人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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Aberration①

「(まずいな、ガスと炎。森に入ってた生徒の何人かはガスでやられてそうだ……)」

 

 森に入ってまず行ったのは、現状把握。血紐で木の上に飛び上がり、シナトベで見えない足場を作ってポッピングの要領で上空に跳び、空へと駆け上がった。見えたのは、森の一部から燃え広がる青い炎と、炎に包まれたエリアに入るのをまるで阻むようにして、奇妙に停滞している毒ガス。後手に回ったことを歯噛みしながら、それでも私は一部生徒の個性に縛りを掛けるガスと炎の対処に掛かる。

 

「斗流血法、シナトベ。刃身の伍──突龍槍」

 

 現れるは優美な三叉槍。それをくるりと指先で回し、ガスの中心点に近い場所に穂先を向ける。交戦の資格が無い以上、直接攻撃は不可。ならば、ガスを吹き払うついでに間接的に削ってしまえばいいのである。汚い? 何とでも言え、相手が手段を選んでいない以上、死者を出さないためには多少の手荒さは覚悟の上だ。

 槍投げの要領で三叉槍を構え、ガスだまりに向かって投げる。

 

「空斬糸──天羽鞴」

 

 空を切り裂いて飛ぶ三叉槍がばらり、と穂先から裂けるようにほどけ、無数の糸に変わる。糸はそれぞれ颶風を生み出し、推進力を得た風はぐんぐん周りを巻き込み、毒ガスを空へと撒き散らしていく。それを見届ける間もなく、地上に降りて即座にその場を離れる。射線を悟らせたのだ、反撃を警戒して場所を移動するのは基本だ。

 

「……死ぬなよ、皆……!!」

 

 USJ事件とは明らかに違う、殺すという明確な意思に冷や汗が額を伝う。コウタの事も勿論気にかかるが、それよりも更に不意を打たれただろう同級生たちの方が心配でイズクと別れて行動したのだ。勿論、イズクの無茶する性格を考えてしっかり釘は刺した。

 

 ──交戦厳禁、できるだけ逃げることだけを考えて。……もし万が一、コウタがピンポイントでヴィランと接触してるなら、一文字でいい、アプリで何か送って。すぐに駆け付けるから

 

「問題は……」

 

 ズザザ、と勢いよく靴底が地面とこすれ合って大きな音を立てる。ガスエリアを()()()()()私は、ごうごうと木を燃料に燃え上がる蒼い炎に向けて大きく足を振り上げた。片足を曲げたまま高々と持ち上げられたブーツの底から、白い冷気の煙が溢れて棚引く。

 

「敵の人数と位置が分からないうえ、相手の目的が読めないこと、だよ、なっ!!」

 

 ──エスメラルダ式血凍道、絶対零度の風(ヴィエントデルセロアブソルート)!! 

 

 後ろに最大限まで引かれ、鞭のように大きく、鋭くしなった健脚が絶対零度の爆風を巻き起こす。

 先ほどとは打って変わって、容赦皆無の一撃。振り上げた足が額に付きそうなほどに高々と突き上げられた冷気の蹴りの余波を食らって、燃えている燃えていないを問わず、木々や地面、私が立つ場所から前にあるものすべてが、形を保ったまま一気に凍りつく。森を白く青く、凍てついた死の森に変えていく。

 遠慮が無かったのは、燃えているエリアが肝試しコースから遠く離れた、人がいないはずのエリアだからだ。道で襲われて逃げ込むにしても、最初の襲撃から時間が経っていない今、ガスエリアをつっきって炎が燃え盛る森に入ろうとする生徒はいない。

 

 生徒が居ないはずのここだけ重点的に燃えているということは──ヴィランはここに入ってきてほしくない、ということだ。焼き殺すのが目的なら、もっと広く燃え盛っているはずだ。

 それに、ガスだまりをわざわざ作っているのだから、引火させて大爆発を引き起こすだけで、お手軽にこちらへ大ダメージを与えられる。なのにそうしないのは、単に殺すために放った炎ではないから。ガスと炎の二段構え。それだけで、多くの人間は突入に躊躇する。ヴィランが炎エリアに留まっている、あるいは安全地帯としての目安と考えるのが妥当だろう。

 目的がなんであれ、それを果たした後の退路が要る。襲撃の基本だ、それを考えもしない無謀な突貫ではないだろう。ワープゲートの黒霧がここに来ているか否かでかなり攻略難易度が変わるが、逃亡先の足が付かないという点で黒霧は逃走のキーマン。もし来ていたとしたら、仲間と共にこの炎のエリアにいるだろう。居なかったら居なかったで大した問題ではない。ついでに凍らせられればラッキーぐらいの差だ。

 見通しが悪い森の中、私の索敵ではあらかじめ味方にマーキングを施しているのでもなければ、敵味方は判別できない。水の揺らぎで人の動きを察知しているからだ。遠くから敵味方の判別がつかない以上、無差別広域攻撃はフレンドリーファイアの危険もあるので放てない。……侵入手口だけ巧妙で、実際の襲撃が足並み揃ってないグダグダ感のあったUSJ事件とはわけが違う。地の利を上手く相手に利用されているのが腹立たしい。

 

 技の発動を確認したらすぐに離脱する。森の外からの攻撃だと察して、見通しの悪い森の中から様子を見にヴィランが釣れれば御の字。そうでなくても、こちらを警戒すればするほど、相手は次の攻撃を意識して派手には動けない。つまり、私がここでヴィランの一部を食い止め引きつけることで、他の生徒が逃げる時間稼ぎになる。

