もう何度殴られたかなんて、数えるのにも飽きた。
気付けば、この打ちっぱなしのコンクリートが剥きだしの廃ビルらしき一室に閉じ込められていた。
脚先と指先の感覚はない。随分前に切断系の個性にすっぱりと斬り落とされ、指のいくつかは折られた。大事な指輪を雑に扱われるのは死んでも許せないからと、中指に手を伸ばされる前に自ら指ごと凍りつかせた。靴も氷で足裏と直接固定した。斬り落とされた足も氷結させ、持ち去られないようその場に固定。今もいい眺めではないが、視界の隅に転がっている。あれで腐敗は免れる。
男たちも躍起になって切り落とすか氷を削ってでも、と試行錯誤していたようだが、本気で練り上げたエスメラルダの氷をたかが刃物ひとつで傷つけられるはずがない。いつまで経っても削れない氷に、ついには連中も諦めた。まぁ、ほっておけば壊死するとでも思ったのだろう。……対策しないわけが無いだろうに。頭がつくづく足りてない。
血さえ出せば血法は扱える。暴行のたびに反撃を繰り返し、そのたびに倍に痛めつけられながらも、熱で低下する思考を回転させ、私はかろうじて命を繋いでいた。
お前に帰る場所はないと告げたならず者の男に、それで? となんでもないことかのように続きを促す光景はとても衰弱しているとは思えないだろう。
『生い立ちを知ったぐらいで、それを公表したぐらいで揺らぐと思ったのなら……お生憎様……。直接的な暴行だけじゃ折れないと踏んで……社会的なダメージで遠回しに心を折ろうとしたんだろうけど、残念ながら……そんなものに屈するほど、私の矜持は安くない……!』
たとえ全世界の人間に嫌われようと、虐げられようと、そんなものに私の一番やわらかな部分は刺激されない。
既にそんな葛藤は通り過ぎている。ラインヘルツ家とエスメラルダの皆のおかげで、私は廃人を逃れ、再び誇り高いエスメラルダとして、牙狩りとして戦場に立てた。
オールマイトと塚内さん、根津校長。私の本質を知る三人は絶対に私を見放さない。もっと危険な死地にいたことを、知っているのだから。
A組に、ライブラに帰る。ただその一点だけが
耐えられる。
終わりの見えない闇の中で、ひたすら甚振られた実験の記憶に比べれば、このぐらい。
黙れ、と罵倒と共に腹を蹴られる。抉るように突きこまれた爪先に、息が止まる。鋭い痛みと共に身体の内で灼熱が暴れまわるのに歯を食いしばって悲鳴が洩れないよう耐えながら、血を制御して臓器へ溢れようとする血を止める。ひたひたと迫り来る衰弱から逃れるために、一分一秒でも自分の命を繋ぎ、稼いで、ここから逃れるチャンスを虎視眈々と狙うために。
生い立ちを流したということは、きっとあの建前が喧伝されているのだろう。あのやさしいクラスメイトや友人たちに知られてしまったのは、それで苦悩を覚えさせてしまうのは心苦しいけれど。それでも、彼らはきっと信じてくれる。そう、わたしは信じていたい。
『心を折って、命乞いをさせて。ヴィランにでも仕立て上げるつもり?』
類い稀なる
建前の生い立ちしか知らないのならば、そう考えるのが自然だ。
周りの悪漢たちが、小さく息を呑んだのがその証拠だ。USJ事件よりは取り巻きの質は向上したらしいが、けれど全てを統制はできていない。
たとえ身体の自由や人権を奪われても、この能力や体組織、誇りもなにもかも、何一つだって渡さない。
私は、氷のエスメラルダ。
こほ、と喉にへばりつく血を吐き出しながら、私は二ィ、と笑ってみせた。
『たとえ、手足をもがれ、腹を裂かれ、脳味噌を抉り出され、臓物を引きずり出されて苦しみ抜いて死んだとしても。この魂は絶対に……貴様らのようなクズには屈しない……!』
たとえこの手がどれほど汚れていても、私は天秤の墓標と共に死ぬつもりだ。
どんな暴虐も、どんな甘言も。この誇りの前には、一ミリだって心を揺るがす切っ掛けにもなりはしない。
千晶は嘲笑う。目の前の愚かなヴィランも、敵連合も、ヴィランの思惑通りにあっさりと誘導されたであろう、他人任せで口だけは達者に好き勝手喚く民衆も。
世間一般の常識に沿う模範的な“正しさ”など、民衆の心なき声など、裏社会に長く身を置き、狂騒と不法行為のオンパレードな
その一言を最後に。生放送されていた映像が白く鎖される。ぶつんと映像が途切れる直前、物言わぬカメラが捉えたのは、白い蒸気を吹き出す、全身を氷漬けにされた男たちだった。
その映像を別室でモニターしていた男は、ぱちぱちと静かな部屋に拍手の乾いた音を響かせた。
血反吐を吐きながら、目隠しを施され鎖で縛り付けられ、目を覆いたくなるほどの暴行を受けてなお、きっぱりと宣言した。なんたるタフネス、なんたる精神力。ああ、
「良いね」
「……相当粘ると思ってはいましたが、ここまでとは」
「それでこそ、だよ。こっちまで堕ちてきてくれれば、それだけ彼女は弔のいいコマになる」
