人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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期末試験後~合宿編の合間の時系列にあった話。A組で海にお出かけのはなし。


幕間|夏だ!海水浴だ!
Summer Light Howling.


「海?」

「そう! 期末も終わったし、林間合宿後は仮免取得で忙しくなるからさ、今のうちにA組皆で夏の思い出作りてぇなって話になったんだよ!」

 

 

 7月も半ば、あと数日程で前期が終わり夏休みも目前とあって、雄英の雰囲気もどことなく浮ついていた。そんな空気を感じ取りつつも、国内最高峰との呼び声も高い雄英高校ヒーロー科には丸々一か月間の休みがあるわけも無く、それなりのハードスケジュールが組まれていた。

 一つは7月後半にある一週間の林間合宿。ヒーロー科の林間合宿がただの学校行事なわけもなく、主な目的は個々人の個性を伸ばし、本物の自然環境下で活動が制限される中での立ち回りを身に付け、厳しい自然の猛威による災害が起きても適切な対応・救助ができるように、というガッツリ強化合宿な内容だ。

 その後も9月にある、本来は2年前期から修得予定になっていた、緊急時の“個性”使用の限定許可証であるヒーロー活動認可資格の仮免試験に向けての集中講義や圧縮訓練など目白押しで、まともに終日休みなのはお盆の時期ぐらいになる。クラスには遠方から来ている生徒もいるので、予定されている盆休みは世間より少し長めに設けられているが、他のヒーロー科高校と比べれば圧倒的に忙しい。

 

 そんな中、海に出かけようという話を持ち掛けてきたのは、クラスの賑やかメンバーだった。

 

「あとは夏祭りとか! 高校生の夏は短いからね! 堪能しないと!」

「なるほどね。良いんじゃない」

 

 ぶんぶんとトオルの半袖の袖部分が激しく上下に揺れているところから、夏のイベントで頭の中が一杯なのだろう、興奮気味に腕を振っているのが容易く想像できた私は二人から詳しい日程を聞き、特に予定も入ってないことを確かめてから、断る理由もないと肯定した。

 そんな私の返事に、ミナとトオルはハイタッチで喜んだ。

 

「やった、じゃあ女子全員参加だね」

「轟も行こうぜ、こーいうのは人数多い方が楽しいしよ」

 

 切島くんが私の隣に立つ轟にも声を掛ける。一瞬轟は考えるような仕草を見せたものの、やがておう、と頷きを返した。

 それを見た切島くんはニカッ、と明るく破顔する。

 

「おっ、じゃあ後はバクゴーだけだな! ちょっと行ってくるわ、詳しいことはまたラインすっから!」

 

 トイレから帰ってきた爆豪へ突撃していく切島くんがあっという間に去っていく。トオルとミナも自分の席へと戻っていき、彼らが突撃してくる前の静けさが戻ってくる中、思わず私は轟をまじまじと見た。

 

「珍しい、週末はお見舞いがあるからって断ると思った」

 

 体育祭の後、無事に轟のお母さんと和解出来てからというもの、轟は10年分の空白を埋めるように、毎週のようにヒーロー科唯一の休みである日曜日に足しげく病院に通っているのは知っていた。

 私も一度、体育祭が終わった後に改めてお見舞いに行った時に、轟は居なかったものの轟のお姉さんの冬美さんと出くわして、なんだかんだ仲良くなり(中身の精神年齢はほぼ一緒だからね)、今やアドレスを交換して轟には内緒でやりとりをしている。内容は轟と轟のお母さんの交流を見守る会、という感じだ。後は、私からも轟の普段の学校での様子をリークしたりしている。

 そういった経緯を知っているため、意外さを隠しもせずに呟く私に、あぁ、と声を洩らしながらも轟は後ろ頭を掻いた。

 

「お母さんが、クラスでの話をすると喜ぶからな……土産話に良いかと思って。あと、最近ずっと週末見舞いに行ってるから、週末に友達と遊んだりしねえのか、って心配するから」

「あぁ、なるほど……愛されてるねぇ」

 

 轟のお母さんの事も少し知っている私だからこそ、こうして理由を話してくれるのだろうが、それでも少し気恥ずかしそうな雰囲気を漂わせる友人ににやり、と偽悪的にほくそ笑む。

 茶化すような私の雰囲気にやめろ、と言いつつもなんだかんだ目元と口元が微妙にほころぶのを止められない轟は、やはりそういった何気ない会話をお母さんと出来るのが嬉しいのだろう。良い傾向だ、と内心うんうんと頷いてしまう私の気分は、さながら弟の成長を喜ぶ姉だ。仲睦まじくてなにより。

 

 牙狩りはわりとそういう家族の温かみとは無縁な、どっちかっていうと私みたいな孤児出身とか、わりと壮絶な過去持ちが多いから、轟母子の手さぐりながらも距離を詰めようという感じのやり取りは微笑ましい。ラインヘルツ家みたいな一族で特殊な血が受け継がれる場合でもない限り、どこの流派も属性の繋がりだけで血縁は無いところが多い。エスメラルダは師匠の方針で修行()()はアットホームなところもあれば、斗流のように弟子は少数精鋭で、修業時代そのものが悪夢の満漢全席な秘境の場合もあったりと、流派によって方針はかなりバラバラだ。弟子同士の繋がりも、ウチみたいな家族じみたところもあれば、さばさばとした淡白なところもある。

 

 

