「補習組、動き止まってるぞ」
合宿3日目も2日目と同様、個性伸ばしの限界突破訓練だった。つまり地獄にほかならないのだが──その中でも特に精細を欠いている補習組5人に、相澤は檄を飛ばした。ついでに首元の拘束帯でぐでんぐでんの切島の額を引き上げ、強制的に顔を上げさせる。
「オッス……!!」
「すいません、ちょっと……眠くて……」
「昨日の補習が……まさか深夜二時まであるとは……」
「だから言ったろ、キツイって」
あっけらかんと言ってのけた相澤は補習組とぎりぎり期末試験で赤点を逃れた麗日と青山に釘を刺す。個性だけでなく、立ち回りの脆弱さが期末試験で明暗を分けた、と。
「気を抜くなよ、皆もダラダラやるな。何をするにも原点を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何のために汗掻いて、何のためにこうしてグチグチ言われるか。常に頭においておけ」
「そういえば相澤先生、もう三日目ですが……」
「言ったそばからフラっと来るな」
よろめきながらも教師二人に近づいた緑谷は前から気になっていたことを訊ねた。
「今回オールマイト……あ、いや、他の先生方って来ないんですか?」
「合宿前に言ったとおり、ヴィランに動向を悟られぬよう人員は必要最低限」
「よってあちしら4人の合宿所ね」
「そして特にオールマイトはヴィラン側の目的の一つと推測されている以上、来て貰うわけにはいかん。……良くも悪くも目立つからこうなるんだ、あの人は……」
「(悪くもの割合でかそう……)」
ケッ、と明後日の方向に唾棄した相澤に緑谷はうわぁ、と冷汗を流した。心なししょんぼりとする緑谷の心とは裏腹に、明るい声を上げたのはピクシーボブだった。夜にクラス対抗の肝試しを行うことを告げた彼女に、快哉を上げる生徒もいれば嫌そうな顔をする者もいる。アメとムチ! と叫んだピクシーボブの声にイエッサーと返事をする生徒たちの声は、先程より少しだけ元気が戻っていた。
私はといえば、昨日に引き続きシナトベと格闘していた。
「突龍槍、空斬糸、月輪剣、双翼刃、
皆から少し離れた場所で一人立ち尽くし、高速で血刃を入れ替えていく。
三叉槍がばらけて空を大量に舞う糸になり、糸が凝集して三連の
個性とは違い、血法は技術。その成長度合いは、身体機能である個性に比べて早い。ルーチンを何百回か繰り返したところで小休止、基本系かつ繊細な風の操作を必要とする風編みから始めて、
一通り技の修練を終えれば、いま取り組んでいる難題に挑む。
「斗流血法、突龍槍」
瞬く間に溢れた血が極細の三叉槍に変わる。切っ先を下段に構え、槍の柄を添わせるように新たに鮮血を加える。切っ先まで流れた鮮血は、たちまちに紫電へと姿を変え、光っては散り散りに消えていく。
「……」
ぐん、と細い槍の重量が増す。周囲の空気が重くなった感覚。穂先が震えないようしっかり握り直し、構えを崩さないようしっかと足を踏みしめる私の眉間に皺が寄った。
吹き抜けるだけだった風が獣のように唸り、猛り、砂塵を巻き込んで大渦を為す。
三叉槍の穂先に宿った電流が蛇の如く周囲を這い回り、バチバチと火花を散らす。
脳内でおびただしい数の数式が流れる。同時並行で起動させた二重属性の血を、属性を持たせたままそのままひとつの技と定義して操作する。今まで行使していた基本形である無属性の水と一つの属性、ではなく、無属性から変化させた別々の属性を同時に起動させる。それだけでも世界で二人しか出来ない所業だ。
そこからさらに、血闘神と呼ばれ、対吸血鬼戦において並ぶもののない一騎当千の猛者である斗流のじっさまさえ決してしない、属性を混ぜ合わせるという荒業を、脳細胞の回転率と師匠にも称賛された操作能力任せで押し切る。ぶつぶつと不快な汗が肌に湧き起こり、制御しきれない風が容赦なく髪や服を巻き上げ額や首元の肌を露わにするが、それすら気にならないほどに集中していた。全身の細胞が目覚めるような、身体の底から奮い立つような感覚。快楽とはまた違う、牙刈りとしての戦闘本能に近いような。
