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国立雄英高校ヒーロー科。
プロヒーローになるべく必要な資格取得を目的とする養成校であり、全国同科中、最も人気で最も難しい、日本一の高校である。その倍率は例年300を超え、偏差値は脅威の75。
国民栄誉賞に打診されるも固辞し続けている「オールマイト」、事件解決数史上最多のNO.2、燃焼系ヒーロー「エンデヴァー」。ベストジーニスト8年連続受賞で殿堂入りしたNO.4ヒーロー「ベストジーニスト」。現在活躍するトップヒーローは全員雄英卒だということもあり、一般的にトップヒーローとなる近道は雄英の卒業、という認識は根強い。
そんなヒーロー科もいわゆる五教科の必修科目の授業がある。教師がプロヒーローであること以外はごく普通の授業だ――もちろん、その内容は他の高校と比べれば十分にハイレベルで進度も速いが。
英語担当のプレゼント・マイクの指名で教科書の音読を頼まれ、立ち上がる。未だに日本の英語の教科書の、文法を重視したかっちりとしたアメリカ英語を読むのは違和感がある。本来のフランクさがなくて、小難しい資料を読んでいる気分になる。クラウスもあの生真面目な気性が表れる丁寧な言葉遣いだが、ここまでガチガチではない。
とはいえ、ネイティブスピーカーがいれば、音読を多めに割り当てられるのも自然なことだ。中学でもそうしていたように、聞き取りやすいレベルまでスピードを落としながら、なるべくネイティブを心掛けて音読をこなしつつ、考えるのは午後の授業のこと。
そう、誰もが待ち望む、ヒーロー基礎学である。
「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!」
午後の授業を知らせるチャイムが鳴ると同時に、HAHAHA、とアメリカンな笑い方と画風で登場したオールマイトに、教室内の興奮も午前中とは別物である。テレビや新聞でしか見たことのないNO.1ヒーローだ、無理もない。後ろの席のイズクはそわそわとしているが、私はどちらかというと変身時間の限界が気になってしまう。……今でも授業をするだけでギリギリなのだから。
そんな心配を抱いているとも知らず、オールマイトは前で説明を始めた。
「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地をつくる為様々な訓練を行う課目だ!単位数も最も多いぞ!
早速だが今日はコレ!戦闘訓練!!!」
「戦闘……訓練……!」
「ワオ、早いな」
「そしてそいつに伴って……こちら!」
流石ヒーロー科、と思っていたら、オールマイトが手にしたリモコンを壁に向けて何やら操作した。とたん、ガゴッという音を立てて、壁の一部が迫り出してくるではないか。
……前から思ってたけど、この世界って私の世界に比べてずっと技術が進歩している。昨日の個性把握テストの結果発表に使われていた立体ホログラムもそうだが……ホントに、HLの外に超常が平和的に溢れたらこういう世界になるのかもしれない。ただし、比較的なだけでこの世界も全く平和ではないけど。
「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた……
『おぉお!!!』
「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!」
『はーい!!』
自分がヒーローになるのだ、という自覚を強めてくれる、自分だけの戦闘服。
それを入学二日目にして着られると知って、クラス中が大きく沸き立ち、オールマイトの言葉に仲良く揃って返事が返される。出席番号の数字がでかでかと書かれ、
更衣室でブレザーを脱ぎ、ネクタイを片手で解きながらパックを開けると、目に飛び込んできたのは黒い布――ジャケットだ。さらさらとした手触りのそれを取り合えず端に置き、蓋のポケットに挟まれていた説明書と内容物一覧を検める。どうやら、詳細に要望を書いていたお陰でほぼ想像通りのものにしてくれたようだ。