 中学の時の轟、というか体育祭前の轟じゃ、海に行こうと誘われてもそんな事してる暇無え、って取り付く島もなく一蹴されて終わりだったろうから、轟自身から少しずつでも周囲に歩み寄ろうとしているのは良い変化だと思う。周りとの交流は大事だ。特に雄英に入れた生徒は頭脳も個性も一級品だ、将来的な事を考えても人脈を作っておいて損は無い。牙狩り内でも、HLでも、事を上手く運ぶ時や、資金ルートの構築やら情報収集やらで最終的にモノを言うのは人の繋がりだったから、適度に相手の性質を見極めつつ、交流を広げておけば将来役に立つ。それを見越して経営科やサポート科、普通科があるんだろうし、利用しない手はない。……学生の内からそれを意識出来る人は少ないだろうけど。

 まぁ人脈うんぬんはともかく、気を許せる友人が増えることは良いことだ。特に轟の言動を見る限り、復讐のために修行に打ち込んで、なおかつ周囲に興味も無く好奇心だけで近づいてきた人間は突っぱねていたらしい。物静かだけど触れれば切れそうな鋭い雰囲気の、ちょっと目が澱んでる子っていう、私が初めて轟を見た時の印象は、今はだいぶ緩和されてきた。

 こうしてクラスメイトとも関わるようになったのがいい証拠だ。仏頂面もだんだん固さが取れてきたから、取っつきにくさはかなり無くなったんじゃないだろうか。私だけと交流するんじゃなしに、体育祭や職業体験を通して、イズクや飯田くんと一緒に居ることも増えたので安心している。

 

 中学の時の一匹狼だった轟と今の少し雰囲気のやわらかくなった轟を見比べて、一人でほっこりしていたら、ちょっと気分を害したらしい轟にジト目で無言のチョップを入れられた。ちょっと痛かったが、照れ隠しなのは轟の表情を見れば分かったし、そもそも言いたいことは即座に言ってしまうわりと不躾な口でズバッと言わずに、チョップなんて身体的コミュニケーションで諌めてくる辺り、轟なりの親愛の証なので許す。

 

 しかし……海かぁ。

 

「海行くの物凄く久々な気がするな……」

「俺もだ」

 

 バルセロナは海に面した都市だし、任務で海外を飛び回る中でも港町や沿岸部を何回か訪れる機会はあったけれど、純粋な遊び目的で海に行くなんて何年振りだろうか。HLの海なんて何が居るか分からないから泳げたものではないし、沖合には神性存在のタコ足(正式名称は知らないが)がいるので、リゾートな感じのビーチなど無い。ウン十年ぶりぐらいじゃないだろうか、泳ぐの。牙狩りの訓練で万が一の時の為に泳ぐ訓練は付けられている上、扱う血法の属性が属性なので、溺れる心配はほぼ無いが。

 軽く腕組みしてしみじみと呟くと、轟も似たようなものらしくこっくり頷いた。……確かに轟家ってレジャーとか家族旅行とは無縁そうな気がするな、主に仕事人間のエンデヴァーのせいで。普通に出かけるならまだしも、海で寛ぐ姿とか想像できない……。

 水着を買わなきゃいけないとか、日本の海で刺青晒すのはアウトかセーフか調べなきゃならないとか、まぁ色々準備しなきゃならないことだとか、当日の天気やらクラスのごく一部がろくな事をしなさそうだとか。そういった若干の不安はあるものの、それらを吹き飛ばすくらいに胸を占めているのは期待感だ。普通のティーンっぽいなぁと、年甲斐もなく浮き足立ってしまいそうなほどに。

 

「楽しみだね」

「そうだな」

 

 屈託なく笑った私に、轟もまた少しだけ、ほんのりと笑みを浮かべた。

 

 

 

**

 

 

 

 そして、A組総出での海水浴当日。それまでにA組女子7人で買い物に出かけ、デパートの水着売り場でお互いにあれが良いこれが良いと吟味しあい、そこそこ目立ちながらも水着を買ったイベントもあったのだが、特に特筆すべき大きなトラブルも無く済んだので、ここでは割愛する。

 指定された集合場所はクラスのほとんどが普段利用する雄英の最寄り駅で、移動時間を考えてそこそこ朝早くだったことからもあり、お約束のように数名少し遅刻する面々も居たが、電車を乗り継いだ末、一行は無事に目的の海辺へと辿り着いていた。

 早速男女に分かれて海の家の更衣室で着替える。まだ7月とはいえニュースで毎日のように真夏日だとか地域ごとの最高気温だとかと異常気象について取り沙汰されるくらいに気温が高いため、更衣室はそれなりに混雑していた。

 

「めっちゃ賑やかやねぇ」

「そうだね」

 

 ウキウキ気分が隠せていないお茶子の隣で服を脱ぎ、デパートで買った水着に袖を通す。

 

「ていうか、ホントに刺青無いようにみえるね、それ」

 

 キョウカが恥ずかしそうに手早く着替えつつも発した言葉に、他の5人も確かに、と声を揃えて頷いた。全員の視線がショートパンツから伸びる私の左足に集まるが、キョウカの指摘通り、普段はタイツで隠されている、左半身に描かれているはずの赤い刺青はパッと見ただけでは分からなくなっていた。

 

「ああ……ウォータープルーフの強力なコンシーラーで目立たなくしたんだよ」

 

 欧米に比べるとずっと刺青に対する偏見が未だに強い日本では、海水浴場やプール、温泉の一部では入場を禁止されることがある。念のため事前に今日訪れた海岸を調べたところ、企画したミナやトオルが気を回してくれたのか、特に刺青に対する規制はない海水浴場だった。

