人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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Abend②

 

「無茶苦茶だな、斗流のじっさまの修行を思い出す」

 

 ギャーッ、と悲鳴も聞こえる中、私は土砂に巻き込まれず、重力に引かれて流れ落ちる土砂の上でサーフィンでもするかのように中腰の姿勢を崩さないままに滑り降りていた。

 唯一逃げようともしなかった私はプッシーキャッツの準備動作をバッチリ見ていた。彼女がキャットハンドで地面を叩いた途端、液状化でもしたように波打った地面を見て、大体この展開が読め、ジャンプで迫りくる土砂を回避して乗っかったわけだ。……自分で言っていても中々に化け物じみた芸当だと思う。

 だがその気になれば氷の上も、水面すら駆けることができる自分にとって、たとえ不安定な土砂も足元を絶えず固めさえすれば、十分な足場になる。その上でバランスを取ることなど、エスメラルダにとっては朝飯前でしかない。

 獣ばかりの秘境の峡谷で命綱ナシに谷底に突き落とされたり(しかもフォローなし)、火炙りにされかけたりと、斗流のじっさま──血闘神・裸獣汁外衛賤厳(らじゅうじゅうげえしずよし)によるトラウマレベルの修行に比べたら遥かにマシである。比較対象がおかしいと言ってはいけない。

 

 周囲に逃げていない子がいれば、いつぞやの警報騒ぎの時のように血の紐で釣り上げて抱えることも可能だったのだが、残念ながら崖から遠い側から先に土砂に巻き込まれていては、引っ張り上げるどころか巻き込まれるのは必死。というかこの土砂自体が紐なしバンジーでも安全に落下させるためのクッションの役割であろう(一応巻き込まれていても顔は全員出ているので)から、下手に引きずり出さないほうが賢明な気がしたのだ。……流石に不慮の事故で生徒が生き埋め、なんて惨事は起こさないだろう、たぶん。

 

 

「私有地につき、個性の使用は自由だよ! 今から三時間! 自分の足で施設までおいでませ!」

 

 首だけ振り返れば、赤い服のプッシーキャッツが笑っていた。一気に落下する中、一瞬だけ目が合う。

 

「この……魔獣の森を抜けて!」

 

 合宿の洗礼とばかりに宣言された、やたらファンタジーチックに物騒な名前の森に私たちは降り立った。

 

 

「魔獣の森……!?」

「なんだそのドラクエめいた名称は……」

「つか雄英、こういうの多すぎるだろ……」

「文句言ってもしゃあねえよ、行くっきゃねえ」

 

 土まみれになって土砂から這い出てくる他の面々の横で、すたっと着地した私は、服についた土埃を払うより早く、靴底から血液を地面に流し込み、不意打ち対策のために広範囲の索敵を始めた。

 他の皆も急展開には慣れたもの。切り替えも早い。さっきから尿意をこらえていたらしい峰田がそそくさと森の奥へと駆け走っていくが、森の地面から盛り上がるように出現した巨大な影が、私が静止の声を発するよりも早く、峰田の前に立ちはだかった。

 

 それは2メートルは優に越す巨体。土でつくられた太い4つ足に大きく開いた(あぎと)。そこに並ぶ歯は土製だが、人間で犬歯にあたる下の歯が、太い植物の蔓で作られた鋭い牙になっていた。まさしく異形、魔獣と呼んで相応しいもの。

 

 

マジュウだ────!!!!???

『静まりなさい獣よ、下がるのです』

 

 思わず動きを止める峰田に対し、迅速に個性『生き物ボイス』で対抗したのは口田くんだ。だが、

 

「!」

 

 動物を従える個性も意に介さず、土くれの化物はその腕を振りかぶろうとする。そのモーションを目で捉えたと同時に、()()()は一歩、前に踏み出していた。

 

 

 

 

「しかし、無茶苦茶なスケジュールだね、イレイザー」

「まぁ、通常2年前期から”修得予定のもの”を前倒しで取らせるつもりで来たので、どうしても無茶は出ます」

 

 崖上では、A組を見送ったプッシーキャッツと相澤が雑談を繰り広げていた。それには加わらなかった青い服の女性ヒーローが鼻歌交じりに、ゴーグルに映し出される高性能レーダーで、生徒たちと彼女の個性で作り出した魔獣の様子を眺める。

 ──が、その鼻歌はすぐに止まり、彼女は大きく目を見開いた。

 