風と雷の血をもっともっと混ぜて練り上げて、捩じれ、狂わせ、尖らせて、ひとつに。
シナトベの風とブラッドバレットアーツの雷、まったく方程式の違う術式で出来た別流派の血法を完全に一つの技として、これまでの知識と経験と勘でその大量の情報を簡略化し、術式を同じ方程式に翻訳しながら、無駄を省き、まとめ上げ洗練させていく。本来なら数十年、数代かけて積み重ね洗練させていく過程と時間をぶっ飛ばす。制御の舵を取り損ねれば暴発は必至。甚大な被害を周囲に撒き散らすだろう。
けれどそんなへまをやらかす気は微塵もない──そのコツは、今はもう遠い記憶に在り、今なお鮮明に思い出すことのできるあの牢獄で掴んでいた。
別々の流派をかけ合わせた複合技など、発動スピードや消費血液、発動にかかる苦労の割に、威力が強すぎて市街地で放つには被害が甚大すぎるわ、始末書が増えるわ、賠償金がかさむわで良いことはないし、と考えて修練をサボっていた。だが、オールマイトとイズクの二人に立ち塞がるであろう敵の首魁が、ワン・フォー・オールに対抗でき得るほどの個性を重ね掛けできる力を持つのなら、力は蓄えて損ではない。
再現するは災害の力。風の刃と電気の海。竜巻、あるいは嵐の再現である。
「星合」
牙狩りの戦闘本能に身を任せるように、極度に集中していた思考は、呼び掛けを捉えた聴覚によって遮断された。三叉槍に掛かっていた重力帯がほどける。鮮血の供給が途絶えて、竜巻も雷も嘘のように空気にほどけて消え、残った三叉槍は繋がった指から血液となって体内に戻っていく。
プロスフェアー後のような、集中状態から解放されて少しばかり処理能力の落ちた頭でなんとか声の方を向けば、相澤先生が合宿所の方を親指で差した。気付けば、辺りが暗くなっている。
「今日の訓練は終わりだ。風呂入って来い」
「はい。……ありがとうございます」
私を心配そうに待っていたお茶子や梅雨ちゃんに合流し、汗まみれの身体を流して私服に着替えて炊事場へ。昨日と食事と風呂の順番が違うのは、食事のあと肝試しが待っているからだ。
「対抗ってどんなのかしらね」
「怖いの嫌やな~」
「おどかし合いとかかな」
そんな他愛無い話に花を咲かせながら、昨日と同じように高速皮むきをしていると(なお私の反対側で剥けたニンジンを高速で食べやすいサイズに切る爆豪がいた。意外な才能だなぁ)、かまどに薪を積み上げていたイズクに、鍋を持った轟が話しかけているのが見えた。
「オールマイトに何か用でもあったのか? 相澤先生に聞いてただろ」
「ああ……っと、……うん、洸汰くんのことで……」
「洸汰? 誰だ?」
「ええ!? あの子だよ、ほら、えっとマンダレイの……あれ……またいない」
言葉を濁したイズクは辺りを見回したが、コウタが見当たらないのに気付いて諦めたように竈に視線を戻した。……多分秘密基地だろう、と考えながら、私は初日に出会った少年とのやりとりを思いだしていた。
**
他の皆よりも一足早く合宿所に着いた私は、少し休憩を挟んだ後、森の中の、少し開けた場所で複合技のための準備として、基本系である無属性の水を操る手は止めないまま、構想を練っていた。
思考に浸りながらも癖は抜けないもので、一つの気配が恐る恐る近づいてきたのを感じてそっとそちらを視線を向ければ、プッシーキャッツと一緒にいた少年が茂みの陰からこちらをこっそりと窺っているのが見えた。
気付かないふりを続けるも、手のひらの中で自在に形を変え続ける水に、心なしか目を爛々とさせている少年にいたたまれなくなり、ついに私は手のひらから視線は外さないままに声を掛けた。
「……何か用かい?」
「!!?」
