがあった。

 

 

「(お酒が飲みたい……)」

 

 雄英の敷地内、ヒーロー科1年A組の教室がある棟からそう離れていない屋外に設置された自動販売機の前で、小銭を投入する私の眼はやや虚ろだった。いわゆる死んだ魚の目というやつである。

 今は3限と4限の間の休み時間なので、近いとはいえわざわざ屋外まで足を伸ばしてまで15分の休みを無駄にするような物好きは今のところ周りを見る限り居ないが、それでも用心に用心を重ねて、口には出さなかっただけ褒めてもらいたいものだ。

 

 

 そう、目下の悩みというのはお酒が飲みたい、という話だ。

 意外に思われるかもしれないが、私は割と酒飲みだ。とはいっても、同じ酒好きの同僚・チェインとは違って、量よりも好みの味の酒を少し飲むのが好きで、週に多くて数回、ちょっと引っかけて満足するタイプだが。……ガバガバ飲んでも少し身体があったまって気分が少し上向く程度で、ほぼ全く酔わずに思考能力が落ちないものだから、大量に同じものを飲んでも楽しくないのだ。だから美味しいものを少し頂く程度で満足という、ちょっと珍しいタイプのウワバミである。

 

 ライブラの生命線でもある財布を握り、その中身をあの手この手で世界中から集める役職に就いているせいか、はたまた教会暮らしと実験施設暮らしという貧しい暮らしが人生の半分以上を占めていたせいか、金が必要なときは用途を見極めてドカンと出すが、それ以外は実生活含めほぼ締まり屋になった私は、お酒に対してもかなりお得でエコな体質なのである。

 

 

 だからライブラの飲み会でもチェインとの宅飲みでも、どっちかというとお酒をたしなみながらつまみを作る方に回っている。ライブラの飲み会じゃあっという間につまみが空になるので、ギルベルトさんだけに丸投げも申し訳ないからだ。

 彼はクラウス個人に仕えるコンバット・バトラーであり、ライブラの執事ではない。彼自身が非常に優秀で、私やスティーブンが書類や接待なんかで切羽詰まってる時にさりげなくコーヒーや紅茶をサーブしてくれたり、クラウスの園芸サークルの帰りのついでですとか言いながら迎えに来てくれたりする気遣いの達人だが、だからといってその優しさに甘えてクラウス以外の人間がこき使うなど言語道断だ。魔境を生き抜く構成員は揃いも揃って曲者、それが呑兵衛になるとと手の付けられないくらいのハイテンションかつワガママさんに変貌するので、飲んでも酔わない、吐かない私が適当にお酒片手に面倒を見たり、それぞれの好みのつまみを作って過ごすのだ。

 

 チェインとの宅飲みが習慣付いたのは、賭け目的でもないのに店で飲むといつの間にやら支払いがとんでもない額になるだけでなく(しかもほとんどチェインが飲んだ分)、女二人でバーに繰り出そうものなら面倒な酔っ払いに絡まれるのがセットになるからだ。

 お互いめっぽう酒に強いと発覚してから、何回かチェインがたまに行きつけているバーに同行し、案の定チェインの美貌とナイスバディにホイホイされた男と飲み比べをして(そして周りが便乗してバーテンダーを胴元に賭け事をするというのが、飲み比べにおける恒例行事なバーだったので自分も飲み比べを肴にちょっと賭けつつ)異界産の度数が天元突破しているグラスをさんざん煽ったチェインを彼女の自宅で介抱する(酒には強いが、チェインは飲み過ぎると悪酔いして最終的に全部吐くからだ)のを何度か繰り返した私が提案した。

 

 飲み会の趣旨が回を重ねるごとに段々と、女を口説けば必ず落ちる百戦錬磨のクールかつコールドな伊達男だが、身内からの好意に対してはとことん鈍い我が義兄に対する、賞賛(のろけ)と愚痴と昔話をねだられるよく分からない女子会にシフトしてからは、外で呑むデメリットに加えて、会話を盗み聞きされてライブラへの攻撃に利用される可能性やら、いらん情報を敵に与える可能性まで気を回さなければならなくなる面倒が発生してしまう。それなら宅飲みをした方が幾らか気楽というものだ。そもそも世話を焼くのは嫌いじゃない。