 だが、入場は出来るだけであって、偏見が無くなるわけではない。海水浴場は子供連れの親子も多く訪れていて、人によっては刺青を見るだけで顔をしかめたり邪険にする人もいるだろう。ガラの悪い連中に絡まれる可能性も高い。ある意味当然の反応なので甘んじて受け止めることも出来るが、それでも気分が悪くならないと言えるほど聖人君子でもない。

 タトゥーシールがファッションとして認められつつある現代でも、流石に首から足まで伸びる赤い刺青は悪い意味で目を惹く。何より背中は無数の傷痕が消えることなく刻まれており、今でこそA組女子は見慣れているが、本来なら初対面の時のように絶句して当然の代物だ。こんな気味の悪いものに見慣れてしまったのがむしろ申し訳ないくらいに。

 刺青と揃って見れば、確実に堅気の人間ではないと遠巻きにされるのが簡単に想像できる。だからこそ学校ではできるだけ露出を控え、夏場でも色の濃いタイツやサマーセーターで誤魔化していたのだ。

 

 幸い、近年日本でも海辺でのレジャーで日焼けを気にすることなく泳ぎたい、という機運が高まり、ラッシュガードという、元はアスリートが日焼けや水で柔らかくなって怪我をしやすくなる皮膚を守るために、布面積が大きくても泳ぐのに支障が出ないようにと開発された長袖の水着があるので、迷いなくそれを選んだ。

 お茶子やモモのアドバイスで私が買ったのは、最初に選んでいたアスリート向けのスポーティなものではなく、少しかわいさもある白地に紺のボーダー柄のラッシュガードに、脚の付け根が少し隠れるくらいのミニ丈の紺色のショートパンツのものだ。点数が増えるので少し値段は高めだが、下に着る水着もセットで付いてくるものを選んだ。下の水着はリボンを胸元でクロスさせて、後ろでリボンに結んだようなデザインの紺地のビキニだ。リボンをほどいたらはらりと落ちてしまいそうにも見えるデザインだが、勿論飾りなのでほどけたりはしない。

 本当はショートパンツの下に足首まで覆うレギンスもついているセットを買う気だったのだが、一応過去の経験から刺青は頑張れば消せると言ったのが不味かったらしく、それならレギンス履かずに足だけでも出そう! と押し切られたのだ。見ても何も面白くないよ。足裏とか出血針やら血凍道の影響でボロボロだし。

 

「本当に消えるんやね……」

「って言っても完全じゃないからね。……一応念のために、上半身の刺青も消してきたけど、流石に背中の火傷や傷は塗りきれないし、コンシーラーじゃ隠せないからなぁ……」

 

 一応、ライブラの窓役として資金調達のために、スポンサーとの付き合いでパーティに出席することも多い身の上だったが、ドレスは基本背中を露出しないデザインのものや、露出しても面積が控え目なものやレースで曖昧に隠されたものばかりを多く身に付けていた。火傷痕はケロイド化して表面が凸凹な上に、結構背中の広い範囲を占めているので、刺青のようにコンシーラーで塗りつぶして消す、というわけにもいかず、いつもK・Kやチェインの手を借りて人工スキンを貼って、境界をファンデーションで曖昧にぼかすのが常だった。

 とはいえ、至近距離まで人が近づけば本物の皮膚とは質感が違う上に、鋭い人はゴムの匂いでバレる(カモフラージュに香水は少し振っておくのだが気が付く人は気づく)し、貼ってあるだけなので水場には向かない。なので、水辺で脚は出せても背中は出せなかったりするのだ。刺青もコンシーラーでほぼ分からない程度に消せてはいるが、間近に寄られてまじまじと見られればもちろんバレる。まぁパワフルな美少女ぞろいだから、そんな物好きもいるまい。

 基本今日はガッツリ泳ぐのではなく、のんびりパラソルの下で荷物番をしながら本を読んだり、貝殻探しをしたり、海に入っても浅瀬で足を少し付けるのが精々にしようとしているので、コンシーラーが落ちることもないだろう。

 ……一応無いことを祈るが、A組には欲望が絡むと何をしでかすか分からない要注意人物が一名居るので、念のために刺青だけは上半身も消してきた。どちらかというと隠したいメインは見た目にもエグい背中の傷なので、たとえラッシュガードを引っぺがされそうになっても、絶対に背中は死守するつもりだ。体格差とパワーを考慮しても、数秒もみ合ったとしてもその間に凍らせられるとは思うのだが、なにせ人間は欲が絡むと何をしでかすか分からない。本当に。

 念には念を入れて、こういう靴を脱がないといけない場面でも血法が使えるようにと雄英の被服控除で作ってもらった、耐塩加工された水辺仕様のトゥリング(足の指に嵌める指輪の事だ)と補助のアンクルブレスレッド、そして指輪も手に嵌めている。傍目にはシンプルなシルバーアクセサリーにしか見えないだろうが、一応武装中である。もちろん法に触れるので自己防衛にしか使えないが。

 

 

 そんなこんなで全員着替え終わり、日焼け止めの塗り合いっこをして、夏の日差しの対策も終えたところで、ミナを先頭に更衣室を後にする。

 

「夏だぁあああああああ!」

「海最高ぉぉぉおおお!!」

「ヒャッホォオオオウ!!」

 

 

 ……更衣室を後にした直後に目の当たりにした、海に向かって拳を突き上げて大声で叫びながら海へ飛び込んでいった後ろ姿に見覚えなんてない。あれの知り合いだとはちょっと思われたくない。

 

 

「テンション高っ……アレ上鳴と峰田だよね」

「大はしゃぎですわね……」

 