入学前に提出する「要望」は、個性に合った服を指定のA4の紙に自由に記載していい――というもので、さっさと入学を決めていた私と轟も、要望の紙こそ見せなかったが幾度となく会話のタネにしたものだ。……
そんな私は最初、戦いやすさ優先の戦闘服――と言われて思いついたのがHLで普段着ていたお気に入りのイタリア製スーツだった。
表向きは会社員のスティーブンの部下、裏でもスティーブンの秘書、もしくはライブラのスポンサーとの窓口役であったため、舐められないよう常に上等なスーツで身を固めろとスティーブンに指示されていたからだ。クラウスも普段からスラックスにウエストコート(ベストのこと)、革靴というカジュアルな紳士スタイルで身を固めていたことからも分かるように、上質な衣服は手練れにとっては下手なアーミースーツよりずっと戦いやすく、身に馴染む。丸腰の一般人だと相手の油断を誘えるのもいい。
そう考えて、デザインもカラーも同じものをデザイン画に描いたのだが――中学時代の友人に「ヒーローっぽくない、却下」とにべもなく一蹴されてしまった。その子は数少ない理解者というか、さばさばとした子だったのだが、美的センスはピカイチで、推薦で雄英ではないが主にヒーローのコスチューム開発で有名なデザイン科の学校に進学が決まっていた子だった。
『ダメ、なんでイイもの持ってるのにハイクラスのOLみたいなスーツなの?ありえないんだけど。式典ならぴったりだろうけど、戦闘服なんだからもっと動きやすいのにしな。蹴り技主体で戦うんだから、動きやすくてなおかつその長くてキレーな脚が映えるようなデザインが良いでしょ』
そう、サラサラッと書き上げてくれたのが、乗馬服のようなデザインの、露出の低い身に沿うコスチュームだった。黒地のジャケットの前は金のダブルボタン、襟や袖の折り返しのふちには目の色と合わせたのか、それとも単純に彼女の趣味なのか、燃え立つような紅色だ。襟や脇腹に金の蔓のような刺繍が這うジャケットは、ヒーローというより上流階級の乗馬スタイルにも見える。ジャケットの後ろは太腿の半分くらいに届くか届かないかという長さの燕尾になっている。
下に合わせるシャツは白地の詰襟。これは、動いた時に首筋から入れ墨が見えないようにするためのものだ。一応予備はワイシャツにリボンタイになっているが、よほど暑かったり損傷がひどくなければ、基本詰襟を着ることになるだろうなと思った。
ズボンは白のハイウェスト。上下揃ってきちっとした普通の服に見えて、足を振り上げようが少々荒い動きをしても動きを制限しない伸縮性のある生地で、おまけに耐電性と耐水性のオプション付きである。
足元は、もともと前の世界から履いていたニーハイの編み上げブーツだ。もちろんピンヒールの、底に出血針と術式の仕込まれた銀のロザリオが輝く、エスメラルダ式血凍道専用の純正品である。底の色が紅色をしているのが美しくて、とても気に入っている一品だ。
手は黒い薄手の手袋を嵌め、その上からクラウスとスティーブンから贈られた、水晶宮式血濤道を使うための出血針のギミックが入ったシンプルな
他の指にも、サポート会社に作ってもらった医療用の極細注射針を流用したギミック入りの、石も何もついていないリングを嵌め、最後に耳元にエメラルド色の石が嵌った、無線機にもなるロザリオ型のピアスを着ければ完成である。
サポート会社はもっといろんな装備や機能を付けたかったかもしれないが、正直能力にまつわるこれ以上の機能も、防具などの装備もただただ邪魔だし、戦闘時の重りにしかならない。元の世界に戻った時に戦闘で違和感が少なくなるように、戦闘スタイルも攻撃の幅も自分の血法のみにしておきたいのだ。コスチュームは、それこそ不利な相性を軽減するぐらいで充分だ。
彼女のデザインに基づいて、最新鋭の技術を用いて作られた衣装は、着心地抜群で何の不満もない。