 ちなみに、ライブラの核構成員でのもう一人の女性であるK・Kは独身の多いライブラにあって珍しい家庭持ちなので、任務が終ればほぼ自宅に直帰だし、たまに飲み会に参加してもかなり面倒な絡み酒になること、加えてチェインの相談事の内容が内容なので、意外にフルメンバーでのライブラ女子会飲みが開催される回数は少ない。たまにパトリックの武器庫(アーセナル)での業務を終えたニーカも、都合さえ合えば参加してきたりする。彼女は可愛い見た目に反して健啖家(大食らい)なので、彼女が参加する時はつまみもボトルも消費が一気に激しくなるのを見込んで、ある程度食材を持ち込んでもらっているのは余談だ。

 

 自分の身の周りの事に関しては無精なチェインの家で呑むときは、チェインが潰れて吐いた後にベッドに転がした後は、チェインが溜め込んだ酒瓶やらゴミを始末して、翌朝これでもかと詰められたビール缶と生ハムやらサラミなどのつまみ以外入っていない、女子としてアレな冷蔵庫に溜息を吐きつつ、チェインが寝ている間にマーケットで買い出しをして簡単な朝ご飯を作るのが恒例化していて、朝ご飯の匂いにつられて起きてきたチェインに「クリスお嫁に来て……」とぼっさぼさの頭と隈をこさえた姿で腰にすがりつかれるまでがお決まりのルーチンである。ニーカが居るときは彼女もプラスで引っ付き虫になる。

 顔とファミリーネームは確かに意中の人(スティーブン)とほぼ一緒だが、残念ながら血の繋がりは(多分)ないしそもそも女なので無理な相談である。というかそっちが婿なの、それでいいのかと脳内ツッコミをしつつも頭を撫でてしまうあたり私もお人好しである。

 

 

 

「(オールマイトにお願いしたら買ってきてくれないかなぁ……)」

 

 ジンジャーエールのペットボトルのボタンを押し、ガゴンと音を立てて受け取り口に落下したそれを手に取り、早速蓋を開ける。

 なにしろ、この世界に来て、何の因果か15歳頃の身体に戻って早くも半年以上が経っている。イコール禁酒期間なので、この禁断症状じみた衝動もたぶん病的なアレではないと信じたい。ヤクと酒と女と賭博のロイヤルストレートをキメているどこかのクズの気持ちを、たとえほんの数千万分の一ミリでも味わうことになろうとは、人生何が起こるか分からないものだ。

 

 頭の中に、星合千晶(わたし)の中身が成人済みな事情を知っていて、尚且つまだ買ってきてくれそうな保護者(オールマイト)を思い浮かべてみるものの、正直望み薄だ。なにせ、彼は生粋のナチュラルボーンヒーローで、今は高校教師である。ついでに挙げるなら、宿敵との激闘でこうむった大怪我の後遺症に苦しんでいる病人でもあるので、健康には人一倍気を遣っている。一日五食のスペイン式食事法が身体に合ったらしく、多大な無茶さえしなければ、出会った当初と比べると随分と吐血も減った。……ストレス溜めやすいからすぐ吐血はするが。

 ガリガリに痩せこける前は人の数倍食べていたそうだが、そもそもお酒はあまり飲む人では無いようで、たまに先生方との飲み会に付き合いで出かけるくらいで、私の家にご飯を食べに来るときは絶対に飲酒をすることも無ければ、お酒の匂いを纏ってくることも無い。

 

 以前、まだここまで飲酒衝動が出ていない頃、ふと思いつきでお酒飲みたい、と呟いたことがあるのだが、今は未成年の身体だし、肝機能もそこまで整ってないだろうから駄目だよ、と困った表情でしどろもどろながらも、やんわりきっぱりダメと言われた過去もあり、尚更頼んでも望み薄な未来しか見えない。

 もう一人の保護者(塚内さん)?現役警察官に未成年飲酒の幇助をさせてどうする。話を持ち掛けた瞬間に、死んだ魚の目と真顔のセットでとつとつと説教される未来しか想像できない。

 だからと言って、自分で買いに行くなど論外だ。コンビニでも酒瓶やらが置いてある日本だが、未成年の購入に対するチェックは厳しいし、雄英体育祭でど派手に暴れた自分が買いに行けば、雄英とオールマイトの沽券にかかわる。自分の容姿に対する影響力はそれなりに分かっているつもりだ。たぶん。

 

 