 私は素知らぬ顔で目をそむけたのだが、キョウカやモモの言葉で、やっぱり……と一瞬だけ見えた後ろ姿の人物の答え合わせをしてしまい、思わず苦笑いする。

 ちなみにキョウカの水着は薄い水色のセパレートで、チョーカー付きのデザインと、フリル多めのスカートタイプのデザインが可愛らしい。キョウカ自身はデパートでこれを見つけた時、最初自分で「良いな~」という感じのオーラを醸し出しながら見ていたものの、いざ私やモモに見つかるとハッとした表情で慌てて棚に戻し、良いじゃんと勧めても、自分の中で可愛いものはキャラと合わないという強迫観念でもあるのか、こんな可愛いのウチには似合わないでしょ! と真っ赤になって抗議していた。しばらくの問答の末、大丈夫可愛いからと他のメンバーで口説き落として、なし崩しに買わせたというエピソードがある。普段の私服はパンクだが、発言の端々にたまにロマンチストというか、乙女っぽいものが滲むキョウカだ、少し恥ずかしそうだが、可愛いし似合ってるから自信を持って良い。

 

 そしてモモは、峰田をしてヤオヨロッパイと常々言って憚らない、高校生どころか日本人離れしたプロポーションを、シンプルなデザインの黒のビキニがその大人っぽさを引き立てている。プロポーションと露出度で言うなら、A組一番だろう。少しきつめの美人顔なので良く似合うが、中身はどちらかというと可憐というか、ピュアセレブゆえの少し世間と羽二重ズレした素直さが本当の魅力だ。

 そんなことは周囲の卑猥な視線を向ける輩が知る必要はないが──彼女持ちの男は思い切り彼女にお仕置きされてしまえばいい。まだ砂浜に降り立って少ししか経っていないのに早くも視線が集まり始めているので、変な輩に絡まれないように注意しておいた方が良さそうだ。

 

 そんなモモは不躾な周囲の視線を分かっているのかそうでないのか、普段から赤いレオタードのヒーロースーツという露出度の高い格好でもあまり恥ずかしがらず堂々としている割には、今は少し恥ずかしそうに胸の前で腕を交差させている──あ、違うわ、恥ずかしがってるの峰田のガン見のせいか。

 

 血走った目で、視線が物理的な攻撃力を持っていそうなほど視線を向けていることを隠しもせずに食い入るようにモモの胸だけを見ている峰田にイラッとした私は、少し足を速めてモモの傍に歩み寄る。そして「見てんじゃねえよ」という意味を込めて、モモの肩に軽く腕を乗せながら冷たい見下す目で峰田を牽制する。すると海面から沖合に浮かぶウキよろしく、頭だけぷかぷかと海面に出して浮きながら「うひょー」と奇声を上げながらサムズアップしていた峰田は、これまでの数々のお仕置きを思い出したらしく、顔色を髪色と同じブドウ色に染めながら海の中へログアウトしていった。……すぐ浮かんでは来たが。

 

 そして何故か峰田はモモの隣に立つキョウカを一瞥したものの、興味なさそうに特にコメントも無くミナやトオルに視線を移した。

 ……そういうところが同じ脳内ピンクでも、女に好かれるザップとは違うよなと思う。奴は節操無しのクズだけど、スレンダー体型をないがしろにすることは無い。男のさがなのか、テンプレートのような金髪碧眼巨乳美女がタイプらしいが、それでも女性の体型に口さがなく言ったりはしない。小さければそれはそれでデカくする醍醐味があるってしれっと言ってのける奴だからな、ザップは。

 ……峰田がモテないのって外見うんぬん以前の問題だと思うんだよなぁ。

 

「ちょっ星合なんでオイラをそんな可哀想なものを見るような目で見てくるんだ!!??」

「実際カワイソウだと思ってるから」

「ヒデェ!!!! 緑谷や轟に対する優しさを一ミリでもいいからオイラに分けろよ!!!」

「私は平等に優しくしてるつもりだけど、デリカシーのない女の敵には一切容赦しないよ」

 

 ヒデェだのオイラにだけ当たりがキツイだのぶつぶつ言ってるのがここまで聞こえてくるが、しばらく呆れモードで死んだ魚の目で見つめるにも飽きたので、モモにしなだれかかるように少しだけ体重を乗せて寄り掛かっていた腕を下ろす。

 

「しっかし、芦戸は相変わらず良い腰つきしてるし、葉隠の浮かぶ水着もたまんねぇなぁ」

「峰田の変態! バカ!」

「スケベ反対―!!」

 

 ぐへへ、と気味の悪い笑みを浮かべる峰田にミナとトオルが抗議しているが、それを苦に思うような繊細さがあれば、私にいくら締められようと犯罪ギリギリの行為を繰り返したりしないだろう。

 私が人狼だったらチェインよろしく、頭の上に顕現して足ふきマットにできるが、峰田の“個性”は頭のくっつくボールなので、同じやり方だとろくなことにならなさそうだと想像した瞬間に考えるのを止めた。っていうか多分アレはもう病気というか峰田のキャラだな、そのブレなささと鋼のメンタルはいっそ尊敬する。

 

 ちなみにミナの水着は、ピンクの肌を引き立てる白いチューブトップに、同じ白のフリルのついたボトムスだ。チューブトップはめくれたり流されたりしないように、中央からゴムのわっかがついていて、そこに首を通すことで水着を吊り下げている。左足にはショッキングピンクのプラスチックでできたアンクルブレスレットがはめられていて、ミナの快活さに良く似合う。