欲を言えば、素顔がバレないよう仮面かゴーグルの一つでも欲しかったのだが、それをデザインしてくれた彼女に言ったら「折角目鼻立ちハッキリした美人顔なんだから隠さずドーンと注目浴びればいい」とすげなく断られてしまった。……まぁ、このスタイルで顔を隠す、というのも似合うデザインが思いつかないのでしょうがないか、と諦めているのだが。それに、仮面は何故か堕落王とかアリギュラを思い出してしまうし。
「参りましょうか、千晶さん」
「あぁ、うん」
少ししみじみとしながら全身鏡を眺めていると、ぽんと肩を叩かれた。反射的に振り返った私は、話しかけてくれたモモの格好を見て、絶句。
……胸から臍まで露出した、真っ赤なレオタード。腰に図鑑を収納するためのベルトが巻かれている以外、私以上に防御力丸無視の姿に、「日本人=慎ましい、お淑やか」の構図がガラガラと崩れる音をどこかで聞いた。しかも相手はお嬢様のような立ち振る舞いのモモである。
聞けば、どうも“創造”する時は素肌から物を取り出すらしく、正直体を覆う布は邪魔以外の何物でもないらしい。実は「要望」の段階では法に触れるレベルでもっと過激だったというのだから驚きである。日本人の高校生とは思えない抜群のプロポーションを惜しみなく晒し、腕や足の付け根まで露出していても恥ずかしがることなく、むしろ堂々とした立ち振る舞いに、“個性”のせいで露出に対する羞恥心が著しく低いようだと彼女に対する認識を少しだけ改めた。
「千晶さんの
「ありがとう、中学の友人がデザインしてくれたんだ」
「そうなんですの……いいご友人に恵まれたんですのね」
「うん。……ま、有名になったらついでに自分の名前も広めて、って笑ってたけどね」
冗談めかしていたけれど、それはつまり私の将来に期待してくれたのと同義だ。……この世界に何年留まることになるかは不明だが、短い期間でも良くしてくれた彼女に協力するのはやぶさかではない。
そんな雑談をしながら、集合場所であるグラウンド……というよりは、試験で使った市街地の演習場のような場所に出ると、クラスの半分くらいの生徒が既に集合していた。その中に見慣れた白髪を見つけ、私はヒールを鳴らして近づいたのだが――
「とどろ……Oh……」
「ん?ああ、星合か。……どうした、変な顔になってんぞ」
角度上、私からは
その佇まいを見て、私は思わず手を伸ばしてぺたりとその左頬に手を当てる。ひやり、と皮膚を刺すような冷たさに、真実彼の氷で半身覆っているのだと気づいて、私は僅かに目を伏せた。
「……星合?」
いきなり距離を詰められて驚いたのだろう。唯一氷で覆われていない左の、鮮やかなエメラルドの瞳がまあるく見開かれているのがよく見えた。
それ以上ふれていると皮膚が氷にひっつきそうだったので、一歩下がると共に指先をそっと引き剥がす。
「……なんでもない。というか、コスチューム真っ白……」
「体温調節の機能以外、特に必要ねぇからな」
背中に背負った小型の機械を除けば、普通に白いシャツに白のズボンを履いているようにしか見えないその佇まいを指摘すれば、案の定な反応が返ってきた。淡白だよなぁ……。
しかし、氷で半身を覆ってる姿がちょっと、おまえはSF映画のエイリアンか人造人間かなんかなの、とか思った私は悪くないだろう。ハリウッド映画の特殊メイクかCGみたいで、しかもそれがクラスメイトの中では一番付き合いの長い相手がそんな半
何とも言えない顔をしていると、今度は逆にじっと見つめられ、私の方が動きを止めた。赤が隠れているせいで普段と印象が違って見え、思わずたじろぐ。
「つーか」
「?」
一歩踏み込みながらじろり、と私の頭の先からつま先まで見渡してから、何かを探るような目で顔を凝視してきた轟は数秒黙り込んだ末、そうか、と何か納得したように呟いた。
「何かいつもと違ぇと思ったら……」
ス、と手のひらを自分の頭の上に翳したと思いきや、轟は私の頭の上にそのままその手を滑らせた――ほとんど高さを変えずに。