 最終手段はひたすら駄々を捏ねて情に訴えかけるくらいかなぁ、と遠い目をする。オールマイトの優しさに付け込むようだが、これ以上禁酒していると、ジンジャーエールでの誤魔化しも効かなくなって我慢ならずに料理酒の方に手を出しそうだ。

 というかこんな状態になったのは、昨日、アサリの酒蒸しを作ったのがトリガーになったらしい。ただ貝が食べたくなって、スーパーに寄ったらいいアサリがあったので買ってきたはまではよかったのだが、ヨーロッパ圏上位の水産物消費量を誇る国柄と、出身地バルセロナが海に面した土地柄ゆえに、どちらかというと魚料理の多いスペイン料理ではなく、どうせなら目下習得中の和食の練習にと思って料理本を開いたのが駄目だった。これでもかというくらいに胃を刺激する芳香なのに、酒精はほぼ飛んでいるという拷問よ。貝に罪はないので美味しくいただいたが。

 

 

 

 蓋を開けた瞬間に、プシュッという爽やかな音と共に容器の中で泡が踊るのを若干死んだ目で眺めていると、星合じゃねえかと低い声が掛かった。振り向けば、ひらひらと手を振ってこっちに向かってくるクラスメイトの姿があった。

 

「あ、砂藤くん」

「おう、お疲れ。今日も暑いなぁ」

 

 ぱたぱたと手で顔を仰ぎながらやって来た砂藤くんに「日差しもだんだん強くなってきたしねぇ」と笑うと、全くだとばかりに彼は頷いた。朝、家からペットボトルでお茶を持って来たのに飲み切っちまったから買いに来たんだよ、と頭を掻く彼の気持ちはよく分かる。衣替えはまだだが、クラスの中にはちらほらと授業中はブレザーを脱いでワイシャツ姿で、袖をゆるく捲っている生徒が目立つようになった。

 

「今年の夏も暑くなりそうだぜ」

「そっか。私は今年が初めてだな、日本の夏」

「去年までアメリカにいたんだっけか」

「そうそう」

 

 まぁ正しくは紐育改め、世界の特異点・霧の街ヘルサレムズ・ロットなのだが、そんなことはおくびにも出さずに頷く。ちなみにHLは年中通して気候の変動がほぼ無く、日光が霧の結界で遮られているせいで気温の変化にも乏しい。少しは昼夜の寒暖差はあるものの、それも微々たるものだ。

 

 コーラのペットボトルを選んだ彼と並んで一緒にクラスへと戻りつつ、とりとめのない話をする。

 砂藤くんの個性は“シュガードープ”、糖分10gにつき3分間パワー5倍という、系統としてはイズクと同じ増強型個性だ。個性上必要不可欠なエネルギー補給のために、その屈強な見た目に反してお菓子作りが趣味だというギャップ持ちの彼は、前々から海外のお菓子にも興味があったらしく、入学して数日経った頃、興味津々で話しかけられたのが交流の始まりだ。

 

 スペインだと朝からチュロスや揚げパンを濃いホットチョコレートに浸して食べるのが当たり前だったり、紐育にネオンカラーをしたカラフルなレインボーベーグル(正直外国によくあるカラフルな粘土にしか思えない見た目、しかもHL発祥じゃなく大崩落前からの名物だ。調べたらこっちの世界にも何故かあった)なんていう中々サイケデリックなものが売っていたりといった、お菓子や軽食にまつわるちょっと変わった面白い話をしたのがウケたらしい。牙狩りの任務で世界各地を巡った経験をフル活用してマメ知識を話す代わり、砂藤くんからは日本のコンビニの新商品のお菓子や、美味しいケーキ屋さんの情報を教えてもらううちに意気投合した。

 

 私自身は砂藤くんほど甘党ではないが、甘いのも辛いのも人並みに好きだし、ライブラでギルベルトさんの淹れた最高に美味しいエスプレッソや紅茶を頂きながら、クラウスにも供される上等なお茶菓子を摘まんだり、接待で良いレストランのコースに付いてくるデザートを食べたり、何故かタイミングを見計らったかのようにオフの時に決まって現れるアリギュラとカフェでお茶をしたりしていたので、荒んだ人生の割には舌はかなり肥えている自覚がある。ついでに言うとオールマイトも甘党なので、おススメのケーキ屋に外れのない砂藤くん情報は非常にありがたかったりもする。