 対するトオルはネオンカラーの黄色と青のボーダー柄が色鮮やかな、キャミソールタイプのトップスに、ショートパンツのスタイルだ。なんでも、腕とかが透明なので水着が派手じゃないと、万が一流された時に見つかりにくくなるからとのこと。普段は透明に見えるが、水中に入るとトオルが居る部分だけ光の屈折率が変わるので、水中で見るとなんかスライムっぽい感じに普段見えない手足が見えるらしいのだが、それでも波間に流されたときは海上から目視しにくくなるのは想像に容易いので、大変だね……と理由を聞いた時少し同情してしまった。……それでも長袖のラッシュガードを着ずに手足を露出する水着を選んでいるあたり、元気なトオルらしくて良いけれど。

 

「相変わらず峰田ちゃんはブレないわね」

「八百万さん、大丈夫?」

「ええ、千晶さんのお陰で平気ですわ。いつもありがとうございます」

「いーえ、どういたしまして。このくらいお安い御用だよ」

 

 追いついてきた梅雨ちゃんとお茶子の言葉にモモが微笑み、隣でずっと不穏なオーラを纏ってイヤホンジャックを揺らめかせていたキョウカも溜息を吐き、ああいう馬鹿はほっとこ、と軽く首を振った。

 とりあえず峰田の評論は放置するかと思い、ミナやトオルも呼び寄せて他の男子が固まっているところに向かう。A組は体格が良い生徒も多いが、全員ヒーロー志望ということで鍛えている。顔面偏差値も高いため、人口密度のそこそこ高いビーチでも目立っているその集団はわりと簡単に見つかった。同じくそこへ近づいていく女子陣もまたビーチの視線を集めていたのは言うまでもない。

 

「やーごめん、お待たせ~」

「うわ~皆腹筋バキバキ!」

 

 ミナとトオルが率先して声を掛けると、いつも喋っているメンバーで固まって喋っていた面々もおお、と顔を上げた。数人モモの水着姿に視線が吸い寄せられて、そのまま気恥ずかしくなったのか視線がこちらにスライドして、若干驚きとガッカリが混ざった視線が通り過ぎた後宙をさまよっているのを見て、分かりやすいと笑みを噛み殺す。よほどこちらの方が健全な反応だ。

 お茶子と梅雨ちゃん、私は、固まって喋っているイズクと飯田くん、轟の三人に近づいた。

 

「いや~めっちゃ混んでるね!」

「でも海水浴日和でいいわね、お天気も良くて良かったわ」

「あ、ああああうんそうだね! ……近い……」

 

 うららかな笑顔全開で足取り軽くイズクに近寄っていくお茶子は相変わらずパーソナルスペースがやや狭めで、その笑顔に当てられたのか、はたまた水着姿がまぶしすぎたのか、ちょっとブサイクな感じに顔をしかめたイズクは真っ赤な顔をして腕をさまよわせた後、お茶子を視界の中に入れまいとしているのか腕を妙な感じに頭に巻き付けていた。今なんか「キュン」って文字が、イズクが顔をしかめた時に頭上辺りに見えた気がするのだが気のせいか。梅雨ちゃんもちょっと猫背気味にお茶子と並んで立っているので、まだまだ他人との交流が浅いイズクには女子のパワフルな水着姿は眼福を通り越して毒になったらしい。

 

 無理もない、今日のお茶子と梅雨ちゃんは可愛い。皆いつも可愛いけど今日は三割増しで眩しい。

 お茶子の水着は意外にもビキニにパレオを腰に巻いた大人っぽいスタイルで、上のビキニはピンクとベージュ、ブラウンの幾何学模様柄だ。似合うけど珍しいチョイスだなぁと思って選んだ理由を聞いたところ、「千晶ちゃんと一緒に並ぶなら、私もちょっと背伸びした水着着ても変やないかなと思って!!」と元気いっぱいに力こぶしを握りながらうららかスマイルを繰り出すので、デパートで今日も私の親友が可愛い、と感涙にむせびそうになりながら壁をダンッと叩きたくなったのだがどうでもいいので割愛する。

 梅雨ちゃんの水着は、彼女のヒーロースーツと蛙の個性を一瞬想起させるような、濃いグリーンにブラウンのボーダーが入ったノースリーブのワンピースだ。肩紐から胸の上はブラウンになっていて、ボーダーとの境目にはワンポイントの紐のリボンがくっついている。丸みを帯びた女性らしいプロポーションを可愛らしいワンピースが覆っているので、生々しさの希薄な、水辺の妖精めいた魅力を強調している。髪型も工夫されていて、体育祭の時のようにうなじのあたりでいつものリボン結びに髪を結い上げているのがまた可愛い。

 

「うむ! だがこれだけ人が多いと迷子になりやすいだろう、気を付けねばな!」

 

 そんな眩しい水着姿を前にしても動じることなく、普段通りの生真面目さを発揮して直角に肘を曲げた腕をシュパパパパ、と素早く動かす飯田くんの言葉に頷く。

 

「とりあえずパラソルとビニールシートレンタルして、バラバラに動いても集まれるようにしとこうか。この人数でバラけると収拾つかない」

「それなら安心だな、ではクラスを代表して俺が行こう」

 

 私の提案に頷いた飯田くんがシュタッと挙手するが、私たちの会話を耳にしたらしいモモが頬に手を当てた。

 

「パラソルやビニールシートなら作れますが……」

「いや、いいよ。モモの個性で作っちゃうと持って帰らなきゃいけなくなって大変だろうし、海の家の商売にならなくなる。後で21人で割り勘すればそう高い金額にもならないでしょ」

「はっ、そうですわね! 国民の一人として回さねばなりませんもの、経済を!」

 