びくっと飛び上がった少年が何も言わず走り去ろうとしそうな気配を察して、「見たいなら、そんな遠くから見てないで、もっと近くで見ればいい」と声を掛ければ、数歩逃げ去ろうとした足が止まった。しばらく動かなかった気配が、慎重に距離を詰めてくる。警戒心の強い猫のような行動に、思わず噴き出したい衝動を何とかこらえて無表情の下に隠したまま、数メートルの距離まで詰めてきた少年に、体育祭で作った水のドラゴンのミニチュア版を作って差し向けた。
シナトベの風編みで編んだやわらかい風に乗って飛んでいくドラゴンにうわっ、と声を上げながらも、くるくると身体の周りを回ってみせるドラゴンに、自然と険しい表情がほころんで、年相応の笑顔になる。
やっと笑った、と私は密やかに胸をなでおろした。反抗期とは違う、歳に見合わない剣呑さを前面に押し出していた彼が、地味に気になっていたのだ。教会育ちで妹弟子が多かった私は、意外とよく言われるが子どもの相手は得意だ。赤子をあやすのも、癇癪を起こしたり喧嘩した子供を諌めるのは慣れたもの。シナトベの修行に参加した時は、浮浪児で身なりに頓着しないザップの世話を焼いたこともあった。……野生児だったから、アイツが一番手こずった。
不機嫌な子どもの機嫌を直させるのに、修行ついでで思いついた技がここでも活きた。ついでにイルカや魚、猫やウサギなどを追加して辺りを泳がせれば、大体の子どもは目を奪われて、怒っていたことも忘れて笑顔を浮かべる。
興味深そうにエイを指先でつっついたり、ドラゴンを捕まえようとしていた少年は、ふと明るかった表情を曇らせた。おや、とその変化に私が瞬きを繰り返していると、ぽつりと少年が口火を切った。
「……どうやったら水って、上手く使えるの」
「? 君も水にまつわる個性なの?」
こくん、と少年が頷き、手のひらから水を出せる、と答えた。
「……パパもママも、あんたみたいに水を使いこなすのが上手だった……」
喉から絞り出すように漏れた、掠れた声は、水気に満ちていた。
だった、という過去形に薄っすらと事情を察する。……亡くなったのか。私も小さく呟けば、俯いた赤い帽子が首肯した。立ったままの私から少年の顔は見えないが、そばを揺蕩っていたイルカが慰めるようにその鼻先で少年の頬を擦る。腕を伸ばしてイルカを捕まえ、ぬいぐるみを抱きしめるようにぎゅっと腕の中に抱き込んだ少年に、私は少年の目の前で屈み、その頭を撫でた。
「……さみしいな、傍にいた人が居なくなるのは」
「……っっ!!」
瞬間、俯いていた小さな頭が跳ねあがった。ばちん、と乾いた音を立てて、頭を撫でていた手が払いのけられる。涙を湛えた大きな三白眼が歪んで、食いしばられた口元が「うるせぇ! わかんないくせに分かったようなこと言うなよ!!」と吠えた。
「わかるよ」
「は……」
「さみしくて、何もかも嫌になる気持ちは、良くわかるよ……私も君ぐらいの時には、もう親はいなかったから」
私の言葉に、顔全体に入っていた力が抜け、少年は呆気にとられた表情で私を見返した。は、と音にならない短い息が洩れる。零れ落ちそうなほど見開かれた目の中で、私が眉を下げて困ったように笑っていた。
「……何で?」
「生まれた時に親から捨てられたらしくてね。教会で育ったんだ。だから、小さい頃は親に連れられて教会に祈りを捧げに来る、幸せそうな同い年に見える子どもたちが羨ましくて、妬ましくって仕方なかったよ」
「……」
年端も行かない子どもに話すべき話題じゃないのは分かっていた。あまりに残酷すぎる身の上だ。それでも、気付いた時には喋り出していた。頼るべき者がいなくて、路頭に迷ったように悲しみの泥沼に沈んでいる少年が、かつての私に重なったかもしれない。
再び俯いた頭に伸ばした手は、振り払われなかった。
記憶に沈んでいた思考が、イズクの声で引き戻されていく。
「その子がさ、ヒーロー……いや個性ありきの超人社会そのものを嫌ってて。僕は何もその子の為になるようなこと、言えなくってさ。……オールマイトなら、何て返したんだろって思って」