 

 

 そんな繋がりがあるので、輸入食品を扱っているスーパーに立ち寄った時に、アメリカやヨーロッパに居た時好きでよく買っていたスナックやチョコレートに似たものを見かけるとつい買ってしまう。その度に砂藤くんや、彼とよく一緒に居る障子くんや口田くん、常闇くんといった比較的A組男子では大人びた(もしくはおとなしい)メンバーとわいわい言いながら食べたりする。

 他のクラスメイト、特に賑やかな面々のミナやトオル、上鳴くんや切島くんたちもたまに興味を示してつまみに来たりして、最終的にいつの間にかクラス全員で食べていたり、日本人の味覚に合わなかったやつはクソ甘いだの胸焼けしそうだの、中身や包装の色がヤバいだの、散々な言われようをしつつも、なんだかんだ食べきっていたりする。逆に美味しかった場合はちょっとした小競り合いになるので、ジャンケン大会が繰り広げられたりと様々だ。

 

 

 あとは、世界の食事情以外にもよく聞かれるのが外国のヒーロー事情だ。しかも、私が直前まで居たことになっているのはアメリカ・紐育。ただし異世界の、という但し書きはつくが、こちらの超人社会におけるアメリカも大崩落前のNYC(ゴッサム)を内包していた頃のアメリカとほとんど大差はない。

 こっちに飛ばされてきてすぐに、一般常識を知る過程で世界情勢とヒーロー制度のルーツを辿った際に知ったことだが、ヒーロー制度を世界で初めて提唱し、ヒーローの“本場”と聞いて誰もが真っ先に連想するのが、あの自由の国らしい。

 

 その中でも(こちらの世界での)紐育といえば、有名なアメコミヒーローを多く世に送り出してきた2大アメコミ出版社の片割れの本拠地があるヒーローに縁深い地であり、実際に現行のヒーロー制度の前身である自警団(ヴィジランテ)と呼ばれる、勇敢なるボランティア市民が警察と協力、時に反発し合いながらも治安を守っていくスタイルをアメリカ国内でも早く取り入れた都市として有名だ。

 まぁぶっちゃけると、80万の人口を擁する世界最高水準の大都市という紐育の性質上、個性発現の黎明期、人口に比例するように個性を使った犯罪が頻発して、既存のNYPD(紐育市警察)だけでは手に負えなかった裏事情があるようだが、大概の歴史の転換期にはよくある、教科書に乗せられない大人の事情というやつだ。

 “超常”が発生してから既に第四世代(イズク達の代のことだ)の時点で個性保有率が80%になった今も、世界におけるヒーローの本場の一つとして、ヒーローマニアの中で根強い人気を誇るのが紐育だという。

 

 外国のヒーロー事情はそう多く日本に発信されるものでもないらしく、前は紐育に居たと発言すれば、当然のように周囲から息せき切ってアメリカンヒーローについて尋ねられるのだが、紐育は紐育でも私が居たのは異界との境界都市に変貌する前の紐育と大崩落後のHLなので、当然こっちのヒーロー事情には疎い。

 けれど誤魔化し続ければ当然勘繰られるので、ほどほどにお茶を濁しつつも、一応言動の整合性を取るために世界情勢や有名ヒーローの活躍はネットで逐一チェックしてはいる。近くにイズクという根っからのヒーローオタクがいるので、迂闊な言動は自分の首を絞めかねないからだ。……いずれ折を見て事情は話すつもりだが。

 とはいえ、ネットでかき集められる情報にも限界はあるし、そもそもメディアや個人のSNSなんかから引っ張ってきた情報では真実かどうかも怪しい。やっぱり近々、実際に外国へは行った方が良さそうだ。……問題は、一応経過観察対象なので、出国許可が下りるかどうかだが。

 

 敵連合との戦いに折り合いがつけば、オールマイト同伴で海外旅行も行けるだろうかと思いつつも、同時に砂藤くんともうすぐ出始めるコンビニ夏の定番シリーズ、塩や梅、レモンを使った商品について教えてもらうという会話を器用に同時並行で行っていた私は、クラスに足を踏み入れるなり、モモの席の周りに女子陣が大集合しているのが目に入った。

 

 

「何してるの?」

「あ、おかえり千晶」

「ヤオモモがチョコレート持ってきてくれたんだよ~!」

 

