人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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この話の前に幕間にて数話(海回など)、新しく挿入して更新してますので見逃した方はご注意を。


Act05:合宿編
up to you


「シンはもっと鍛えるべきだよね」

「ぐうの音も出ねえけど、突然傷口えぐって来るなよ」

 

 

 7月。期末試験も乗り越え、なんだかんだと事件の重なった前期日程を終えた終業式の日。

 午前中でHR後に解散の流れになった後、私は帰宅するクラスメイト達の流れに逆らい、普段と違ってがらんとした食堂に来ていた。朝にトークアプリで普通科の友人、シンこと心操人使から終業式後に時間はあるかと呼び出されていたのだ。

 HRで一悶着あったせいで随分と遅れてしまい、明るく照らし出されるランチスペースに私が足を踏み入れたときには、手持ち無沙汰にスマホをいじるシンの姿があった。とりあえず腹ごしらえしながら話そう、ということで今日まで開いているランチラッシュのランチを注文し、パスタにフォークを通したところで、普段より輪をかけて言葉少なだったシンが口火を切った。

 

「あのさ」

「うん?」

「……HRで、またA組の生徒が木椰(きやし)区のショッピングモールでヴィラン連合に襲われたから注意しろって話が上がったんだけど、」

「あぁ」

 

 妙に落ち着き無く指を組んだり外したり、表情が硬かったり、目線が合わない割にチラチラ視線が来るなぁと思っていれば、そのことかと私は他人事めいたトーンで相槌を返した。そんな私の反応に、きゅっとシンの眉根が寄った。

 

「お前な」

「いや、ごめん。私はその集まりに行かなかったから、間接的にしか話を知らなくてさ」

「そう、なのか」

 

 明らかにほっとしたような、張り詰めていた気が抜けたような様子のシンに、私は苦笑を重ねた。

 

「気を揉ませたみたいでごめんね」

 

 心配していたのだ、ということは容易に予想がついた。些細な動作とはいえ、おろおろそわそわと落ち着きの無さが行動に現れるところは、シンには悪いがちょっと微笑ましかった。

 

 とはいえ心配もある意味当然で、何しろA組、特に私やイズクはヴィラン連合との接敵が多い。4月のUSJ事件に、世間の認識としてはヒーロー殺しとヴィラン連合が組んで起こした保須事件、そして今回のショッピングモールでの事件。しかも最初のUSJ事件の時に相当な重傷を負った私を心配してくれた彼が、A組が襲われたと聞いて気を揉まないわけがなかった。

 

 ただ私は諸事情あって買い物には参加していなかったので、イズクが死柄木に首を締められながら話をしたことを、その事件があった夜にオールマイトと塚内さん経由で知った。たらればの話をしてもしょうがないが、その場にいれば血法を使わずでも拘束して、彼のバックに居るだろう黒幕、脳無を生産しているだろうマッドサイエンティストの話をさせたのにと歯噛みしたものだ。おのれ死柄木弔、イズクの首を締めるとか、次会ったら容赦なく凍らす。

 

 ただ、イズクが自分の命と周囲の人間を人質に取られながら、それでも大きく取り乱さず死柄木と話してくれたおかげで、ヴィラン連合について少し分かったこともあった。

 

 まず、私の予想通り、ヴィラン連合にヒーロー殺しは参加していなかったこと。

 恐らく取り込もうとしたのだろうが、ヒーロー殺しの信念からして、死柄木の子どもの癇癪じみた憎悪は彼の最も嫌うものだ。精神分析の観点からの予測でしか無かったが、その逆もあっただろうと考えていた。それが今回の邂逅で裏付けが取れた。少なくとも、死柄木は脳無を暴れさせ、気に食わないヒーロー殺しを物理的にも話題的にも排除しようと画策したのだろう。最後の逃げてきた脳無がイズクを拐いかけて、ヒーロー殺しに始末された後に追撃が無かったことは謎のままだが。

 

 死柄木が個性をペラペラと自ら喋ってくれたのも僥倖だった。相澤先生の肘の皮膚を崩したとしか思えない、あの妙な攻撃方法の発動条件が「五指全てで触れること」が分かれば対処のしようもある。掴むものなんでもかんでも壊していたらキリがないだろうから、お茶子のように何かしら個性発動のトリガーがあるとは思っていたが、人体を一分で塵にしてしまうのは驚異的ではある。……まぁ、ナノ秒単位で斬撃を周囲に見舞う真っ二つ邪神を相手にするよりかはマシだが。比較対象がおかしいとは言ってはいけない。

 

 

 そして死柄木弔が何かしらのオールマイトとの関連性がある可能性が出てきた。オールマイトへの憎悪は相変わらずだったらしいが、言動が単なる逆恨みとは思えない類のものだった。「全部、オールマイトだ」「救えなかった人間など居なかったように、ヘラヘラ笑っているからだ」。そう死柄木は言っていたらしい。死柄木がUSJ事件でオールマイトにぶつけていた憎悪、イズクが今回の事件で感じたおぞましいほどの歓喜は彼の偽らざる本心だろう。

 

 星の数ほどあふれかえるヒーロー社会において、オールマイトを付け狙う理由を、私は平和の象徴、ヒーロー社会を象徴するトップだからだと思っていた。だがイズクの話を聞いて、ヒーロー社会のトップを殺して、ヒーローがもてはやされる社会体制を転覆させるのが目的、というよりは、オールマイトを殺して、というところに死柄木の目的の比重が強いように感じた。そのついでにヒーロー社会を壊す、というような。