 海辺のルールと“創造”で作った物のデメリットを丁寧に説けば、モモはハッとした表情で握り拳を作った。珍しくテンションが高い辺り、モモもこの状況に浮かれているのだろう。

 とりあえずレンタルすることが決まったところで挙手をしたのは切島くんだった。

 

「そんなら俺も行くわ。海行こうって言った言い出しっぺだしな、飯田だけじゃ手ェ足りねぇだろ」

「うむ、助かる」

「お願いしていい?」

「おう、任せとけ! んじゃ、皆ちょっと待っててくれ!」

 

 ひらひらっと手を振った切島くんに他のクラスの子たちもいってらっしゃい、とかおー、とか声を上げつつ二人を見送る。

 人込みの中に二人の姿が消えた頃、後ろから星合、と名前を呼ばれて振り返る。そこには水色のパーカーを羽織った轟が立っていて、数秒ほど私の出で立ちを見下ろしていた彼はぽそりと呟いた。

 

「長袖着込んで、暑くねぇのか?」

「ああ……見た目ほどそんなに暑くはないよ。着たままでも海に入れるやつだし」

 

 そうか、と相槌を打つ轟がなんとなく残念そうなのを不思議に思っていると、横合いから不穏な気配がすさまじい勢いで突っ込んでくるのを視界の端に捉えた。

 弾丸よろしくこっちにやってくるソレがどこを目指しているのか分かった瞬間、私がその場から二歩分下がると、数秒遅れて私が居たところを思い切りその塊はスライディングしていき、顔から砂に突っ込みながら数メートル先で摩擦で勢いを削がれて沈黙した。砂浜には一筋のラインがくっきりと刻まれており、私は呆れ半分の表情でそれを見やりながらラインを跨いで再び轟の傍に寄った。

 すると、沈黙していた塊……もとい、峰田ががばりと顔を上げる。その顔は砂まみれだが、目が血走って明らかな怒りに染まっている。歯ぎしりすんな。

 

「何で避けるんだよ星合ィ!!!!」

「だって避けなかったら君、脚に縋り付こうとしたでしょ」

「そうだよ! そんでもってあわよくばくっついてその長袖パーカーひん剥こうとしたわ!!!」

「人の身体でロッククライミングもどきをしようとするな」

「ちゃう、千晶ちゃんツッコミどころがちゃう」

「ジョークだよ」

 

 峰田のあんまりな言いがかりに呆れながらも漫才みたいなトークを繰り広げていたらお茶子にツッコミを入れられてしまった。まぁラッシュガードを脱がされる前に氷漬けにしてたけどね。

 

「というか、脚にすがった時点で多分反射で海まで蹴っ飛ばしてただろうから、むしろ感謝してほしいくらいだよ」

「ここから海までってどんだけだよ!!!!!」

 

 嘘だろ!? という峰田の悲鳴が響き渡るが、大体目視で見た感じ20mもない。大丈夫大丈夫、身長が大体100cm前後の峰田なら体重も軽いから吹っ飛ばすのは余裕だ。80%の力しか出せないとはいえ、十分人外に片足突っ込んだ脚力だからね、私。

 それは周囲にも何となく伝わっていたようで、轟とイズクも否定することなく、むしろありえそう、と頷いた。

 

「まぁ、個性使わずに50m走で個性使ってる飯田に勝ったくらいだしな……」

「あはは……でもUSJの時や体育祭みたいに、凄い蹴り技いっぱい持ってる星合さんなら不思議じゃないかも」

「足が武器だからね、断りも無しにべたべた触られると反射的に足癖の悪さが出るんだよねぇ……」

 

 パーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、片足の膝をほぼ直角くらいにまで曲げてふらふらとさせると、爪先で鼻緒が引っかかっただけのビーチサンダルが揺れる。足裏は出血針のせいで常にケガだらけなので、日光で熱された砂浜で火傷をしないように一応履いているのだが、普段しっかりしたつくりの靴ばかり履いているから正直心もとない。

HLじゃこんなもの履いてる余裕も無かったからなぁ、としみじみとしていると、なおも叫んでいた峰田がひと際大きい声を上げた。

 

「つーかよ! 海まで来といて何なんだよ星合、その長袖パーカーは! こんなにも他の女子は立派なモンさらけ出してるってのによォ! 体育祭といいガードが固ェんだよ!!! しっかりチャック上まで閉めやがって! 普段タイツで隠されたナマ脚さらけ出してんのはイイが、パーカーとショーパンのせいで肝心のおっぱいとほっせえ腰から尻、脚にかけてのラインが分かんねえんだよバカ!!!!!! 脱げよ!!!」

「……物凄い理不尽な理由で罵倒してくるな、オイ」

 

 確かに少しゆったりしたデザインのラッシュガードなので、傍目には上半身のラインは殆どわからないだろう。それにしてもすがすがしいくらいの欲望の自己主張だ。

 最早ツッコむ気力も失せてくるなぁ、と諦めの境地で癇癪を起してぴょんぴょこ跳ねている峰田を眺めていると、何故か峰田の癇癪は私の隣に立ったままの轟に飛び火した。

 

「轟も何か言ってやれ! お前も大概スカした顔の下で星合の水着ちょっと期待してただろ! 星合お前に甘いから頼めばイケるって!」

 

 ……何でそこでイズクを出さずに轟だけを名指しした。そこらへんちょっと峰田とはオハナシ(肉体言語による)をする必要がありそうだ。ってかそういうのよく本人の前で言えるね。

