──爆豪が狙われてるのか……なら、イズクはそれをマンダレイに伝えて。私は皆の動きを制限するガスをどうにかしつつ、爆豪と轟を目指す。途中で重傷の子が居たらそっちを優先せざるを得ないけど
──うん、それで十分だよ……星合さんも気を付けて、狙いがかっちゃんだけとは限らないし
鼻を突く焦げ臭い匂いを感じながら、緑谷出久は森の中をひた走っていた。合宿所からぐんぐん遠のいていく今の姿を千晶が見たら、きっと怒られるのだろうな、と思いながら。彼女は、きっと洸汰を預けたら、大人しく合宿所に避難してほしいと願うだろうから。
それでも、初めてできた友達の願いを無視してでも、突き動かされる焦燥感があった。
「(ごめん、星合さん! やっぱり、じっとしてなんかいられない! みんなの……かっちゃんが無事だと確かめられるまで、止まれない……!!)」
きっと彼女は自分を叱るだろう、無謀だと諌め、懇々と諭してくるだろう。それでも、最終的には「仕方ないな、イズク」なんて困ったように笑ってくれる気がした。
緑谷は洸汰を合宿所に届ける道すがらに出会った相澤に預けると、広場で未だ戦闘中のマンダレイに彼女が一番心配していた従甥が無事であること、そしてヴィラン・マスキュラ―から得た情報である「ヴィラン連合の目的のひとつは爆豪勝己」であることを伝えた。極度の集中を必要とした戦闘後で精神的にハイに、そして幼馴染が狙われているということもあり焦っていた彼は「かっちゃん」が誰か知らないマンダレイの制止を振り切って、再び森の中に飛び込んだ。
それを聞いて心中穏やかでないのはヴィラン側。襲撃したヴィランの中でも屈指のパワーファイターである血狂いマスキュラーを緑谷が倒したと気づいたマグネが殺そうと緑谷の後を追いすがるが、ステインが救った、ヒーローに相応しい人間だからとスピナーがナイフを投げて牽制したことで、緑谷は邪魔されずぐんぐんと森の中に分け入っていく。
そんな敵の仲間割れにこれ幸いと回し蹴りをスピナーの頬に叩き込み、一瞬緑谷が消えた森を心配げに見つめたものの、ヴィラン2名を拘束するため動けないマンダレイは、仕方ないとテレパスを発信した。
『
暗い森の中に散る生徒と教師、そしてプッシーキャッツの面々の脳内に、マンダレイのテレパスが響き渡る。
それは吉報でもあり、凶報でもあった。
『生徒の「かっちゃん」! 「かっちゃん」はなるべく戦闘を避けて!! 単独では動かないこと!! わかった!? 「かっちゃん」!!』
様々な人間に衝撃を与えるに十分な情報。それが伝わっていくことに、森をひた走る緑谷は安堵の表情を浮かべた。役目を果たせた、あとは合流するだけだ、と。
その時、闇の中に銃声が響いた。
「(!? 何だ今の音、銃声……!? 皆どうなってる……!? かっちゃんたちは2番目スタートだった、動いてないならそう遠くにはいないハズ──……)!?」
横合いからいきなり伸びてきた黒い大腕。咄嗟に避けようとするものの、マスキュラー戦の負傷の痛みで硬直した緑谷は、間一髪で助けに入った障子によって難を逃れ、障子のペアだった常闇の個性の暴走に立ち向かうのだった。
誰も気づくことはなかった。
それは静かに始まって、静かに終わったのだから。
誰の所為でもない。どんなに悔やんだとしても、きっと緑谷は同じ選択をした。千晶と別れ、護り切った小さな命を安全な場所へ送り届けるために走っただろう。あの夜、ヴィランに立ち向かった誰もがそうだった。自分にできる最善に向かって突き進んでいた。
けれどどうしてだろう。
彼女が、星合千晶が敗ける姿など、オールマイトが悪の前に膝を着くのと同じくらい、ありえないことだと思い込んでいたのは。
どうして──彼女が同い年の、まだ15歳の女の子だってことを、忘れていたんだろう。
伸ばしたかった手は、折れた痛みで届かなかった。
届けと願って踏み切った、移動の為に残した足はあと数歩、足りなかった。
結果、緑谷、轟、障子、常闇の目の前で、爆豪勝己はヴィランに首を押さえられたまま、黒いワープゲートの中に呑み込まれ、跡形もなく消えてしまった。
生徒41人の内、ヴィランの催眠ガスによって意識不明の重体、15名。重・軽傷者11名、無傷で済んだのは13名。
そして行方不明が1名、爆豪。
プロヒーローはピクシーボブが頭を強く打たれて重体。ラグドールが大量の血痕を残して行方不明。
一方敵は3名の現行犯逮捕。警察による必死の捜索もむなしく、他のヴィランは跡形もなく姿を消しており、殆どを取り逃がす結果となった。
完全敗北、そう言ってしかるべき、結果だった。
障子や轟の手を借りて合宿所前に戻り、救急車を待つ間、相澤や拳藤が森の中から生徒を抱えて出てくるのを茫然と眺めていた緑谷は、見慣れた姿がその中に見当たらないのに気付いた。
「あ……れ? 星合さんは……?」
「そういやいねぇな。アイツ、まだ森の中にいるのか……?」
「それはないはず、ガスを晴らしたら轟くんやかっちゃんに合流するって言ってた、その道すがら重傷者がいたら運ぶのに回るけど、って。
「え、……でもウチら、ガスを操ってたヴィラン倒した時は見かけなかったよ」
緑谷の近くを通りがかった拳藤の純粋な疑問に、緑谷たちは唖然とした。
「……え?」
ざっと血の気が引いた。違和感が言い知れぬ焦燥感に変わる。
ガスを出すヴィランはきっと千晶が倒したのだろうと、緑谷は思っていた。
だが、そもそもの前提が違ったとしたら?
「と、轟さん……」
「! 八百万」
「八百万さん、頭、怪我……!!」
「私は、平気です……それより、これを」
B組の泡瀬に背負われたまま、頭部を負傷したために意識朦朧としながら、使命感だけで意識を繋いでいた焦点の合わない瞳が懸命に轟を映す。ふるふると震えながらも差し出された手に、轟が訝しみながら手を差し出す。その上にころんと落ちたものに、瞬間、轟が総毛立った。目を見開き、手のひらの中のものを凝視する。凍った指で首元を掴まれたような悪寒と息苦しさに対して、騒ぎ出した心音がばくばくと煩い。
信じられなかった。
信じたくも無かった。
「こ、れ……は」
「私たちが脳無に襲われた場所から、そう遠くない所に、落ちていました」
見間違えるはずがなかった。だって、これは。
上手く息が出来ない。
継ぎはぎだらけの顔の男に言われた言葉が、頭の中でリフレインする。
──哀しいなぁ、轟焦凍
「星合……ッ!!!」
「大量の、血痕と一緒に……」
血に汚れ、細工が壊れてしまった、轟が星合千晶に贈ったはずの、あの花のバレッタが無残な姿で転がっていた。
──生徒の行方不明者は、二人だった。