 ……ならば、死柄木がそう思い込む何かがあったはずだ。ヒーローのトップとしてではない、オールマイト個人にあれほどの憎悪を膨らませる切欠になるような、何かが。黒幕……塚内さんやオールマイトが警戒している宿敵、オール・フォー・ワンの訊く限りの狡猾さを思えば、オールマイトへの駒として育てるために何かしら吹き込まれたことも予想がつく。

 

 イズクがオール・フォー・ワンの目的を問うた時、死柄木は()()()()、と返したらしい。このやりとりで、死柄木のバックにオール・フォー・ワンが居るであろうことが確定した。

 

 ややこしい話だが、USJ事件で死柄木たちは一言もオール・フォー・ワンの単語を出していない。ただ「先生」という黒幕の存在はほのめかされていた。その上で先の発言を考えると、死柄木弔は「オール・フォー・ワン」を知っているのだ。奴は5年前にオールマイトに倒されたとはいえ、秘密裏に終わった戦いだ。その広くは知られていない通称を、死柄木は知っている。

 だから死柄木の答えの真意は、本名ではない通称が誰を指すのかわかった上での、オール・フォー・ワンの「目的」を「知らない」だ。もし誰を指すか分からなかったら、死柄木の性格からして、「なんだそいつ」ぐらい言うだろうし。

 

 些細な発見ではあるが、少しずつ情報が集まって浮き彫りになってくるだけでも、戦場でドッキリをかまされるより精神的アドバンテージがある。イズクがオールマイトから宿痾であるオール・フォー・ワンのことを聞いていたおかげだった。死柄木がオール・フォー・ワンの目的を知らない、という点での真偽は定かではないが、私がイズクの主観で感じた印象を聞けば、少し間が空いたことからも、嘘とは言い切れない気がすると答えたのも大きい。死柄木の子どものような、残虐かつうっかり情報を言動の端々に乗せている性格を考えれば、言動から受けた印象なんて不確かな情報も多少の意味を持つ。

 

 

 ……という私の考察を塚内さんに語ったら、無言の真顔で頭をわしゃわしゃされた。よくやった、と犬を褒める飼い主じみた褒め方だった。すぐに我に返ったのか、いそいそと私の崩れた髪を撫でつけた上で、半ば本気のトーンで「ヒーローじゃなくて警察に就職も考えてほしい」と言われてしまったが。……塚内さん、私の事情知った上でそれ言ってます?とちょっと呆れた。

 

 

 まぁそんな騒動があったせいで、夏休みの林間合宿の行き先が変更、しかも当日まで明かされないという措置が取られた。死柄木が再度の襲撃をほのめかしたのもあるだろうが、これ以上ヴィラン連合に襲われたら学校の信用問題に関わるのだろう……という内心の回想を、シンが照れて視線をうろつかせた挙げ句、「……べつに。何もなかったんならいい」とぶっきらぼうに零すまでの数秒で考え終えた。

 

 シンの不器用な優しさにほんわか癒やされたところで食事を再開し、話題に上がるのは期末試験のことだったり、林間合宿のことだったりしたのだが、私の手がデザートのパンナコッタに伸びたところで、意を決したようにシンが真剣な顔をしてあのさ、と声を掛けてきた。

 

 そして話題は冒頭に戻る。

 なんでも、夏休み中に身体を鍛えたいから相談に乗ってくれ、というアドバイスに、思わずきょとんとしてしまった。聞けば、体育祭のイズクとの戦いで、個性が掛からなかった場合、或いは解除された後の自分の無力ぶりを痛感したらしい。

 

 シンには悪いが、体育祭からかなり時間が経った今になって、なんで今さら?と一瞬首を傾げそうになった私の内心を知ってか知らずか。実は体育祭後から走り込みやら筋トレを少しずつ始めていたらしく、今回の夏休みというまとまって時間が取れるこの時期に、集中的に鍛えたいらしかった。相澤先生からもヒーローとして致命的なまでに身体の基礎ができあがっていないことを指摘されたらしく、ヒーロー科に編入するにも、4月時点でヒーロー科最下位の身体能力のイズクにすら劣るようでは、授業についていけないだろうと言われたそうで。数々のヒーロー基礎学でやってきた戦闘訓練やら競争を考えると全く否定できないのが悲しいところだ。

 とはいえ、友人の奮起は喜ばしい。ヒーローになりたい、という思いが現実に目指す目標として、彼の中で意識できる様になった証拠でもあった。自分の現実、個性の限界を実感するのはとても大事だ。

 

「喜んで協力するよ、シン」

「……さんきゅ」

「とりあえずトレーニングメニュー立てる前に、どのくらい持久力とか付いてるのか見たいかな」

「おう。……自分で言い出しといてなんだけど、なんかお前、すごいやる気出してない?ありがたいけど」

「きちんと鍛えれば、9月に久々に制服に腕通した時、ちょっとパツパツになるぐらいには見違えるようになるよ」

 

 意味ありげに目を細めた私に、一瞬きょとんとしたシンが、ふはりと吹き出すようにささやかな笑みを浮かべた。

 

 

 

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