 

「緊急時における個性行使の限定許可証、ヒーロー活動認可資格、その”仮免”。ヴィランが活性化し始めた今、一年生(かれら)にも、自衛の術が必要だ」

 

 

 レーダーから、点が一つ消える。それは彼女が作った土の魔獣の反応であり、それに立ち向かった5人の反応──別のウィンドウに映し出された撃破時の光景に、思わず魅入る。

 

 

 緑谷の強化された拳が魔獣の腹を食い破り、

 千晶の上段回し蹴りが牙を剥いた顎を蹴り砕き、

 飯田の推進力を得た足が4つ足の一本を蹴り抜き、

 爆豪が足と胴体の付け根を爆破で崩し、

 轟が氷の波で土くれの足を縫い止め押しつぶした。

 

 

 迷いのない一撃。一年生とは思えない反応の良さ。

 

 

 

「では、引き続き頼みます、”ピクシーボブ”」

「くぅ──!! お任せ! 逆立ってきたァ!」

 

 当然、魔獣を操っていたヒーロー、ピクシーボブは勝ち気な笑みを浮かべた。

 

「洸汰、行くよ」

 

 そんなやりとりと、生徒が消えた森の方をじっと見つめていた少年に、ヒーロー……マンダレイが声を掛ける。数秒の空白のあと、少年はただ一言を残して、何かを振り切るように踵を返した。

 

「下らん」

 

 吐き捨てるような、嫌悪感に満ちた表情で。

 

 

**

 

 

 

 まだ朝の柔らかい日差しも、鬱蒼と茂った森の中では遮られて薄暗い。木に絡んだ太い蔦、先の見通せない暗がりから今にも何かが飛び出してきそうな、そんな妄想に取りつかれそうなおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。

 ……いや、任務で行った南米の密林よりはずいぶんマシだ。腰近くまで高さのある茂みをかき分け、スコールで常時ぬかるむ地面に足を取られながら細心の注意を払いながら行軍するのに比べれば、ずっと。それに、このレベルの薄暗さで怖がるような可愛げは、ずいぶん昔に置いてきた。

 最初の一体を倒してホッとする間もなく、地面を介して張り巡らせたレーダーにボコボコと引っかかる反応。土から魔獣が生成される音を、複製腕に耳や目を複製して探っていた障子くんが聞きつけ、「前方に3…4体、来るぞ!」と警告した時点で、私は既に動いていた。

 

 

 瞬間、A組の面々の視界に映ったのは、空中に揺蕩った赤い糸。不意に視界に映った糸は、それ自体が意思を持つように木々に絡みつき、張り巡らされていく。

 ──地響き。暗がりからずしんずしんと鈍重な足音と共に現れた魔獣に、クラスメイトたちがはっと戦闘態勢を取る。それを見て、魔獣もまた腕を振り上げようとして──またたく間にその豪腕の先が無くなった。

 振り下ろしてから異常に気づき、下手人を探そうとする魔獣。

 だが、その足が木々の間に踏み入った瞬間、張り巡らされた糸がピンと張り詰め、ワイヤートラップのように魔獣の足を引っ掛け──ることはなく、その足首を断ち切った。それも、方々からバラバラに現れた魔獣が木々の間を通るまさにその時を狙って。しなやかな糸は獣を刈り取る凶器に変わる。

 

 

焔丸(ほむらまる)、」

 

 低く腰を落とし半身を引き、引いた方の腰に手を添える──居合の構え。指輪から溢れた血液が、無骨な赤い太刀を形作る。足を切り落とされて、勢いのまま前のめりに崩れた魔獣を躱すように歩法で距離を詰める。魔獣も反応して、こちらめがけて断ち切らなかった方の腕が振りかぶられるが、

 

「遅い」

 

 振り抜く直前に伸ばした血刃が、魔獣を操作する彼女の予想よりも早く、延長線上にあった土くれの腕ごと頭部をすぱりと切り落とす。急ごしらえなのか、図体に対して妙に脆いと感じた──硬化させた糸を足場に跳躍、木の幹を蹴り方向転換。近くに居た別の魔獣の背後から、頭上をバク宙で通り過ぎざま真っ二つに斬り下ろす。

 

「……ふうっ」

 