 サングラスを掛けたまま、ますます白けた目で峰田を見やっていると、同じく軽蔑した表情で峰田を見ていた轟が溜息を吐いた後、「……お前と一緒にするな」と呟いた。

 

「海で何着てようが自由だろ、無理強いして脱がすもんでも無ぇだろうし」

「なにおう!? お前それでも野郎か!?」

「むしろ私は君の頭ン中のドピンク具合を疑う」

 

 まともに取り合ってもキリが無いので、身体ごとお茶子や梅雨ちゃんの方を向いて言外に話は終わりだと強引に話を切り上げる。

 ……まぁ、今の轟の言い方だと、ラッシュガードの下が見たいか見たくないかにに関しては否定していないことになるのだが、藪蛇なのであえてツッコむことはせず沈黙しておく。多感なこの時期の思春期男子なら異性に興味を持っていても何らおかしくはない。社交界で脂ぎった小太りの中年のおっさんに怖気(おぞけ)が立つほど粘着質な視線で舐め回すように見られたりするのに比べれば、A組男子(峰田除く)のチラチラ向けられる視線程度なら、害は無いと判断して自動で認識外に押しやってしまえるくらいの可愛いものだ。

 

 

 ……というか牙狩りでも、血界の眷属との死地に赴くというストイックな職務のせいか、任務先で女を買って刹那的な快楽を求める人間は少なくない。

 というのも、牙狩り同士だと因縁が後を引いて話を拗らせて任務に支障をきたしたり、いつ死ぬとも知れない、まともな死に方をする方が少ない稼業のために、牙狩り内での恋愛が成立しにくく長続きしないからだ。上層部も牙狩り同士の恋愛を強く推奨しないのはそういったデメリットが多すぎることと、牙狩り同士が結婚して子を為しても、必ずしも生まれた子に属性のある血が発現するとは限らず、また多くの牙狩りが、子どもにまで裏稼業をやらせたがらないという理由が大いに関係している。

 なら、水商売の女たちとの一夜だけの関係で欲を発散させられれば、痴情のもつれによるややこしいトラブルはずっと低く抑えられる。そんな上層部の思惑もあって、ヴァチカンに本部を置く、吸血鬼を狩る十字架を掲げる世界組織だというのに、内情は清貧とは少々ほど遠いのが現実だ。身内でそのセオリーに当てはまるといえば、まぁザップは当然のこととして(あれは絶対に修行時代の反動だ)、我が義兄もその一人だ。

 スティーブンも若い時はヤンチャで困ったものだったと師匠もたまに零していたくらいだ。それが悪いというわけでもない。子種を蒔いた結果、本当に血を引いているか分からない赤子を抱いた女性が押しかけてきたらそれはそれでアウトだが、幸いにもそんな修羅場は起きなかったようだし(そこらへんは上手いこと話をつけたのか()()したのかについては深く考えないことにする)。その時の経験から、今もHLで多数の女性と関係を持って、ビジネスライクに上手いこと情報収集のツテとしてキッチリ利用しているのだし。もちろん、ザップのような度し難い人間のクズと呼んで心が全く痛まないレベルに極端にふしだらな例もまた珍しいのだが。

 

 

 そういった理由で、牙狩りはわりと性に関してオープンだ。

 ……私に関しては、牙狩りにしては身持ちの固い方だろう。思春期、ちょうど今の姿をしていた本当の15歳の頃はPTSDで心を軽く病んでいたし、HLではライブラ以外にできた友人が全員グルの敵対組織からの刺客だったりと、手酷く裏切られることを繰り返しているので若干人間不信の気がある。

 

 じゃあ何で今は平気なのかと言えば、ここが異世界で、私が“ライブラの秘書”という立場にあることを誰も知らない、ただの“星合千晶”という人間として色眼鏡なく、後ろ暗い殺意もなく見られていると疑わずに済む環境だからだ。……まぁ、日常を過ごすうちに平和ボケしているともいうのだが、それはそれだ。

スティーブンからも自分の身体を犠牲にして情報や資金を集めるのは禁止されていたし、仕事で手一杯で、ライブラ以外の友人関係も上手くいかなかったものだから、生まれてこの方、まともに恋愛をしたことが無いのが事実だ。そもそも結婚願望も薄いから特に困るわけでも、ましてや彼氏(ボーイフレンド)が欲しいわけでもないのだが……

 

 

 

 

「もしかしなくても枯れてる人生だなぁ……」

 

 

 救いなのは、こうして二度目のティーンになって、一回目では到底できなかったハイスクールの生徒として、青春と呼んでいい日常を過ごせていることか。

 

 あの後、切島くんと飯田くんが持ってきてくれたパラソルとビニールシートでA組専用の休憩と集合ポイントを兼ねたスペースを確保すると、早速とばかりに波打ち際に繰り出していったクラスメイトを見送り、パラソルの下に残った私はといえば、はしゃぐお茶子たちの姿を微笑ましく眺めつつも、片手間に高性能クーラーボックスな役目を負いつつ、ひとり読書にいそしんでいた。

 

 白い砂浜、眩しい太陽。

 ひとり、砂に刺したパラソルの日陰で、穏やかなさざ波の音を聞きながら少々悲しい思考に浸っていると。

 

「あっちー!」

「いや~、喉乾いたわ」

「星合、飲みモンくれ!」

「あ、おかえり。白熱してたね、ビーチバレー」

 

