The dice is cast
「さて、腹もふくれた、皿も洗った! お次は……」
「肝を試す時間だ──!!!」
ムチから解放されて、やっとのアメに天高く拳を突き上げたミナと上鳴くん。しかし、ピクシーボブの背後に立つ相澤先生の雰囲気が不穏だ。その前に、と零された呟きに、補習組が悪寒を感じて固まる。
「大変心苦しいが、補習連中はこれから俺と補習授業だ」
「ウソだろ!!!!??????」
「すまんな、日中の訓練が思ったより疎かになってたんでこっちを削る」
「うわあああん勘弁してくれぇ、試させてくれえ!!!」
不謹慎だが、面白いぐらい絶望顔になった補習組は相澤先生に拘束されて合宿所へとしょっぴかれていく。肝試しを一番楽しみにしていた面々が揃ってアメを与えられずに引きずられていくのは、ちょっと心が痛い。
「はい、というわけで脅かす側の先攻はB組。もうスタンバってるよ。A組は二人一組で3分おきに出発。約15分間のルートの真ん中に名前を書いたお札があるから、それを持って帰る事!」
「闇の饗宴……」
「(賑やかしメンバーが全員居ないから空気が神妙になってる)」
「脅かす側は直接接触禁止で、個性を使った脅かしネタを披露してくるよ。創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!!!」
「やめて下さい、汚い……」
「判定方法がそれでいいのか雄英……」
体育祭の地雷原の時も思ったけど、その謎のこだわりはなんなんだろう。
とりあえずペアを決めるくじ引きの結果。
一組目、常闇くんと障子くん。
二組目、爆豪と轟。……この組み合わせ大丈夫か。
三組目、キョウカとトオル。
四組目、青山くんとモモ。
五組目、お茶子と梅雨ちゃん。
六組目、尾白くんと峰田。……おいこら峰田、モモと回りたいがために青山くんににじり寄るのやめなさい。
七組目、飯田くんと口田くん。
そしてラストに私とイズクになった。平和な相手で良かった。
「おい尻尾……代われ……!」
「俺は何なの……」
「トリだね、よろしく星合さん!」
「うん、こちらこそ」
爆豪が尾白くんにプレッシャーをかける傍ら、ほのぼのとした私のペアなど明暗は別れたものの、虎さんの「ペアの入れ替えは認めん!」の鶴の一声で、クラス対抗肝試しが始まった。
お茶子と梅雨ちゃんが出発して少し経った頃。残った組で雑談していたその時。
「……?」
「星合さん?」
「何か……焦げ臭くない?」
「黒煙……?」
鼻を掠めた異変に顔を顰める。ピクシーボブやマンダレイも異変に気付く中、突然ピクシーボブの身体が赤い光に包まれ、どこかへ勢いよく引き寄せられていく。
「なっ、何!?」
「──
反射的に指輪からひねり出した血紐をピクシーボブに投げるが、紐が彼女の身体を捉える寸前で、ガツン! と振りかぶられた凶器がピクシーボブの頭を打ち据えた。
森の中に、無数の脅威が忍び寄る。
「飼いネコちゃんは邪魔ね」
森の南東には毒の霧が立ち込め、北東では青い炎が森を灼く。
「何で……! 万全を期したはずじゃあ……!!」
峰田の叫びが、この場にいる全員の心を代弁していた。
「何でヴィランがいるんだよぉおおおお!!!」
「ご機嫌よろしゅう雄英高校! 我らヴィラン連合、開闢行動隊!」
「ヴィラン連合……!? 何でここに……!」
「チンピラの集まりがまぁ、御大層な名前で集まっちゃって」
「この子の頭潰しちゃおうかしらどうかしら? ねえ、どう思う?」
「させぬわ、このっ……」
歌うような軽薄な口調で残虐なことを口走るサングラスの男に、虎さんがとびかかろうとした寸前。
「待てマグネ! 虎もだ落ち着け!」
割って入ったのはトカゲのような風貌の、どこか見覚えのある服装のヴィランだ。
「生殺与奪はすべて、ステインの仰る主張に沿うか否か!」
「ステイン……! 奴の思想にあてられた連中か……!」
だが、その制止は別の混乱を引き起こす。その言葉で、ヴィランの服装への既視感に思い当る。ステインにどこか似ているのだ。……熱狂的な信者か。
まだ記憶に新しい仇の名に、飯田くんが殺気立つ。
「そして、ああそう! 俺はそうお前、君だよメガネくん! 保須市にてステインの終焉を招いた人物!