「目線が同じだ」
「え、あー……確かに。ヒール履いてるから……」
「……すげぇヒールだな……そんなので良く歩けるな」
「んー、でもこのくらい高い方が落ち着く。長いことこの高さで修行してきたから……」
轟に指摘されて初めて、本来6センチあるはずの身長差がほぼゼロまで詰まっていることに気付いた。普段は少しだけ視線を上げるのだが、ほぼ顔を傾けなくても顔が見えるという今の状況は、少しだけ新鮮だ。
エスメラルダの術式が組み込まれた靴はどれも個人に合わせて作られる特注品であり、エスメラルダの使い手は(何故か)圧倒的に女性が多いせいか、総じてヒールが高い。ブーツにしろパンプスにしろ、慣れていないと針を踏まずに歩くのも難しいような靴ばかりだ。ヒールが高くないエスメラルダの靴なんて、スティーブンの革靴くらいしか見たことが無いくらいに。
使い込んだ、けれど大切に使ってきたブーツを見せるように軽く足を持ち上げていた私は、地面に降ろすと同時に靴から轟へと視線を戻した。
「あ、でも女子としては致命的?ただでさえ170あるとデカいって言われるのに」
「……別に、問題ないだろ。少なくとも俺は気にしない」
「そう?」
そんなマイペースなんだかのろけなんだか分からない会話してるな、と周囲に思われているとも知らず、私たちがとりとめもない雑談に(このクラスの中では比較的ローテンションで)興じていると、
「始めようか、有精卵共!!戦闘訓練のお時間だ!!」
「
突然オールマイトの声が聞こえたことから、ついに授業が開始すると悟った私たちは口を噤んだ。
「良いじゃないか皆、カッコイイぜ!!!」
「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」
全体を見渡した後、何故か身悶えたオールマイトに(多分イズクのスーツが明らかにオールマイトを意識したデザインだからだろう)、全身ロボのようなスーツを着た生徒――声からして飯田くんが質問の手を上げた。まだ何も説明してないのに、質問早いな。
「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!
君らにはこれから『敵組』と『ヒーロー組』に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう!」
「基礎訓練もなしに?」
「その基礎を知る為の実践さ!ただし、今度はぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ」
その言葉に、私はスカウト制度の入試の、実は鬼畜仕様だった実技試験の内容を思い出して遠い目をした。自分が攻撃で周囲に与えた被害規模でマイナス採点される広域範囲内での殲滅タイムアタックとか、私はライブラでの戦闘や、単独での
それでこそプロヒーロー推薦のスカウト枠なのさ!と言いきられたらお終いだろうが、来年度からどうするつもりなんだろうか。
「勝敗のシステムはどうなります?」
「ブッ飛ばしてもいいんスか」
「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」
「このクラスは21人ですが、どのような分かれ方をすればよろしいですか」
「このマントヤバくない?」
「んんん~~~~聖徳太子ィィ!!!」
約一名全く関係ないことを尋ねているが、ほぼ同時にあれこれ質問する生徒に、オールマイトは拳を握って天を仰いだかと思うと、何処からともなく小さな紙片を取り出した。
「いいかい!?状況設定は『敵』がアジトに『核兵器』を隠していて、『ヒーロー』はそれを処理しようとしている!『ヒーロー』は制限時間内に『敵』を捕まえるか『核兵器』を回収すること。『敵』は制限時間まで『核兵器』を守るか『ヒーロー』を捕まえること。