 汗まみれになって戻ってきたのは上鳴くん、瀬呂くん、切島くん、そして爆豪の四人だった。

 彼らを出迎え、読んでいた本を一度閉じた私は、ビニールシートが捲くれ上がらないようにと重石の役目もかねて日陰の隅においてあったクーラーボックスを手元に引き寄せる。蓋を開ければ、ドライアイスもかくやというくらいの白い冷気が漏れ出して、散々炎天下の下でビーチバレーをしていた面々を迎え入れた。ちょいちょいとシナトベで風向きを操作してやれば、クーラーボックスの前に屈みこんだ爆豪と上鳴くんの後ろに立つ切島くんと瀬呂くんの髪を、自然でない風と冷気が撫でて、熱風と交じり合って吹き過ぎていく。

 

「見てたんだ?」

「爆豪の怒声とか、イナズマアタックとか威勢のいい声聞こえたから。瀬呂君がレシーブ上手でびっくりしてた」

「中学ん時昼休みとかに良くやってたからな」

 

 なるほど、と頷いていたら突然突き出された何かに目を瞠る。少しだけ身を引けば、たぷんとプラスチックの容器の中で揺れる水面と、その向こうで仏頂面をしている爆豪が見えた。何事かと目を瞬かせていたら、冷やせ、と彼は端的に言った。

 

「あれ、冷えてなかった?」

「ぬるい」

「爆豪それ上のヤツ取ったから、冷え切らなかったんじゃねえの」

「知るか」

「あー、積み上げすぎて均一に冷えなかったか。ごめんごめん、後で中身の上下入れ替えとくよ」

 

 普段なら怒鳴りそうなところなのに、心なしかぐったりした表情で切島くんの言葉にも大した暴言を返すことなく、口数少なくものを言う爆豪。口を利くことすら億劫そうなその姿に、夏が苦手なんだろうかと首を傾げつつも汗を掻いたペットボトルを受け取る。個性が個性だから、黙ってても勝手に汗腺が開く夏は平気そうなイメージがあるのに、意外だ。

 もう一度指輪で手の皮膚を針で引っかき、出てきたほんの少しの血を使ってペットボトルを薄く覆うように氷を編む。中身が炭酸なので、あとでキャップを開けた時に噴き零れないよう、数秒ほど静かにペットボトルの中身を回転させるように回せば、絶対零度の冷気が徐々に黄色い炭酸水の中に氷の欠片を生み出し始めた。眩しいほどの日光に透かせばきらきらと光るそれは、エスメラルダ式血凍道を学ぶ子どもが繊細な氷の扱いを学ぶために必ず行う、遊びを兼ねた修行の一環だ。

 黙ってその作業を見ていた爆豪にペットボトルを手渡せば、爆豪はすぐ飲むことはせずに、ペットボトルを少しだけ日に透かして、ようやくキャップを開けた。器用な奴、とか少し聞こえた気がするが、多分反応したとしてもまともな反応が期待できそうにないのでやめた。

 

 

 その間にパラソルの日陰の中、レジャーシートにそれぞれ腰を下ろした面々は飲み物を一気に消化しつつも、言葉を交わす。

 

「つか、思ってたけど星合は泳がねえの? ここにいるだけじゃつまんないだろ」

「いや? こうして皆が楽しそうにしてるのを見てるだけで、十分楽しいよ」

 

 暗にあまり泳ぐ気がないと示した私に、瀬呂くんが不思議そうに首を捻る。

 

「何? 星合もしかして泳げねぇの?」

「なんなら教えるぞ~、手とり足とり」

 

 あえて冗談めかして言う上鳴くんに、私は苦笑して首を横に振った。

 

「泳げはするんだけどね、こういう場所じゃ無理なんだよね、泳ぐの」

「???」

 

 今日も夏日の所為かビーチには多くの人がひしめいていて、家族連れも多い。小さい子に刺青を見られて怖がらせるのも本意ではないし、色んな騒動の所為で、ただのいち学生のはずなのにありえないほど顔と名前が売れてしまっている。私が異世界から落ちてくる前、イズクがオールマイトの後継者になる切っ掛けにもなった「ヘドロ事件」とやらで、類い稀なるタフネスを示した爆豪が一躍(本人の不本意な形で)有名になったように。

 思い切り外人顔だから他人の空似ともしらを切れない以上、高校生の分際で刺青を入れるだなんてけしからんだの不良だの、マスコミが嗅ぎつけたら非常にめんどくさそうなことになる予感しかしない。考えすぎかもしれないが、予防線を重ねて張ってもしすぎることはないだろう。コミュニケーションは随分警戒しなくて済むようになったが、マスコミに対しては秘密結社の構成員の時の癖が抜けきれずに、どうにも良い印象が無いし近づきたくもない。この世界のマスコミは特にハイエナっぽいから余計に。

 

 そういう理由から、今日はあんまり海では泳げない、と女子組には事前に宣言しておいたのだが、何故かモモに今度モモの家のプールで女子全員で思い切り遊びましょう、と両手を握られ熱く語られてしまった。自宅にプールってラインヘルツ家なみのブルジョワジーがここにも居た、という驚きはあったものの、ミナやトオルたちもそれが良い! とはしゃいでいたので、モモの言葉に甘えて思わず頷いたのは余談である。

 煙に巻くような言動にはなってしまったものの、かといって嘘を吐く必要性も全くない個人的な理由なので、言葉遊びのような理由を並べ立てて苦笑すれば、フレンドリーな彼らもそれ以上追及してほしくないという空気を感じ取り、それ以上追及も無理強いもすることなく、自然と話題は別の方──先ほどの個性無しのビーチバレーへと流れていった。

 ただし、視界の端ではルビーのような、それでいて夕焼けのようなオレンジの混ざった赤金(あかがね)の三白眼が静かにこちらを眺めているのを捉えていた。

 

 

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