ガスマスクをつけた男が立ち上がり、いくつかのドアを抜ける。たどりついたドアからは隙間から目に見えるほどの大量の冷気が漏れ出しており、ドアノブを掴んだだけで皮膚が貼りついてしまいそうだった。
それを意にも介さず、男はドアを開け、真っ白に冷凍された室内に踏み込む。他者を拒絶するような絶対零度。吐いた息が白く凍るだけでなく、服の裾からぱりぱりと凍りついていくほどの冷気。いっそ痛いほどの静寂が満ちる室内で、倒れている少女にじわりじわりと近づいていく。警戒しているのではなく、相手の危機感を煽るように。
「はじめまして、星合千晶さん」
急激な温度変化で劣化し、ちぎれた手枷の鎖によって地面に受け身も取れず倒れた少女の、腫れた目元からうっすらと紅色の瞳が覗く。焦点が合わず忙しく動くルビーの眼球に映る男は、のっぺりとしたマスクの下でいびつな嗤いを浮かべた。
・星合千晶
拉致監禁されてる。拉致された経緯は謎。虎視眈々と脱出を狙っている。
ちなみに爆豪も捕らえられていることは知らない。
・緑谷&轟
完全に自分の知らない間に友人を連れ去られていたことにSAN値チェックになった人。
原作よりおそらくかなり必死。
緑谷に関しては幼馴染と初めての友人を連れ去られて衝撃がでかい
なおネットの騒ぎや写真についての事実はしらない
・爆豪勝己
別の場所(死柄木のいるバー)でスカウト()を受けていた。
もちろん乗るわけがなく、自由になった手でどうにか脱出を図ろうと模索中。
案の定千晶が捕まっていることは知らない。
・相澤消太
ふざけた写真に激おこ
・心操人使
友人の土産話と帰ってきてから一緒にトレーニングするのを楽しみに待っていたら、友人が拉致されたと報道され、ネットで内通者と疑われるのを見てしまい、ごりごりにSAN値を削られている真っ最中
・補足
Q.秘書嬢は?
A.全員気付かないうちに拉致られてました(ラグドールと同じパターン)
ちなみにPixiv版での読者予想結果は
拉致られる側 49回
救出に向かう側 11回
警察・ヒーローに協力する側 66回
でした。
圧倒的に「救出に向かう側」が少なくて、み、皆さん嬢のことわかってらっしゃる……!とビビリました。基本、彼女はぶん殴ってでもどんな手を使っても止める側だと思います。どうしたって大人側目線で、あるいは百戦錬磨の猛者として戦況見ちゃうので。
ただ多分連れ去られてなかったらお目付け役としてウォッチマン星合になってたかもしれません。
でも話として面白いのはやっぱり拉致パターンだし、あとメタな意味でなくちゃんと彼女が連れ去られた理由もあります。詳しくは拉致の詳細とともに次回に持ち越し。
実は無事に轟たちと合流、お茶子たちに合流時にコンプレスに3人纏めて攫われ、荼毘に爆豪と二人首根っこ掴まれたまま攫われるルートを最初考えてたし、途中までフライングで書きかけてもいたのですが、いざ書く段階になってこっちのほうが面白いと急遽変更。というかその場合おそらく大人しく連れ去られると見せかけて荼毘に血針忍ばせて、着いた途端速攻凍らせて、アジト全滅させる方向しか思いつかなかった。何の対策もなく私が背後を取らせると思ったか……。エスメラルダは本当に凶悪。
あとアンケートの「警察・ヒーローに協力する」もアンケート作る時に2択だと明暗はっきり分かれすぎるのが予想着いたのと、こういうのもいいな~と考えて付け加えました。こっちのルートもそれはそれで楽しそう。
あと意識的に殺害リストに触れるシーン(マスキュラーが爆豪の居場所を訊くシーン、マグネが緑谷を殺そうと後を追いかけるシーン)では千晶がいないことで彼女がヴィラン連合にとってどんな立場だったのか、最後まで分からないようにしていました。ただこれまでの話でずっとヴィラン連合へのヘイトの話をしていたので、目をつけられていたのは確実だったんですが。
あと緑谷が「ガスが晴れた=星合さんがなんとかしてくれた」という認識もミスリード……だったのですがそのためだけにVSガスヴィラン書くのしんどいので取りやめ。ムーンフィッシュ戦も千晶入れるとややこしいので取りやめ。
ガスヴィランは本当は拳藤と鉄哲の手柄ですが、銃声を聞きつけた時の状況やら、爆豪・轟たちがいた位置、障子くん達が居ただろう位置を考えると崖から広場に戻った緑谷が爆豪がいるだろう場所に向かって走ると、ガスエリアをスルーする上目視できる範囲内にない(爆豪・障子組がいたのは肝試しルートの復路で、ガス・炎エリアは往路の外縁)ので、人間弾になって炎エリアに逃げ込むコンプレスを追いかけるまでガスが晴れたことに気付かなかった。つまりガスヴィランが倒されてまだまもなく、被害を受けた生徒を避難させていて追いつけなかったんだろう、と、まだ合流していないことを可笑しく思う余裕がなかった緑谷でした。
めちゃくちゃ爆速で更新したので、本日の更新は一旦止めます。何話更新したんだ……