コンビ及び対戦相手はくじだ!余った一人は『ヒーロー』として、一対多数の戦闘を行ってもらうぞ!」
「カンペだ……!」
「設定がやけにアメリカン……
No.1ヒーローといえど、教師としては新米。あの小さな紙片はカンペだったらしく、それを思いっきり読みながら説明したオールマイトに、少しだけ場の空気が微笑ましいものに変わった。
そんな中、私はどうしても一人余ってしまう生徒が置かれるだろう不利について考える。
とはいえ、21人いるのだからそうそう余りを引くこともないだろう。
そう思っていたのだが。
「あ、Kです」
「ありゃ……じゃあ星合くんが余りだね。Kは一個しか入ってないから」
「え……うわ、まさかの21分の1を引くことになるとは……」
星合ドンマーイ、という声が次々上がる中、一人がっくり、と肩を落としていると、オールマイトに気にするなと元気に肩を叩かれた。痛い。
オールマイトは私の中身が25歳と知っているせいか、○○少年、少女と呼ばず、星合くんと呼んでくる。プライベートでは後見人と被後見人という間柄もあって、千晶くんとよばれるのだが……まぁそれはどうでもいいか。
「大丈夫、ハンデとして星合くんが戦うのは最後。全コンビが一通り戦って、ある程度個性が分かった状態でやるから!」
「あー、ならまだ……うん」
ただでさえヒーローには不利な条件下で、一人で二人を相手取るのはそれなりにしんどい。出来なくはないのだが、相手は程度の知れたチンピラではなく、受験戦争を勝ち抜いてきたそれなりの猛者である。戦闘経験ではこの中で間違いなくトップだろうが、その経験値の差をともすればひっくり返されないのが“個性”の脅威たるところである。
第一対戦はAチーム対Dチーム。イズクとお茶子ペアに、爆豪・飯田くんペアである。……明らかに爆豪がイライラしてらっしゃるが、大丈夫だろうか(主にイズクの身が)。
役者たちを地上に残し、出番のない生徒は舞台となるビルの地下にあるモニタールームに集まって、戦いの様子を見守ることになった。凄い施設の充実ぶり。さすが最高峰。
開始直後、見通しの悪い狭い屋内でいきなり角から飛び出し奇襲をかけてきた爆豪の一撃を、寸でのところで回避した二人。息つく暇なく再び躍りかかった爆豪だが、しかし、その動きは感情的なせいか、速さはあるものの読みやすい単純なもの。幼馴染のイズクにも読めたのか、懐に入られ、個性無しの大投げが決まった。定点カメラだけで音声は流れてこないので状況はよく分からないが、……多分思い切り個人的事情での喧嘩だな。お茶子が放置されている。
「イズク、意外とやるなあ」
元々行動派オタク……というか、無類のヒーロー好きだった彼は、長年ヒーローの活躍をノートに纏めてきたのだという。オールマイトに格闘術を仕込まれた経験は殆ど無いに等しいらしいが、生来の分析力と判断力で、長い付き合いの爆豪の次の動きを読んで動けているのだろう。
「(……その類い稀な分析力をもし向けられたら、いつかバレるかもなぁ……私の正体)」
僅かな情報であれほどまで的確に分析し、立てた対策を実行できるのだ。頭の回転力は申し分ない。あとは個性さえ使いこなせれば、彼は間違いなくオールマイトの後継に名実ともに成れるだろう。そして、私も時間切れが来るその時まで、彼を見守る位置に居ることになる。……それはきっと、彼の分析対象に含まれるはずだ。
そうなれば、いつか些細な矛盾に気付くかもしれない。
「(……まぁ、イズクにならバラしても良いかもなぁ。同じ秘密持ち同士だし、一応『先天的な』って意味で考えれば、私も『無個性』なわけだし)」
対血界の眷属に特化した人間兵器となるためには、属性変化する血液が必要不可欠だ。しかしその才能持ちはごく少数で、ブレングリードなどの一族で継承されるようなタイプの例外を除いて、血液の能力というのは属性血液持ちの両親から生まれた子でも、“個性”とは違い、必ず遺伝するとは限らないのが現在の通説である(両親が似た系統の血法なら、受け継ぐ可能性は高まるが絶対ではない)。