 着地して、立ち上がりながら大きく吐き出すように息を調える。この程度の動きで息が乱れることは本来無いが、普段使わない焔丸での立ち回りの訓練がてらだと普段と勝手が違う分、リズムを整えるという意味でも調息は必要になってくる。まして、今この身体は未熟な15歳のときのものだ。……じっさまに見られたら修行が足らんとか怒られるんだろうなぁ。

 

 私が2体沈める間に、他の皆がもう2体を沈めてくれたらしい。ひらりと手を振れば、イズクが照れたように笑いながら手を振り返してしてくれる。それに癒やされる暇もないまま、さっきよりも遠くでぼこぼこと魔獣が生まれているのを察知する。

 

「……埒が明かないな」

 

 私のつぶやきに、障子くんがうなずいた。

 だが、まぁ。私にとっては、ある意味都合がいいとも言える。

 人気のない奥地の森。敵は人間ではなく存分に破壊しても構わない動く無生物。

 感覚を取り戻すのには、ちょうどいい。

 

 

 皆、と声をかければ、すぐさま振り返るクラスメイト達。全員の視線が集まったところで、私は話を切り出した。

 

「プッシーキャッツは3時間位、と言ってたけど。恐らく12時までにたどり着くのは難しい」

「? 何で?」

 

 私の予想に、ほとんどが首を傾げた。それを見て、私は人差し指を立てながら説明を始める。

 

「まず距離。崖の上から見た感じ、おそらくここから宿泊施設まで大体20km。ハーフマラソンと同じ位の距離がある。確かハーフマラソンの平均タイムは2時間少々だ……。

 ただ、マラソンはアップダウンはあっても走りやすい道路みたいな平地なのに対して、ココは森。茂みがないだけマシだけど、薄暗くて視界は悪いし、地面も切り株や木の根っこが飛び出してて走るには向かない。ましてや全員、走ることなんて全く考慮してない制服に革靴。そんな走り慣れてない環境で長時間走るのは、普通にマラソンを走るよりきつい。障子くんの索敵があっても、魔獣が飛び出してくるタイミングを警戒しながらとなれば余計に」

「な、なんか含蓄あるな……?」

「……昔、森や沼地みたいな足場の悪いところで死ぬほど走る訓練積まされたことがあるから……」

「おう……なんかごめんな?」

 

 切島くんの不思議そうなつぶやきに、私は牙狩り時代の苦い記憶を思い出して、遠い目をしながら答えた。それ以上記憶を思い返していたら精神的にすり減りそうなので思考を中断、気を取り直して話を続けた。

 

「こほん。次に挙げられる理由がスタミナ。さっき言ったように悪い足場の中駆け抜けるとなったら相当神経を使うし、走るだけでも体力は削られる。この21人それぞれ体力に差はあるだろうし、できるだけ固まって動くべきだろうことを考えると、魔獣に寄ってたかられる隙を作ることになっても、休憩を挟むのは必要になる」

「はぁ? 何で全員で固まって動かなきゃなんねぇんだ、仲良しこよしのごっこ遊びじゃねえぞ」

 

 ある意味予想通りに爆豪が突っかかってくる。声を荒げた彼の方を向き、苦笑しながら補足を付け加えた。

 

「君ならそう言うと思ってたよ。……スタミナって言っただろう? あれは単純な体力だけじゃない……個性の方もだよ」

 

 持って回った言い回しになったが、懇切丁寧に喋るほうが、賢い爆豪を怒らせるような気がした。実際、端的な私の言葉一つで爆豪は虚を突かれたように赤い目を丸くして、すぐにその表情をごまかすように苦々しげに舌打ちした。

 

「わかってくれたようでなにより」

「せんせー、わかりませーん」

 

 言葉少なに意思疎通をした私たちだが、それで全員が理解できるわけもない。すぐさま飛んできた挙手と質問に、ひとつ首肯で返す。

 

「はいはい、ちゃんと説明するよ。体育祭でも話題になったと思うけど、個性は身体機能の延長線である以上、必ず限界がある。時間制限、発動の許容範囲、回数制限……全員それぞれキャパシティがあると思う。だけど相手は操縦者がいるとはいえ、魔獣自体は疲れ知らずの敵だ。ただでさえ体力を削る長距離走の中、絶えず複数体の魔獣で波状攻撃されたら、どうだろう?」