 ぶんぶんとトオルが激しく手を振る後ろ、席に着いたままのモモの手元には、確かにチョコレートらしき箱があった。……ただし、コンビニに売っているような感じの小さな紙箱ではなく、お中元やらお土産でよく見かける、平たく大きい立派なものだ。近寄って見れば、箱の蓋には某有名チョコレート店のロゴが入っている。

 

「頂きものなのですが、沢山頂いてしまって……美味しいのですが食べきれそうにもないので、よろしければ皆さんにもと思いまして」

「なるほどね」

 

 お昼前で小腹が空く時間だ、仕切りの紙で正方形に小さく区切られた箱の中には、一粒一粒の手の込みようがよく分かる、形もデザインも様々な大粒のチョコレートが入っていた。何人かは既にもきゅもきゅと口を動かしていて、お茶子が口を開けずにおいひいよぉ、と至福の笑みを浮かべてこちらに訴えかけた。

 

「千晶さんもおひとつどうぞ」

「ありがとモモ」

 

 モモのお言葉に甘えて、少し悩んだ末に四角い形の、一つの隅に金箔が振りかけられているビターチョコレートの粒を指でつまみ上げ、小さく齧る。途端に舌の上でとろける甘さに、自然と頬もほころんだ。

 

「ん、美味しい」

「それは良かったですわ。昔からここのメーカーのチョコレートは好きなんですの。叔父様が覚えていてくださって、たまにこうして詰め合わせを下さるのですが……今年は少し多くて。幸せのお裾分けですわ」

「なるほど、ヤオモモ愛されてんねー!」

 

 嬉しそうに顔をほころばせるモモと、ハイテンションなミナを眺めながらチョコレートを齧る。残りのチョコレートも指の熱で溶ける前に口の中に放り込んで、指に付いたチョコレートも行儀が悪いとは思いつつ舐め取ってから、買ったばかりのジンジャーエールで喉を潤す。しゅわしゅわとした炭酸と、つんと突き抜けるような辛みと少しの苦みが喉を刺激しながら滑り降りていく心地は、どことなくジョッキになみなみと注いだお酒を飲み干す感覚に似ている。いい飲みっぷり!とトオルが囃したてた。

 さっきまで頭を占めてやまなかったお酒飲みたい衝動が少し落ち着くのにふぅ、と息を吐いていると、人差し指をくちびるの隣に押し当て、小さく首を傾げた梅雨ちゃんが口を開いた。

 

「千晶ちゃん、最近ジンジャーエールを良く飲んでいるわね。好きなの?」

「そーいえば確かに。どっちかっていうと千晶、コーヒーよく飲んでるイメージなのに」

 

 梅雨ちゃんの鋭い指摘に、キョウカも頷く。このお二人さん、周りをよく見てる上に鋭いからなぁ。ここはHLでもなく、ましてや今は一介の学生なのだから二人の指摘に他意はないと分かっていても、ちょっとぎくりとしてしまう。

 ジンジャーエールを好む理由が単純に風味が好きっていう以外に、絶賛禁酒中だから代替品として飲んでるっていう後ろめたい事情で少し気後れしてしまう悪い大人が、きゃっきゃしてるティーンに混じっててゴメン。被害妄想だと分かってても今ちょっと情緒不安定だから年取るとダメだね。自分でもこんなにお酒に依存してるとは思わなかったよ。

 

 ……という思考をきっかり0.03秒で終えた私は、不穏な内心は一切伏せてああ、と普段通り朗らかに笑った。

 

「うん、ジンジャーエールは好きだよ。コーヒーも好きだけど、暑くなってきたからやっぱり炭酸が飲みたくなって」

「あーわかる!あっつい夏は冷たいコーラとかCCレモンとか炭酸が美味しいよね」

「ウチはやっぱマッチかな」

「私はアイスティーですわね、梅雨さんは?」

「私は冷たい緑茶や麦茶かしら、弟妹たちと良く飲むのよ」

「お茶子は何が好……お茶子?」

 

 夏場の好きな飲み物トークになり、お茶子の方を振り返った私はギョッとした。さっきまで美味しそうにチョコレートを頬張っていたお茶子の表情が、うららかどころかむしろ幸せそうな方向で総崩れしていたからだ。だらしなく緩んだ口元から唾液が零れそうなのを見かねて、お茶子、お口チャックね、とまだ小さい妹弟子たちへの躾でよくやっていた口の前でバッテンを作るジェスチャーで窘める。何故か視界の端でモモやキョウカ、男子諸君らが身悶えしていたような気がするが今はスルーしておく。

