「血ィィイイイ、見せろやああ!!」
獣のように、筋肉ダルマの男が吼える。
岩の地面がめり込むほどのパワー。肌が見えないほど奇妙に隆起した身体は、露出した筋繊維か。普通なら、どこか頭の隅で血管や神経がどうなっているのかなんてくだらない疑問も浮かぶが、この時はただ、その男に挽き潰されそうになっている友人、恩人の愛弟子でもあるイズクを救うことしか、私の頭には無かった。
「イズクから」
走ったのでは間に合わない。そう思い立ったとほぼ同時に、走りざま血で弓を形成、左手に矢となる波濤を限界まで細く捩じらせる。即座につがえ、イズクに伸し掛かっている筋肉を狙う。
唇が切れそうなほど強く噛んで、引き絞った
「離れろ!!」
──放つ!!!
天を射る波濤の矢は、崖下から飛距離も無茶な角度もものともせず、吸い寄せられるようにしてヴィランの肉体に深々と突き刺さった。それに追い打ちをかけるように、どばっと大量の水がヴィランにぶっかけられるのを見て、ヴィランも何事かとイズクから視線を逸らした。私も思わず目を走らせれば、コウタが泣きそうな顔で、手のひらから水を滴らせ立っていた。
「矢……と水!?」
「やっ、止めろォオオオ!!!」
イズクを救けたい一心で放たれた少年の個性に、ヴィランは愉悦の笑みを浮かべた。
「後でな! な! 後で殺してやっから待っ──……」
だが、その言葉はそれ以上続かなかった。
バチンブチンと嫌な音を立てて、筋繊維が千切れ飛んでいく。
「!?」
「ころっ、させてえええええ」
「(気を取られた一瞬に……いや待て、しかし、パワー……)上がってねえか!!??」
今にも地面と拳の挟み撃ちになって潰されかけていたイズクが、渾身の力を込めて無理やりに起き上がる。
イズクの今のパワー上限は5%。自損を含めれば、遠慮なく放てばオールマイトにも等しい100%(といっても内側から身体が爆発四散しない程度での、という意味で、オールマイトと比べればワン・フォー・オールの全力を解き放ててはいないのだろうけど)も扱える。
そのイズクが今──
「たまるかあああああああああああああ!!!!!!!」
──ワン・フォー・オール10000%。
限界を超えた力でもって、少年を救おうとしていた。
その魂の咆哮、火事場の馬鹿力に応えるべく、私も崖の側面をジャンプで駆け上がりながら静かに言葉を紡ぐ。
神経、血管系、筋肉。そのひとつひとつに、矢を構成していた無属性の水が毒のように染み込む。
「──掌握」
かつて脳無の超再生すら上回った人体掌握術。体内の水分に干渉し、その肉体のコントロールを奪う。
「
筋肉の収縮が強制終了される。びきりと音を立てて固まったヴィランの身体を、イズクが拳を振り抜いて、本体を覆い隠す筋繊維をすべて千切り尽くす。
「デラウェア デトロイト」
拳に集約されるのは、この国の希望の力。
──SMASSSSH!!!!!!
私が崖上に降り立った瞬間、イズクの渾身のスマッシュが、格上のヴィランを岩壁に叩きつけるように吹き飛ばした。
轟音。あまりの音の大きさに、一瞬耳が、脳が、全ての音を遮断する。引き延ばされるような空白の一瞬。永遠のような一秒。次第に音が戻ってくる中、嗚咽が聞こえてくる。
「何で……何も、何も知らないくせに……!! 何で……そこまで……」
コウタが気迫に押されて尻餅をつく傍らに跪いた私は、ゆらりと体勢を立て直したイズクが勝利の雄叫びを上げるのを、ただただ見守った。嗚咽を漏らしてしゃくりあげるコウタの目に、もうヒーローへの忌避感は見当たらなかった。
しばらくそうしていたが、力を失いかけて大きくバランスを崩したイズクにさっと駆け寄る。しかし、私の手が届く前に、彼は大きく一歩踏み出すことで倒れるのを阻止した。
「大丈夫……!」
「……悪いイズク、駆けつけるのが遅くなった」
「ううん、ありがとう、星合さん……気付いてくれて。フォロー、ありがとう」
「いや……間に合って良かった」
全身ボロボロ、酷使しすぎた腕は両腕とも折れているのか、左右で色の違いはあれど、どす黒い紫色に染まっている。間に合ってなどまったくいないが、最後のトドメを確実なものにする手伝いが出来ただけ、マシだと思うしかない。後悔している暇など、今は無いのだから。
「まだやらなきゃいけないことがある」
「そ、んなボロボロで何をしなきゃいけねんだよ……!!」
「思ったよりも遥かに強いヴィランだった……もし、この夜襲に来たヴィランが全員このレベルなら、皆が危ない。その上、狙いは僕ら生徒かもしんない。そのことを相澤先生やプッシーキャッツにつたえなきゃ。……僕が動いて救けられるなら、動かなきゃいけないだろ」
ボロボロの姿でなお、身体に鞭打って救けようとするイズクの覇気に、身を案じたコウタもごくりと唾を呑み込んだが……私は渋面を作った。
「……イズク。君はコウタを連れて合宿所に避難しろ」
「!!」
「その身体で救ける? 無茶苦茶だ、このヴィランを倒せたのは運が良かった、それはまあ、いい。凄いさ。
だが、他のヴィランがこのレベルだったらって想像がついてるなら、何故退かない。……死ぬぞ」
「っ……」
優しさを投げ捨て、イズクにだけ向けて殺気を飛ばし、低い声で脅す。
「体育祭の時も言ったよな? そんなやり方じゃ、最高のヒーローになんてなれないって。……お母さんとオールマイトを泣かせたいなら、好きにしたらいい」
「待って、そういうつもりじゃ……」
「一手先を見据えろ、今何が最善か見極めろ。僕が、じゃない、僕らだろ。……何も変わってないぞ、土壇場になったら何で一人でなんでもかんでもやろうとする、君は」
じわ、と目の端に先ほどの歓喜で流した涙とは違う涙を溜めるイズクの言葉を遮るように、私は頬を両手でサンドし、がっちりと視線を合わせた。澄んだ緑が、零れ落ちそうなほど大きく見開かれるのから目を逸らさず、言葉をぶつけ終わった私はプレッシャーを解き、やれやれと肩を落とした。はく、と息を呑む音が聞こえるほどの至近距離。ぽろりと零れた涙が、血と泥と土埃で汚れた頬を拭っていく。
「私を頼りなよ、イズク」