だから、エスメラルダなどは才能持ちの子どもを探し、牙狩りが管理し出資している教会の子どもの血液を検査に掛けるのだ。その検査で選ばれ、修行過程で世にも珍しい『二段階属性変換』持ちだと発覚したからこそ、今の私がある。もしそこで引っかからなければ、エスメラルダ式血凍道を修めることもなく、裏社会を知らぬまま、普通の子どもとして生活できたかもしれない(とはいっても教会育ちなので普通よりずっと貧しいが)。今さら「もしも」を考えたって詮無いことなのだが。
だが、才能があればいいというのでもないのが、牙狩りの難しいところである。血液に適正さえあれば血凍道は会得できるが、その才能を見い出されてもやはり個人差がある。操れる範囲、強度、行使できる技にも個人差がある。さらに修行中に足が壊死してドロップアウトする人間もいれば、修行に耐えられなかったり、命をかけて戦う覚悟ができない人間もまた一定数いる。自分より数段、存在として格上の化け物を相手にするという、死地に赴くに等しい裏稼業だから、一定数脱落者が出るのは無理もないことだが。
先天的な要素は必要だが、それが全てではないのがヴァンパイアハンターであるからして、後天的に戦う術を得たという意味では、私はイズクと似た存在である。本質は似て非なるが、境遇だけ見れば似通ったところもある。
……とつらつら考えていたら、ゴウン……とビル全体が大きく揺れた。
「授業だぞコレ!」
「緑谷少年!」
ビル全体の様子を映すカメラを見やれば、ビルの下階をえぐるような、特大の爆炎がリプレイされていた。モクモクと立ち込める煙に、私はうわぁ……と顔を引き攣らせる。
「危ない……というかやりすぎ……屋内戦闘で、しかも守備対象は実際なら扱いの難しい『
アレと同じことをライブラの誰かがやったら、間違いなくカンカンに怒られるやり方である。能力も性格も系統としては一番近いだろうザップですら、あんな雑な戦い方はしないだろう。ザップは馬鹿だが阿呆ではない。危険や本当にやってはいけないことの境界線を本能的に嗅ぎ分けているので、HLでクズのロイヤルストレートをキメてもしぶとく生き残れているのだ。愛人にはたまにダブルブッキングして刺されているが、それはまあ自業自得で。
HL基準では『核兵器』なんてのはまだ可愛い厄ネタである。首を切られても死なない人間を作るヤクであったり、身体にブッ刺すと一時的にチート化できる植物のほうがもっとヤバい。外に流出させようものなら、抗争や戦争の在り方が全く別物に塗り替えられてしまうからだ。人間が自力で生み出せる程度のものなど、HLではもっと危険な上位互換がゴロゴロしているせいで、その価値は「外」に比べてずっと低い。ただ、核が厄介なのはその価値というより、取り扱いの方なのだが。
呆れを前面に押し出してぼやいていると、隣から同意の声が上がった。
「ホントですわ」
「モモ」
「授業にもかかわらずあんな独断行動を取るだなんて……千晶さんもそう思いません?」
「まぁ、あの二人はよく分からない因縁がありそうな感じはしたけどねぇ……午前中も、爆豪は私挟んでイズクに当たり散らしてたし」
正直席のチェンジをお願いしたいくらいには、人を挟んでやたらめったらイズクに噛みつき怒鳴るのである。しかもたまにこちらにも流れ弾を寄越してくるので面倒だ。なんで目をつけられているのかわからない以上、適当にあしらってスルーするしかないのだが。
「あ、おぉ、飯田くんが核抱えてお茶子避けた」
同時進行で繰り広げられる飯田くんとお茶子の攻防も見逃せないのだが、やはりイズクと爆豪の戦闘が映るモニターに目が行ってしまう。目が行ってしまうといえば、さきほどからモニターを見ずにモモの胸に不躾な視線を送り続けている小柄な男子はガン無視しているモモの代わりに軽くシメた。
「目眩ましを兼ねた爆破で軌道変更、そして即座にもう一回……考えるタイプには見えねえが意外と繊細だな」