 が、ふとお茶子から香った匂いにん?と私は動きを止めた。そんな挙動不審な私を見てもお茶子はへにゃへにゃと笑っていて、チャームポイントの赤らんでいる頬がいつも以上に赤いことに気付いた私は、ふと鼻を掠めた匂いと合わせて脳裏に掠めた仮説にまさか、と頬を引き攣らせた。

 

「モモ、チョコレートの説明書ってついてた?」

「え、ええ、ありますわ。こちらです」

 

 ありがとうと一言断って、箱の蓋の中に入れられていた手のひらサイズのパンフレットを受け取り、早速開く。

 

「お茶子の食べたチョコレートって誰か分かる?」

「お茶子ちゃんが食べてたのはこれと……あとこの銀紙に包まれてたヤツだったと思うわ、千晶ちゃん」

「ありがと梅雨ちゃん、……あー、やっぱり」

 

 梅雨ちゃんが指し示してくれた、多分お茶子が食べたのと同じ形のチョコレートとパンフレットを照らし合わせた私は、銀紙に包まれた方のチョコレートの但し書きを見てああ、と溜息をついた。予想通りの文章が並んでいたからだ。

 

「ウイスキーボンボンで酔うって、迷信じゃなかったんだねぇ……」

 

 ため息交じりに説明書をモモに返しながら呟いた私に、その場にいた全員がぎょっとした表情でお茶子を見た。

 

「えっ、マジ?ちょっと麗日大丈夫?」

「えへへ~大丈夫やよぉ」

「駄目だ……こりゃ酔っ払っちゃってるねぇ」

 

 非常に上機嫌そうにふにゃふにゃ笑いながら、段々左右に揺れ始めたお茶子の足元はまだぐらついてはいないが、普段に比べればずっと無防備なのは一目瞭然だ。ほろ酔い状態なのだろうが、この状態で授業を受けるのは無理だろう。良くて寝るか、悪くて座った体勢から倒れるか吐くか。どちらにしろ危ない。

 

「すみません、まさかウイスキーボンボンが入っているとは……いつも父が好んで食べていたので知りませんでしたわ……」

「いや、モモの手落ちじゃないよ。本物のウイスキーならともかく、ボンボンのアルコール含有量なんてたかが知れてる。普通酔っ払いもしないよ。説明書にも2~3%って書いてあるし、お茶子がたまたまお酒に物凄く弱かったってだけの話じゃない?」

 

 顔を真っ青にして顔に両手を当てているモモのせいではないとフォローを入れつつ、私もウイスキーボンボンを一つ手に取って、銀紙を剥がしてぽいと口の中に放り込む。外のチョコレートの殻はすぐ舌の上で溶けて、ウイスキーの風味が後から口の中に広がった。うん、普通に美味しい。

 ボンボンが昔ながらのウイスキーボトルを模した形で、銀紙もボトルのラベル柄だったらお茶子も気が付いただろうけど、何の変哲もない赤い銀紙に包まれていては分からなかっただろう。こういうチョコレートの詰め合わせのは何が当たるか分からない所も魅力だが、中身が日本人には食べ慣れないヌガーだったり、ラムやウイスキーといった洋酒を風味づけに使ったものが混じっていることがある。

 洋酒チョコは大人向けの味はしているが、アルコールは微々たるものなので、よほどお酒に弱くなければ普通は酔っ払わないのだが……お茶子はちょうどその例外だったらしい。日本人は欧米人と比べて、アルコールが肝臓で分解されてできるアセトアルデヒドを、人体に無害な酢酸と水に分解する能力が弱い人が多いとは聞いていたけど、ここまでの人が実際に居るとは思わなかった。

 

「っていうかフツーに千晶ちゃんウイスキ―ボンボン食べてるけど大丈夫!?」

「大丈夫、ベルギーに行った時にもうちょい風味のきついのもよく食べてたから」

 

 任務でベルギー支部に短い期間行った事があるが、就業が終わった途端に、仲の良かったやたら女子力の高いオネエに有名パティスリーツアーに引きずりまわされたからな、と遠い目をする。キャラは強烈だったけど血法の腕は本物だったし、人柄も抜群に良いひとだった。そもそも仲が良くなければ誘われても一緒にパティスリー巡りなんてしないが。