ぽつりぽつりと零された言葉に、イズクらしいなと思った。お人好しの彼は、きっとコウタをほっとけなかったんだろう。……手酷く撥ね付けられたとしても気に掛ける優しさは、彼の美徳だ。……お節介とも、人は言うが。
「……轟くんなら、何て言う?」
「……場合による」
イズクの相談に対して、すこし考えるそぶりを見せた轟の回答は端的だった。
「っ……そりゃ場合によるけど……!」
欲しい
「素性もわかんねえ通りすがりに、正論吐かれても煩わしいだけだろ。大事なのは”何をした・何をしてる人間に”言われるか……だ。言葉単体で動くようならそれだけの重さだったってだけで……言葉には常に行動が伴う……と思う」
何かに思いを馳せるような珍しく饒舌に語った轟の言葉は、妙にすとんと胸に落ちた。
──腑抜けるな、クリスティアナ。私が知る君は、どんな困難や苦境を前にしても、絶望することなく、挫けることなく立ち上がる、強く美しい、気高き女性だ。
己の不幸を呪う
──俺とお前、似てるんだって。俺はちっともそう思わないけど……寂しいならこの家の人間を家族と思えばいいだろ。いつまで他人行儀なんだよ、お前。だからいつまで経っても馴染めないんだよ。ほら、お兄ちゃんって呼んでみろ。はー? なんでそこで名前で呼んでくるんだよ! 馬鹿にしてんのか!? そんなやつはくすぐりの刑だ!!
何年経っても、未だ心に残るお守りのような言葉がある。暗闇から連れ出してくれた、優しい手のひらを思いだす。……良いこと言うなあ。そう思いながら瞼の裏に描いた二人の影からそっと目を上げれば、ぱちりと轟と目が合った。微笑んだら、かすかに轟も顔を緩めた。
「……そうだね。轟くんの言う通りだ。確かに、通りすがりが何言ってんだって感じだ……」
かまどに薪を並べる作業を再開させたイズクが、少しすっきりとした顔で笑み交じりに呟く。きっと、イズクにも思い当たる経験があったのだろう。
「お前がそいつをどうしてえのか知らねえけど、デリケートな話にあんまズケズケ首突っ込むのもアレだぞ。そういうの気にせずブッ壊してくるからな、お前意外と」
「……なんか、すいません……」
体育祭の一件を引き合いに出され、轟の忠告に項垂れるイズクにそうだぞ~、と声を上げる。きょとんとこちらに向けて顔を上げるイズクのまん丸の瞳を見返し、私は肩を竦めて苦笑した。
「お人好しなのはイズクの良いとこだけど、無遠慮とも言えるからなぁ」
「うっ」
「何かしたいって気持ちは良いと思うけど、その衝動に突き動かされるまんまじゃ、ただの善意の押しつけだ。……それに、悩んだり何かを嫌いになったりすることって、そう悪いことじゃないさ」
「……うん」
「……あの子はただ、あんまりにも悲しくて、受け止め切れなくて、捌け口を探したいだけだ。行き過ぎたら叱るべきだろうけど、見守ることだって大事だよ」
それに、と私は言葉を切った。ふと、手元が止まる。ナイフの刃面に映る私は、何とも言えない表情をしていた。
「哀しい時は、悲しんでて良いんだ。それは彼に許された自由だ。無理に立ち直らせる必要もない。……まだ大人でもないのに、子ども扱いもされなくなるっていうのは……あんまり良いことではないからね」
子どもらしくない子どもだったと思う。親を求めてぐずる周囲の子たちに比べて、それを宥めに回る側だった私は、シスターたちに手のかからないまとめ役だと早々に認識されてしまった。嘆いても何も変わらないと、淡々と機械的に生きようとした幼少期。世の理不尽、親への怨嗟を胸に仕舞いこんで頑なに鍵を掛けた私は、甘えどころを失った。
「星合、」
「なんてね」
思いの他、吐いた言葉はしみじみと湿っぽくなってしまった。私はぱっと顔を上げて、固まっている二人に誤魔化すように笑いかける。
「君たち! 手が止まってるぞ! 最高の肉じゃがを作るんだ!!」
妙な空気を、恐らくそうとは知らずに吹き飛ばす生真面目な飯田くんの声。爆豪に負けず劣らずの速さで野菜を切っていく彼の挙動も合わせて、私はふはりと噴き出した。