「慣性を殺しつつ有効打を加えるには左右の爆発力を微調整しなきゃなりませんしね」
「才能マンだ才能マン、やだやだ……」
「そしてイズクの腕を掴み、ターボの遠心力でぶん回すか……個性の規制上、よほどの環境に居ない限り戦闘経験なんて積めないだろうに……この場でああいったことを咄嗟にできるあたり、間違いなく爆豪はセンスの塊だ」
一方的な展開。リンチまがいの戦闘に場がざわつく中、私はちらりとオールマイトを横目で見上げた。
「止めないんですか?」
「……!ぐっ」
「既に授業のレベルを遥かに超えてます。獅子が子を崖から突き落とすにしたって限度があるでしょう」
修行は人類が棲めないような秘境で、命の危険がどうこう以前の問題な、悪夢の満漢全席だという斗流ではないのだ。イズクの成長を促すためとはいえ、あまりに危険が過ぎる。明らかに爆豪は正気ではない。追い詰めているのは爆豪なのに、余裕が無いのもまた爆豪なのだから。よほどイズクのほうが冷静だ――逃げていると見せかけて、さっきから天井を気にしている。
「まあ、一度因縁もしがらみも、正面からぶつかり合ってなにもかもぶっ壊すっていうのも、必要なことかもしれないですね」
男の子だもの。
両者が拳を握りしめ、限界まで引き絞る。ガチンコの拳のぶつかり合いになると誰もが思ったその瞬間、イズクは拳を爆豪へ叩きつけるのではなく――
腕一本犠牲にして放たれたとんでもない威力にヒュウ、と口笛を鳴らした私の視線の先で、別のモニターに映るお茶子が再び個性でひっついていた柱をぶん回し、衝撃で生まれた大小さまざまな瓦礫を飯田くんとハリボテ目がけ、まるで野球の球を打つような攻撃を繰り出す。役目上、咄嗟に避けることも出来ず腕で顔を庇った飯田くんの隙を突いて、再び自分の引力をゼロにしたお茶子がハリボテに抱き付くようにタッチしたことで、ようやくヒーローチームの勝利が宣言されたのであった。
「負けた方がほぼ無傷で、勝った方が倒れてら……」
「勝負に負けて試合に勝ったというところか」
「訓練だけど」
結局、気絶したイズクは搬送ロボによって保健室へ搬送され、残り三名はモニタールームに戻って来て講評の流れになった。
「まぁつっても……今戦のベストは飯田少年だけどな!」
「なな!?」
「勝ったお茶子ちゃんや緑谷ちゃんじゃないの?」
オールマイトの言葉に飯田くんが驚きの声を上げる横で、お茶子はまだ少し酔いが収まっていないのか、気分の悪そうな青い顔で、そして爆豪は完全に茫然自失といった顔で突っ立っていた。
「何故だろうなぁ~~~~~~?分かる人!?」
「ハイ、オールマイト先生。
それは飯田さんが一番状況設定に順応していたから。爆豪さんの行動は戦闘を見た限り私怨丸出しの独断、そして先程先生も仰っていた通り、屋内での大規模攻撃は愚策。緑谷さんも同様の理由ですね。
麗日さんは中盤の気の緩み、そして最後の攻撃が乱暴すぎたこと。ハリボテを核として扱っていたら、あんな危険な行為出来ませんわ。
相手への対策をこなし、かつ『核の争奪』をきちんと想定していたからこそ飯田さんは最後対応に遅れた。ヒーローチームの勝ちは『訓練』だという甘えから生じた反則のようなものですわ」
途端、その場がシーンと静まりかえる。私はお見事、とモモの横で拍手していたが。オールマイトも想像以上にモモが指摘項目を言ってしまったせいか、「ま、まぁ飯田少年もまだ固すぎる節はあったりするわけだが……まぁ……正解だよ、くう……!」と若干プルプルしながらサムズアップしていた。多分私でもそこまで細かく指摘できないだろうなとは思うので、新米教師のオールマイトの嬉しいようなちょっと悔しいような、複雑な心境も分からないではないのだが……。
「常に下学上達!一意専心に励まねばトップヒーローなどなれませんので!」と腰に手を当て胸を張り、当然だと言わんばかりの表情で宣言するモモが年相応に可愛かったので、あえてオールマイトのフォローはしなかった。だって可愛いのだもの。