 彼は美食家だったので、連れていかれた店はどれも味が一級品だった。中でも好んで食べていたのが洋酒系のボンボンやナッツを糖衣でくるんだドラジェだ。モモが持って来たチョコレートは日本人の味覚に合うように調整されているので、ベルギーで食べたものと比べるとウイスキーも控え目な気がする。

 いっそこれからはジンジャーエールじゃなくて、お酒を風味づけに使った食べ物を取り寄せてみるかと若干機嫌を良くした私は、トオルに問題ないと軽く手を振って、ちょっとフラついているお茶子に歩み寄った。

 

「お茶子、私の肩に腕回せる?」

「んんー、千晶ちゃん……?」

「うん、合ってるよ。ちょっと移動するからしっかり捕まってな」

 

 はぁい、と生返事のお茶子の両腕がしっかりと首に回ったのを確かめてから、少し屈んだ私はひょいとお茶子の膝裏を掬い上げて横抱き、いわゆるお姫様抱っこというやつをした。これにざわめいたのは周囲で、おおっという歓声が上がる中、何故か顔を真っ赤にしているモモやキョウカが気になるが、授業開始まで数分も後が無いので、何事かと近寄ってきた飯田くんに言伝を頼むことにした。

 

「飯田くん、ちょっとお茶子を保健室まで運んでくるから、相澤先生に遅れますって伝言頼める?」

「うむ、分かった。しかし、一人で大丈夫かい?」

「ああ、うん、大丈夫。今は起きてるし、お茶子自体はそんなに重くないから。どっちかっていうと人一人抱えてる責任の方が重い。一応血法で落ちないようアシストするから一人で大丈夫」

 

 人間は何故か寝ると重量が重くなるのだが、首に縋り付いたままのお茶子はむにゃむにゃと唸ってはいるものの、辛うじて起きている。お茶子は小柄な上、私と身長差もあるのでそれほど重さを感じないのもある。以前血法で飯田くんや爆豪を持ち上げた時に比べればずっと楽だし、指から出した血糸を腰のあたりに巻き付けて、万が一でも落ちないようにしておけば安心だ。

 笑ってそう付け加えれば、飯田くんも顎に手を添えてなるほど、と頷いた。

 

「そうか、気をつけてな」

「ん、よろしく委員長」

 

 飯田くんとクラスメイトに別れを告げ、廊下に出た私は保健室を目指して歩き出した。

 

 

 

 ちなみに。

 

「王子だ……イケメンがいた……」

「千晶が男だったら絶対ウチ惚れてたわ……」

「おんぶじゃなくて当然のようにお姫様抱っこしてたわね」

「ちょっと噴き出す感じで笑いながらのしっかり捕まってな、って辺りにすごいきゅんとした!」

「相変わらず紳士的でしたわね……千晶さん、ボンボンがお好きなんでしょうか……?」

 

「……ウチのクラスの真のイケメンってもしかして星合なんじゃねえの……?」

「シッ、虚しくなるようなこと言うなバカ!」

「なんつーか、B組の拳藤は姉御で、星合はイケメンって感じだよな」

「つーかもうあれはスパダリ」

「何やってんだお前ら、予鈴鳴ったぞ席につけ―」

 

 という会話があったことは、勿論私もお茶子も知らない。

 

 




 タイトルからうっすら漂うアルコール臭の通り、お酒にまつわる日常SS。秘書嬢はイケメンだよ中身が。という話。
 秘書嬢はチェイン同様酒豪。しかも飲むだけ飲んで吐くチェインとは違って酔わない・吐かない・量を飲まないなので大体の人に酒に弱いと勘違いされ、あわよくばと潰しにかかった不貞の輩で屍を積み上げるタイプ。多分血法のせい。

 アメリカのヒーロー事情については完全に捏造ですが、サイケデリックな色合いのベーグルは実際にあります。ググって見ると分かると思いますがすごく……粘土です……。朝からチュロス食べるのもマジらしいですね。胃もたれしないのか。
 お茶子さんは下戸でも普通に飲めてもいいと思うんですが秘書嬢シリーズの彼女は下戸になってもらいました。個性使ってゲロるよりかはまだ幸せそう。
 
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