「! そうか……単独で突っ走るにはちょっとキツイな、バテて個性が使えないところを襲われたらヤバいぞ」

「その上、私たちの中には単独であの魔獣を倒すだけの攻撃手段がある個性じゃない子もいる。慣れない環境下でも、個性の限界を超えさせる……Plus Ultraが目的だとしても、これは恐らく個々人の能力を突出させるんじゃなく、連携を前提とした訓練だ。期末試験もそういう傾向で採点されてたフシがある」

「ああ……」

「うん……」

「んだコラ、こっち見んなや!」

 

 連携、期末試験といえば、ピンときたらしい瀬呂くんや上鳴くんの生ぬるい視線が爆豪に向けられる。爆豪とペアを組んで試験に臨んだイズクでさえ苦笑していた。

 

「じゃあベストは……複数のグループに別れて、互いに離れすぎないようにしながら魔獣をそれぞれ各個撃破しながら進む、ということですわね」

「うん。ただ完全に倒したり破壊する必要はない。背後から追いかけてきて攻撃されない程度に、なんなら身動きが取れなくなるぐらいでも構わないと思うよ。いちいち倒していたらキリがないし、いつまで経ってもたどり着けないだろうから」

「なるほどな」

 

 皆が私の説明に納得してくれた所で、私は爆弾を落とした。

 

「……それが最善手だとわかった上で、申し訳ないけど先に一人で行かせてもらっていいかな」

「!!??」

「そりゃ、また」

「……珍しいな。お前がそんな事言い出すの」

「自分勝手なのは百も承知だよ」

 

 唖然とするクラスメイトがほとんどの中、轟が二色の目を丸くしてぽそりと呟くのに、私は大げさに肩をすくめた。

 

「でも、千晶ちゃんがそうしたいっていうのには、きっとワケがあるのよね?」

「うん。今試行錯誤中のことを、周りを気遣わずに思いっきり試せる機会なんて、こんな時でもなきゃ巡ってこないだろうから」

「そうなん?」

「今まで試したことの無いことに手を出そうとしてるから、制御しきれずに暴発した時の被害が想定できないんだ。あと、やろうとしてることが事だから、多分近くにいると少なからずとばっちり食らわせることになる。皆に怪我させるのは本意じゃないから」

 

 オブラートに包んでいるが、なんということはない。

 シナトベを利用して、擬似的に25歳の時の機動力を再現しようとしているのだ。

 ……正直、今のマックススピードはレシプロバーストをした飯田くんにやや劣るくらいだ。個性なしにノーリスクでそれだけのスピードを出せるだけ十分凄まじいのだろうが、スピード型である私としては、ナノ秒スケールで戦えなくとも、せめて今の倍で動けるようになりたい。そのためにはやはり筋力諸々が足りないのだが、25歳のときは生身で出していたスピードを、シナトベの風を補助に使うことで擬似的に再現できないかと考えたのだ。試運転では問題なかったのだが……加減を間違えたらバランスを崩して派手に転倒し、周りを巻き込んで盛大に吹っ飛びそうなので、物や人を巻き込んで壊しかねない学校や公共の場所では全力で試せなかった。暴発したらかまいたちを周囲に振り撒きかねないのも、心配の一つではある。

 他にもそのマックススピードを超えた世界の中で攻撃に移っても身体がついていくかとか、新しい技とか……合宿でやりたいことは山積みなのだけど。

 

「だから皆より先行して、ついでに魔獣の露払いもするよ。プッシーキャッツの限界が来るまでは無限湧きするだろうから気休め程度だと思うけど、二手に分かれることであっちの処理能力の牽制にもなる。あと、試したいことがダメそうだったら速度を落として皆と合流する」

「……分かった。無茶はしないでくれ、星合くん」

「悪いね委員長」

 

 

 私のわがままを不承不承ながらも許してくれた飯田くんに、申し訳無さに苦笑した。他の皆からも無理すんなよと申し訳ないくらい優しい声がかかる。じゃあ行くね、と私は照れくささに耐えきれず彼らに背を向けて、靴底に力を込め、強く地面を蹴り走り出した。

 

 数メートル離れ、皆から姿が見えなくなるだろうあたりから、足に込める力を強めて、走るスピードのギアをがんがん上げていく。こっちのスピードに追いつけず、私が走り去ったあとに生まれた魔獣は仕留められないが、向こうもこちらの意図を読んで、前方に待ち伏せとばかりに魔獣を配置し始める。遠慮も配慮もない今できるトップスピードに入り、私は待ち構える魔獣に構えた焔丸を抜き放った。

 

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