 ──ならば私が出来る最適解は陽動。あるいは囮。

 死柄木の方針が変わっていなければ、大局的にはヒーローや生徒への被害によるヒーロー社会への打撃が目的だろう。なら、USJ事件、さらに体育祭で派手なドンパチを演出してまで集めた注目とヘイトから、私は十分奴らにとって脅威だ。囮には十分な役どころと言える。ヴィランの数が分からないのが痛いが、数人引きつけるだけでも少しは他の子たちの危険が減る。残りのヴィランは合宿所にいる相澤先生、あるいはブラド先生、チェックポイントの中間地点に居るラグドールが頼りだ。

 マンダレイには消したらすぐ戻ると言ったが……

 

 

「……戻るのは難しそうだな」

 

 確認のためもう一度空に駆け上がった私が目にしたのは、再び森の中に立ち込め始めているガス。凍りついた森に再び放たれた炎。後者はエスメラルダの氷を溶かすほどの火力があるとは思えないので脅威的ではないが、むしろ消したかったのは防ぐのが難しいガスの方なので、舌打ちしたい衝動に駆られる。

 高所から見れば、ある一点を中心に、竜巻のようにゆっくりとガスが渦巻いているのが見える。その中心に紫のガスの切れ間から時折見えるガスマスクの小柄な影。……あれがガスを操っているヴィランだろう。

 

「……Shit(クソッ)、HLだったら速攻で無力化できるのに」

 

 そこそこ距離は離れているが、余裕で水の弓矢である天泣の射程範囲内だ。突龍槍を投げ込んで籠目で捕らえるのでもいい。HLだったら速攻で片が付く相手だというのに、相手に攻撃させて正当防衛の建前を作らない限り、先手で攻勢に移れない身の上が疎ましい。制約が多すぎる。

 身分と状況の違いに歯噛みしながらも、もう一回シナトベでガスを晴らそうと突龍槍を手に、術式を起動しようとした、その時。

 

 地面を突き上げるような盛大な地響きが、聴覚と周囲の木々を大きく揺さぶった。

 

「なっ……」

 

 思わず息を呑んで振り返った先は、合宿所から少し離れた崖。山肌があらわになって出来た天然の崖が──目視できるほどの衝撃波によって、カチ割られる光景だった。

 

「おいおい……」

 

 嘘だろ。

 慌ててポケットからスマホを出すが、新しい通知は一つもなかった。

 あまりの光景に一瞬思考が止まりかけるが、どこか冷静な部分が最悪の予想を叩き出す。

 

「イズク……!!」

 

 崩れ落ちるその場所は、イズクがコウタを迎えに行った、”ひみつきち”がある場所だった。

 

「連絡する暇もないほど切迫してたか、クソッ!」

 

 友人の危機に駆けつけるべく、空気の足場を強く蹴って地上に降りる、その刹那。

 

「! ……ッッ」

 

 ちりっと首筋を撫でた悪寒に、考えるよりも早く省略起動させた”八重に咲く氷盾(フロラシオン・デル・エスクード)”を構えた瞬間、青い炎がドウッ、と押し寄せた。肌を焦がす熱気に、鳥肌が一気に粟立つ。一瞬でも反応が遅れていたら、右腕を炎に焼かれるところだった。胆を冷やす合間もなく、炎の渦が消えた狭間に、炎が来た先にいる顔面継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタイン男が、静かにこちらを睥睨しているのと視線が合った。青と赤が一瞬、交差する。

 お返しとばかりに、手にしたままだった突龍槍を男の手前目がけてぶん投げ、地面に突き刺さった瞬間に天羽鞴を発動、槍を避けて後ろに跳んだ男を、背後の木々に叩きつけるように吹っ飛ばす。叩きつけられた衝撃で、男の背が反り、肺から空気が強制的に吐き出され、詰まる。決定的な隙。そのまま余った血で捕縛網を作ろうとしたその時、男がニヤリとこっちを見て気味の悪い笑みを浮かべ──泥人形のように崩れ、形を失った。

 困惑は一瞬。HLで何回か出くわした物理無効のスライム系の不定形の敵に似た終わり方だった。となるとおそらくあれは分身──攻撃を受けても痛くも痒くもない人形で茶々を入れに来るとは、癇に障る。とはいえ、ああいう個性が相手に居ると知れたのは大きい。……厄介だが。

 

 無事に地上に降り立った私は、苛立ちも込めてぐんっ、と足に力を籠め、大きく上体を沈ませ──力いっぱい踏み切った。一気に景色が流れ始める中、置き去りにされた音がドンッ!! と背後で破裂する。きっと地面がへこんだだろうが、気にする余裕などかけらも無かった。

 

 

 

 

「あー! ダメだ! 荼毘! お前やられた!! 弱っ! 二体ともやられるとかザコかよ!!!!」

「もうか……弱えな、俺」

「ハァン!? 馬鹿言え! 結論を急ぐな、この場合はプロとあの氷のお嬢ちゃんが強かったと考えるべきだ!」

「……もう一回俺を増やせ、トゥワイス。星合千晶はともかく、プロの足止めは必要だ」

「ザコが何度やっても同じだっての!! 任せろ!!」

 

 中指を立てて悪態を吐きながら、サムズアップで快諾するというてんでバラバラの事を口走る黒と灰色の全身タイツスーツのヴィラン・トゥワイス。その傍らで、荼毘と呼ばれた全身継ぎ接ぎの肌をした男は、意味ありげに千晶が消えた方角の空を見上げ、うっそりと目を細めるのだった。

 

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