申し遅れた、俺はスピナー。彼の夢を紡ぐものだ」
スピナーが背中に袈裟懸けに背負っていた大剣を覆った布が剥がれ落ちる。その中身は普通ではなかった。無数のナイフ、のこぎり、鉈、肉切り包丁……あらゆる刃物を束ねて作ったいびつな大剣だった。
「何でもいいが貴様ら……!」
スピナーの大袈裟な演説に割って入ったのは虎さんだ。普段より闘気を滾らせた彼が、ピクシーボブが婚期を気にして幸せを掴もうと頑張っていたことを滔々と語り──
「そんな女の顔キズモノにして、男がヘラヘラ語ってんじゃあないよ……!」
憤怒の形相でスピナーとマグネを睨み据えた。
「ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!」
「虎! 指示は出した! 他の生徒の安否はラグドールに任せよう! 私らは二人でここを押さえる!
皆行って! いい!? 決して戦闘はしないこと! 委員長引率!」
「承知いたしました、行こう!」
マンダレイのきびきびとした指示に残った数人が踵を返すが、私とイズクは動かなかった。
マンダレイの、まずい、という呟きを聞いていたからだ。
「……飯田くん、先行ってて」
「緑谷くん!? 星合くんも、何言ってる!?」
「緑谷、星合!」
マンダレイが焦る理由──そう、コウタの存在だ。
彼はヒーロー科の生徒やマンダレイ達を避けるため、いつもどこかに行っていた。だが今の非常時、あまりに危険すぎる……もしヴィランと接触したら、間違いなく大怪我、ひどければ命が危うい。
手の空いた時に水の個性のコツを教えると約束したものの、彼が普段どこに居るのかまでは、私は知らなかった。
最初に出会った場所にいればいいが、と考えたその時、傍らのイズクが声を張り上げた。
「マンダレイ! 僕、知ってます!!」
「──!」
「なら私は森へ行きます。ガスと炎……森の中の皆の行動を制限するあれらを、誰かが取り除かなければ確実に負傷者が出る。交戦せず、取り除いたら戻ります」
「くっ……無茶はしないこと、いいね!」
「「はい!」」
マンダレイの苦悩交じりの決断に気合を入れて返事をした私とイズクは、それぞれの目的の為に、森の中へと足を踏み入れるのだった。
**
星が輝く夏空の遥か上空で、何もない空間に立つという常識外れを、なんでもないようなことのようにやってのける青年がいた。事実、青年にはなんでもないことだった。一つの都市の摩天楼を地上から引っこ抜き、パズルのように浮かせて組み替えてしまうような、常識はずれの超常を、再び間借りしたこの肉体は備えているのだから。
地上からもし何かを感じ取って空を見上げたとしても、その姿は夜闇にまぎれて見えないだろう。なにせ高度は一万フィート。地上から仰ぎ見た空のスケールに比べて、あまりに青年の姿は小さすぎるし、なにより──
「
熱気にはためくサファイアブルーのロングコートでは、夜にまぎれてしまうだろうからだ。
真夏の熱帯夜にも拘らず、血の気の薄いコーカソイドに汗は一つもついていない。高度による寒冷ではない。そもそも彼は周囲の環境に左右される存在ではない。今カタチを成している青年の姿だって、かつてとは違い、本物の肉の器ではない。ただの実態のあるかりそめ、過去の亡霊にすぎないのだから。
掻き上げられた前髪はくすんだゴールド。血の色に輝く眼が、地上を神の如く見下ろして嗤う。
「とっておきのショーのはじまりだ」
永劫を生きる
それがまだ序章にすぎないことを──崖を目指してひた走る少年も、仲間の為に森を疾駆する少女も、誰も与り知らぬことだった。