人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

78 / 152
Abend④

 

「片付けまで手伝わせちゃって悪いね」

「いえ、この量をマンダレイさんたちにお任せするのも悪いので」

 

 先に食事を済ませていた私を除く生徒の食事が終わり、生徒の世話を焼いていたプッシーキャッツと一緒に空になった食器類を片付ける。

 梅雨ちゃんやお茶子たちA組、それにイツカを始めとしたB組の女子たちは手伝おうか? と声を掛けてきてくれたけれど、シンクの大きさを考えて、あまり人数が居てもそれはそれで効率が悪い。

 それに森を駆け抜けてきたまま土や汗でべとついた身体を綺麗にしたほうが良いだろうとお風呂を勧めた。さっさと行けという相澤先生の無言の威圧も後押しし、少し後ろ髪引かれながらも露天風呂に向かった同級生たちの優しさにほんわかした。

 

「助かるよ、でも大丈夫? 明日から筋繊維ブッチブチのキツーイ訓練に自分たちで食事の用意も待ってるよん?」

「まぁお前さん、すでに個性を伸ばす段階にはなさそうだがな」

 

 皿を拭きながらにんまりと不吉な言葉と笑みを投げかけてくるピクシーボブに、唯一四人の中でカラーが違う虎さんが私を一瞥して黙々と拭いた皿を重ねていく。そんな二人のどこらへんに笑いどころがあったのか、アハハハハ、とラグドールが机を拭きながら底抜けに明るい笑い声を響かせた。

 ちなみにコウタはいない。今頃露天風呂でくつろいでいるだろうA組の要注意人物、性欲の権化こと峰田が、同じ時間に入浴しているA組女子の入浴シーンを拝まんと手段を選ばず行動するだろうことは想像にたやすい。そこで、予めそのことを相澤先生から聞いていたマンダレイが見張りに行かせたのだ。男女の風呂場を遮る壁で見張ってもらう人選として、男女ともに角が立たないのはまだ幼い彼ぐらいのものだからだ。……案の定というかやはりというか、遠くで峰田の声と思しき断末魔が尾を引いて消えるのがかすかに聞こえた気がした。

 ちらりちらり、先程から感じる視線に素知らぬ顔で食器を洗い続けること数分。短いような長いような、奇妙な沈黙が落ちる。

 意を決したのか、隣で泡立った皿をすすいでいたマンダレイがようやく重い口を開いた。

 

「星合ちゃん、一つ聞いてもいいかな」

「はい」

「こんなこと訊くのもどうかと思うんだけどさ。……どうやって洸汰と仲良くなったのか、教えてもらえないかな」

 

 少し悔しそうに笑うマンダレイに、他の三人がそっと口をつぐむ。その苦悩に満ちた眼差しを一度受け止めて、私はそっと手元に視線を落とした。

 

「特別なことは、なにも。……ただ」

「ただ?」

 

 一度言葉を切った私に、不思議そうな顔で言葉を反芻するピクシーボブ。促されるようなそれに、私はポツリと呟いた。

 

「昔の私に、とても似ていたから」

 

 だから、と言葉を続けようとした私の言葉は、荒々しく駆け込んできたイズクによって遮られた。

 

「マンダレイ! 洸汰くんが!」

 

 

 

「落下の恐怖で失神しちゃっただけだね、ありがとう。イレイザーから『一人性欲の権化がいる』って聞いてたから見張っててもらったんだけど……最近の女の子って発育良いからねぇ」

「とにかく何もなくてよかった……!」

「よっぽど慌ててくれたんだね」

 

 所変わってプッシーキャッツの事務室。応接用のソファーの肘掛けを枕に寝かされたコウタに、私とイズクはほっと胸をなでおろした。全裸にタオル一枚の姿でコウタを抱えて来たイズクの姿を見れば、服を着替える時間も惜しかったのだろう。彼の焦りようがよくわかる。……ほんと、去年のガリヒョロからよく見違えたもんだなあと、筋肉のついた身体を見て変な意味ではなく純粋に感心した。

 相澤先生の読み通り、個性を使って露天風呂の壁をセルフロッククライミングした峰田の野望を阻止したコウタだったが、御礼の言葉にうっかり女子の方を振り向いてしまい、驚いて後ろにバランスを崩し、あわや転落して頭を打つところを、フルカウルでイズクが間一髪受け止めたのだそう。高所から落ちて石畳に頭を打ちつけていたら大変な事になっていたから、失神程度で済んで本当に良かった。

 

「……洸汰くんは……ヒーローに否定的なんですね」

「ん?」

「僕の周りは昔からヒーローになりたいって人ばかりで‥…あ、僕も……で、この歳の子がそんな風なの珍しいな……って思って」

 

 急な話題選びにマンダレイは少し目を丸くしていたが、すうすうと寝息を立てるコウタを見下ろして、そうだね、と呟いた。

 

「当然世間じゃヒーローをよく思わない人も沢山いるけど……普通に育っていればこの子もヒーローに憧れてたんじゃないかな」

「普通?」

「マンダレイのいとこ……洸汰の両親ね、ヒーローだったけど、殉職しちゃったんだよ」

 

 お茶の乗ったお盆を手に入ってきたピクシーボブの言葉にイズクは顔をこわばらせ、私はそっと目を伏せた。

 2年前、ヴィランから市民を守ってコウタの両親は死んだのだそうだ。ヒーローとして立派な、名誉ある最期だった。……だが物心ついたばかりのコウタにそれが受け入れられるわけも、理解できるわけもなかった。ふつうの子どもにとって、親が世界のすべてだ。「僕を置いていってしまった」のに世間はそれを良い事・素晴らしい事と誉め称え続けた。マンダレイたちのこともあまり良く思っていない彼だが、身寄りが他にないから従ってるような感じだと、彼にとってヒーローは理解の及ばない気持ち悪い人種なのだと、マンダレイは語った。

 

 事務所に満ちる沈黙に、イズクがそっと唇を噛む傍らで、私はただ黙って、昼間とは似つかない、眉間にシワも険もない、穏やかな幼い顔立ちを、じっと見つめ続けていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。