緑谷出久が覚醒したのは、事件の夜から2日目の昼間だった。
自己防衛のために大量に放出されていた脳内麻薬による鎮痛が切れた彼は、覚醒と共に声も出せないほどの激痛にもんどり打ち、急遽打たれた鎮痛薬も慰めのひとつにもならないまま、重傷の腕から生じた高熱にうなされ、気絶と悶絶の狭間を何度も繰り返した。その間、リカバリーガールの治癒や警察の訪問もなにひとつ、覚えていないほど。
「あー緑谷! 目ぇ覚めてんじゃん」
「え?」
オハー、といつもの調子でドアからひょっこり顔をだしたのは上鳴で、ドアを開けて入ってくる彼だけかと思っていた緑谷は、どやどやと上鳴に続いて入ってきたクラスメイトたちに目を見開いた。
「テレビ見たか!? 学校今マスコミやべーぞ」
「春のときの比じゃねー」
「メロンあるぞ、皆で買ったんだ!」
「迷惑かけたな、緑谷……」
爆豪のついでに拉致される寸前だった常闇が謝罪するのに首を振った緑谷は、それぞれを見回した。
「A組皆で来てくれたの?」
「いや……耳郎くん、葉隠くんはヴィランのガスで未だ意識が戻っていない。そして八百万くんも頭をひどくやられ、ここに入院している。昨日ちょうど意識が戻ったそうだ。だから来ているのはその3人を除いた……」
「……15人だよ」
気まずそうに声を落とす麗日に、轟が淡々と呟いた。
「星合と爆豪、いねえからな」
「ちょっ轟……」
「……」
覚醒しきっていない意識の中、ああそうだった、質の悪い夢じゃなかったと、落胆と納得がいった。その後、じわりじわりと後悔が押し寄せてくる。
「オールマイトがさ……言ってたんだ。手の届かない場所には救けにいけないって。だから手の届く範囲は必ず救け出すんだ、って……」
眼前でヴィランに首を捕まれ、闇に呑まれる切羽詰まった幼馴染の顔が思い浮かぶ。
「僕は……手の届く場所にいた、必ず救けなきゃいけなかった……! 僕の個性は、そのための個性なんだ……っ、相澤先生の言うとおりに、なった……」
──お前は一人救けて木偶の坊になるだけ
「星合さんの、忠告、どおりだ」
──その身体で、救ける? 無茶苦茶だ
あの夜、別れる前に告げられた忠言が聴こえてくるようだった。
あの時別れなければ。どうしようもない後悔が押し寄せてくる。
「身体……っ、動かなかった……!!」
浮かんだ涙に滲んで、睨んだ天井がゆらゆらと揺らぐ。
そんな中、
「じゃあ今度は救けよう」
あっさりと告げられた声の意味を、一瞬取りそこねた。
「へ!?」
呆気にとられたのは緑谷だけでなく、言葉を発した切島と、その近くで寡黙に佇んでいた轟以外の面々もだった。
「実は俺と……轟さ、昨日も来ててよォ」
──あー!? 轟なんでいんの!?
──おまえこそ
──俺ァ、その、なんつーか……家でじっとしてらんねえっつーか……
──……そうか。俺もだ
「そこでオールマイトと警察が、八百万と話してるの遭遇したんだ」
八百万と共に襲われたB組の泡瀬と協力し、脳無に発信機を取り付けたと。その信号を受信するデバイスを受け取る光景を。
「……つまり、その信号デバイスを……八百万くんに創ってもらう……と?」
緊迫感に顔をこわばらせる切島に、保須事件で体験先に迷惑をかけたことを思い返した飯田が声を荒げた。
「プロに任せるべき案件だ、
「んなもんわかってるよ!! でもさァ! 何っも出来なかったんだ!! ダチが狙われてるって聞いてさァ! なんっっも出来なかった! しなかった!!」
補習のために合宿所に居た切島は、その場から動くことを許されない立場だった。
その時の後悔と自分の無力さと、憤怒を叩きつけるように、切島は場所を忘れて叫ぶ。
「ここで動けなきゃ俺は!! ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ!!」
「切島落ち着けよ、病院だぞ!? こだわりは良いけどよ、今回は……」
「飯田ちゃんが正しいわ」
「飯田が、皆が正しいよ! でも! なぁ緑谷!!」
病室に、力強い言葉が響く。
「まだ手は、届くんだよ!!」
緑谷に差し伸べられた手と、その必死さが揺れる緑谷の心を打つ。
緊迫感が病室内に漂う中、戸惑うように芦戸が口を開いた。
「えっと、ヤオモモから発信機のやつもらって、それ辿って……自分らで爆豪と、千晶の救出に行くってこと……!?」
「ああ。ヴィランは俺や緑谷を殺害対象と言い、爆豪は殺さず攫った。生かされるだろうが、殺されないとも言い切れねえ。星合はもっと危ない、怪我させてでも強引に連れ去ってる……しかもUSJ事件で死柄木やあのワープゲート男を凍らせてる、報復のために連れ去られてるかもしんねえ」
──私には、なにも無いんだよ、轟。
笑おうとして笑えなかった、不格好な微笑みが、目を閉じたら浮かんでくる。
──今、君の目の前にいるのは、私だ
──もっと自由に生きなよ、ショート
差し伸べる手を何度も拒んで、それでもまっすぐに向き合ってくれた強い光を放つ赤い瞳を思い出す。
お前の言葉だから受け入れられた。ずっと対等に、心地よい距離感を保って向き合ってくれたお前だったから。
強くて優しい、だれもが頼る優等生。
──気に障ったならごめんなさい
氷の満ちる廃ビルの中、月明かりの下。項垂れてか細い声を紡ぐ、わななく唇を思い出す。
強さの中に覆い隠されたよわさを知っていた。余裕に満ちた表情の下に、無理が時折覗くのに気づいていた。
「俺と切島は、行く」
無謀だと、エゴだとわかっていてなお。きっと本人さえ望まないとわかっていても、むしろなんで来たと怒るだろうと簡単に予想がついても。救けたい。その一心が轟を突き動かす。
「(星合。今度は、俺の番だ)」
──だれか、たすけて
保健室で聞いた自分だけが知るか細い声に、ただ手を握りしめるだけしか出来なかったあの日の悲鳴に、今度こそ応えるために。